全天候型白線識別技術の開発及び実証

JARI Research Journal
20151003
【研究活動紹介】
全天候型白線識別技術の開発及び実証
Development and Verification of Lane Marker Detection System in All-weather Condition
後呂
考亮 *1
Kosuke USHIRO
1. はじめに
ドライバの漫然運転や居眠り運転などによる車
線逸脱が原因とされる交通死亡事故の割合は高
く1),その対策が望まれている.現在,車載カメラ
を用いて路上の白線を識別して車線維持を支援す
るシステムが実用化2)されているが,降雨などの悪
天候時やトンネルの出入り口付近など照度が急激
に変化する環境下においては,白線識別性能が大
幅に低下するため,車線維持支援技術については
検討の余地がある.
将来想定する自動運転システム(レベル3以上)3)
では,周辺監視義務を含む運転主権をドライバに
代わりシステムが持つことが想定されており,自
然環境に対してロバストな走行環境認識性能が求
められている4).
そこで本研究では,車線維持制御に必要な白線
識別性能の自然環境に対するロバスト性を,車載
センサと白線の工夫によりどこまで向上が期待で
き,自動運転(レベル3以上)を含む次世代高度運
転支援システムへの活用が期待できるのかを見極
める.さらに,実用化も踏まえてコスト面など識
別性能以外の要素も考慮して検討する.
本研究は,SIP(戦略的イノベーション創造プロ
グラム)
「自動走行システムの開発・実証」の「全
天候型白線識別技術の開発及び実証」について,
経済産業省からの委託を受けた研究事業として実
施している.特に一般財団法人日本自動車研究所
(JARI)は,中立公平な立場を生かし,産官学連
携の中核として研究事業を推進している.本稿で
は平成26年度成果5)の概要を紹介する.
2. 白線識別向けセンシング技術の特徴と課題
白線を識別して車線維持機能を実現するセンシ
ング技術としては,一般的にFig. 1に示すような各
種方式が実用化されている.自然環境に対するロ
バスト性では,降雪や雨天などの悪天候や急激な
照度変化に対して,近距離(検出対象までの距離
*1 一般財団法人日本自動車研究所
JARI Research Journal
中村
英夫
*1
Hideo NAKAMURA
が10 m以内)であれば,検出率が高く未検出や誤
検出が少ないミリ波レーダ方式が最も有望な方式
と考える.
カメラ画像
Fig. 1 白線識別向けセンシング技術の相対比較
2. 1 ミリ波レーダ方式
近年実用化されている衝突被害軽減制動制御装
置 ( AEBS: Advanced Emergency Braking
System)や車間距離制御装置(ACC: Adaptive
Cruise Control)向けに多く採用されている76
GHz帯のミリ波レーダは,約150 m前方の障害物
までの距離検出性能は優れているが,方位角度の
分解能や形状認識性能が劣っているという課題が
ある.
2. 2 レーザレーダ方式
白線とアスファルト路面の反射強度の差分をも
とに,白線を検出するレーザレーダを用いた方式
である.この手法は,自らレーザビームを照射す
るため,自然光の影響を受けにくいメリットがあ
る.しかし,本方式も降雪や雨天などの悪天候時
に,白線検出性能が悪化するという課題がある.
2. 3 カメラ画像方式
現在市販される多くの車線維持支援装置に用い
られているのが,カメラ(ステレオ/単眼)による
ITS研究部
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(2015.10)
画像認識方式である.本方式は対象物を識別する
性能が優れている一方で,雨天などの悪天候時や
トンネル出入り口付近などにおける照度急変時に
識別性能が大幅に低下するという課題がある.
3. 研究方針
本研究では,白線識別センシングシステムとし
て,電波と光という反射特性や伝播特性が異なる
二種類の電磁波を用いて,リブ(凸部)形状を有
した高輝度白線からの反射量により,車両と白線
との離隔距離を直接検出し,様々な自然環境下に
おいても高い識別正答率が得られるアクティブ式
全天候白線識別技術の見極めを行う.
具体的には,
センサ仕様の検討,シミュレーションや基礎実験
による原理確認を実施する.
3. 1 白線識別センシングシステムの検討
3. 1. 1 79 GHz帯UWBミリ波レーダ方式
本研究で採用する79 GHz帯UWB(Ultra Wide
Band)ミリ波レーダ方式6)は,検出距離は10 mと
限られるが,
距離分解能,
方位角度分解能が高く,
反射物体の形状認識が可能である.レーザ光と比
較して水成分の吸収が小さく,白線上のある程度
の積雪に対しても白線面にて電磁波が反射するこ
とで白線識別が可能となる.
また,一定間隔に配置された白線リブに電波が
照射された時の反射波に発生する電波の共振現象
(Bragg反射)を利用することで,反射波強度を
高めて識別性能を向上させられる可能性がある.
これら特徴を生かして,Fig. 2に示すように車
両前端部に79 GHz帯UWBミリ波レーダ方式のセ
ンサを搭載し,車両斜め前方の白線を検出,斜め
前方の白線までの距離Lと車両進行方向に対する
方位角θより,車両から白線までの距離Xを検出す
る使い方を想定する.
X = L×sin(θ)
(1)
白線
θ
L
X
縁石、ガードレール等
3. 1. 2 測距イメージセンサ方式
測距イメージセンサ方式7)は,外部に投光した
光源の反射光により反射物体と光源との距離を検
出するイメージセンサである.積雪時や豪雨時以
外であれば白線検出が可能なだけでなく,白線と
道路構造物の識別が容易なため,測距イメージセ
ンサ方式からの情報とミリ波レーダを組み合わせ
ることにより,白線識別正答率の向上が可能であ
る.また,積雪時においては,測距イメージセン
サ方式では白線の識別はできない半面,縁石など
の道路構造物は識別が可能であるため,ミリ波レ
ーダの正答率向上にも寄与できる.
測距イメージセンサの搭載場所については,
Fig. 3に示すように,車両のドアミラー下部を搭
想定する.
Fig. 3 測距イメージセンサ方式のシステム概観
3. 2 リブ式高輝度白線の検討
リブ形状を有した高輝度白線(以下,リブ式高
輝度白線と記述)8)とは,Fig. 4に示すように台形
状の凸部とフラット部分からなる白線である.雨
天でも凸部が冠水しないため,通常の白線では,
視認性が低下する雨天(夜間)でも視認性を保つ
ことができる.また,車両逸脱時には振動により
ドライバに注意喚起を促せることから,はみ出し
禁止線の道路標示や高速道路の車道外側線の区画
線などに多く採用されている.
通常の白線は降雨量が増加し表面が冠水すると,
水分に対する減衰率が小さいミリ波レーダであっ
ても検出性能が限定的となる.このリブ式高輝度
白線は雨天時でも凸部が冠水しない特徴を有する
ため,一定の検出性能を保つことが可能である.
本研究では,白線識別用に,電波および光を効
率的に反射できるリブ式高輝度白線の開発を行う.
Fig. 2 白線識別による自車位置検出
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Fig. 4 リブ式高輝度白線
4. 主な検討結果
平成26年度の主な研究結果について紹介する.
4. 1 白線識別センシングシステムの検討
4. 1. 1 79 GHz帯UWBミリ波レーダ方式
1) レーダ変調方式の検討
白線を検出する上で最適なレーダの変調方式に
ついて,Bragg反射の取得に適しているか,対象
物の検出における応答性が良いか,回路/ハードウ
ェア構成が簡易であるか,処理負荷が小さいかと
いった観点で検討した.その結果,FMCW方式,
ステップドFM方式,FCM方式の3方式が適してい
ると判断した.結果をTable 1に示す.
2) レーダ反射特性のシミュレーション検証
79 GHz帯UWBミリ波レーダの基本特性を確認
するため,帯域幅(4,000~125 MHz)など仕様
を変えてリブ式高輝度白線の反射特性をシミュレ
ーション検証した.シミュレーション環境をFig.
5に,受信電力のシミュレーション結果例をFig. 6
に示す.帯域幅4 GHzでは,分解能が高く,それ
ぞれのリブを検出できている.また,Bragg反射
が発生すると見込まれた狭帯域125 MHzでは,広
帯域4 GHzに比べて受信電力が減少している.こ
れは,レーダと反射物の距離が近い場合やリブ間
隔が広い場合に生じる各リブのレーダ波入射角の
違いに起因している.狭帯域で発生するBragg反
射の効果は小さく,この原理を期待し狭帯域を用
いるよりも,広帯域を用いて1つ1つのリブを検出
したほうが白線識別性能の向上に有効であると判
断した.
Fig. 5 シミュレーション環境図
広帯域4[GHz]は
分解能が高い
Table 1 各レーダ変調方式の特徴
Fig. 6 各帯域幅での受信電力(机上)
3) レーダ反射特性の実験検証
上記シミュレーション結果を受けて,大型電波
暗室でミリ波計測器を用いてリブ式高輝度白線の
反射特性を実験検証した.シミュレーションと同
様に,帯域幅4 GHzでは各リブからの反射波を分
離できることが分かった.また,リブ有無による
利得もかなり大きいことが分かった.Fig. 7に実
験結果例を示す.
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確立を行う.
自車両から,白線や縁石などの道路構造物まで
の距離,および対象物の種別を識別する技術の確
立に向け試作,課題抽出を実施した.
Fig. 7 各帯域幅での受信電力(実験)
4) アンテナ技術の調査,適用性評価
小型化,方位計測の高精度化という観点で優れ
ているアンテナ技術として「仮想エレメントを想
定した方式」について検討した.この方式は,数
学的手法で,エレメントを見かけ上増加させるこ
とが可能である.30 m 先に横一列に並ぶ 3 つの
物体を実エレメント 4 本で計測する場合,仮想エ
レメントでエレメントを 7 本に増やしたシミュレ
ーション結果を Fig. 8 に示す.仮想エレメントを
適用することで 3 つの物体を識別することが可能
となった.以上より方位計測の高精度化とレーダ
小型化の観点で仮想エレメントの適用は有効と考
える.
シミュレーション条件
想定
環境
仮想エレメント
適用
仮想エレメント
適用なし
1) 基本原理の確認
Fig. 9に示す測距イメージ機能確認装置を用い
て,光源から信号光を発光し,対象物に到達して
から,受光光学系を通じ受光されるまでの到達遅
れ時間に相当する情報を電圧信号として取得,対
象物との距離を算出する原理を確認した.
Fig. 9 測距イメージ機能確認装置
2) 基本性能の評価
リブ式高輝度白線(高さ10 mm,幅20 mm,間
隔100 mm,アルミ粉5%含有)に対して1 mの距
離から垂直に信号光を照射して距離画像を取得し
た.取得した画像にもとづく距離計測データを
Fig. 10に示す.図より,計測誤差が大きく,リブ
式高輝度白線までの距離を測距する性能が十分で
ないことが分かった.この理由は,太陽光などの
外乱光によりSNR(Signal-Noise Ratio)が低下
して計測精度が低いこと,発光パルス幅が狭いた
めに光源の光量が10 Wでは不足していることの2
つである.
Fig. 8 仮想エレメントの効果検証(机上)
4. 1. 2 測距イメージセンサ方式
計測方式には,反射光の遅れ時間の計測に基づ
く直接TOF方式(TOF:Time of Flight)及び,
反射光の到達位相差の検出に基づく間接TOF方
式がある.本研究では,近距離の計測において,
比較的容易に3次元の距離検出ができる間接TOF
方式を用いた測距イメージ方式の白線識別技術の
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(2015.10)
Fig. 10 距離計測結果
Fig. 12 ブロックまでの距離計測結果
(ブロック②は①③より100 mm高い設定)
計測精度を向上させる対策としては,イメージ
センサのデータ処理に外乱光を除去する処理を追
加してデータのSNRを向上させること,より高い
光量発光光源を用いることの2つが考えられる.
3) LED発光器の性能確認
光源の光量を高めるため,LED縦4×横4を配置,
リブ式高輝度白線,縁石,その他障害物の検出を
目的に,最大計測距離が4.5~9 m,照射角度を
30°×60°,45°×75°の2種類としたLED発光
器(0~200 W)を試作して,白線およびブロック
までの距離計測を実施した.
Fig. 11に示すような3ブロック(②は①③より
100 mm高い設定)に対して1 mの距離から垂直に
信号光を照射して距離画像を取得した.計測結果
をFig. 12に示す.ブロック高の差100 mmを,平
均値から判別することはできたが,差分を用いた
認識は計測バラツキのため不可能であった.対策
としては,外乱光を除去する処理,高速,かつ高
精度な距離計算を実現するパラメータ調整(キャ
リブレーション)が必要であると考えられる.
①
②
4. 2 リブ式高輝度白線の検討
白線識別センシングシステムの検出性能向上に
寄与するため,高輝度白線の材料やリブ形状につ
いて検討した.
1) 高輝度白線の材料検討
電気伝導性が高く,鉄や銅よりも安定的に反射
率が高いアルミニウムを対象に,顆粒の粒度,塗
料への含有量,施工容易性などを検討した.Fig.
13に異なる粒度分布のアルミニウム顆粒(#208:
粒径0.5~2.0 mm,#220:粒径0.2~1.0 m)を,
Fig. 14に塗膜表面(#208含:ズジ引き有,#220
含:ズジ引き無)を示す.ミリ波レーダを安定的
かつ高反射で検出できるアルミニウム顆粒の含有
量や粒度は,施工容易性(塗膜施工時のスジ引き
発生有無など)との関係が深いため,ミリ波レー
ダ反射特性計測を含めた,より詳細な材料選択の
検討が必要である.
③
Fig. 13 アルミニウム顆粒(左:#208,右:#220)
Fig. 11 ブロック設置の様子
(ブロック②は①③より100 mm高い設定)
JARI Research Journal
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2) 測距イメージセンサ方式
リブ式高輝度白線,縁石を計測距離の差分によ
り見分ける基本的な原理を確認した.データ処理
に外乱光を除去する処理を追加し,データのSNR
を向上させる必要性が明らかとなった.
Fig.14 塗膜表面(左:#208含,右:#220含)
2) 高輝度白線のリブ形状検討
サンプルを作成し,夜間ライトを照射した際の
視認性評価や反射輝度測定を実施した.リブを平
行方向に設置した場合と斜め45°に設置した場合
では,平行方向の方が反射輝度の平均値が相対的
に高く適切であった.Fig. 15に視認性評価に用い
た試験片を示す.リブの高さや間隔,形状は,今
後ミリ波レーダによる識別性能の評価も含めて複
数視点から今後検討する必要がある.
5.2 リブ式高輝度白線の検討
ミリ波レーダを安定的かつ高反射で識別できる
アルミニウム顆粒の含有量や粒度は,施工容易性
(塗膜施工時のスジ引き発生有無など)へ関係が
あることが分かった.従って,ミリ波レーダの反
射特性と施工容易性などを考慮しながら,最適な
材料や形状を選択する必要性がある.
6. 今後の課題
本事業にて開発するセンシングシステムが降雪
や雨天なども含めた悪天候や照度変化においてど
こまで対応可能であるのか,従来技術と比較した
優位性も含め,開発と検証を進める必要がある.
参考文献
1) 自動車運送事業に係る交通事故要因分析検討会報告
書,国土交通省自動車局 自動車運送事業に係る交通事
故要因分析検討会 (2013)
2) 平成 25 年度国土交通省受託調査報告書-平成 25 年度
Fig. 15 高輝度白線試作材料サンプル試験片
車線逸脱防止システムの国際基準に関する調査-(独)
(左:平行,右:斜め)
交通安全環境研究所 (2013)
3) National Highwy Traffic Safty Administration
5. まとめ
本研究では,車線維持制御に必要な白線識別性
能の自然環境に対するロバスト性を,車載センサ
と白線の工夫によりどこまで向上が期待でき,自
動運転(レベル3以上)を含む次世代高度運転支
援システムへの活用が期待できるのかを見極める
ことを目的として,センサ仕様の検討,シミュレ
ーションや基礎実験による原理確認を実施した.
(NHTSA, US):Preliminary Statement of Policy
Concerning Automated Vehicles (2013)
4) 須田 義大他:自動運転技術の開発動向と技術課題: 東
京大学
生産技術研究所次世代モビリティセンタ(2014)
5) 平成 26 年度戦略的イノベーション創造プログラム(自
動走行システム)
:全天候型白線識別技術の開発及び実
証事業報告書,一般財団法人日本自動車研究所 (2015)
6) 稲葉敬之,桐本哲郎:車載用ミリ波レーダ,自動車技
術 64(2),p74-79,2010-02-01
5.1 白線識別センシングシステムの検討
1) 79 GHz帯UWBミリ波レーダ方式
基本的なレーダの反射特性を確認した結果,狭
帯域で発生するBragg反射の効果は小さく,この
原理を期待し狭帯域を用いるよりも,広帯域を用
いて1つ1つのリブを検出したほうが白線識別性
能の向上に有効であることが明らかとなった.
JARI Research Journal
7) 安藤匠平, 佐田達典, 石坂哲宏:距離画像センサを用
いた計測条件変化時における精度検証,平成 24 年度 日
本大学理工学部 学術講演会論文集 (2013)
8) 平成 25 年度グリーン自動車技術調査研究事業(車線維
持制御技術に対する技術的実用性および社会受容性の
調査)報告書,一般財団法人日本自動車研究所 (2014)
- 6 -
(2015.10)