回転数とトポロジー 2: つむじの定理とその応用

1
回転数とトポロジー 2: つむじの定理とその応用
早稲田大学基幹理工学部数学科 3 年 杉ノ内 萌 ∗
2015 年 9 月 10 日
Abstract
通常は回転数に関係した議論で証明される “つむじの定理” を [4] に従って微積分で証明する. その応用
として 3 次元以上の奇数次元可除代数の非存在を証明する.
Contents
1
微積分からの準備
1
2
つむじの定理
5
3
応用: 可除代数の存在問題
9
組版は AMS-LATEX 2ε を用い, 図版や図式は TikZ で書きました. この文書は次からダウンロードすること
ができます: http://mone.at-ninja.jp.
Notations
1. Rn の標準的な内積とノルムをそれぞれ x · y と ∥x∥ で表す.
2. 集合 A, B に対して A ⊂ B と書いたら A = B の場合も含んでいるものとする.
1 微積分からの準備
ここでは次節で用いる微積分の復習を行う. 発表を聞くための概要だけを説明するので, 曖昧な部分も多い.
詳しくは述べないので, 気になることがあれば参考文献を調べられたい. 全体にわたって, [5] や [6], [7] は参考
になる.
∗
[email protected](email)
1 微積分からの準備
つむじの定理とその応用
1.1. Euclid 空間の位相
1.1 Euclid 空間の位相
ε を正の実数とする. Rn の点 p を中心とする半径 ϵ の開球 (open ball) を
Bp (ε) := {x ∈ Rn | ∥x − p∥ < ε}
で定義する.
Definition 1.1 (内点, 外点, 境界点)
Rn の部分集合 A に対して以下を定義する:
1. p ∈ Rn が A の内点 (interior point) であるとは, ε を十分小さく取れば, Bp (ε) ⊂ A が成り立つことを
言う.
2. p ∈ Rn が A の外点 (exterior point) であるとは, ε を十分小さく取れば, Bp (ε) ⊂ Ac が成り立つこと
を言う. ここで Ac := Rn \A である.
3. p ∈ Rn が A の境界点 (boundary point) であるとは, p が A の内点でも外点でもないことを言う. す
なわち, どんなに小さい ε をとっても, Bp (ε) が A, Ac と交わってしまうような点 p を境界点というの
である.
この定義により, Rn の点は A の内点, 外点, 境界点のいずれかとなる. さらに, A の点は A の内点か境界点の
いずれかとなることに注意されたい.
Definition 1.2 (開集合, 閉集合)
Rn の部分集合 U が開集合 (open set) であるとは, U の全ての点が U の内点となることを言う. また, 補集合
が開集合であるような集合を閉集合という.
すぐに確かめられるように, Rn 自身と空集合 ∅ は開集合であり, かつ閉集合である.
Example 1.3
R 内の開区間は開集合であり, 閉区間は閉集合である.
このよう例のように, 開集合は “ふちのない集合” であり, 閉集合は “ふちのある集合” である. 関数の定義
域として有界な “ふちのある集合” がとれるのか否かということは関数の振る舞い (たとえば最大値や最小値
の存在) に対して制約を与えることは明らかである*1 . 今後の節では, 以上の言葉使いをそのような使い方で用
いる.
ここで 1 つ注意が必要で, “ふち” があるかどうかという概念は相対的なものである. たとえば, R3 内で球面
S 2 := {(x, y, z) ∈ R3 | x2 + y 2 + z 2 = 1} を考えるとき, S 2 上の “ふち” のない集合とは S 2 ∩ Bp (ε) にあた
るだろうが, これは R3 における開集合ではない. よって, ある集合が開か閉かということは “どの集合の上で
の話か” ということに注意せねばならない. そこで次を定義しておく:
Definition 1.4
A を Rn の部分集合とする. A の部分集合 U が A 上で開 (open in A) であるとは, U が Rn のある開集合 V
を用いて U = A ∩ V と表されることを言う. “A 上で閉” ということも同様に定義する.
*1
たとえば, y = 1/x のような関数は [−1, 0] のような “ふちのある集合” で定義できない. これは y = 1/x が 0 の近くで最大値を
取り得ないことに対応している.
2
1 微積分からの準備
つむじの定理とその応用
1.2. 多変数の微分
当然, いま定義した意味での Rn 上の開集合は, 先で定義した意味での開集合と合致する.
次に, Rn の図形が繋がっているかどうかということを開集合の言葉で表しておく.
Definition 1.5 (連結集合)
Rn の部分集合 A が連結 (connected) であるとは, A を, A の空でない開集合の disjoint union で表せないこ
とを言う. ここで, 和 U ∪ V が disjoint union であるとは, U ∩ V = ∅ であることを言う.
この定義は “連結である” ということを直感的に定式化しているものであるが, 実際には次の言い換えをよく
使う.
Proposition 1.6
Rn の開集合 A が連結であるための必要十分条件は, A 上で開かつ閉な集合が A 自身と空集合 ∅ のみであるこ
とである.
Proof ) まず, A が連結であると仮定する. U ⊂ A を A 上で開かつ閉な集合とする. このとき, A\U も A 上
で開かつ閉であり, A は開集合の disjoint union U ∪ (A\U ) として表される. よって, A の連結性から U か
A\U のいずれか一方は空であることから, U は空であるか A 自身であると分かる.
次に, A 内の開かつ閉な集合は A 自身と空集合のみであると仮定する. A が開集合の disjoint union U ∪ V
で表されたとする. すると, U = A\V であるから, U は A 上で閉集合である. 同様に V も A 上で閉だと分か
るので, 仮定から U か V の少なくとも一方は空である.
□
最後に, Rn の部分集合 A から B への写像 f が連続であるということも開集合の言葉で表しておく.
Proposition 1.7
写像 f : A → B が連続であるための必要十分条件は, B 上の任意の開集合 U に対して, f −1 (U ) が A 上で開
となることである.
証明は難しくないが, 書くと短くもない. 各自で文献を参照しつつ考えられたい. やることは ε–δ 論法を言い
換えるだけである.
1.2 多変数の微分
微分可能性や偏微分については多くの方が知っていると思うので, “Jacobi 行列” と “逆関数定理” のみ
を大雑把に説明する. また, 後で使う連続性と微分可能性の関係性についても述べる. 以降, f や g は
Rn から Rn への C 1 級な写像とする*2 . すなわち, f や g は, n 変数の C 1 級関数 f1 , . . . , fn を用いて
f (x1 , . . . , xn ) = (f1 (x1 , . . . , xn ), . . . , fn (x1 , . . . , xn )) などと表されるとする. このような写像はベクトル値
関数またはベクトル場と呼ばれる.
Definition 1.8 (Jacobi 行列)
p ∈ Rn における f の Jacobi 行列とは, n × n 行列
(
Jp (f ) :=
)
∂fi
(p)
∂xj
1≤i,j≤n
のことを言う.
*2
実際に使うのは定義域が Rn 内の領域である場合だが, 特に主張内容は変わらないので, 気にしないで議論を進めることにする.
3
1 微積分からの準備
つむじの定理とその応用
1.3. Weierstrass の近似定理
Jacobi 行列はベクトル値関数の “微分” と呼ぶべきものである. その根拠として, Jacobi 行列は微分が持つ
べき性質を持つ. たとえば, chain rule
Jp (g ◦ f ) = Jf (p) (g) · Jp (f )
が成り立つことはすぐに確かめられる (右辺の積は行列の積である.). ここで, 恒等写像 1 の微分が単位行列
In であることに気をつければ, もし f に逆写像 f −1 が存在すると
In = Jp (1) = Jf (p) (f −1 ) · Jp (f )
となることより, Jp (f ) は正則行列であることが分かる. この逆を主張するのが逆関数定理 (inverse function
theorem) である.
Fact 1.9 (逆関数定理)
f の Jacobi 行列の行列式が p ∈ Rn において 0 でないならば, p のまわりで f は局所的に微分同相写像であ
る. ここで微分同相写像とは逆関数が存在して, それが C 1 級であることを言う.
話は変わるが, 後で使う Lipschitz 性と C 1 級の関係性を述べておく.
Definition 1.10 (Lipschitz 連続)
Rn 内の領域 D で定義された写像 f : D → Rn が Lipschitz 連続であるとは, ある非負の実数 C が存在して,
∥f (x) − f (y)∥ ≤ C∥x − y∥
が任意の x, y ∈ D に対して成り立つことを言う.
Proposition 1.11
D が有界閉集合であるならば, C 1 級写像 f : D → Rn は Lipschitz 連続である.
Proof ) D が立方体 [a1 , b1 ] × · · · × [an , bn ] である場合のみを示しておく. cij を |∂fi /∂xj | の D における
上限とする. このとき, 任意の x, y ∈ D について
∥f (x) − f (y)∥ ≤
∑
cij ∥x − y∥
i,j
となることは, 平均値の定理よりすぐに確かめられる. D が一般の有界閉集合のときは少し技術的な操作が必
要になる. 詳細は [4] の Lemma 1 の証明中のコメントを見よ.
□
1.3 Weierstrass の近似定理
最後の準備として Weierstrass の近似定理を紹介する. この定理は全く非自明であり, 証明は [5] などを見ら
れたい*3 .
*3
本稿とは全く関係ない話だが, 私がチューターをしていた新入生ゼミでは, 合宿後に関数列の取り扱いを [5] で勉強し, 最後に
Weierstarass の近似定理を証明するので, 興味が出た方は参加して欲しい.
4
2 つむじの定理
つむじの定理とその応用
Fact 1.12 (Weierstrass の近似定理)
K を Rn の有界閉集合とする. このとき, K 上の連続関数 f は多項式関数で近似できる. より正確には, 任意
の ε > 0 に対し, ある多項式関数 g(x1 , . . . , xn ) が存在して,
|f (x1 , . . . , xn ) − g(x1 , . . . , xn )| < ε
が任意の (x1 , . . . , xn ) ∈ K で成り立つ.
2 つむじの定理
まず, つむじの定理とは何なのかという説明から始めたい.
Definition 2.1 (n 次元球面)
自然数 n に対して, S n := {(x0 , . . . , xn ) ∈ Rn+1 | x0 2 + · · · + xn 2 = 1} で定義される Rn+1 内の図形を n 次
元球面 (n-sphere) という. 1 次元球面 S 1 は円周であり, 2 次元球面 S 2 は (日常語としての) 球面である. 以降
で単に球面と言った場合, n 次元球面 S n のことを指す.
S n 上の点 p に対して
Tp S n := {x ∈ Rn+1 | x は p を始点とするベクトルであり, x と p は直交する.}
で定義されるベクトル空間を S n の点 p における接空間 (tangent space) と呼ぶ*4 (Figure.1).
p
Tp S 2
p
Tp S 1
S1
S2
Figure.1 S 1 と S 2
Definition 2.2 (ベクトル場)
球面 S n 上のベクトル場 (vector field) とは, 各点で接ベクトルを対応させるような対応付けのことを言う. よ
り正確には, 写像 v : S n → Rn+1 であって, 各点 p ∈ S n に対し v(p) ∈ Tp S n が成り立つことを言う. S n は
Rn+1 の部分集合だから, ベクトル場 v には “連続である” だとか “微分可能である” ということが定義できる
ことに注意されたい.
さて, つむじの定理 (Hairy Ball Theorem) とは次を主張している:
正の偶数 n に対して S n 上の連続なベクトル場は必ず 0 ベクトルとなる点を持つ.
*4
これは球面の場合の接空間の定義だが, 可微分多様体 (とんがってない図形) というものに対してもっと一般的な定義がある. ここ
では定義を述べないが, 以降では接空間という言葉を球面以外にも用いることがある. 日常的な意味で捉えられたい. また, このよ
うなことは今後しばしば起こるが, 発表を聞く上で問題ないと考えられることには注意しないことにする.
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2 つむじの定理
つむじの定理とその応用
2.1. 微積分による証明
n = 2 のとき, 2 次元球面 S 2 上の連続なベクトル場を頭の上の髪の毛と思えば, “0 ベクトルとなる点” は “つ
むじ” に対応している, ということがこの定理の名前の由来だが, 次のように考えたほうが, この定理の凄さを
より深く味わえるだろう:
地球上の風には, 必ず無風点が存在する.
以下でこの定理の証明を行うのだが, その方針を述べておきたい. まず, この定理は以下の命題と同値で
ある:
1. 正の偶数 n に対して S n 上に至るところ消えない (どの点でも 0 ベクトルを取らない*5 ) 連続なベクト
ル場は存在しない.
2. 正の偶数 n に対して S n 上に単位的 (各点に対応するベクトルが単位ベクトル) で連続なベクトル場は
存在しない.
はじめに, 同値な命題のうちの 2 つ目の C 1 級バージョン (“連続” を “C 1 級” に置き換えた主張) を微積分
を使って示す. 次に, 連続のバージョンを示すのだが, この “連続” と “C 1 級” のギャップを埋めるために
Weierstrass の近似定理を用いる.
2.1 微積分による証明
Theorem 2.3 (つむじの定理 – C 1 級バージョン)
正の偶数 n に対して S n は単位的な C 1 級ベクトル場を持たない.
Remark 2.4
n が奇数ならば S n は単位的な C 1 級ベクトル場をもつ. 実際, v : S n → Rn+1 を
v(x0 , . . . , xn ) := (x1 , −x0 , x3 , −x2 , . . . , xn , −xn−1 )
は単位的な C 1 級ベクトル場となっている. 簡単に確かめられるように, これがベクトル場であることは n が
奇数であることに依存しており, n が偶数の時はベクトル場ではない.
Theorem 2.3 を証明するために 2 つの補題を用意する.
Lemma 2.5
A を Rn の有界閉集合とする. A の近傍から Rn への C 1 級写像 v を考え, 実数パラメータ t に対して
ft (x) := x + tv(x) とおく. このとき, 十分小さい t に対して ft は単射である. さらに, 像 ft (A) の体積は t に
ついての多項式で表される.
Proof ) 単射性から示す. まず, v は有界閉集合 A 上の C 1 級写像なので, ある定数 C が存在して, 任意の
x, y ∈ A に対して
∥v(x) − v(y)∥ ≤ C∥x − y∥
が成り立つことに注意されたい. ft (x) = ft (y) とすると x − y = t(v(y) − v(x)) であるから,
∥x − y∥ ≤ |t| · C∥x − y∥
*5
至るところ消えない, というのは日本語としては少しぎこちないかもしれない. これは nowhere vanishing の和訳である.
6
2 つむじの定理
2.1. 微積分による証明
つむじの定理とその応用
が成り立つ. もし ∥x − y∥ ̸= 0 とすると, |t| < 1/C であるとき ∥x − y∥ < ∥x − y∥ を得てしまい, これは矛盾
である. よって十分小さい t に対しては ∥x − y∥ = 0 である.
次に体積について示す. 各 x ∈ A について ft の Jacobi 行列を考えると Jx (ft ) = In + t · Jx (v) であるか
ら, det Jx (ft ) は t についての多項式
1 + tσ1 (x) + · · · + tn σn (x)
で表される (ここで各 σi (x) は x についての連続関数である.). この多項式は t = 0 のときに 1 であるから,
A が有界閉集合であることより, 十分小さい t については det Jx (ft ) > 0 が任意の x ∈ A に対して成り立つ.
よって, 十分小さい t について
∫
∫
1 · det Jx (ft ) dx1 . . . dxn = a0 + a1 t + · · · + an tn
1 dy1 . . . dyn =
ft (A)
A
□
が成り立つ.
Lemma 2.6
n を正の整数とし, S n 上に単位的な C 1 級ベクトル場 v が存在したとする. このとき, t が十分小さければ
√
ft (x) = x + tv(x) は S n から半径 1 + t2 の球面への全射を与える.
√
Proof ) まず, x と v(x) は直行するから ∥ft (x)∥ = ∥x + tv(x)∥ = 1 + t2 であるので, ft の像は半径
√
1 + t2 の球面に含まれていることに注意されたい. さて, t が十分小さければ, 任意の x ∈ S n に対して
det Jx (ft ) > 0 であったので, 逆関数定理より ft は像への局所微分同相写像である. よってこのとき, ft (S n )
√
は半径 1 + t2 の球面内の開かつ閉な部分集合となる. 球面は連結であるから, 球面の開かつ閉な部分集合は
□
球面自身である.
Theorem 2.3 の証明
背理法で示す. 正の偶数 n に対して, S n 上に単位的な C 1 級ベクトル場 v が存在したとする. Rn+1 の部分
集合 A := {x ∈ Rn+1 | a ≤ ∥x∥ ≤ b} を考える. x ∈ S n と a ≤ r ≤ b なる実数 r に対して v(rx) := rv(x)
と定めることにより, v を C 1 級のまま A 上に拡張する. 先と同様に ft (x) = x + tv(x) を考えれば, 2 つ目の
√
補題より, 十分小さい t に対して, ft (x) は A 内の半径 r の球面を半径 r 1 + t2 の球面に写す. よって, A と
ft (A) は相似比 1 :
√
1 + t2 で比例している Rn+1 内の図形であるので,
(ft (A) の体積) =
)n+1
(√
1 + t2
(A の体積)
が成り立つ. しかし, n が偶数の時は右辺が t の多項式には成り得なく, これは 1 つ目の補題に矛盾する.
□
Corollary 2.7 (つむじの定理)
正の偶数 n に対して S n は至るところ消えない連続なベクトル場を持たない.
Proof ) 背理法による. 正の偶数 n に対して S n 上に至るところ消えない連続なベクトル場 v が存在したと
する. m > 0 を ∥v(x)∥ の最小値とする. S n は有界閉集合であるので, Weierstrass の近似定理より, S n 上の
多項式写像 p : S n → Rn+1 が存在して
∥p(x) − v(x)∥ <
7
m
2
2 つむじの定理
つむじの定理とその応用
2.2. 位相幾何学における証明について
が任意の x ∈ S n に対して成り立つ. S n 上のベクトル場 w を
w(x) := p(x) − (p(x) · x)x
と定めると, これは C 1 級のベクトル場となる. また, 任意の x ∈ S n に対して
∥w(x) − p(x)∥ = |p(x) · x| = |p(x) · x − 0| = |p(x) · x − v(x) · x| ≤ ∥p(x) − v(x)∥ · ∥x∥ < m/2
(∗)
が成り立つ. いま,
∥v(x)∥ = ∥v(x) − p(x) + p(x) − w(x) + w(x)∥ ≤ ∥v(x) − p(x)∥ + ∥p(x) − w(x)∥ + ∥w(x)∥
であるから, (∗) より
∥w(x)∥ ≥ ∥v(x)∥ − (∥v(x) − p(x)∥ + ∥p(x) − w(x)∥) > 0
が任意の x ∈ S n に対して成り立つ. すなわち, w(x) は至るところ消えない C 1 級ベクトル場である. このよ
□
うなものの存在は Theorem 2.3 に矛盾する.
2.2 位相幾何学における証明について
最終的に得た結果 Corollary 2.7 は微分可能性について何も主張していないことから, 微積分を使わない証
明があっても良い気がする. 実際, つむじの定理のよく知られた証明として
• 至るところ消えないベクトル場が作れると, 球面から自身への写像として対せき写像*6 と恒等写像がホ
モトープとなり, 写像度を比較することから結論を得る.
• Poincaré-Hopf の定理からすぐに分かる.
などがあり, これらは微積分を使わない. 1 つ目の議論は我々が行った議論と少し似ているが, 写像度の定義に
ホモロジー論というものを準備する必要があるので本発表では触れない. 今回, 微積分による証明を紹介した
1 番の理由はホモロジー論を準備しなくて良いからである. ホモロジー論というのは図形のある種の “穴” を
測る道具であるが, 新歓でほのめかしたように ([8]), これらの言葉は解析の言葉に翻訳することができる. そ
のことから, 今回紹介した証明は全く新しい別証明というよりかは, 今まで知られていた位相幾何学的証明の
微積分への翻訳だと私は思う.
しかし, これでは
なぜ偶数次元球面だと, いたるところ消えないベクトル場が作れないのか?
ということが分からない. つまるところ,
いたるところ消えないベクトル場を作るにあたって邪魔をするものはなにか?
が知りたいのである. この答えは Poincaré-Hopf の定理の主張から直ちに分かり, それは Euler 数*7 という図
形の “穴の数” に関する位相幾何学的な情報であることが分かる. このことから, Euler 数が変化しないような
*6
*7
x 7→ −x なる写像のことである.
穴が g 個空いた曲面の場合, その Euler 数は 2 − 2g である. 従って, S 2 の Euler 数は 2 − 2 · 0 = 2 である. 一般には, 曲面以
外の図形に対しても Euler 数というものが定義できて, S n の Euler 数は 1 + (−1)n となることが知られている.
8
3 応用: 可除代数の存在問題
つむじの定理とその応用
変形 (たとえば, ちぎれないように引っ張る変形など) を球面に施しても, “つむじの定理” は同様に成り立つ
ということが分かる. これも一般次元での定式化は難しいが, 曲面の場合の非常に分かりやすい解説が [9] に
ある.
3 応用: 可除代数の存在問題
実数 2 つの組として複素数という “数の体系” を作ることが出来たが, こういうものとしては他に四元数と
八元数が知られている. 実数全体 R, 複素数全体 C, 四元数全体 H, 八元数全体 O を考えると, これらはそれぞ
れ実 1, 2, 4, 8 次元のベクトル空間をなす. では逆に
1, 2, 4, 8 以外の次元で, このような “数の体系” はないか?
という問題を考えよう. その答えを述べる前に, 曖昧な “数の体系” という言葉を定義しておきたい.
Definition 3.1 (可除代数)
有限次元実ベクトル空間 V が可除代数 (division algebra) の構造を持つとは, V に演算が定義されて, これを
積の形で書く時に次が成り立つことを言う.
1. 分配法則: x(αy + βz) = αxy + βxz, (αx + βy)z = αxz + βyz が任意の x, y, z ∈ V , α, β ∈ R に対し
て成り立ち,
2. 割り算が出来る, すなわち, 任意の 0 でない元 a ∈ V と任意の元 b ∈ V に対して, 方程式 ax = b と
xa = b が V において一意的な解を持つ.
Remark 3.2
1. 上で挙げた R, C, H, O は可除代数である.
2. 斜体を “数の概念” とするのではなく, 可除代数を定義した理由は O が斜体にならない (結合律を満た
さない) からである. だが, 定義 2 の内容自体は, 今回の問題に応用できるからそうしたという以上の理
由は考えていない.
3. 分配法則の仮定は, 可除代数の積演算が双線形であるということに他ならない. この事実は後で使う.
3.1 奇数次元の可除代数について
つむじの定理の応用として, 奇数次元の可除代数は R のみであることが分かる.
Corollary 3.3
3 次元以上の奇数次元可除代数は存在しない.
Proof ) n を 3 以上の奇数として, Rn に可除代数の構造が入ると仮定して矛盾を導く.
{v1 , . . . , vn } を Rn の基底とする. このとき, S n−1 ⊂ Rn の点 p に対して {v1 p, . . . , vn p} は線形独立である.
実際, λ1 v1 p + · · · + λn vn p = 0 とすると, 分配法則から (λ1 v1 + · · · + λn vn )p = 0 と分かる. p ̸= 0 であるこ
とから, 可除代数の定義の 2 つ目の条件より λ1 v1 + · · · + λn vn = 0 であり, λ1 = · · · = λn = 0 を得る.
さて, q := vn p/∥vn p∥ とおくと q は S n−1 上の点である. v1 p, . . . , vn−1 p を Tq S n−1 に正射影したベクト
ルをそれぞれ w1 (q), . . . , wn−1 (q) と書くと, {v1 p, . . . , vn p} の線形独立性から, これらは Tq S n−1 の基底と
9
3 応用: 可除代数の存在問題
つむじの定理とその応用
3.2. 最後に: 幾何学との関わり
なる. 今度は q ∈ S n−1 に対して q = vn p/∥vn p∥ なる p ∈ S n−1 を取って*8 同様の議論をすることにより,
S n−1 上のベクトル場 w1 , . . . , wn−1 を得る. 構成からこれらは q の動きに対して連続であり*9 , 各 q において
{w1 (q), . . . , wn−1 (q)} は Tq S n−1 を張る. 特に, 至るところ消えない連続なベクトル場が偶数次元球面 S n−1
□
上に作れたので, これはつむじの定理に矛盾する.
3.2 最後に: 幾何学との関わり
先の定理の証明を振り返ると, つむじの定理に対する矛盾よりも強い主張が示されている. すなわち, 球面上
に, 各点で接空間を張るようなベクトル場の族がとれている. このようなベクトル場の族は大域枠場 (global
frame) と呼ばれていて, これが存在するか否かは幾何学における問題である. 先の証明において, n が奇数で
あることは最後の矛盾を導く際にのみ使われたことから, 大域枠場の存在と可除代数の存在は関係がありそう
である. 実際にそれは正しく, 次が成り立つ.
Proposition 3.4
2 以上の整数 n に対して, n 次元の可除代数が存在するための必要十分条件は S n−1 上に大域枠場が取れるこ
とである.
Proof ) 可除代数の構造から大域枠場を構成することは先の証明で行った. 逆に, S n−1 上の大域枠場
w1 , . . . , wn−1 から Rn 上の可除代数の積を定めたい. 非負の実数 r と S n−1 上の点 p に対し, wi (rp) :=
rwi (p) と定めることにより, w1 , . . . , wn−1 を Rn 上へ連続に拡張する. 0 でないベクトル x ∈ Rn に
対して, {x, w1 (x), . . . , wn−1 (x)} が Rn の正規直交基底となるように Gram-Schmidt の直交化法を施し,
w1 , . . . , wn−1 を置き直す. この際に w1 , . . . , wn−1 の連続性は崩れない. そして, 連続写像
α : Rn → Mn (R),
x 7→ (x, w1 (x), . . . , wn−1 (x))
を考えて, 可除代数の積を x, y ∈ Rn に対し xy := α(x)y と定めれば良い. ここで Mn (R) は n 次実正方行列
□
全体である.
S n に大域枠場が取れることは, 接束 (tangent bundle) と呼ばれる幾何学の自然な対象が自明な形で表せる
ということを意味しており, 大域枠場が存在するかという興味と共にこの問題は考えられてきた. S n 上に大域
枠場が取れることは “S n は平行化可能 (parallelizable) である” とも呼ばれ, この問題は “球面の平行化可能
問題” とも呼ばれてきた. 多くのトポロジストが寄与したが, 最終的な決着を付けたのは Adams のようで, 次
が示された ([1]).
Theorem 3.5 (Adams)
次は同値である.
1. Rn が可除代数の構造を持つ.
2. S n−1 は平行化可能である.
3. n = 1, 2, 4, 8.
*8
*9
可除代数の定義の 2 つ目の条件から, このような p を各 q に対して取ることができる.
施している操作は可除代数の積, ベクトルの内積, 引き算だけである. これらはいずれも線形なので連続である.
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References
つむじの定理とその応用
References
先で示したように, 奇数次元の非存在はすぐに言えるのだが, 偶数次元が難しかった. 偶数次元については
“Hopf 不変量が 1 となるような球面写像の存在問題” という, より位相幾何学的な問題に帰着され, この問題
を決着したのが Adams の仕事であった. 今日では, その後に Atiyah や Hirzebruch らが発展させた “位相的
K-理論” と呼ばれる位相幾何学の分野において, より簡略化された証明が知られている ([2]). この証明につい
ては, [3] に分かりやすい解説がある.
References
[1] J. F. Adams. On the Non-Existence of Elements of Hopf Invariant One. Ann. of Math., Vol. 72,
No. 1, pp. 20–104, 1960.
[2] J. F. Adams and M. Atiyah. K-Theory and the Hopf Invariant. Quart. J. Math., Vol. 17, No. 1, pp.
31–38, 1966.
[3] A. Hatcher. Vector Bundles and K-Theory. lecture note. 2009.
[4] J. Milnor. Analytic Proofs of the ”Hairy Ball Theorem” and the Brouwer Fixed Point Theorem.
Amer. Math. Month., Vol. 85, No. 7, pp. 521–524, 1978.
[5] W. Rudin. The Principles of Mathematical Analysis. McGraw-Hill, 3rd international edition, 2006.
[6] M. Spivak. Calculus on Manifolds: A Modern Approach to Classical Theorems of Advanced Calculus.
Addison-Wesley, 1965.
[7] 杉浦光夫. 解析入門 I. 基礎数学 2. 東京大学出版会, 1980.
[8] 杉ノ内萌. 微分積分学の基本定理: 幾何学的な視点から. 2015 年度 都数新歓イントロ 第 1 回資料 (都数の
公式ホームページからダウンロード可能).
[9] ??. ベクトル場の幾何学, 数学のなかま, 第 55 巻. 2014.
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