学びをつなぎ,明日を拓く児童生徒

【中学校】
学びをつなぎ,明日を拓く児童生徒
―総合的にとらえる姿に焦点を当てて―
Ⅰ.はじめに
げ,今まで以上に教育学部や小学校との連携を
そもそも,子どもたちはよりよく生きたいと
図り,小中9年間を貫く実践研究を進めてきた。
願い,広く学ぼうとしている。自分の考えをし
短期的に,そして長期的に学びをつなぎながら,
っかりともてば,それを広げるために,自分と
明日を豊かに拓いていく子どもたちの育成を目
違う考えを求めようとするだろう。仲間とかか
指して進めてきた研究について以下に記す。
わって,より多くを学ぼうとするのである。
また,子どもたちはよりよく生きたいと願い,
深く学ぼうとしている。そのために,仲間とか
かわりながら学び,自分の考えを刷新していく
だろう。一見ばらばらなことの中に,つながり
を見出し,見えている世界をさらに深めていく
であろう。そして,そうした発見や経験から,
学ぶことの楽しさを感じ,さらに深く考えよう
とするだろう。
岐阜大学教育学部附属学校は,創設以来上記
のような「人間教育」に根ざした理念を標榜し,
Ⅱ.研究主題設定の理由
中学校では学校の教育目標として,
(1)今日の社会で求められる教育から
独歩:ひとり歩きのできる人間
絶え間ない技術革新によって,わたしたちは
信愛:認め合い,信じ合うことができる人間
必要な情報を容易に得ることができる社会に生
協働:助け合いのできる人間
きるようになった。例えば,スマートフォンの
を掲げ,全教育活動を通して,知徳体の調和の
翻訳機能によって,使用する言語の違う人々と
取れた生徒の育成を目指して取り組んでいる。
も会話ができるようになったり,数学の微分や
そのためには,わたしたち教師が目の前の子ど
積分といった計算が,データ入力のみで答えを
もたちの姿を受け,身に付けてほしいことを明
得られるようになったりしている。
確にして研究実践を行うことは重要である。そ
このような変化の著しい国際社会の中では,
してその際に,短期的な視点に終始することな
いかにして必要な知識を判断し獲得するのかと
く,子どもたちが活躍する未来を見据えた長期
いうことや,柔軟な思考力に基づき,獲得した
的な視点を併せ持って教育活動を行うことは,
知識をいかに組み合わせて何を導くのかという
子どもたちがこれからの社会をよりよく生きる
ことを,主体的に学びながら生きていくことが
ことにつながると考えている。
一層大切となる。
また,本校は岐阜大学教育学部の附属学校と
そのような中で,子どもたち一人一人にとっ
して,先進的な教育研究と教員養成の充実を使
て,まずは,基礎的・基本的な知識や技能を身
命とし,教育学部との連携を図る中で教科の専
に付けていくことが必要となる。そしてその上
門性を高め,小学校と中学校の9年間を見通し
で,必要な知識,技能,適切な見方や考え方,
た実践研究を進めている。
感じ方を用いて広い視野で学んでいくことが,
そこで私たちは,小学校と共通研究主題を掲
よりよく生きることにつながると考えた。
なぜならば,このように学んでいくことで,
千万人もの人が豊かな生活を送ることができる
思考力・判断力・表現力が推進力となり,生徒
のか」ということを単元課題として学習を進め
は,複雑で困難な状況にも柔軟な考えで立ち向
た。
かい,自ら歩みを進めていくことができるよう
Aさんのまとめ
になると考えたからである。
1 億 3 千万人もの人が,たった 38 万 km2 し
図 1 はこれらのことを踏まえ,生徒が社会一
かない国土のさらに 4 分の 1 ほどの場所に集ま
般的な問題に対する際の様相を,わたしたちが
って生活しているなんて,信じられない話だ。
どのようにとらえているかを表したものである。
このようにできるのは,豊かな自然と技術の発
展のおかげである。産業では水が豊富で,農業
も盛んに行われ,水産資源もたくさんとれる。
鉱産資源には恵まれていないが,他国から資源
を輸入し,日本の技術力で加工したものを輸出
して利益を得ている。しかし,人口の偏りによ
って地域間で格差が広がっている事が問題だ。
高齢化の進展で介護・サービス業など第 3 次産
業へ多くの人が流れ,第 1 次,第 2 次産業の人
が減っている事も問題だ。交通の発展によって,
海外とのつながりも増え,貿易を活性化するこ
とで私たちの生活は発展してきたが,これから
は環境への配慮も必要となるだろう。
図1
問題解決に際する生徒の様相
Bさんのまとめ
図 1 のようにとらえたとき,わたしたちは,
日本には自然条件の中の一つに「四季」があ
獲得した知識や技能,そして,見方や考え方,
り,それぞれの地域によって気候が異なってい
感じ方を,いかに選択し活用していくのかとい
る。また,環太平洋造山帯に含まれているため,
う部分に焦点を当てて研究をしていく必要があ
地震などの災害が多い。人口は約 1.3 億人。東
ると考えた。図 1 のように,獲得した知識,技
京・名古屋・大阪の三大都市圏に集中している。
能,見方や考え方,感じ方は,実際に活かされ
エネルギーは有限のため,
「持続可能な社会」を
ることによって生徒がよりよく生きていくこと
つくりだすことが大切。産業は第 1 次から第 3
につながるからである。
次まである。貿易摩擦の解消から海外へ進出し,
日本の産業の空 洞化が 問題となってい る。交
(2)生徒の実態から
全国学力学習状況調査の結果や普段の学習の
様子から,本校の生徒の実態について考察して
みた。その結果,基礎的・基本的な知識や技能
を身に付けている生徒や,学習に対して意欲的
な生徒が割合多いと考えることができた。
しかし,単位時間の学びをつないでいこうと
する生徒の姿はまだ十分であるとは言えなかっ
た。それは,以下に示す第 2 学年生社会科地理
的分野,
「 世界からみた日本のすがた」の学習で,
生徒が書いた単元のまとめからも垣間見ること
ができる。この単元では,「なぜ日本は 1 億 3
通・通信の発達も進んでいる。
本単元では「日本の置かれた自然環境」,「人
口分布」,「日本のエネルギー・産業」,「世界と
の結びつき」という 4 つの視点を大切にして学
習を進めてきた。
Aさんのまとめを見ると,各単位時間や単元
で学んだ知識や概念,地理的な事象の見方・考
え方を組み合わせながら,事象間の相関関係,
因果関係をとらえ,単元課題について考察する
ことができている。
一方,Bさんのまとめには 4 つの視点につい
て分かったことは書かれているが,Aさんのま
たしたちが各教科等で生徒に身に付けてほしい
とめとは異なり,それらの視点からわかったこ
と願っていることを「つながり」という視点を
とを組み合わせて考察するような記述はみられ
もって探ったのである。
ない。二人の理解には明らかな違いがある。
そして,まずは,研究の 1 年次に当たる平成
社会科では,地理的分野において単元と単元
24 年度に「ホリスティックな学びを生み出す教
のつながりを構造化し,発達段階に応じてどの
科指導の在り方」という中学校副主題を掲げ,
ような地理的な技能や見方・考え方を身に付け
各教科の学習内容を「部分」と「全体」でとら
るのかを明らかにしながら指導をしてきた。そ
え直した。
の中で,Aさんのように身に付けたことを組み
そして,研究の 2 年次に当たる平成 25 年度
合わせながら考えられる生徒の成長がみられた
は「総合的にとらえる力に焦点を当てて」とい
反面,Bさんのように身につけたことを個々に
う中学校副主題を掲げ,各教科等で生徒に意図
とらえている生徒も散見された。
的に育みたい資質や能力を「つながり」という
このように,単位時間の学びをつないでいこ
うとする生徒の「姿を生み出していく」という
点では課題が残っていると考えられた。
視点をもってまとめた。
研究の 2 年次の成果(○)と課題(●)とし
ては,以下のようなものが挙げられる。
○既習の学習内容や,実際に学習に用いたノー
(3)これまでの研究の歩みから
わたしたちは,平成 23 年度までの「学びを
実感する生徒の育成」の中で,学びの深まりを
トやプリント,そして,まとめとなった言葉
などを振り返りながら,新たな課題を解決し
ていこうとする生徒の姿が増えてきた。
味わうことができる生徒の育成を目指して研究
○課題解決の際,すでに学んだり経験したりし
を進めた。そして,その研究の成果の一つとし
たことと関連させながら,自分の考えを発言
て,学んだことが「これまでの自分」をどのよ
したり表現したりする生徒の姿が増えてきた。
うに成長させたのかを,生徒自身がとらえてい
●各教科等において意図的に育みたい資質や能
く中で,学びの実感は生み出されていくのでは
力を生徒が身につけられるように,具体的方
ないかという結論を得た。
途を講じたが,その内容はさらに具体性をも
わたしたちは,この成果から,生徒が主体的
たせたり,改善をしたりすることでさらに精
に学んでいくには「つながり」を意識した指導
選していく必要があった。
が重要であると考えた。そして,わたしたち教
このような,成果と課題を受け,3 年次とな
師は,生徒が学びの「つながり」を感じ取るこ
る平成 26 年度は,実際に生徒が「総合的にと
とができるよう,広い視野をもって単位時間を
らえる姿」を,各教科等の学習の中で生み出す
構成していくような研究を進めていく必要があ
ことを目指し,各教科等における具体的方途を
ると考えた。
精選していくことで,3 年間の研究をまとめて
このようなことから,わたしたちは,各教科
いくこととした。
の本質に迫る指導を「つながり」という視点で
以上のような事柄から,小中共通研究主題で
いま一度見つめ直すことにした。そして,各教
ある「学びをつなぎ,明日を拓く児童生徒」の
科における学習内容を「部分」と「全体」とい
中学校副主題を次のように設定した。
う見方でとらえ直してみることにした。
例えば,単位時間のような小さな範囲におけ
る学習内容を「部分」,その「部分」がつながり,
継ぎ目なく一つのものとしてまとまった,単元
や領域のような大きな範囲の学習内容を「全体」
としてとらえたのである。
このように学習内容をとらえ直すことで,わ
<中学校副主題>
総合的にとらえる姿に焦点を当てて
Ⅲ.願う生徒の姿
わたしたちが願う「総合的にとらえる姿」と
は,次に示すような姿のことである。
生徒が内容を「関連付けて理解」していくこ
とを,本校数学科の全校研究会の授業とその後
の学習を例にして以下具体的に説明する。
すでに学んだことや経験したこととの関わり
を考えようとしたり,複数の視点から自らの考
<数学科全校研究会とその後の実践より>
本時は第 1 学年「量の変化と比例,反比例」
えや表現を導き出そうとしたりして,学びをつ
ないでいく姿
の第 7 時「a<0 の比例のグラフ」である。
a<0 の比例 y=ax のグラフの特徴は「原点を
Ⅳ.意図的に育みたい資質や能力
通る右下がりの直線」である。本時,生徒たち
わたしたちは,生徒に意図的に育みたい資質
は,この特徴を 1)原点を通る,2)右下がりの,
や能力を,次のように 2 つの内容に整理した。
3)直線,と 3 つに分け,比例 y=ax がもつどの
○学習活動を通して得た内容(知識,技能また
ような性質が現れたものなのか,性質とグラフ
は,見方や考え方,感じ方)について,すで
の特徴を関連付けてそれぞれ考察し,次のよう
に得ていた内容とのつながりを考え,それら
にまとめた。
を関連付けていくこと
○総合的にとらえるために必要となる内容を,
適切に選択していくこと
1)
x=0 のとき,y=0 になるという性質…(ア)
2)
x の値が増加すると,対応する y の値は減
少するという性質…(イ)
これらの資質や能力について,それぞれ具体
的に説明する。
3)
x の値が 1 ずつ増加すると,対応する y の
値は a ずつ増加するという性質…(ウ)
学習活動を通して得た内容(知識,技能,また
は,見方や考え方,感じ方)について,すでに
そして,前時の a>0 の場合の特徴と比較して
得ていた内容とのつながりを考え,それらを関
その共通点を見出し,比例 y=ax のグラフの特
連付けていくこと
徴として,性質と関連付けて次のようにまとめ
「総合的にとらえる姿」を生み出すには,生
た。
徒が,学習活動を通して得た内容のつながりを
比例 y=ax のグラフは
考えたり,単位時間で得た内容を,より広い範
A「原点を通る」
囲の内容の一部としてとらえ直したりしていく
B「直線」
ことが重要になる。そこで,わたしたちは,図
2 に示した「関連付けて理解」していくことを,
生徒に意図的に育みたい資質や能力とした。
であり,
C「a の値によってグラフの傾き方は変わる」
といえる。そして,A の理由は(ア)であり,B,
C の理由は(ウ)である。
第 1 学年でこのように関連付けて理解してい
った生徒たちは,次年度,第 2 学年の 1 次関数
の学習において,次のように考えていくことが
できた。
①3)の性質は,単元で学んだ変化の割合で考え
ると,
「変化の割合は一定で,a に等しい」と
いうことの x の増加量が 1 の場合のことであ
図2
内容を関連付けて理解する生徒
る。
②1 次関数 y=ax+b は比例 y=ax と同じように
「変化の割合は一定で,a に等しい」ので,
グラフは「直線」で,
「a の値によってグラフ
の傾き方は変わる」といえる。
総合的にとらえ るため に必要となる内 容を ,
適切に選択していくこと
これまでの研究の中で「総合的にとらえる姿」
は,学習活動の過程で適切な内容を選択してい
③グラフがどのような「直線」になるのかとい
くことができる生徒によって生み出されること
うことは,変化の割合の符号と絶対値によっ
が明らかになってきた。つまり,図 3 に示した
て決まるといえる。
「適切に用いる」
「適宜働かせる」の部分に,生
徒に意図的に育みたい資質や能力があることが
また,③まで考えた生徒たちに,「(既習の)
明らかになってきたのである。
反比例 y=a/x の変化の割合とグラフの形にはど
のような関係があるか」と発問すると,次のよ
うな結論に至った。
変化の割合が一定ではないので,
「直線」では
なく「曲線」になる。
このような発問を行った意図は,変化の割合
を,「直線の傾き」だけでなく,「直線か曲線か
を判断すること」とも関連付けて理解しておく
ことで,生徒の学びを第 3 学年における関数
y=ax2 の学習へとつないでいきたいと考えたか
図3
必要となる内容を用いる生徒
らである。
わたしたちは,①~③のような生徒の考えは,
比例の学習において,グラフの特徴と比例の性
質を関連付けて理解していたために生まれたと
考えている。
また,変化の割合を「直線の傾き」だけでな
く,
「直線か曲線かを判断すること」とも関連付
けて理解しておくことは,次年度以降の関数の
学習において,生徒が「総合的にとらえる姿」
を生み出していくことにつながると考えている
のである。
内容を「適切に用いる」ことや「適宜働かせ
る」ことができる生徒は,何に基づいてその判
断を下しているのであろうか。
この問いに対し,わたしたちは,適切な内容
を判断することには,学習を進めていく上で与
えられている「情報」が大きく関わっているの
ではないかと考えた。
どのような「情報」が与えられるのか,また
は,どのようなことが「情報」となり得るのか,
ということは,各教科等の本質に因る部分が大
きいと考えられる。しかし,何の目印もなく,
生徒が適切な内容にたどり着くことはできない。
その目印となる「情報」が,必ず存在している
と考えたのである。
そして,これらの「情報」を抜き出し,すで
に自分が体験してきたことや,各教科等の内容
を明らかにしてきた経験と比べることで,類似
している(関係している)ことに気付き,適切
に選択すべき内容を判断できるのだと考えた。
本校の英語科全校研究会の授業を例に,以下
具体的に説明する。
<英語科全校研究会より>
面」や「状況」をイメージできないか追究し,
本校の英語科では,コミュニケーションを「読
追究の前後で同じ本文でも本文の捉え方に大き
む」,
「書く」,
「聞く」,
「話す」の 4 つの技能か
な変化がみられた。このことは,本文に対する
らとらえた。そして,図 4 に示すように,それ
読みが深まっただけではなく,本文中の文や単
ぞれについて,「文法能力」,「社会言語能力」,
語を「情報」と関連付けて理解する第一歩にな
「談話能力」,「方略能力」を総合的に働かせな
ったと考えている。
がら「場面や状況,相手の立場や気持ちをくみ
このような実践を通して,英語科ではその後
取り,既習表現を適切に用いて,自分の思いや
の表現活動において,同様の「情報」に着目し,
考えを伝える姿」の具現する研究している。
4 つの能力を総合的に働かせていく姿を生み出
している。
第 2 学年での「話す活動」における実践では,
「相手にお勧めの旅行プランを売り込む」とい
う場面を設定し,オーストラリアの食べ物や観
光スポット,そこでできるスポーツやアクティ
ビティーについて,その魅力を伝える活動を行
った。その際大切にしたのは,一方的にオース
トラリアの魅力を伝えるのではなく,相手の趣
味や意向を引き出しながら,相手の希望に添っ
たプランを提案することである。
その結果,Which do you like A or B?
you interested in ~?
you ~?
図4
英語科のコミュニケーション能力のとらえ
Do you like ~?
Are
Did
などの質問をしながら,相手の「状
況」,「立場」や「感情」といった「情報」を引
きだす姿が見られた。また,相手の反応に応じ
第 1 学年での「読む活動」における実践では,
教科書に書かれた文章を表面的にとらえるので
て自分が調べたことの中から,相手に適したプ
ランを提案することができた。
はなく,そこから読み取ることができる「場面」
や「状況」,「文化的背景」や「感情」を含め,
生徒が深い読みができることをねらいとした。
本校英語科では,これらをこの授業場面にお
Ⅴ.研究内容
本研究は 3 ヶ年計画の研究であり,これまで
以下のような計画に沿って研究を進めてきた。
ける「情報」ととらえたのである。このような
「情報」を読み取る活動を,新たな内容を学ん
でいく際に併せて行っていくことで,同じよう
な内容を用いてコミュニケーションを図ってい
けばよいのではないかと,
「情報」が類似した場
合についても,生徒は自分なりの考えや表現を
<1 年次>
各教科等の本質を踏まえ,学習内容の「全
体」と「部分」をどのようにとらえるべきか,
各教科等で教師と生徒それぞれの立場から明
らかにする。
(総合的にとらえる対象の明確化)
追究していくようになると考えた。
授業中には,本文には直接書かれていない「場
面」や「状況」,「感情」といった「情報」に,
生徒が着目していくことができるような発問を
意図的に行った。この発問について考えること
で,生徒たちは教科書の本文から具体的な「場
<2 年次>
学習内容の「全体」と「部分」の関係から,
生徒が学習内容のつながりをとらえていくた
めに,各教科等で必要となる資質や能力を明
らかにする。
(総合的にとらえるための力の明確化)
<3 年次>
単元の目標:
各教科等で必要となる資質や能力を育み,
作品を俯瞰的に読んだり,作者の人生や時
生徒が学習内容を総合的にとらえる姿を生み
代背景と関わらせながら読んだりすることを
出すための具体的方途を明らかにする。
通して,作者が作品を通して何を伝えたかっ
(総合的にとらえる姿を生み出す方途の精選)
たのか,根拠をともなった考えをもつことが
できる
2 年次までの研究を踏まえた「目指す生徒の
姿」,「意図的に育みたい資質や能力」について
は,これまでに述べてきた通りである。
(総合的にとらえる姿)
単元を貫く課題:
『「走れメロス」に込められた太宰治のメッセ
ージを見つけよう』
そして,校内の研究会等を通して,3 年次は
主に次の 2 つのことについて,各教科等で研究
していく必要があると考えた。
そして,研究内容1,研究内容2のそれぞれ
について,次のような具体的方途を用いること
にした。
【研究内容1】
内容を関連付けていく学習と,内容を適切に
選択していく学習を整理した,効果的な単元(ま
研究内容1に関わって
生徒が「走れメロス」という作品を総合的に
とらえることができるためには,単元の目標に
たは題材)の構成
もあるように,作者の人生や時代背景と関わら
せたり,作品を俯瞰的に読んだりすることが大
【研究内容2】
内容を関連付けていくこと,内容を適切に選
択してくことを促す,単位時間の授業過程にお
切である。
そこで,単元を構成する際に,太宰治が「走
れメロス」の原詩とした,シラーの「人質」と
ける教師の指導・援助
比較するという単位時間を仕組んだ。つまり,
次に示すのは,本校の国語科全校研究会にお
太宰治の人生,そして原詩である「人質」につ
いて学習し,その上で,
「走れメロス」の本文の
ける実践例である。
全体を俯瞰して読み取りをしなければならない
課題を設定していくように単元を構成した。設
<国語科全校研究会より>
学
定した課題は表 1 のようなものである。
年:第 2 学年
単元名:自分を見つめる
教材名:「走れメロス」
太宰
治
太宰治にとって,
「走れメロス」を書いた時期
は結婚をした翌年であるため,
「 人間不信であっ
た自分自身を克服しようとする健康的な面を代
課題
第8 時
メロスはどんな困難・誘惑と闘ったのか
を考えよう
第9 時
「笑い」に関わる言葉から,メロスと
ディオニスの気持ちを考えよう
表する作品」または「友情の理想であり,人間
への信頼の完璧な姿を夢見た作品」という見方
ができる。しかし,その波乱に満ちた人生から,
第10時 メロスとディオニスを比較しよう
第11時 メロスが走る目的を考えよう
「偽善的にしか生きられない人間に対して理想
主義的美談をあえて描き,人間そのものを嘲笑
表1
国語科の設定した授業課題
的に描いた作品」「人間不信の暗さを蔵した作
品」という見方をすることもできる。
そこで,単元の目標,単元を貫く課題を次の
ように設定した。
そしてこれらの課題について,単元を貫く課
題にもどって各単位時間の学習を振り返り,各
単位時間の学習が「走れメロス」という文学作
品全体に関連付いていくようにした。
研究内容2に関わって
るとも考えられると思います。
本単元の第 12 時は,単元を通して学習して
S6:太宰は,自分自身が闘っていた「死」や
きた内容を適切に選択しながら,単元を貫く課
「恐怖」を表現しているとも考えられます
題である『「走れメロス」に込められた太宰治の
が,セリヌンティウスが待っていたことで
メッセージ』について追究する単位時間とした。
メロスがそれを克服していったように,最
先にも記したように,
「走れメロス」は肯定的
終的にはやはり,人を信じるということが
な見方も否定的な見方もできる作品である。生
人 間の 暗 い 部分 を 変 え て いく と い うこ と
徒が,そこまで作品を総合的にとらえられるよ
を メッ セ ー ジと し て 込 め たの だ と 思い ま
うに単元構成をしたが,肯定的なとらえだけに
す。
偏ってしまうことが考えられた。そこで,単元
このように,単元を通して学んできた内容を
の学習で学んだことを適切に選択し,否定的な
適切に選択しながら,単元を貫く課題について
見方まで生徒の追究の視野が広がるように,全
交流し,
「走れメロス」を総合的にとらえていく
体交流で次のような発問を行った。
姿が生徒には見られた。
太宰治 は肯 定的 なメ ッ セージ だけ を込 めて
「走れメロス」を書いたのでしょうか
次に記すのは,第 12 時の全体交流における
授業記録の一部である。
つまり,本単元で講じた具体的方途は,国語
科の考える総合的にとらえる姿を生徒の中に生
み出していくための方途として,一定の効果が
あったと考えている。
各教科等については,それぞれの研究紀要の
S1:最後の場面で「間に合う間に合わないの
問題ではない」とあって,約束は守る,自
中で,このような研究内容に関わる具体的方途
を記す。
分 を貫 く と いう メ ッ セ ー ジが 込 め られ て
いると思います。
Ⅶ.おわりに
S2:太宰の人生は自殺未遂をしたことが何度
3 年間の研究を通し,各教科等における学習
もあって,それだけ多くの試練があったの
内容を,各単位時間の中だけに終始することな
で,ディオニスという人物を通してその困
く別の場面へも「つないでいく」という生徒の
難さを表現していると思います。
姿を生み出してくることができたと手応えを感
S3:「人質」と比較した際にもあったように,
じている。新たに学んだことを,すでに学んだ
メロスには強い心と弱い心があって,それ
ことと関連付けながら総合的にとらえたり,直
は 人間 の 心 の本 質 を 描 き たか っ た のだ と
面している問題に対して,一面的にとらえるの
思います。
ではなく,学習内容を活かして総合的にとらえ
S4:困難,試練,誘惑などのつらさを描いて
ることができるようになったりした生徒達は,
はいますが,ディオニスとメロスを比較し
これからよりよい未来を切り拓いていってくれ
た際にもあったように,困難はあっても希
ると信じている。
望 は生 ま れ てく る と い う こと を 表 現し た
かったのだと思います。
しかし,各教科等で目指すべき総合的にとら
える生徒の姿については,さらに具体化して検
T :みなさんの意見から太宰は肯定的なメッセ
討し,教科の本質に照らしてそれぞれの教師が
ージを込めたことがわかりますが,そのよ
明確にもつ必要があること,そして,そのため
う なメ ッ セ ージ だ け が 込 めら れ て いる の
の具体的な方途としてはまだまだ精選の余地が
でしょうか。
あることなど課題は山積している。
S5:太宰の人生を考えると,太宰はメロスを
今回の研究を生かし,豊かなよりよい未来を
通 して 悪 心 や不 信 の 心 は 人間 だ れ の心 の
切り拓いていく生徒を,これからも高い志をも
中 にも あ る とい う 暗 い 部 分を 表 現 して い
って育んでいきたい。