物質の対称性と物性

Y2012 光電子物性学特論 (熊野担当分)
物質の対称性と物性
~群論の基礎~
4/5, 4/12, 4/19, 4/26, 5/10, 5/17, 5/24 (7講)
連絡先:[email protected], 内線9333
なぜ群論が必要か?
物質の持つ対称性の情報だけから、詳細な計算に依らずとも
物性の大枠を予測可能!
適用例:
振動モード(光学活性・ラマン活性)、テンソルで表現される各種物理量の対称性
量子力学への応用(選択則・ No crossing rule など )、固体のバンド構造(空間群)
ある関数を、その系の対称性に固有な
既約表現に分解し単純化
ある関数の主な例
1.変位(振動モード)
2.波動関数(選択則)
既約表現行列は直交する
任意の周期関数を三角関数(直交関数系)で展開  Fourier級数展開
直交関数系に分解
コンセプトは一緒!
別の例
“分極”
=
+
+ ・・・
摂動を受けた波動関数  無摂動系の固有関数(Legendre関数)で展開
分解・単純化:これまでの例
ベクトル
A =  ai e i
ei ⋅ e j = δ ij
i
(直交性)
e j ⋅ A =  ai e j ⋅ ei =  aiδ ij = a j
i
i
∴ ai = e i ⋅ A
関数
f ( x) =
1
2π
π
−i m x
 e f ( x ) dx =
−π
∴ Fn =
1
2π
一般には任意の
正規直交関数系
∞
Fe
 1 inx 1 imx 
e ,
e  = δ nm

2π
(直交性)
 2π

in x
n
n =−∞
1
2π
π
∞
−

−i n x
f ( x ) dx
n =−∞
 πe
π
Fn  e − i m x ei n x dx = 2π
−π
∞
Fδ
n
nm
= 2π Fm
n =−∞
「展開する」とは、展開係数 ai または Fn を求めること  「簡約」も同じ概念
本講義の主参考書
小野寺嘉孝 著(裳華房)
物性物理/物性化学のための
群論入門
定価 2940円
想定している読者
量子力学・量子化学を摂動論まで一通り学んだ
物理系・化学系の学生
講義資料 http://nanophoto.es.hokudai.ac.jp/
熊野のページから
Password = “G24iTkm509s”
他参考文献
梁 成吉 著「キーポイント 行列と変換群」(岩波書店)
今野 豊彦 著「物質の対称性と群論」(共立出版)
G.バーンズ 著、中村 輝太郎, 沢田昭勝 訳
「物性物理学のための 群論入門」(培風館)
犬井鉄郎・田辺行人・小野寺嘉孝 共著
「応用群論(増補版)」(裳華房)
M. S. Dresselhaus et al., Group Theory, Springer
講義内容
群論の基本的考え方
対称性・対称操作
群の概念・分類
群の表現(可約表現・既約表現)
指標
基底関数の直交性
量子力学・光電子物性への応用
摂動論
選択則 (群論の立場から見直す)
No crossing rule
ブロッホ定理
バンド構造 etc.
受講者への希望・講義のスタンス
将来必要となったときに独学する際、ガイドとなる「イメージ」を持ってもらいたい
簡単な応用例
方位量子数が1の電子(p 電子)1個
磁気量子数として3通りの値1,0,−1が許され、これら3つの状態は
縮退している。
その波動関数は一般に
x + iy
f (r )
φ1 = −
「物理」的
2
φ0 = z f ( r )
φ−1 =
x − iy
f (r )
2
Circular-basis
という形をしている。
ここで、f (r)は動径 r = x 2 + y 2 + z 2 だけの関数。
この形のままでも良いが、一次結合を取って得られる
φx ≡
φ−1 − φ1
2
Linear-basis
φ−1 + φ1
= y f (r )
2
φz = φ0 = z f ( r )
φy ≡ i
「化学」的
= x f (r )
を使う方が便利な場合もある。
「物理的に既約な表現」参照
簡単な応用例 (Cont.)
この p 電子に対して、(元々は等方的な空間中にあったものに対し)
V(r) = V0 (2z2 − x2 − y2)
なる摂動が加えられたとする。 (V0は定数)
この摂動は、正方形の対称操作に対して不変な形をしている
(現時点では x, y が等価で、z のみ違うことを意識すればよい)
Q.
正方対称性を持った系のもとで p 電子のエネルギー準位は
どのようになるか?
量子力学の(縮退のある場合の)摂動論によると、波動関数
φ −φ
φx ≡ −1 1 = x f ( r )
2
φ +φ
φ y ≡ i −1 1 = y f ( r )
2
φz = φ0 = z f ( r )
を使って摂動項 V(r) = V0 (2z2 − x2 − y2) の行列要素を計算すればよい
簡単な応用例 (Cont.)
その結果得られる3x3行列の固有値を求めることで、摂動の入った系のエネルギー
固有値が求められる。
行列要素の計算は、対称性を考慮して実行する。
例えば行列要素
φx V φ y = V0  dx dy dz ( 2 z 2 − x 2 − y 2 ) xy f ( r )
2
について考えると、右辺の被積分関数が x についても y についても奇関数である。
積分は全空間に渡って行われるから、この積分の結果はゼロになる。
同様に考えると、どの非対角要素も全てゼロになる。 対角要素も計算すると、
3x3行列は、
 − A0
 0

 0
0
− A0
0
0 
0 

2 A0 
となる。
(
)
ただし、 A0 = V0  dx dy dz z 2 − x 2 z 2 f ( r )
2
である。
簡単な応用例 (Cont.)
得られた行列は対角行列であるから、その対角要素の値がそのまま求める
エネルギー固有値となる。
φz
+2A0
既約表現
φ x , φ y , φz
により特徴づけられる
φx , φ y
無摂動の場合
z
O
x2 + y2
−A0
摂動 V (r) が加わった場合
この結果のうち、定性的な部分は詳しい計算をしなくとも対称性だけから推論できる!
摂動ポテンシャル V(r) = V0 (2z2 − x2 − y2)の形をよく見ると
z 軸のまわりの回転に対しては不変だが、x 軸、y 軸のまわりの回転に対しては
不変ではない。
z 方向の縮退が解け、x、y方向は依然縮退
定量的な情報、分裂の大きさと符号は得られない
別の応用例: 誘電率
D = εE
D: 電束密度
E: (物質内部の)電場
ベクトル量とベクトル量の間の応答関数 = テンソル
 Dx   ε xx
  
 Dy  =  ε yx
 D  ε
 z   zx
ε xy ε xz   Ex 

ε yy ε yz   E y 
ε zy ε zz   Ez 
独立成分と対称性との
関連を群論を適用して
考察
誘電率が ε で電場が E の空間には、単位体積あたり
1
U = ε E2 のエネルギーが蓄えられている
2
これは ε がスカラー(等方テンソル)の場合だが、対称性の低い
一般の場合には
1
U=
ε ij Ei E j で与えられる

2 i, j = x, y, z
別の応用例: 誘電率
U=
1
 ε ij Ei E j
2 i, j = x, y, z
を、実体を持った物理量と考え、U を電場 E の2次式として展開したとき
の展開係数として誘電率 ε を定義する、という見方をする
∂ 2U
∂ 2U
ε xy =
=
= ε yx
∂Ex ∂E y ∂E y ∂Ex
 ε xx

 ε yx
 ε zx

ε xy
ε yy
ε zy
誘電率 ε は対称テンソル

ε xz

ε yz 
ε zz  の独立な成分の個数は6
さて、6個の成分は本当に独立か?
考えている系の対称性が非常に低ければ ・・・ 全て独立
気体や液体のように完全に等方的であれば ・・・ スカラー
では、中間的対称性を持つ場合は?
ε 0 0 


= 0 ε 0
0 0 ε 


別の応用例: 誘電率
正方対称な結晶の場合
結晶がそもそも90度回転に対して不変
E′
E
結晶にとっては E も E' も同じ
エネルギー U も不変
E = ( Ex , E y , Ez ) E′ = ( − E y , Ex , Ez )
(
)
(
)
1
ε xx Ex2 + ε yy E y2 + ε zz Ez2 + ε xy Ex E y + ε yz E y Ez + ε zx Ez Ex
2
1
= ε xx E y2 + ε yy Ex2 + ε zz Ez2 − ε xy Ex E y + ε yz Ex Ez − ε zx Ez E y
2
U=
任意の Ex , E y , Ez について成り立つから、誘電率テンソルは正方対称の場合
 ε xx

 0
 0

0 

0 
ε zz  と、2個の独立成分を持つ
0
ε xx
0
対称性と群
「対称性」とはそもそも何だろうか?
何らかの変換に対して不変であれば、その系は対称性を持っている。
並進
時間反転
ローレンツ変換
・・・
ここでは
ある図形に一定の操作を施して得られる新しい
図形が元の図形に一致する
そのような操作=対称操作
正方形
B
A
O
C
物体の対称性
D
対称操作
0° 回転 (R (0)
90° 回転 (R (π/2)
180° 回転 (R (π)
270° 回転 (R (3π/2)
 E)
 C4)
 C42 )
 C43 )
物体を不変に保つ変換の集まり
「(変換)群」
課題1(図形の変換)
0度回転と180度回転による変換を考える。 このとき、この2個の
変換のみに対して不変な図形の例を3つ示せ。
例えば6角形は60度回転
に対しても図形を不変に
保つのでダメ!
Show at least three figures which are identical only under 0 and 180-degree
rotational transformations.
群の概念
(群・・・数学の一分野で、純粋に抽象的な概念)
集合Gの元R1(=E), R2 , ・・・ , Rg のどの2個の元 Ri, Rj についても積 RiRj が
定義されており、次の4つの公理が満たされているとき、集合G を群という
I.
閉集合性
Gは積に関して閉じている。すなわち、任意の2個の元 Ri, Rj の積 Ri Rj が
Gに属する
(積 = 連続した操作)
II.
結合律
(RiRj) Rk = Ri (RjRk)
が成り立つ
III. 単位元の存在
集合Gの中には全ての元 Ri に対して E Ri = Ri E = Ri
を満たす単位元 E が存在する
IV. 逆元の存在
任意の元 Ri に対して Ri−1Ri = Ri Ri−1 = E
を満たす逆元 Ri−1 が存在する
群の概念 ・・・用語
位数:元の個数 g ( g 個の元はどれも互いに異なるものと考える )
積 Ri Rj については、一般に交換律は成り立たない。 すなわち、一般にはRi Rj ≠
Rj Riであるが、特にすべての元Rj , RiについてRi Rj = Rj Ri が成り立つ場合、そのよ
うな群を可換群(Abel群)という。
生成元: 一般に g 個の元は、少数個の元の積の形に表せる。そのような少数個の
元を生成元(あるいは基本対称操作)という。
基本対称操作を組み合わせることで、考えている群のすべて
の対称操作を構成することができる。
生成元がただ1個の群を巡回群という。
物理的には「周期境界条件」と密接に関連
群の例(C4)
C4 = {E, C4 , C2 , C43}
群の公理を満足するか?
C2 = C42
C43 = C4−1
C4 :生成元
C4:巡回群
ローマン体: 群の記号
イタリック体: 対称操作
I.
閉集合性 (積 = 連続した操作)
OK
II.
結合律
OK
cf. (C4 C43 ) C2 = C4 ( C43 C2 )
III. 単位元の存在
OK
cf. EC4 = C4E = C4
IV. 逆元の存在
OK
cf. C4 C43 = C43 C4 = E
 C43 = C4−1
巡回群は、 C iC j = C i+j で表せるから必然的に可換群となる。
点群の対称操作
恒等操作 何もしない操作
角度 2π/n の回転 対応する回転軸を n 回軸という
複数個の回転軸を持つ場合はnが最も大きい回転軸を主軸という
Cn' 覆転
主軸に垂直な2回軸のまわりの180°回転
I
空間反転 座標 r を − r に変換する。
σ
鏡映 鏡映面に対する付加的な記号として以下の3つがある
h 水平面での鏡映 主軸に垂直な平面での鏡映
v 垂直面での鏡映 主軸を含む平面での鏡映
d 対角面での鏡映 2回軸の2等分面内、主回転軸に平行
I Cn 回反 角度 2π/n の回転後、空間反転を行う
Sn 回映 角度 2π/n の回転後、鏡映を行う
E
Cn
結晶点群(シェーンフリース記号)
群Cn
群Ci
群Cnh
群Dj
群Sn
対称要素としてn 回軸のみを持つ群で、位数nの巡回群
(n = 2, 3, 4, 6)
空間反転 I と恒等操作 E からなる群
Cnに水平鏡映面を付加した群(n = 2, 3, 4, 6)
n が偶数のとき空間反転 I を含む
Cnに n 本の覆転軸を付加した群
対称要素としてn 回映軸のみを持つ群 (n = 4, 6)
n = 2のときはCi 、 n = 3のときはC3h
群C4vの対称操作
*奥行きあり
回転
y
x
E
C4
(x, y, z)
 (x, y, z)
(x, y, z)
 (−y, x, z)
C2
(x, y, z)
 (−x, −y, z)
C43
(x, y, z)
 (y, −x, z)
この座標系で
考えよ
鏡映
σx
σy
(x, y, z)
 (−x, y, z)
(x, y, z)
 (x, −y, z)
σd
(x, y, z)
 (y, x, z)
σd'
(x, y, z)
 (−y, −x, z)
課題2: 8つの対称操作により、 (x', y', z') = R (x, y, z) が上記のように
変換することを確かめ、R を行列で表現せよ
群C4vの対称操作
回転
y
x
E
C4
(x, y, z)
 (x, y, z)
(x, y, z)
 (−y, x, z)
 x′   1 0 0   x 
 y′  =  0 1 0   y 
  
 
 z′   0 0 1   z 
  
 
 x ′   0 −1 0   x 
 ′ 
 
 y  = 1 0 0 y 
 z′   0 0 1   z 
  
 
このように、「操作」は行列で表現される
ステレオ投影図の見方
C2
面上の点:●
面下の点:○
I
回転軸の表記
:2回軸
:3回軸
:4回軸
:6回軸
「地球儀」をイメージ
ステレオ投影図の作図法 (I)
1. 1つの + z 半球の一般点に● をつける。
2. この点にそれぞれ群の対称操作を全て施し、その結果の点に●(+ z 半球
の場合)または○ (− z 半球の場合)をつける。
※ 一般点:対称要素の上にない、対称性の最も低い点
C4v
C4, C2, C43
σx, σy
σd, σd'
ステレオ投影図の作図法 (II)
D2 = {E, C2x , C2y , C2z}
C2x
C2y
C2z
D2
対称要素の表し方
C4h
C4
主軸(4回軸)
D2
C2v
太線:水平鏡映面 σhの存在
 ●と○は等価
覆転軸(2回軸)
太線:垂直鏡映面 σvの存在
ステレオ投影
C4
D2
C2v
C4v
D4h
C3v
対称操作の積
C4v
start
順番に連続して対称操作を行えばよい。 書き方の順序と演算の順序
が異なることに注意
Ri Rj f (x) = Ri [Rj f (x)]
課題3(対称操作の積)
群C4vについて、投影図の上の一般点の動きを追うことにより、
積C4 σx および σxC4 と等価な対称操作を求めよ。
Find out the equivalent symmetrical operations to the product “C4 σx”
and also “σxC4 ” by tracing movement of general point on a chart below.
start
C4v
群 C4v の生成元が、C4 と σx であること、すなわち
全ての点がこの2つの操作の積で実現できることを確かめよ
自由課題
群の積表
Rj (先)
C4v
Ri
(後)
C4v
E
C4
C2
C43
σx
σy
σd
σd′
E
E
C4
C2
C43
σx
σy
σd
σd′
C4
C4
C2
C43
E
σd′
σd
σx
σy
C2
C2
C43
E
C4
σy
σx
σd′
σd
C43
C43
Ε
C4
C2
σd
σd′
σy
σx
σx
σx
σd
σy
σd′
Ε
C2
C4
C43
σy
σy
σd ′
σx
σd
C2
Ε
C43
C4
σd
σd
σy
σd ′
σx
C43
C4
Ε
C2
σd′
σd′
σx
σd
σy
C4
C43
C2
Ε
一般に交代律は成り立たない  非可換
実際、例えば C4σx =σd′ 、 σxC4 =σd より
C4σx ≠ σxC4
組み換え定理
いづれの行、列においても同一の元が2度表れることはない
表現行列との対応
C4v
 0 1 0   −1 0 0   0 −1 0 
1 0 0 =  0 1 01 0 0

 


0 0 1  0 0 10 0 1

 


σx
σd
C4
 0 −1 0   0 −1 0   −1 0 0 
 −1 0 0  =  1 0 0   0 1 0 

 


 0 0 1 0 0 1 0 0 1

 


σd′
σxC4 ≠ C4σx
C4
σx
は行列の積の非可換性と対応する
対称操作の数(=位数)と対称性
360/n°回転操作に対して不変
360/1
360/2
360/3
360/2
360/4
360/5
360/2
360/3
360/6
360/2
360/4
360/6
360/8
・・・
最も大きな n により系の持つ回転対称性が決定される
360/2
360/3
360/4
360/6
360/8
360/∞
対称性の高い系・・・多くの変換に対して不変
対称性の低い系・・・不変に保つ変換が少ない
実は「回転群」
に属する
対称性の低下と部分群
注目している系 S に外から摂動を加えたとし、摂動の入った系を S' とする
摂動の対称性が系 S の対称性と同じかそれより高ければ S' の対称性は
S の対称性と同じ
一般には、摂動の対称性は系Sの対称性より低い
S' を不変に保つ変換群 G' の位数 g' は S の G の位数 g より小さい
 G' は G の部分集合
G' が G の部分群
系S
群G
例
C4v
{E, C4 , C2, C43,
σx, σy , σd , σd' }
位数:8
対称性低下
系 S'
部分群 G'
C2v
{E, C2, σx, σy}
位数:4