焼成条件の調整による Al2O3-CuO 高日射反射率顔料の明度制御

神奈川県産業技術センター研究報告 No.21/2015
焼成条件の調整による Al2O3-CuO 高日射反射率顔料の明度制御
機械・材料技術部 ナノ材料チーム 良
知
健
奥 田 徹 也
藤 井
寿
高日射反射率塗料の調色工程の簡略化を目指し,Al2O3-CuO 高日射反射率顔料を対象に,顔料の製造段階における
明度の制御を試みた.その結果,CuO の出発原料を Cu ナノ粒子とすることで,同一の原料を同一の比率で混合した
場合でも,焼成条件を調整することによって,得られる顔料の明度が制御できることがわかった.
キーワード:ヒートアイランド,高日射反射率塗料,遮熱塗料,明度,暗色化,ナノ粒子
れることを報告した 1).そしてその後の研究から,明度に
1 はじめに
違いが表れた主な原因は,焼成後の顔料における CuO の
高日射反射率塗料(遮熱塗料)は,同色の一般塗料に比
粒径の違いにあることがわかった.このことは,焼成条件
べて日射に含まれる近赤外線に対する反射率が高い塗料で
により CuO の粒径が調整できれば,同一の原料から明度
ある.高日射反射率塗料は,屋根や道路に塗装することで
を制御した顔料を容易に得られる可能性を示唆している.
日射の吸収が抑制できるため,ヒートアイランド対策や冷
そしてこのような顔料の製造段階における明度の制御が実
房の節減に効果がある塗料として注目されており,ここ数
現すれば,その後の調色工程の簡略化が期待できる.そこ
年でその出荷額は数倍に伸びている.高日射反射率塗料に
で本研究では黒色系の Al2O3-CuO 高日射反射率塗料用顔
求められる性能は,可視領域(波長 380 ~ 780 nm)にお
料 1)を対象に,顔料の製造工程における明度の制御を試み
ける反射率が低い,すなわち明度が低いことと,かつ近赤
た.
外領域(波長 780 ~ 2500 nm)における反射率が高いこ
とである.また,塗装場所が屋外になるため,耐候性に優
2 実験方法
れ有害な元素を含まないことも重要である.
α-Al2O3(粒径 2 ~ 3 μm)に Cu ナノ粒子(平均粒径 50
現在,様々な高日射反射率塗料が各社から提案されてお
り,さらに複数の塗料を混合する調色工程を設けることで,
nm)を等モル混合し,大気雰囲気下において異なる 3 条
使用目的に合った任意の色での塗装が可能となっている.
件でそれぞれ焼成した(表 1:A-1 ~ 3).また,比較と
しかし,調色工程には煩雑な作業と難しい微調整が伴うた
して Cu ナノ粒子の代わりに CuO ナノ粒子(粒径 50 nm
め,調色工程の簡略化ができれば,作業コストの削減が期
以下)を用いた試料も作製した(表 1:B-1 ~ 3).得ら
待できる.
れた試料は 1 wt%のポリビニルアルコール(PVA)水溶液
我々は前報で,Al2O3-CuO-Fe2O3 顔料を作製する際,α-
中に分散させてガラス板に塗布し,70 °C で乾燥させた後,
Al2O3 と Cu ナノ粒子の混合と焼成の順序によって,近赤
自記分光光度計(島津製作所, UV-3100PC)により反射率
外反射率を大きく変化させずに明度の異なる顔料が得ら
を測定した.そして,可視領域の反射率から明度(L*)を,
近赤外領域の反射率から近赤外日射反射率(ρIR)をそれ
表 1 試料作製条件
ぞれ算出した.また,試料の粒径は走査型電子顕微鏡
(JEOL, JSM-6320F)により評価した.
焼成1
試料名
原料
A-1
Cu
(~50nm)
A-2
A-3
B-1
B-2
B-3
α-Al2O 3
(2~3μm)
CuO
(<50nm)
焼成2
温度
(℃)
時間
(h)
温度
(℃)
時間
(h)
800
2
-
-
3 実験結果および考察
800
2
800
48
作製した試料の明度(L*)と近赤外日射反射率(ρIR)
300
60
800
2
800
2
-
-
を図 1 に示す.原料に Cu を用いた試料 A-1 ~ 3 では,
800
2
800
48
300
60
800
2
焼成条件を変化させると近赤外日射反射率はあまり変化せ
ずに,明度が大きく変化することがわかる.これに対し,
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神奈川県産業技術センター研究報告 No.21/2015
近赤外日射反射率 (IR) [ % ]
80
A-1
70
60
A-2
A-3
B-1
B-2
B-3
50
30
40
50
60
明度 ( L*)
作製試料の明度(L* )および近赤外日射反射率
図 1
図 2 α-Al2O3 と Cu ナノ粒子を混合焼成した試料の SEM
(ρIR)
像
原料に CuO を用いた試料 B-1 ~ 3 は,焼成条件を変化さ
より,同一原料から,製造段階で焼成条件を調整して金属
せても明度や近赤外日射反射率に大きな変化は見られず,
酸化物の粒径を制御し,目的の明度を有する顔料を製造す
Cu と CuO では焼成条件が明度に与える影響が異なること
ることができる.
がわかる.ここで,試料 A-1 の SEM 像を見ると,図 2 に
示すように,焼成により生成した CuO の粒径は 1 μm 程度
と,原料の Cu ナノ粒子と比べて大幅に大きくなっており,
4 まとめ
高日射反射率塗料の調色工程を簡略化することを目的と
酸化と共に粒成長が起こっていることが確認できる.また,
この CuO の粒径は焼成条件により変化することが容易に
し,Al2O3-CuO 高日射反射率塗料用顔料を対象に,原料や
推察される.CuO の粒径が異なると着色力に差が現れる
焼成条件が反射スペクトルに与える影響を調べた.その結
ため ,含有する CuO の量が同じであっても顔料の黒色
果,CuO の出発原料を Cu ナノ粒子とすることで,同一の
度が変化する.その結果,試料 A-1 ~ 3 では焼成条件に
原料を同一の比率で混合した場合でも,焼成条件を調整す
よって明度に違いが現れたと考えられる.なお,ここでは
ることによって,近赤外反射率はあまり変化させることな
示さないが,試料 B-1 ~ 3 では焼成前後で CuO の粒径は
く明度を制御できることがわかった.この方法を利用すれ
変わっておらず,焼成条件により明度が変化しないことと
ば,同一原料から,製造段階で焼成条件を調整して金属酸
矛盾しない.
化物の粒径を制御し,目的の明度を有する顔料を製造する
2)
ことが可能となる.
以上から,酸化物を出発原料とした場合には,顔料の明
度は出発原料の粒径や組成で決まってしまい,焼成条件を
調整しても顔料の明度を選択することができないが,出発
文献
原料を金属粒子とすることで,焼成条件の調整による明度
1)
の制御が可能となることがわかった.具体的には,焼成条
良知健;神奈川県産業技術センター研究報告, No.20,
46(2014).
件に対応して金属ナノ粒子が酸化されて生じる金属酸化物
2)
の粒径がどのように変化し,それにより得られる顔料の明
度がどのように変化するのかを,予め確認しておくことに
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信岡聰一郎;色材協会誌, 55, 10, 758(1982).