伝統工芸品「熊野筆」の産地から オリジナリティーあふれる化粧筆で 新

株式会社 晃祐堂
伝統工芸品「熊野筆」の産地から
オリジナリティーあふれる化粧筆で
新境地を開拓、世界進出を目指す
今回お訪ねしたのは、広島県熊野町にある晃祐堂の化粧筆工房で
す。熊野町は、全国にその名を知られる産地として、江戸時代から
筆産業が発展してきました。昭和53年創業の晃祐堂は、筆職人と
して技術を磨いた植松藤盛会長が創業し、書道筆と化粧筆を製造
しています。今年4月に社長に就任した2代目の土屋武美社長も、
伝統を大切に守りながら、世界に目を据えた意欲的なチャレンジを
行っています。新たな工場も完成し、化粧筆の増産体制が整った
今、未来志向の土屋社長にお話しを伺いました。
今年4月に完成したばかりの化粧筆工房
仕上げるなど加工が難しい)
を、
20代のころ、
すでにマス
伝統の地で独立
書道筆の製造に取り組む
ターしていたといいます。
この技術を生かして独立し、
書
江戸時代末期に始まった伝統の熊野筆。広島県で
創業者がこだわったのは、職人の育成と効率化で
初めて通商産業大臣より伝統工芸品に指定され、
筆の
す。平成2年に株式会社を設立、平成5年には熊野町
全国生産量の80%を占める一大産地として発展してい
内に第2工場を完成させました。若い世代への技術の
ます。
この熊野の地にあって、
私どもの晃祐堂は昭和58
伝承に力を入れたほか、
「匠の技」の効率化を目指し
年創業の新しい企業です。創業者の植松藤盛(現会
て、
一部工程の機械化にも取り組みました。町内では初
長)
は、
若いころから筆づくりの腕を磨いた根っからの職
の取り組みだったらしく、
機械の開発自体も会長が手掛
人。
全国でも数名しか作れない天平筆
(奈良時代、
聖武
けたそうです。
天皇のころに献上されたと伝わる筆で、
芯に紙を巻いて
筆は中国で誕生しましたが、
発展したのは日本です。
道筆の製造を手掛けるようになりました。
繊細な仮名文字を書く筆は、
先は細くやわらかく、
中は腰
があるのが理想。書道筆には約100種類の原毛が用い
られ、
中国やカナダから輸入する原毛を絶妙に組み合わ
せていきます。
中国には長江周辺のヤギ、
万里の長城周
辺のリスなどの名産地があり、
平成7年には四川省、
平成
12年には江蘇省に独資工場を設立しました。
中国国内
で原毛加工を行う体制を整え、
原料確保と作業の効率
一本ずつ、品質のよい毛だけを丁寧に選毛
4
ワイエムビジネスレポート 2015.10月号 No.84
化を進めました。
企業レポート/株式会社 晃祐堂
﹁晃
か
わ祐
い堂
いの
﹂オ
化リ
粧ジ
筆ナ
リ
テ
ィ
ー
を
生
か
し
た
品です。
何種類もの異なる原毛を組み合わせたり、
染色
した毛を使うことで、
くまモンやウサギ、
サッカーボールなど
の柄を穂先に浮かび上がらせることもできました。
オリジナ
リティーの強い商品については意匠登録を行い、
自社ブ
ランドの確立を進めました。伝統産業の筆業界では、
意
匠登録を取る企業は珍しいそうです。
海外でブランド確立目指す
国内外で化粧筆の拡販を
国内では、
書道筆の拡販は少子化の進展もあって厳
化粧筆でオリジナリティー発揮
効率性と「かわいい」両立
しい状況ですが、
化粧筆販売はまだまだ伸びる余地が
取引先からの引き合いを受けて、
化粧筆にチャレンジ
ショップ」で販売中です。
首都圏のデパートなどでの販売
したのは平成16年のことです。工程でいうと、
書道筆は
先を増やすため、
東京に2名の営業担当者を置き、
販売
70工程、
化粧筆は30工程と、
書道筆の方がかなり複雑で
先の開拓を進めています。
東京銀座の広島ブランドショッ
す。
熊野町では、
書道筆と化粧筆は専門化されているの
プTAU内「熊野筆セレクトショップ」でも販売中です。
が一般的で、
両方手掛けている企業は2、
3社しかありま
「自分ではなかなか買わないけど、
もらったら絶対うれ
せん。
私たちは、
書道筆で培った技術をベースに、
細部ま
しい」。化粧筆の価格はセットで1万円を超えるものも多
でこだわった製品づくりに取り組みました。
極上の肌ざわ
く、
女性が自分用に購入するには少々ハードルが高い反
りを実現するため、
手間はかかりますが原毛の毛先をカッ
面、
男性からのプレゼントとしては大変喜ばれています。
ク
トしない製法を採用。
また直接肌に触れるものですから、
リスマスやホワイトデー、
誕生日や結婚記念日など、
さまざ
筆職人による工場での検品と、
出荷前の最終検品の2段
まなシチュエーションでご利用いただきたいと考え、
PRの
階検品を徹底して行っています。
ターゲットを女性だけに絞らず、
男性の目にも留まるように
最初は販売で苦戦しました。
よい原料を使い、
技術を
工夫をしています。
駆使した化粧筆は、
そう安いものではありません。
「いい
日本国内だけでなく、
海外も有望な化粧筆のマーケット
あると考えています。
広島では現在、
当社ショールームの
ほか、
熊野町の筆の里工房、
広島駅の「熊野筆セレクト
商品だから買ってください」
と説明したところで、
なかなか
買い手がつきませんでした。
そこで、他社の化粧筆との
差別化を目指し、
オリジナルデザインを開発することにし
ました。筆の穂先の形状は、
「コマ」
と呼ばれる型で作り
ます。
作りたい穂先の形に凹ませた「コマ」は、
従来木製
で、
木工所に外注するものでした。
時間もお金もかかるた
め、
何事も効率化の道を探る会長は、
CADとNCフライス
を導入。
社内でオリジナルの「コマ」
を作成する体制を整
え、
スピーディーに新しいデザインにチャレンジできるように
なりました。
「かわいい!」
と女性がおもわず声をあげるような、
立体
的なハート形や花形の化粧筆は、
これまでになかった商
香港SOGO内にあるショップでは高級感を演出
ワイエムビジネスレポート 2015. 10月号 No.84
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企業理念
技術・品質・コストを究める
国際的視野で未来を見つめる
人材を鍛え育てる
お客さまの喜びを目指し感謝の心で行動する
まれた商品は、
話題づくりに一役買っています。
今話題の
「広島レモンチークブラシ」は、
JA広島果実連さんとのご
縁で誕生しました。
レモンを思わせる丸い形と黄色い色、
天然の広島レモンエッセンスの香りをつけたブラシはイン
パクト絶大。
食品以外で広島の特産品・
レモンとコラボす
る商品は珍しかったそうで、
何度もマスコミ報道していた
だきました。
今後も熊野筆らしさを守りながら、
いただいた
です。
特に中国市場は、
規模が大きく魅力的。
常設店とし
ご縁を活かし、
新分野を開拓していきたいと思います。
ては香港SOGO内に熊野化粧筆店舗を開店しているほ
弊社は、
伝統的に職人の育成に力を入れてきた企業
か、
各地の日本物産フェアなどでPRを行っています。
中
です。
正社員は30数名おり、
ベテランから若手へ技術を
国での販売の問題点は、
真似をされ、
模倣商品が売り出
引き継いで、
筆づくりの名人「伝統工芸士」が3名に増え
されるリスクが高いこと。対策として、
中国でも社名や製
ました。
1つの工房に3名の伝統工芸士が在籍するのは、
品名、
ブランド名などの商標登録を行っています。
それで
熊野町内でも晃祐堂のみです。
従業員の皆さんは長期
もコピー商品を作る業者は後を絶たず、
徹底的に闘うに
で働いている人がほとんど。
パートさんを含め、
高い専門
は大変な時間と労力を要します。
そこで、
模倣に負けな
性を持っています。
い強いブランド力をつけるため、
経産省と協力して、
ヨー
今年完成した化粧筆工房
(工場)
は、
職人の技と機械
ロッパでの浸透に取り組んでいます。参考にしているの
の良さが引き出せる施設です。
思い切った投資ではあり
は、
山口県の日本酒「獺祭」のケース。
獺祭は、
ヨーロッパ
ますが、
販売量の増加に対応できるほか、
今後、
国内外
やアメリカで大変な人気を集め、
またその点が評価され
の化粧品メーカー等からOEMでブラシ製造を受注する
て、
国内では
“逆輸入”
感覚で話題を呼び、
品不足が起き
ための基盤ができました。
品質をキープしつつ価格競争
るほどです。
欧米でのブランド力の強化は、
海外戦略とし
力を高め、
世界のニーズに応えていきたいと思います。
新
てだけでなく、
国内での販売強化に結びつくという視点を
工場では、
工場見学やブラシづくり体験の受け入れをス
もって、
力を入れていきます。
タートしました。
長い伝統に裏打ちされた「熊野筆」の世
新工場で増産体制整う
人材を育てさらに成長を
界を、
子どもたちや海外のお客さまにも広く知っていただ
く一助になればと思います。
今年4月には、
弊社に大きな変化がありました。
熊野町
まに支えられ、
晃祐堂はここまで成長してきました。
筆づく
に化粧筆工房を開設し、
同時に創業者の植松が会長、
りの伝統を社員一同で継承しながら、
これからも
“若い企
私が社長に就任させていただきました。私は若い頃、
東
業”
として果敢な挑戦を続けていきたいと思います。
お取引先さまに恵まれ、
そして愛用してくださるお客さ
京で電気関係の上場企業で営業を経験し、
伝統産業に
対する憧れを抱いていました。
晃祐堂では約5年間職人
として、
毛をさばく作業などを一通りマスター。
その後、
中
最高級の山羊毛を使った「ふ
わふわパウダーブラシ」は、肌
に自然なツヤが出ると好評
国工場の立ち上げ、
原毛の輸入や商品の輸出など、
幅
広く経験しました。
筆の世界は奥深く、
またニッチな業界だ
けに面白いことをすればすぐに注目が集まります。
会長は
柔軟な発想の持ち主で「よし、
やってみよう
!」
と新しいこと
に積極的に挑戦してきました。
私も好奇心旺盛に企画開
発に意欲を燃やしています。
産学連携、
異業種交流で生
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ワイエムビジネスレポート 2015.10月号 No.84
肌ざわりの良い毛先をカットしな
い「芯立て」の作業は、熟練の
技を要する
企業レポート/株式会社 晃祐堂
社長に
お聞きしました!
私の朝時間
朝は6時ごろに起床します。月の半分くら
いは出張しているため、家ですごす日の
朝は、高2、中3、小6の子どもを見ている
ことが多いですね。家庭菜園をしている
取締役社長
方は「こんなに大きくなった」
「実がなっ
土屋 武美
た」
と毎日見ても発見があるといいます
が、
ちょうど同じような感じです。一時期
は、長男が部活の朝練に間に合うように
学校まで送っていたので、早起きが習慣
になりました。
好きな言葉
概 要
<所在地>
広島県安芸郡熊野町出来庭6丁目6-28
< 設 立 >
平成2年
<資 本 金>
1,000万円
< 従業員数 >
約80名(パート含む)
< 営業内容 >
化粧筆製造販売、書道筆製造、画筆製造
「変わらないために変わり続ける」、
この
一言に尽きると思います。今、
いい評価
を得ている商品やサービスでも、慣れてく
るとお客さまは満足しなくなるものです。
企業沿革
高い評価を得続けていくには、進化を止
昭和53年7月
創業
めることはできません。筆作りの伝統を
平成2年7月
株式会社設立
平成5年10月
熊野町内に第2工場完成
平成7年2月
中国四川省に独資工場を設立(原毛加工)
平成12年7月
中国江蘇省に独資工場を設立(原毛加工)
平成25年12月
ベトナムホーチミンに独資工場を設立(原毛加工)
平成26年11月
香港SOGO内に熊野化粧筆店舗を開店
平成27年3月
熊野町内に化粧筆工房完成
ベースにしながら、時代の流れやお客さ
まのニーズに対応する商品を開発し、提
案し続けていきたいと思います。
私 の お 気 に 入り
今、一番楽しいことは異業種交流です。
中小企業家同友会やもみじフューチャー
クラブの活動など、積極的に参加するよ
うにしています。全く異なるジャンルの企
業の話を聞くことで発想が豊かになり、
考
え方が広がるように思います。取引をした
り、
コラボをしたりといった商売につなが
るかどうかは、
まったくもって後回しです。
話を聞かせてもらい、
自分もいろいろな話
をするなかで、信頼関係を育むことができ
たらいいと思います。出張先でも、
いろい
ろな出会いを楽しんでいます。
ワイエムビジネスレポート 2015. 10月号 No.84
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