自治体マーケティング 自治体マーケティング(4)「中心極限定理と多属性」

【視点・論点Ⅰ】
【視点・論点Ⅰ】
自治体マーケティング(4)
自治体マーケティング(4)「中心極限定理と多属性」
行政機関でも公務員制度等を見直し、多彩な資質を持った人材を確保しようとする流れが広
がりつつある。しかし、多彩な人材を採用しただけでは組織の活性化に結びつかない。ベンチ
ャー企業も大きく成長すれば大企業病を引き起こすことが多い。その原因は、前回取り上げた
ように「中心極限定理」の存在にある。
中心極限定理とは、確率理論における定理である。その定理とは「独立した確率変数の和と
して与えられる確率変数は、それを構成する確率変数の数が大きくなるほど、性格の明確な確
率変数に近づく」とするものである。平易な言葉で表現すると、
「どんなに個性豊かで多彩な
人材が多く存在しても、その中のもっとも明確な特定の性格に組織全体としては収束してい
く」ことを意味する。少数で形成した組織は機動性、創造性、多様性のある体質を形成しやす
い。少人数であれば、個々の個性が生き続けるからである。しかし、多彩な才能を有する人材
も多人数で構成されるようになると、相互の個性を打ち消し合い一定の共通の性格を有する集
団に収束してくる。その収束すべき個性が革新的な個性に収束することもあれば、逆に極めて
保守的な個性に収束する場合もある。革新的か保守的かは中心極限定理の本質の問題ではない。
特定の性格に組織の体質が収束することに問題の本質がある。革新的・保守的を問わずどちら
かの性格に組織が収束すれば、その組織の画一性、硬直性は進むことになる。したがって、革
新的な個性が組織個性形成の収束の柱となっても、その後いつしか固定化されることで硬直的
な体質に変質することがある。
どんな組織でも革新的な思考の持ち主は存在する。その個性が中心極限定理に基づく収束の
柱となれば、その組織はその時点で革新的な体質を持つ。逆に、革新的な個性が収束の柱とな
らなければ保守的な体質となる。改革の先進自治体に共通することは、トップのリーダシップ
と同時にそのリーダシップを支える革新的ブレーンが存在し、組織個性形成の収束の柱となっ
ていることである。どんなに新しい手法や思想を導入しても、それを支える個性が組織個性形
成の収束の柱に位置しなければ、組織全体の改革は進まない。そして、さらに重要なことは、
そこで形成された革新的な個性が、ほかの個性を受け付けなくなれば多様性のある個性豊かな
組織ではなくなることである。
なぜ、革新的にせよ保守的にせよ組織の個性は画一的になりやすいのか。それは、多属性の
問題にある。組織が大きくなり、意思決定に対する参加者の数が固定的に多くなるほど参加者
変更のコストが高まる。すなわち、組織が大きくなるほど他の個性を受け入れるコストが高ま
り、これを回避する行動が強まる。それと同時に他の個性を受け入れることで発生するリスク
を説明しきれないため、前例踏襲の傾向を強める。そうした体質を強めれば、革新、保守を問
わず硬直的、画一的組織とならざるを得ない。
行政改革に求められる本質は何か。それは、多彩な個性を受け入れ生かす組織の形成である。
それは、革新的・保守的を問わず個性を生かし残していくメカニズムである(ここで指摘する
個性が、孤立した個性ではなく自立した個性であることは言うまでもない)。この意味で中心
極限定理と多属性は、重要な示唆を与えてくれる。たとえば、政策評価は行政改革のための重
要なツールである。しかし、評価の在り方次第では、組織個性形成の柱として収束した特定の
個性に独占され、他の個性を受け入れない体質を支える仕組みとなってしまう危険性もある。
改革を自縛の構造の中で硬直化させない努力が求められる。そこでは組織体質を収束させてい
る個性は何かを不断にチェックすることが必要である。
「PHP 政策研究レポート」
(Vol.5 No.58)2002 年 2 月
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