IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:新美 浩, 他 連載 3 ・・・・・・・・・・・・・ IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会総会「技術教育セミナー」より・・・・・・・・・・・・・ 救急の IVR 聖マリアンナ医科大学 救急医学, 同 放射線医学 1) 新美 浩, 松本純一, 箕輪良行, 明石勝也, 岡本英明 1), 中島康雄 1) 階でその他の単純撮影や CT を中心とした画像診断によ る各臓器損傷の診断と重症度評価が行われる。 はじめに 外傷診療における IVR, 中でも鈍的外傷による腹部実 質臓器損傷や骨盤損傷に対する出血制御の治療法として, 経カテーテル的動脈塞栓術(TAE : Transcatheter Arterial Embolization)の有用性は広く認識されている。しかし, 外傷における TAE の適応条件は未だ controversial な要素 も多く, 各施設における診療体制の違いなども加わり, 必ずしも一定の適応条件のもとに施行されていない。 そこで本稿では, 現在の段階で, 腹部・骨盤外傷におけ る TAE の適応決定をどのように考えるべきであるのか 述べる。 外傷診療の流れ 1) 1. 外傷初期診療の標準化 TAE の適応を理解するには, まず外傷診療全体の流 れを理解する必要がある。現在, 外傷診療においては, preventable trauma death の回避と治療成績向上を目的 として, JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)と呼ばれる共通のプロトコールに基づいた初期 診療の標準化が普及しつつある。この初期診療は, primary survey(生命危機を示唆する生理学的徴候・バ イタルサインの迅速評価から緊急蘇生治療までの段階) と secondary survey(各臓器損傷の診断と治療方針を決 定する段階)に大きく分けられる。 Primary survey の過程で施行される画像検査は, 胸部・ 骨盤のポータブル単純撮影と, FAST(Focused Assessment with Sonography for Trauma)と呼ばれる出血源の 検索のみに目的を絞った迅速簡易超音波検査に限られ る。この段階で循環動態が不安定な場合は, CT などの 検査を行って患者を危険にさらすことなく, 緊急蘇生治 療に移行する。 特に FAST で大量腹腔内出血を呈し, 初期輸液に反応 しない重篤なショックの場合は緊急開腹術が選択され る。また, 骨盤単純撮影で不安定型骨盤骨折を認め, 循 環動態が不安定な要因が後腹膜出血に起因すると考え られる場合は TAE が選択される。従って, primary survey で肝心なことは, 限られた部位の単純撮影や FAST 所見の適切な解釈と, 循環動態の評価にある。 一方, primary survey で循環動態の安定が得られた場 合 secondary survey のプロセスが進められるが, この段 1) 2. 循環動態の評価 循環動態の評価は TAE の適応を考える場合に最も重 要な点で, それには収縮期血圧の評価と初期輸液に対す る反応性の評価が含まれる。ここで重要なことは, 出血 性ショックとは収縮期血圧が 90 aHnを下回る場合のみ ならず, ショック指数 (Shock Index :脈拍/収縮期血圧) が 1 を超える場合もショックと認識すべきことにある 2)。 初診の段階で出血性ショックを呈し, 初期輸液により 収縮期血圧が 90 aHn以上に回復しても, ショック指数 が 1 を超える場合には依然としてショックを離脱してい ないと想定すべきである。JATEC における初期輸液と は, primary survey からの初期 30 分程度で 1 ∼ 2L の細胞 外液の急速投与を意味し, この初期輸液に対する反応性 から循環動態の評価が行われる。 また, 初期輸液に対する反応性を基準に, 出血性ショ ックにおける循環動態を分けて考える必要がある。す なわち, 出血性ショックは治療効果から, 1)初期輸液 により速やかにショックからの離脱を認め, 維持輸液に より循環の安定が得られる Responder, 2)初期輸液に より一時ショックからの離脱を認めるが, 維持輸液に変 更後, 短時間のうちに再度ショックに陥る Transient Responder, 3)初期輸液によりショックからの離脱が 全く得られない Non-responder, の三者に分けて考える ことが可能である。 この結果, 循環動態は以下のように捉えることができ る。一般に, 「循環動態が安定」とは非ショックである か, 初期輸液に対する反応が responder である場合を意 味する。また, 「循環動態が不安定」とはショックを呈 し, 初期輸液に対する反応が transient responder か nonresponder である場合を意味し, 出血源のコントロール が不十分なため積極的な止血が必要なことを示唆する。 この基本的な循環動態の把握は, TAE の適応を考える 際に極めて重要な点である。 1, 3) 3. Damage Control Surgery Damage Control Surgery(以下 DCS)とは, 重症外傷 に対する初回手術を出血と感染の制御を目的とした救 命手術に留め, 一旦 ICU に戻り, 生理学的指標の改善後 (301)59 IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:新美 浩, 他 技術教育セミナー/救急の IVR に改めて根治手術を展開する治療戦略を意味する。循 環動態が不安定な重症肝損傷に対する DCS は開腹ガー ゼパッキングによる圧迫止血手技が主体で, 肝切除や縫 合術などは二期的に行われる。DCS は循環動態から考 えた場合, 出血性ショックで初期輸液に対する nonresponder においては絶対適応と考えられるが, 原則的 には transient responder も適応となり得る。 このように DCS とは, 本来緊急性の高い外科的介入 治療を意味する。重症骨盤骨折など後腹膜出血に起因 する難治性ショックに対しては, 迅速な出血制御のため 当初から IVR を選択すべきであることから, IVR も damage control の一つとする考え方もある。しかし, IVR の基本的な位置付けは, 重症外傷に対する出血制御 を目的とした治療選択として, DCS との相補的な役割 4 ∼ 6) を有する存在と考えるべきである 。 TAE の適応 1, 4 ∼ 6) 1. TAE の適応に関する基本的考え方 Primary survey から治療選択に至る診療の流れを図 1 に示す。鈍的腹部外傷に対する TAE の適応を決定する 場合, TAE を第一選択と考える条件として, 基本的には primary survey の段階で循環動態の安定が得られている ことが必要である。この考え方は, 以下のように大きく 三つに分けて考えることができる。 1)ショックの原因が主に腹腔内出血, すなわち腹腔内 臓器損傷に起因する場合, primary survey で循環動 態が不安定であれば TAE は第一選択とはならず, 図 1 外傷診療の流れ−初期診療から治療選択まで Primary Survey Non-responder Transient Responder Responder Secondary Survey 造影 CT 腹腔内出血 後腹膜出血 DCS TAE 根本手術 60(302) 保存的治療 DCS が選択される。 2)ショックの原因が主に腹腔内出血, 腹腔内臓器損傷 に起因する場合でも, primary survey で循環動態の 安定が得られれば, TAE の適応となり得る。 3)ショックの原因が主に後腹膜出血, すなわち骨盤骨 折など後腹膜損傷に起因する場合は, 循環動態が不 安定でも出血制御の手段として TAE を第一選択とす ることが可能である。 Primary survey で一旦循環動態の安定が得られた場合 には, secondary survey における適切な造影 CT 検査に より ①各臓器損傷の有無と程度, ②活動性出血の有無 (造影剤の extravasation), ③出血量とその分布(腹腔 内・後腹膜)などが評価される。CT 所見はそれ自体が TAE の適応を左右する単独因子とはなり得ないが, 一 般的には日本外傷学会臓器損傷分類Ⅲ型の重症損傷で CT 上造影剤の extravasation を認める場合, 初期輸液に 対する反応性が responder であれば TAE の適応となる。 CT 上, 造影剤の extravasation は, 積極的な出血制御 の必要性を示唆する所見である。しかし, 造影剤の extravasation を認めなくても TAE の施行が望ましい場 合があることや, 逆に extravasation を認めても TAE の 適応とはならない場合があることから, その臨床的意義 は必ずしも一概には言及できない(各論参照) 。 また, 注意すべき点は短時間での循環動態の変化で, CT 検査の段階では循環動態が安定していても, 血管造 影施行直前に再度循環動態が悪化する場合も少なくな い。この様な transient responder の場合, 原則的には治 療方針を変更し外科治療に踏み切るべきであるが 7), transient responder に対する治療戦略には, 必ずしも一 致した見解はないのが現状である。最悪の事態を回避 するためには経時的な循環動態の評価が極めて重要で, TAE の適応と判断した場合でも常に外科手術のスタン バイが望ましい。 2. 各臓器損傷における考え方と問題点 a)肝損傷 5, 7, 8)(表 1) 肝損傷においては, CT 上日本外傷学会肝損傷分類 Ⅲ型損傷で, 循環動態の安定が得られた場合 (Responder)は, 原則的に TAE の適応と考えられる。 その際, CT で造影剤の extravasation を認める場合と 認めない場合があり得る。 Ⅲ型損傷で, 初期輸液療法後においても循環動態が 不安定な場合は, TAE の適応外である(図 2)。Ⅲ型損 傷で, CT 上門脈損傷や肝静脈・下大静脈損傷の合併 が強く疑われる場合も TAE の適応外である。 一方, Ib 型損傷と考えられる場合には, 損傷範囲が 広くても腹腔内出血は認めないか少量のため, CT で 造影剤の extravasation を認める場合でも, 循環動態が 安定していれば保存的治療が可能である(図 3)。た だし, 経過中に仮性動脈瘤の増大や進行性の貧血, 胆 道内出血などを認めた場合には, TAE の適応になる。 IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:新美 浩, 他 技術教育セミナー/救急の IVR 9) b)脾損傷 (表 2) 脾損傷においては, CT 上日本外傷学会脾損傷分類 Ⅲ型損傷で, 循環動態の安定が得られた場合 (Responder)は, 原則的に TAE の適応と考えられる (図 4)。その際, CT で造影剤の extravasation を認め る場合と認めない場合があり得る。ただし, Ⅲ d 型 (粉砕型)と想定される場合には, 塞栓術後膿瘍など の合併症を考慮すると, 基本的には手術適応と考えた 方がよい(図 4)。 Ⅲ型損傷で, 初期輸液療法後においても循環動態が 不安定な場合には, 原則的に TAE の適応外と考える べきであるが, transient responder に対する治療選択 は意見が分かれている。また, IV 型損傷やⅢ型+ HV 表 1. 肝損傷における TAE の適応 適 応 III 型損傷で循環動態が安定(Responder) 適応外 以下のいずれかを満たす場合 ●初期輸液療法後も循環動態が不安定 ●門脈・肝静脈・下大静脈損傷 ● Ib 型で循環動態が安定 表 2. 脾損傷における TAE の適応 図 2 肝損傷Ⅲ b 型(Transient Responder) 急速輸液と大動脈閉塞バルーンを用いて一時的に血 圧を維持し, CT 検査を施行し得た。広範なⅢ b 型肝 損傷と考えられ, 損傷域から腹腔内にかけて造影剤 の extravasation を認める。DCS の適応と考えられる 典型例である。 適 応 III 型損傷で循環動態が安定(Responder) 適応外 以下のいずれかを満たす場合 ●初期輸液療法後も循環動態が不安定 ●脾門部血管損傷(IV 型・ III 型 +HV) ● IIId 型 損傷など, 脾門部血管損傷と考えられる場合も TAE の適応外である(図 5)。 a b 図 4 脾損傷Ⅲ c 型(Responder) Ⅲ c 型脾損傷で肝脾周囲の腹腔内出血と損傷域から 腹腔内にかけて造影剤の extravasation を認めた。初 期輸液により循環動態の安定を得たため, TAE を施 行した。 図 3 肝損傷 Ib 型(Responder) Ib 型 肝 損 傷 と 診 断 し , 損 傷 域 内 部 に は 造 影 剤 の extravasation を認めたが, 初期輸液により循環動態 の安定を得たために保存的治療とした。 (303)61 IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:新美 浩, 他 技術教育セミナー/救急の IVR 6, 10) a 図 5 a, b :脾損傷Ⅲd + HV 型(Responder, 膵損傷合 併例) 脾の損傷域に広範な造影欠損と造影剤 extravasation を認め, 脾門部血管損傷の合併を伴う粉砕型損傷が 疑われた。循環動態の安定が得られたが, さらに膵 b 損傷も疑われたため手術適応と考え, 緊急手術によ り確認された。 図 6 腎損傷Ⅲa + H3 型(Responder) 左腎損傷と腎周囲に大量の血腫, および血腫内に造 影剤の extravasation を認めたが, 初期輸液により循 環動態の安定を得たため, 保存的治療を選択し得た。 c)腎損傷 腎損傷の場合, 従来は CT 上日本外傷学会腎損傷分 類Ⅲ型損傷で, 循環動態が安定している場合は TAE の適応, 循環動態が不安定な場合には手術適応と考え られてきた。しかし, 現在では, 腎損傷の治療はより 非手術的治療が選択される傾向にあり, TAE の適応 に関する考え方は controversial である。 現段階では, IV 型損傷(腎茎部血管損傷)や循環動 態が不安定で non-responder である場合は TAE の適応 外(手術適応)とされているが, 循環動態を踏まえた Ⅲ型損傷の治療選択に関しては一定の見解が得られ ていない。また, Ⅲ型損傷で循環動態が安定している 場合は多くの例で保存的治療が可能であり(図 6), 循環動態が安定している場合の TAE の適応も今後再 検討が必要と考えられる。 4, 6) d)骨盤損傷 (表 3) 重症骨盤骨折(不安定型骨盤骨折)と後腹膜出血が 原因と考えられるショックを認め, 循環動態が不安定 な場合, TAE の適応と考えることには異論はない。 しかし, 逆に循環動態が安定している場合, どのよう な付帯条件を認める場合に TAE の適応と考えるべき なのか, 未だに一定の見解は得られていない。 循環動態が安定している場合には secondary survey で造影 CTが施行され, 損傷形態, 後腹膜血腫, 造影剤 の extravasation に関する評価が行われる。一般的には 大量の後腹膜血腫を認めるか, 造影剤の extravasation 表 3. 骨盤損傷における TAE の適応 適 応 以下のいずれかを満たす場合 ●初期輸液療法後も循環動態が不安定 ● CT 上大量の後腹膜血腫 ● CT 上造影剤の extravasation 陽性 適応外 循環動態が安定+以下のいずれかを満た す場合 ●後腹膜血腫が少量で造影剤の extravasation 陰性 ●後腹膜血腫が筋肉内血腫に留まる を認めれば, TAE の適応と考えられる。 循環動態が安定していても後腹膜血腫が大量に認 められる場合は, たとえ CT で造影剤の extravasation を認めなくても, 血管造影や TAE の適応と考えるべき である(図 7) 。しかし, 後腹膜血腫が少量で造影剤の extravasation も認めない場合や, 後腹膜血腫が主に筋肉 内に留まる場合には, 保存的治療も選択可能である。 4 ∼ 8) 3. 多発外傷・重症例に対するアプローチ 多発外傷・多臓器損傷の場合には出血量が相対的に 多く, 早期に凝固能異常を呈する可能性が高いため, 単 62(304) IVR マニュアル/ 2004 日本血管造影・ IVR 学会「技術教育セミナー」より:新美 浩, 他 技術教育セミナー/救急の IVR a b 図 7a, b 骨盤損傷Ⅲ型(Responder, 重度不安定型) 右仙腸関節の著明な離開を伴う骨盤骨折で, 著明 な後腹膜血腫を認めたが, 循環動態は安定し造影 剤の extravasation は認めなかった。血管造影では 造影剤の extravasation と腸腰動脈, 上殿動脈の途 絶を認め, TAE を施行した。 独損傷の場合に比してより積極的に出血制御を行う必 要がある。単独損傷であれば保存的治療が可能でも, 多 発外傷であるために積極的に TAE の適応と考えるべき 場合もある。また, 単独損傷なら TAE の適応と考えら れる場合でも, 消化管損傷や膵損傷など合併損傷の内容 によっては手術適応となり, 多発外傷ではあくまでも個 別のアプローチが必要である。 循環動態が不安定なため, 最初に DCS が施行された 場合においても, 術後循環動態の安定が依然として得ら れない場合には, 追加治療としての TAE が必要になる 可能性がある。従って, 循環動態が極めて不良な重症例 における DCS と TAE は二者択一の治療選択ではなく, 状況に応じて, より効果的な併用治療を考慮すべき相補 的な存在と考えるべきである。 【文献】 1)改訂外傷初期診療ガイドライン, 日本外傷学会外傷 研修コース開発委員会編. へるす出版, 東京, 2004. 2)桝井良裕, 明石勝也:ショック. 救急医学 28 : 287 292, 2004. 3)Shapiro MB, Jenkins DH, Schwab CW, et al : Damage control : Collective review. J Trauma 49 : 969 - 978, 2000. 4)中島康雄, 新美 浩 : Damage control surgery と interventional radiology. 救急医学 26 : 699 - 705, 2002. 5)Johnson JW, Gracias VH, Gupta R, et al : Hepatic angiography in patients undergoing damage control laparotomy. J Trauma 52 : 1102 - 1106, 2002. 6)Kushimoto S, Arai M, Aiboshi J, et al : The Role of interventional radiology in patients requiring damage control laparotomy. J Trauma 54 : 171 - 176, 2003. 7)溝端康光, 横田順一朗, 矢嶋祐一, 他:出血性ショッ クを呈する肝損傷における止血法選択基準の検討 ; TAE か開腹か. 日外傷会誌 14 : 222 - 229, 2000. 8)長屋昌樹, 窪田 倭, 新美 浩, 他:鈍的Ⅲ型肝損傷 における治療指針. 日臨外会誌 65 : 594 - 600, 2004. 9)Liu PP, Lee WC, Cheng YF, et al : Use of splenic artery embolization as an adjunct to nonsurgical management of blunt splenic injury. J Trauma 56 : 768 773, 2004. 10)Hagiwara A, Sakai S, Goto H, et al : The Role of interventional radiology in the management of blunt renal injury : A practical approach. J Trauma 51 : (305)63
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