廃棄物を化学する(22)

メルマガ講座
廃棄物を化学する(22)
循環資源研究所 所長
村田 徳治
銅とその化合物(2)
金属は元素であり、不滅なので最終処分地に処分したところで、そこには金属元素は
残存しており、その土地は潜在的な土壌汚染地帯となり、その土地を転売するような場
合、土壌汚染対策法の適用を受ける可能性もある。
筆者は 1975 年、重金属系廃棄物から金属を回収することにより、資源枯渇と土壌汚
染を解決し、セメント固化して埋立処分されている重金属化合物の流れを変えるため循
環資源研究所を設立した。やがて、経済性優先の社会では、理念が正しくてもその通り
には動かないことを知ることになる。
銅化合物の用途
銅に限らず、遷移金属(遷移元素)には複数の原子価(酸化数)をもつものが多い。原子
価の小さい方の化合物を第一、大きい方を第二とよぶ。化合物や水和イオンが色を呈す
るものが多く、種々の配位子と錯体を形成することができ、触媒として有用なものも多
い。
銅の化合物には+Ⅰ価(第一)と+Ⅱ価(第二)の化合物がある。+Ⅰ価の銅化合物として
は、塩化第一銅・シアン化銅・酸化第一銅などが重要であり、+Ⅱ価の化合物として塩
化第二銅・フタロシアニン銅・硫酸銅・塩基性炭酸銅・酸化第二銅・酢酸銅などが重要
である。
第一銅化合物
塩化第一銅 CuCl(Ⅰ)
アメリカの大手化学会社デュポンの研究者カロザス(ナイロンの発明者)と彼の協力
者であるベルギー系アメリカ人ニューランドは、塩化第一銅 CuCl(Ⅰ)を塩化アンモニ
ウム NH4Cl に溶かした触媒(ニューランド触媒:1928 年)を用いて、アセチレン CH≡CH
と塩化水素 HCl から有機塩素化合物であるクロロプレン CH2=CClCH=CH2 の合成に成功す
る。このクロロプレンを重合させたものが、合成ゴム(商品名ネオプレン)である。アメ
リカで工業化されてから約 30 年後の 1960 年代、昭和電工ではこのプロセスでクロロプ
レンを製造していたが、現在、クロロプレンはナフサを熱分解して生成するブタジエン
を原料にして製造されている。デュポン社は 1948 年に羊毛の風合いをもったアクリロ
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
1
※無断転載禁止
ニトリル繊維(オーロン)を発表し、50 年に市販された。1950 年代末頃、ニューランド
触媒を用いてアセチレンとシアン化水素を反応させて、アクリロニトリルが三菱化成で
製造されていたが、現在、ソハイオ法で製造されたおり、炭素繊維の原料として重要で
ある。
塩化第一銅の製法(乾式法)
水分が存在しない状態で金属銅(銅線・電気銅板)を塩素 Cl2 と反応させると、熱と光
を発して激しい反応が起き、融点 442℃の塩化第一銅 CuCl が生成する。
2Cu + Cl2 → 2CuCl・・乾式製法:水分が存在しな雰囲気での塩化第一銅(Ⅰ)生成反応
この反応をスタートさせる場合、金属銅を赤熱する必要がある。銅線に過剰な電流を
流して赤熱させる方法や銅棒をバーナーで赤熱する方法などがある。この反応は熱と光
が発生するので燃焼反応である。燃焼反応には必ずしも酸素は必要ないことがわかる。
塩化第一銅の沸点は 1366℃と記されているが、熔融状態では、刺激性の強い塩化第
一銅ヒューム(蒸気)が気化するのでその処理対策が必要である。塩化第一銅の熔融塩を
冷却した銅製のドラムで塩化第一銅フレークにする。ニューランド触媒用はフレークで
良いが、シアン化銅原料にする場合は粉砕して粉末にする必要がある。
塩化第一銅はほとんど水に溶けず、水溶性塩化物である食塩 NaCl や塩化アンモニウ
ム等には帯黄色透明のクロロ錯体を形成して溶解する。
CuCl + 4NaCl → 2Na2CuCl3・・・トリクロロ銅ソーダ(Ⅰ)・第一銅のトリクロロ銅錯
体は不安定で水で希釈すると分解して塩化第一銅の白色結晶を析出する。
Na2CuCl3→CuCl + 2NaCl
湿潤状態の塩化第一銅は空気酸化されやすく、すぐに第二銅に変化するため、窒素置
換などによって空気を遮断した状態で乾燥しなければならない。
食塩溶液中で金属銅と塩素を反応させると塩化第一銅と塩化第二銅の混合クロロ錯
体溶液ができる。この溶液を過剰の金属銅か還元剤(亜硫酸ソーダ Na2SO3 等)で還元する
とトリクロロ銅ソーダ(Ⅰ)が得られる。
2Cu + Cl2 + 4NaCl → 2Na2CuCl3・・トリクロロ銅ソーダ(Ⅰ)・・高濃度食塩水中で
安定であるが、空気酸化されやすい。
硫酸銅溶液に食塩を加え、亜硫酸ソーダで還元すると第一銅クロロ錯体が生成し、こ
れを希釈すると塩化第一銅が得られる。これは塩化第一銅の湿式製法でもある。
シアン化第一銅 CuCN(Ⅰ) (青化銅)
シアン化第二銅は不安定で工業的な用途はないため、シアン化銅(青化銅)と言えばシ
アン化第一銅を指す。塩化第一銅にシアン化ソーダ(青化ソーダ)を加えると青化銅と食
塩に複分解する。塩化第一銅は水に難溶性結晶であるが、塩化第一銅より溶解度の低い
シアン化銅生成に向かって反応は進行する。
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
2
※無断転載禁止
CuCl + NaCN→CuCN + NaCl・・シアン化銅生成反応は溶解度の差で反応は右に進行す
る。
Na2CuCl3 + NaCN→CuCN + 3NaCl
上記の湿式プロセスの方が乾式 CuCl 製造行程がない分、廃ガス・廃水処理に有利で
ある。
シアン化銅をシアン化ソーダに溶解したトリシアノ銅ソーダ Na2Cu(CN)3 溶液で電解
銅めっきをする。
CuCN + 2NaCN → Na2Cu(CN)3・・シアン系銅めっき浴
日本では、ニッケルが高価であったため、鉄素地に装飾用や耐食性のめっきをする場
合、下地処理としてシアン化銅をシアン化ソーダに溶解したシアン系銅めっき浴が多用
されていた。
硫酸銅のような酸性のめっき浴に鉄を浸漬すると、イオン化傾向の差によって瞬時に
金属銅が析出し、その銅は沈殿銅同様で手でこすると剥げ落ちてしまうので銅めっきと
しては使えない。現在は有害物質のシアン化合物の使用を極力低下させるため、下地処
理であるストライクめっきに使われている。
ストライクめっきとは素地の不働態皮膜を除去、活性化しメッキの密着を良くするた
めに行われる下地めっきのことである。普通より高電流をかけ短時間で処理する。鉄素
地へのストライクめっきは、鉄素地の被覆・ふくれ・剥げなど密着不良防止にもなって
いる。
第二銅化合物
塩化第二銅 CuCl2(Ⅱ)
+Ⅱ価の銅化合物も触媒やその他の用途で重要な地位を占めている。
Cu + Cl2 → CuCl2・・水の存在下で+Ⅱ価の銅塩化物(Ⅱ) が生成
金属銅を塩酸酸性の液中で塩素と反応させると塩化第二銅が生成する。反応液を加温
した方が反応性は良い。得られた緑色溶液を濃縮すると塩化第二銅二水塩 CuCl2-2H2O
の青色結晶が得られる。水分が多い結晶は緑色で潮解性である。因みに無水塩化第二銅
は褐色である。
ヘキスト・ワッカー法によるアセトアルデヒドの製法
現在、ワッカー酸化(Wacker oxidation)により、塩化パラジウムと塩化第二銅を触
媒にしてエチレンからアセトアルデヒドが製造されている。
塩化パラジウムの塩酸水溶液にエチレンガスを吹き込むと、塩化パラジウムが金属パ
ラジウムに還元され、アセトアルデヒドが生成することは 1894 年にすでに報告されて
いた。
塩化パラジウムと塩化第二銅を触媒としてエチレンからアセトアルデヒド CH3CHO を
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
3
※無断転載禁止
製造するヘキスト・ワッカー法がドイツ・ヘキストの子会社であるワッカー・ケミー社
のシュミットらにより、
アセトアルデヒド生成発見から 65 年後の 1959 年に開発された。
このプロセスは塩化第二銅を大過剰に使用するのが特徴で、生成した金属パラジウム
が塩化パラジウムに再酸化される。
CH2=CH2 + PdCl2 + H2O→CH3CHO + Pd + 2HCl・・・パラジウムによる酸化反応
Pd + 2CuCl2→ PdCl2 + 2CuCl・・・塩化第二銅による金属パラジウムの酸化反応
塩化第二銅はパラジウムの再酸化によって還元されて塩化第一銅となる。これを空気
酸化によって再び塩化第二銅へ戻す一連の工程がヘキスト・ワッカー法である。
4CuCl + O2 + 4HCl → 4CuCl2 + 2H2O・・・塩化第一銅の空気酸化反応
2CH2=CH2 + O2→ 2 CH3CHO・・総合したアセトアルデヒドの生成反応
このプロセスは、高度経済政策に沸いていた 1960 年代の石油コンビナートで、水銀
触媒を使用しないアセトアルデヒド製造プロセスとして稼働した。
このプロセスの誕生によって、水俣病の原因となった硫酸水銀触媒によるアセチレン
の水和によるアセトアルデヒド製造プロセスは消滅した。
ワッカー法は、エチレンのような二重結合を有する有機物(アルケン)を酸素によって
アセトアルデヒドのようなカルボニル化合物へ酸化する反応であり、エチレンと酢酸か
ら酢酸ビニルが工業的に製造されている。
水俣病と軟質塩化ビニルの関係
敗戦後、日本国内で自給できる資源である石炭と石灰石と食塩から製造できる唯一の
プラスチックとして塩化ビニルの生産が開始された。石炭を熱分解してコークスを造り、
石灰石を熱分解してできる生石灰を混合して電気炉でカーバイドを製造する。カーバイ
ド CaC2 に水を反応させるとアセチレンが CH≡CH が発生する。
CaC2+2H2O → CH≡CH + Ca(OH)2
このアセチレンと食塩電解プロセスから製造される塩化水素(HCl 合成塩酸)を塩化水
銀触媒のもとで反応させて塩化ビニル CH2=CHCl を製造していた。
CH≡CH + HCl → CH2=CHCl
塩化ビニル樹脂に可塑剤(油状物質)を添加することで、ビニルハウス用軟質塩化ビニ
ルフィルム等のような軟質塩化ビニルが製造できる。
チッソ水俣工場は、アセチレンを硫酸水銀 HgSO4 溶液(触媒)に通して有機合成原料で
あるアセトアルデヒドを製造していた。
CH≡CH+H2O → CH3CHO
アセトアルデヒドからは、アルドール縮合によってブタノール C4H9OH やオクタノール
[(2-エチルヘキサノール C5H11CH(C2H5)CH2OH)]等のアルコール類を製造できるが、これ
らは、塩化ビニル樹脂可塑剤の原料である。可塑剤の代表といえるフタル酸ブチルやフ
タル酸オクチル(フタル酸エステル類)は塩化ビニルの増産に伴い大量生産された。好意
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
4
※無断転載禁止
的に解釈すれば、相次ぐ増産で廃水処理がないがしろになったのが水俣病の遠因といえ
る。近年、フタル酸エステル類は環境ホルモンとしての作用が憂慮されている。
アセトアルデヒドと水俣病
硫酸水素メチル水銀 CH3HgHSO4 が副生する反応
アセトアルデヒドの製造行程の副反応の一つがメチル水銀と酢酸が生成する反応で
ある。
CH≡CH+3CH3CHO+2HgSO4+3H2O → 2CH3HgHSO4+3CH3COOH
アセチレンと硫酸水銀から硫酸メチル水銀ができるためには、水素の供与体が必要で
あり、その供与体がアセトアルデヒドと水である。筆者は、硫酸水銀がアセトアルデヒ
ドと水から生成する活性水素(H)でメチル化される上記の反応を想定している。
CH3CHO+H2O → CH3COOH+2(H)・・・(活性水素の発生)
メチル水銀化合物を含む反応廃液をチッソ水俣工場は無処理で水俣湾に放流廃棄し、
昭和電工鹿瀬工場は阿賀野川へ無処理廃出したため第二水俣病・新潟水俣病が発生、
1965 年に確認された。タレ流されたメチル水銀塩は、魚に生物濃縮して、それを知ら
ずに食べた人たちが、あの悲惨な水俣病に罹患することになってしまったのである。
触媒は、化学反応に関与はするが、劣化した金属系触媒でも金属元素そのものは不滅
であり、廃触媒となることはあっても、消滅することはない。次々と水銀を補給しなけ
ればならないということは、水銀が何らかのかたちで環境中へ放出されていることをチ
ッソや昭和電工の技術者たちは気付かなかったのであろうか。当時は高価であった水銀
は回収しても充分採算はとれたはずである。それを怠ったために、大被害を及ぼしてし
まったのである。
塩化第二銅とオキシクロリネーション(オキシ塩素化反応)
ドイツ BASF 社の技術者ラシッヒは、ディーコン反応に有機物を混在させると有機物
が塩素化されることを、1880 年代に発見し、塩化第二銅を用いて、塩化水素 HCl と空
気とベンゼン C6H6 を反応させ、クロロベンゼン C6H5Cl を合成した。さらに生成したクロ
ロベンゼンをシリカ触媒で水蒸気改質してフェノール C6H5OH を得る一連のプロセスを
開発し、1891 年に工場を建設した。
2C6H6 + 2HCl + O2→ 2C6H5Cl + 2H2O・・①(オキシクロリネーション・酸化塩素化反応)
C6H5Cl + H2O → C6H5OH + HCl・・・・②(脱塩素反応)
触媒によって反応温度は異なるが①の反応は 230~350℃・②の反応は 450~500℃で
ある。このオキシクロリネーション工程からダイオキシンが発生することが知られてい
るが、それについては、歴史は何も伝えていない。当時は現代のような微量物質を分析
できる技術は無かった。
ラシッヒ法から約 80 年経過した 1960 年代、エチレンと塩化水素の混合ガスを塩化第
二銅触媒を使って空気酸化し、EDC(二塩化エタン CH2Cl-CH2Cl)やその他の有機塩素系
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
5
※無断転載禁止
化合物を製造するオキシクロリネーション法が工業化された。
CH2=CH2 + Cl2→ CH2Cl-CH2Cl ・・(エチレンの塩素化・EDC の製造)
CH2Cl-CH2Cl → CH2=CHCl + HCl・・EDC の熱分解による塩化ビニルモノマーの製造
オキシクロリネーションによる EDC 製造の総合反応式を次に示す。
2CH2=CH2 + 4HCl + O2→ 2CH2Cl-CH2Cl + 2H2O
オキシクロリネーションでは、塩化第二銅と塩化カリウムを活性アルミナ担体に担持
させた触媒が使用されている。活性アルミナ中の塩化第二銅と塩化カリウムの比率は決
まっているが、活性アルミナのタブレットに塩化第二銅と塩化カリウムの混合溶液に浸
漬すると、塩化第二銅は活性アルミナと反応して塩基性塩化銅 CuOHCl となり活性アル
ミナに沈着してしまう。
3CuCl2 + Al(OH)3 → 3CuOHCl + AlCl3
そのため浸漬液中の塩化第二銅と塩化カリウムの比率を一定にしておいても、浸漬さ
せた活性アルミナ中の塩化第二銅と塩化カリウムの比率は異なってしまう。これは活性
アルミナの製法に起因する。この活性アルミナは金属アミニウムに金属水銀を塗布して
表面をアマルガム(水銀合金)にする。それを飽和水蒸気の雰囲気中に放置すると、アミ
ニウムの表面からコウジカビのような綿状の水酸化アミニウムが次々と生成する。この
水酸化アミニウムを乾燥してタブレッマシンで錠剤に成形、250℃程度の電気炉で焼成
すると高純度の活性アルミナを製造することができる。微量の水銀は焼成中に気化し、
タブレット中には残らない。現在は水銀問題でアマルガム法によるあ活性アルミナの製
造は行われていない。
引用・参考文献
1) 村田徳治 新訂廃棄物のやさしい化学第一巻 日報出版 2009 年
2) 村田徳治 化学はなぜ環境を汚染するのか 環境コミニュケーションズ
2001 年
3) chemieaula.blog.shinobi.jp/Entry/242/
4) www.vec.gr.jp/info/info2.html
5) www.jstage.jst.go.jp/article/yukigoseikyokaishi1943/38/6/38.../_pdf
メルマガ講座 廃棄物を化学する
バックナンバーはこちらから
50号 廃棄物を化学する(1)
51号 廃棄物を化学する(2)
52号 廃棄物を化学する(3)
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
6
※無断転載禁止
53号 廃棄物を化学する(4)
54号 廃棄物を化学する(5)
55号 廃棄物を化学する(6)
56号 廃棄物を化学する(7)
57号 廃棄物を化学する(8)
58号 廃棄物を化学する(9)
59号 廃棄物を化学する(10)
60号 廃棄物を化学する(11)水俣条約と水銀
61号 廃棄物を化学する(12)水俣条約と水銀2
62号 廃棄物を化学する(13)
63号 廃棄物を化学する(14)
64号 廃棄物を化学する(15)
65号 廃棄物を化学する(16)
66号 廃棄物を化学する(17)
67号 廃棄物を化学する(18)
68号 廃棄物を化学する(19)
69号 廃棄物を化学する(20)
70号 廃棄物を化学する(21)
一般社団法人廃棄物処理施設技術管理協会メールマガジン
平成 26(’14)年 10 月 第 71 号
7
※無断転載禁止