平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
NSAIDs におけるアスピリンの特殊性について
Characteristics of the Aspirin in NSAIDs
薬化学研究室 4 年
09P161
竹内 梓
(指導教員:杉原 多公通)
要 旨
1899 年、アスピリンの優れた解熱鎮痛作用が発見されて以来、非ステロイド性抗炎
症薬(以下 NSAIDs と略す)は、医療用医薬品や OTC 医薬品として汎用されている。
現在、アスピリンやインドメタシン、ロキソニン等、約 40 種が知られているが、これら
NSAIDs の中で、なぜ、アスピリンだけが顕著な血小板凝集抑制作用を示すのか、と
いう点に疑問をもち調査を始めた。
シクロオキシゲナーゼ(以下 COX と略す)は、COX-1 と COX-2 の 2 種類が知られ
ている。生体内での役割を比べると、前者は恒常的に存在し、胃粘膜の保護、血小板
凝集、などの生理的役割を担っている。一方、後者は炎症時に発現が誘導され、炎症
反応、アポトーシスなどに関与している。既に報告されている文献をもとに両者の構造
を比べてみると、COX-1 及び COX-2 は共に約 600 のアミノ酸から構成され、その配
列は約 60%の相同性を示すことがわかった。また、両者は活性部位のチャネル体積
が異なり、COX-2 が COX-1 に比べて 20%体積が大きいこともわかった。アスピリン
は、COX-1 と COX-2 の両方を阻害するが、特に COX-1 に対して強い阻害作用を示
すことが報告されている。一方、インドメタシンやロキソニンをはじめとするアスピリン以
外の NSAIDs は、主に COX-2 を阻害することが報告されている。アスピリンのような小
さな構造を持つ NSAIDs は、COX-1、COX-2 ともに酵素活性部位に容易に入ること
ができるが、インドメタシンのような比較的大きな構造の NSAIDs では、COX-1 の活性
部位に入ることが容易ではないため、COX-1 の働きを十分に抑制することができず、
弱い血小板凝集抑制作用しか示さないのではないかと考えられる。
抗結核薬として知られている 4-アミノサリチル酸は、生体内で代謝を受け、アセチル
4-アミノサリチル酸のようなアスピリンと似た化合物に変化することが期待される。この
化合物は、小さな構造をもち、COX-1 の活性部位にあるセリンをアシル化する能力が
期待できるので、血小板凝集抑制が現れるのではないだろうか。4-アミノサリチル酸の
作用として、血小板凝集抑制作用に関する報告はないが、作用発現する可能性は高
いと期待される。
キーワード
1.非ステロイド性抗炎症薬
2.アスピリン
3.インドメタシン
4.シクロオキシゲナーゼ-1
5.シクロオキシゲナーゼ-2
6.血小板
7.血管内皮細胞
8.チロシンラジカル
9.セリン
10.アセチル化
はじめに
NSAIDsとは、アラキドン酸代謝において、シクロオキシゲナーゼ( COX )の活性阻害から疼痛炎症の
原因であるマクロファージ、好中球、血管内皮細胞でのプロスタグランジン( PG )合成阻害が生じ、
抗炎症作用と解熱作用を呈するものの総称であり、アスピリン、インドメタシン、ロキソニン等、約
40の化合物が存在する。
【 1 】
多数あるNSAIDsからアスピリンとロキソニンを例にとり比較すると、ロキソニンの方が抗炎症作用
が強く現れる。一方で、血小板凝集抑制作用はアスピリンの方が強く現れる。同じNSAIDsでありなが
ら、なぜこのように薬理作用が異なるのだろうか。
このことに疑問を持ち、今回は、抗炎症薬として適応のある薬のうち、「なぜ、アスピリンだけが、
抗血小板作用として用いられているのか」に着目している。
生体内でのCOX-1,COX-2の役割の違い
【 2 】
COX-1は、非炎症性の細胞に恒常的に存在する構成型酵素である。
胃や腸などの消化管、腎臓、卵巣、精嚢、血小板などに存在し、胃粘膜の保護、腎血流量の増加、血
小板凝集、などの生理的な役割を担っている。
一方、COX-2は、炎症時に発現が誘導される誘導型酵素である。
サイトカインや発がんプロモーター、ホルモンなどの刺激により、マクロファージ、線維芽細胞、血
管内皮細胞、癌細胞などで誘導され、炎症反応、血管新生、アポトーシス、発癌、排卵、分娩、骨吸
収などに関与している。
COX-1,COX-2の構造上の違い
COX-1とCOX-2のアミノ酸配列および立体構造は、約63%の相同性と77%の類
似性を持っている。【 3 】
三次元構造で見ると、2つのアイソザイムはほぼ同一であるが、COX-2の活性
部位へのチャネルは、COX-1に比べ体積が20%大きい。【 4 】
各配列・三次元構造については図1、図2を参照。
http://www.elsevierimages.com/image/25908.htm
アスピリンは、COX-1とCOX-2どちらを抑えるのか
アスピリンは、COX-1とCOX-2の両方を阻害するが、
COX-1に対してより強く阻害作用を示す。したがって、
COX-1が強く阻害されることによりTXA2の生成が阻害され、
血小板凝集が抑制される。
COX-1/COX-2
アラキドン酸カスケード 【 4 】
PGG2
PG synthases
PGH2
細胞が炎症などによ
り刺激を受けると、細
胞膜中のアラキドン酸
が遊離し、COXにより
変換され、いくつかの
プロセスを経て、様々
なプロスタグランジン
が産生される。
PGF2α:
PGE2:
PGD2:
血管拡張、
血小板凝集抑制、 血管収縮、
PGI2:
血管拡張、
気管支拡張、 睡眠、
気管支収縮、 血小板凝集抑制
子宮収縮、
子宮収縮、
発痛・発熱
腸管収縮
TXA2:
血小板凝集、
血管収縮、
気管支収縮
1
アラキドン酸からPGH2までの反応機構
【 4 】
アラキドン酸( AA )とシクロオキシ
ゲナーゼ( COX )の活性部位( Tyr )が
反応し、PGG2が形成され、さらには
PGH2が生成。
その過程は次のようになる。
①TyrのO2によってC9とC11が結合。そ
れと同時にC8とC12が五員環を形成。
②O2がC15と反応し、ペルオキシドを形
成することにより、PGG2が生成。
③ペルオキシダーゼ活性により、ペル
オキシド基( -OOH )をヒドロキシ基
( -OH )に還元。
NSAIDsによるCOX阻害のメカニズム 【 5 】【 6 】
イブプロ
フェン
AAは、COXの活性部位と結合することでPGH2を合成、PGSを介してPG類が生成する。
しかし、NSAIDsを服用すると、活性部位が阻害され、AAが結合することができず、反応が進行しなくな
る。これによって、解熱・鎮痛作用を示す。
アスピリンによるCOX阻害のメカニズム
【 5 】【 6 】
アセチルセリン
COX-1においてAAは、活性部位と反応することでPGH2を合成、TXSを介してTXA2が生成する。これにより
血小板凝集作用を示す。
しかし、COX-1に対して強い阻害作用を示すアスピリンを服用すると、セリンがアセチル化され、アセチ
ルセリンとなり立体障害が起こり、活性部位が阻害され、AAがはいれず反応が進行しなくなる。これに
よって、血小板に存在するCOX-1では、TXA2が生成されなくなり、血小板凝集作用が抑制される。
2
COXのアミノ酸配列 【 7 】
COX-1は、599のアミノ酸配列により構成されている。その配列を図1に示す。
1
MSRSLLLWFL LFLLLLPPLP VLLADPGAPT PVNPCCYYPC QHQGICVRFG LDRYQCDCTR
61
TGYSGPNCTI PGLWTWLRNS LRPSPSFTHF LLTHGRWFWE FVNATFIREM LMRLVLTVRS
121 NLIPSPPTYN SAHDYISWES FSNVSYYTRI LPSVPKDCPT PMGTKGKKQL PDAQLLARRF
181 LLRRKFIPDP QGTNLMFAFF AQHFTHQFFK TSGKMGPGFT KALGHGVDLG HIYGDNLERQ
241 YQLRLFKDGK LKYQVLDGEM YPPSVEEAPV LMHYPRGIPP QSQMAVGQEV FGLLPGLMLY
301 ATLWLREHNR VCDLLKAEHP TWGDEQLFQT TRLILIGETI KIVIEEYVQQ LSGYFLQLKF
361 DPELLFGVQF QYRNRIAMEF NHLYHWHPLM PDSFKVGSQE YSYEQFLFNT SMLVDYGVEA
421 LVDAFSRQIA GRIGGGRNMD HHILHVAVDV IRESREMRLQ PFNEYRKRFG MKPYTSFQEL
481 VGEKEMAAEL EELYGDIDAL EFYPGLLLEK CHPNSIFGES MIEIGAPFSL KGLLGNPICS
541 PEYWKPSTFG GEVGFNIVKT ATLKKLVCLN TKTCPYVSFR VPDASQDDGP AVERPSTEL
図1 Y:Tyr-384 シクロオキシゲナーゼ反応を開始させるのに重要なチロシンラジカルとして用いられている。
S:Ser-529 アスピリンのアセチル基と共有結合させ、アセチルセリンを形成させる。
COX-2は、604のアミノ酸配列により構成されている。 その配列を、図2に示す。
1
MLARALLLCA VLALSHTANP CCSHPCQNRG VCMSVGFDQY KCDCTRTGFY GENCSTPEFL
61
TRIKLFLKPT PNTVHYILTH FKGFWNVVNN IPFLRNAIMS YVLTSRSHLI DSPPTYNADY
121 GYKSWEAFSN LSYYTRALPP VPDDCPTPLG VKGKKQLPDS NEIVEKLLLR RKFIPDPQGS
181 NMMFAFFAQH FTHQFFKTDH KRGPAFTNGL GHGVDLNHIY GETLARQRKL RLFKDGKMKY
241 QIIDGEMYPP TVKDTQAEMI YPPQVPEHLR FAVGQEVFGL VPGLMMYATI WLREHNRVCD
301 VLKQEHPEWG DEQLFQTSRL ILIGETIKIV IEDYVQHLSG YHFKLKFDPE LLFNKQFQYQ
361 NRIAAEFNTL
YHWHPLLPDT FQIHDQKYNY QQFIYNNSIL LEHGITQFVE SFTRQIAGRV
421 AGGRNVPPAV QKVSQASIDQ SRQMKYQSFN EYRKRFMLKP YESFEELTGE KEMSAELEAL
481 YGDIDAVELY PALLVEKPRP DAIFGETMVE VGAPFSLKGL MGNVICSPAY WKPSTFGGEV
541 GFQIINTASI QSLICNNVKG CPFTSFSVPD PELIKTVTIN ASSSRSGLDD INPTVLLKER
601 STEL
図2 Y:Tyr-371 シクロオキシゲナーゼ反応を開始させるのに重要なチロシンラジカルとして用いられている。
S:Ser-516 アスピリンのアセチル基と共有結合させ、アセチルセリンを形成させる。
NSAIDsのCOX阻害濃度( IC50 )の比較 【 8 】
IC50は、半数を阻害するにはどれだけの濃度が必要かを示し、小さな値を示す化合物ほど阻害剤としての
活性がより高いと言える。
IC50を元に算出されたCOX-2/COX-1は、値が小さいほどCOX-2への選択性が高いことを意味している。
3
主なNSAIDsの構造比較
【 2 】
アスピリン
イブプロフェン
インドメタシン
似た構造をもつ薬品
4-アミノサリチル酸
アセチル4-アミノサリチル酸
参考文献
まとめ
COXに対して、アスピリンと他の
NSAIDsとでは反応経路に大差はないが、
COXの存在部位が異なるため、COX-1で
はTXA2が、COX-2ではPG類の産生が阻害
される。
COX-2/COX-1より、アスピリンは他の
NSAIDsに比べ、COX-1への選択性が大き
かった。
NSAIDsの構造を比較してみると、ほ
とんどのNSAIDsは構造が大きいが、ア
スピリンは構造が小さい。
よって、他のNSAIDsに比べ、アスピ
リンは容易にCOX-1の活性部位に入り、
TXA2の生成を強く阻害でき、血小板凝
集抑制作用が現れるのではないかと考
える。
また、構造が小さいとCOX-1の活性部
位に容易に入ることができると考える
と、4-アミノサリチル酸がアセチル化
されたアセチル4ーアミノサリチル酸の
ような構造も血小板凝集抑制作用を示
すのではないかと考える。
【 1 】 高久史麿, 矢崎義雄, 治療薬マニュアル 2012, 2012年版, 45-94.
【 2 】 櫻田司, コンパス 薬理学, 2011, 335-344.
【 3 】 J. K. Gierse, J. J. McDonald, S. D. Hauser, S. H. Rangwala, C. M. Koboldt, K. Seibert,
THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY, 1999, 271, 15810-15814.
【 4 】 田宮信雄, 松村正実, 八木達彦, 吉田浩, 遠藤斗志哉, ヴォート 生化学( 下 ) 第3版, 2005 754-757.
【 5 】 J. M. Sweeny, D. A. G. Fuster, V. Fuster, NATURE REVIEWS CARDIOLOGY, 2009, 6, 273-282.
【 6 】 澤田康文, 月刊薬事, 2003, 45, 161-169.
【 7 】 IHOP
【 8 】M. M. Taketo, JOURNAL OF THE NATIONAL CANCER INSTITUTE 1998, 90, 1529-1536.
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