Organized Session 9月16日(金) 10:00-12:00 私の目ざす数理生物学 My Mathematical Biology organized by JSMBニュースレター編集局(*谷内茂雄、*近藤倫生、山内淳、山村則男、森田善久、江副日出夫) JSMB Newsletter Editors (*Shigeo YACHI, *Michio KONDOH, Atsushi YAMAUCHI, Norio YAMAMURA, Yoshihisa MORITA and Hideo EZOE) 日本数理生物学会の特徴は、会員の数理生物学に対する考え方や期待、その使用する数理的手法や適用 分野が、実にさまざまなことにあります。「日本数理生物学会」創設を機会に、ニュースレター編集局で は、ニュースレター紙上に「数理生物学の現在と未来」という特集を連載し、(1)数理生物学に対する 考え方・思い・目標(私の目ざす数理生物学)、(2)関連分野での基本的コンセプト・方法(論)、今 後の挑戦すべき課題等、を自由に語っていただき、数理生物学会員の相互理解の一助となるべく、その多 様性の一端をご紹介してきました。 本企画セッション「私の目ざす数理生物学」は、この特集をもとにしたものです。セッションでは、ま ずニュースレター編集局が、学会員の多様性をとらえるために、その数理生物学に対するスタンス・考え 方を、大きく4つの傾向に分類した地図(2次元座標系)をご紹介します。この地図をもとに、企画者が、 主観的に各象限を代表すると考えた3人の演者の方に話題提供をお願いし、数理生物学に対する思いをざ っくばらんに語っていただきます。その後、総合討論において、数理生物学会員の多様性、他の象限の研 究に対するコメントや注文を含めて、日本数理生物学会や数理生物学の将来について、ポジティブに意見 を交換する場を提供したいと思います。このセッションを通じて、1)数理生物学への多様な考え方に対 する理解を深め、数理生物学の意味を問い直し、さらには新たな数理生物学を創り出すきっかけとなるこ と、2)若手研究者や大学院生が数理生物学を志す上でのアドバイスやはげましの一助となること、の二 点を狙いとしています。 JSMB is characterized by its members’ broad spectrum of philosophy and expectation of Mathematical Biology, diverse methods and applicable fields. To promote mutual understanding of the members, JSMB Newsletter Editors planned a new series on JSMB Newsletter entitled “My Mathematical Biology”. The authors frankly talked their own philosophy, goal, basic concepts, methods and challenging issues in Mathematical Biology. Our session is based on this Newsletter series. In the session, JSMB editors present a map (on two dimensional coordinates) to grasp the diversity of philosophy and expectation of Mathematical Biology and introduce speakers. We hope that frank presentation of the three speakers and discussion on Mathematical Biology promote understanding one another and exchanging opinions on Mathematical Biology between the JSMB members, for the development of JSMB and encouragement of young students. 【プログラム】 10:00-10:10(10分) (1)谷内茂雄(JSMBニュースレター編集局代表) Shigeo YACHI (JSMB Newsletter Office) 主旨説明と演者紹介 Introduction 10:10-10:35(20分講演+5分質疑=25分) (2)望月敦史(基礎生物学研究所 情報生物) Atsushi MOCHIZUKI (Natural Institute for Basic Biology) 「発生現象を数理モデルで解く」 “Solving development by mathematics” 10:35-11:00(20分講演+5分質疑=25分) (3)池上高志(東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学) Takashi IKEGAMI (The Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo) 「中間層」 “Middle Layer Description” 11:00-11:25(20分講演+5分質疑=25分) (4)梯正之(広島大学大学院 保健学研究科) Masayuki KAKEHASHI (Graduate School of Health Sciences, Hiroshima University) 「現実的アプローチ:数理生物学の複雑で実用的な地平を拓く」 “A realistic approach to the complex and practical frontier of mathematical biology” 11:25-12:00(35分) (5)総合討論 Discussion ◆参考:ニュースレター企画「数理生物学の現在と未来」執筆者一覧 名前:題(依頼分野)、掲載号 ①高須夫悟:「進化生態学を軸にして」、2004年9月号(44号) ②望月敦史:「発生生物学・形態形成を数理的に研究する」、2004年9月号(44号) ③三村昌泰:「私の目ざす数理生物学(生物系に現れるパターン解析・反応拡散系・現象数理学)」、2 005 年1月号(45号) ④池上高志:「Life ItSelf ~複雑系の生命理論~」、2005年1月号(45号) ⑤梯正之:「健康現象の数理モデルを目ざしてー数理生物学者のための公衆衛生学入門―」、2005 年4月号 (46号) ⑥松田裕之:「単純さを求めよ。ただし、それを信じるな(環境生態学)」、2005年4月号(46号) ⑦竹内康博:「私の目ざす数理生物学(数理生態学)」、2005年9月号(47号) ⑧合原一幸:「生命と非線形ダイナミクス」、2005年 9月号(47号) 発生現象を数理モデルで解く Solving development by mathematics 望月 敦史(Atsushi MOCHIZUKI) 基生研・情報生物 (National Institute for Basic Biology) 分子生物や発生生物学領域での数理的研究には、大きな可能性があると思う。ただし、この 分野で良い研究(予測的研究)をなすために、留意すべきことが二点あると考えている。 1. 「『再現する』モデルはあまり役に立たない」 生命現象の基礎となる遺伝子制御ネットワークは、多数の因子が相互作用しあう複雑なシス テムである。このような自由度の大きい多因子系において、特定の現象をシミュレーションで再 現するだけなら、その仕組みは幾つも有りうる。現象を再現するだけでは、多数ありうる可能性 の一つを挙げたに過ぎない。実験生物学者が必要としている予測は、「~となっているはず」な どの情報である。定めるべきは、現象が再現されるための「十分条件」ではなく「必要条件」だ といえる。これを決めるためには、モデルの振る舞いが完全に解析され、if ○○, then ××と いう論理に従って、結論が導かれることが必要である。同時にこれは、考える枠組み(モデル) を事前にきちんと決めることを意味するが、そのためには対象の生命現象について、ある程度の 知識を前提として取り入れる必要がある。役に立つ数理研究とは、 「前提とする当たり前の知識 だけから、当たり前ではない知識を導く」という、少々アクロバティックな作業なのだと思う。 2. 「定量的な予測はあまり役に立たない」 現在の分子生物学においては、遺伝子など多数の因子間の相互作用が分かっている一方で、 個々の相互作用については、定量的なデータはあまり取られていない。むしろ「A 遺伝子が発 現し、B 遺伝子が発現していないとき、C 遺伝子が活性化される」といった表現が示すように、 活性状態を二値化して捉える理解が一般的である。この様な世界に於いて「A 遺伝子から C 遺 伝子への活性化パラメータが大きければ振動解が現れる」、といった予測を提示してもそれほど 有り難がられないだろう。むしろ「C 遺伝子から A 遺伝子への抑制が必要である。 」といった結 果が注目されると思われる。すなわち相互作用の強弱よりは、相互作用の構造そのものに対する 予測が重要である。 以上のポイント、 「十分条件よりは必要条件」、「相互作用の強弱よりは構造」を意識して、 我々は研究を続けている。例えば最近行った研究では、結果に以下のようなメッセージを持たせ ることができた。 (1)バクテリアの概日リズムを再現する転写機構には、二通りの可能性しかない。 (2)異なる細胞状態が多数作られるためには、遺伝子制御にループ構造が必要である。 これら具体的な研究を例に、私が思う有用な解析方法や活動方法などを議論したい。 中間層 Middle Layer Description 池上 高志 (Takashi IKEGAMI) 東京大学大学院 総合文化研究科 広域システム科学 (The Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo) 例えば、砲弾を正確に撃つためにそのシミュレーションをするという場合、そのシミュレーシ ョンの通りに砲弾は飛んでいく。現実世界はシミュレーションされる。砲弾も人間も同じように 物理法則に従わざるをえないのだから、ものすごく速いコンピュータができてすべての分子がシ ミュレートできたとしたら、そこに生命も存在できるにちがいない。 こうした考えと戦うのが、数理生物学という学問である。なぜならば、生命を分かるとは仮定 された物理化学法則の上に作られながらも、その基本法則からあたかも独立であるかのようにみ える層(レベル)があるかどうか、だからだ。熱力学では大体そういうことがうまくいったから、 量子力学とか統計力学を持ち出す前に(むしろそれを要求するような)理論をつくりあげること に成功した。そうした層(レベル)は、現象論的な層と呼べるものである。生命にはそういう層、 中間層とでもいうべきレベルは理論的に見いだせるだろうか。 人工生命は、その中間層を探す試みである。例えばライフゲームという簡単な離散的なシステ ムは、その最下層の法則は恐ろしく簡単な規則に縛られている。しかし、その上に現れるグライ ダーや、グライダーをつくるもの、巨大な細胞のようなもの、はその簡単なルールを越えていく ようにみえる。そのパターンを統計的にみてしまうと、何も面白いものはない。あるスケールで 観たときに初めて「何が進行しているか」が分かるのである。しかしこのライフゲームの中間層 を、自動的に見いだすことはまだうまく行っていないし、そもそもこの中間層はあまりに脆い。 すぐ下の層に浸食されて、中間層は中間層ではなくなる。 われわれは、非線形で複雑な神経細胞の集合体である「脳」を使って、100年近い使用に耐 える程度には安定な知覚を持つ事ができる。目の前にはコップがあって、それに水を入れて、紫 色の花をいけることができる。これが知覚の中間層である。何故それが可能なのか。それはまた、 原始的な細胞から人間までを貫く、生命の中間層である。この中間層を考えていく上で、生命を 自己複製という形でとらえる仕方はうまくいかない。われわれは生命を自己運動の始動ととらえ る事で、そこに用意される中間層を見いだせるんではないかと期待している。 この中間層のありうる形式化について考えてきたのが、Robert Rosen であり、Michael Conrad であり、Francisco Varela であり、郡司ペギオ幸夫(この人はまだ生存中)だと思われる。これら は JSBM Newsletter No.45 (2005)に LifeItself: 複雑系の生命理論、として書いたのでそちらも参考 にしてもらいたい。 謝辞:理研ゲノムセンターの泰地真弘人さんとの議論が下敷きになってます。 現実的アプローチ:数理生物学の複雑で実用的な地平を拓く A realistic approach to the complex and practical frontier of mathematical biology 梯 正之(Masayuki KAKEHASHI) 広島大学大学院保健学研究科 (Graduate School of Health Sciences, Hiroshima University) 社会の役に立つ学問を目指す 日本数理生物学会ニュースレターに「私の数理生物学」という企画が設けられた際、私は、 「健康現象の 数理モデルを目ざして-数理生物学者のための公衆衛生学入門-」という一文を掲載して頂く機会を得た。 今回ふたたび、企画シンポジウムとして、 「私が目指す数理生物学」についてお話しできるということなの で、前回の一文をもう少し発展させてお話させて頂きたいと思う。 学問的アプローチのスタンスを表現するものとして、今回、<単純(本質)志向 vs.複雑(現実)志向 >と<抽象性(学術)志向 vs.具体性(実用)志向>の二つの軸が設定されているようにみえる。この二つ の志向軸は決してこの分野に固有のものではないといえるだろう。私の立場、アプローチのポジションは、 複雑(現実的)で具体的(実用的)という領域に配置されている。たしかに、それは私にも納得がゆくも のなので、それに沿って論を進めて行きたい。つまり、数理生物学が、いわば正義のヒーローとして、世 の中の役に立ちながら発展して行こうとするアプローチである。 研究手法の条件を考える 今後の数理的研究を考える上で、コンピュータ技術のすさまじい発展を無視することはできない。私が 数理生物学の研究を始めた頃(1980 年頃)と比べて、性能的にも価格的にも格段に進歩している。そし て、コンピュータによるシミュレーションが科学のさまざまな領域でふつうに行なわれるようになってき た。いまや、現実により忠実な大規模シミュレーションも可能になってきている。 健康科学(医学・公衆衛生学)領域での課題 医学研究との関連で見ると、ヒトゲノム計画から遺伝子やその発現状況・機能の研究に至るまで、コン ピュータ技術の進歩の寄与は大きい。一連の研究はバイオインフォーマティックスとして、さらに発展を 遂げている。遺伝子に関わる膨大なデータを共有するシステム作りも進んでいる点にも注目したい。特に ヒトの健康に関わる研究には大きな成果が期待されているし、がん研究、新興感染症対策など課題も多く、 多額の資金が投入されている。多くの生体内の反応に関する知見が集まり、細胞内の全化学変化を取り込 んだモデルを作成する試みも進んでいる。 それと並んでもう一つ注目したいのが、およそ 30 年前に人類の生態学的存在基盤について警鐘を鳴ら したローマクラブのレポート『成長の限界』以来の研究である。 『成長の限界』の著者達は、彼らのモデル によるシミュレーションを継続的に実施しており、最近新たな著作を出版した。また、地球規模でなくて も、実用的に使用できる具体的な生態系のシミュレーションモデルの開発も多く手がけられている。大規 模シミュレーションに関しては気象を中心とした地球シミュレーターが有名だが、今後、地球上に生息す るあらゆる生き物の進化と変動をシミュレーションできる「地球生態系シミュレーター(ecological earth simulator)」を開発、地球規模の政策決定に利用できないだろうか?人類に関していえば、人口や農業生 産、経済活動、感染症やその他の疾病の流行、予防対策や医療・福祉制度なども視野に入れたものである。 その際、さまざまな統計データも、モデル作成の基礎として、また検証材料として、蓄積・整備・活用さ れるべきであろう。 公衆衛生学的視野から 人々が感染症やがんにならず、適正な医療サービスや福祉サービスを受けて健康で幸せに生きていける かどうかに関して、数理生物学の研究が重要なカギを握っているように思える。今後、数理生物学のバラ ンスのよい発展のために、複雑・実用性の地平を切り開くことに力を注ぎたい。
© Copyright 2024 ExpyDoc