117号 - 長野県神社庁

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写真提供 一=中嶋製件所 代表取締●社長 中嶋君思氏
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(2)
平成25年 8月 1日
県内各神社 の神職 総代 の皆様 に於かれましては常
日頃、本社神社 の護持運営はもとより、神社神道興隆
何卒、皆様方 の 一層 の御指導、御鞭撻を賜りますよう切にお願 い申し上
。
げ
ま
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の
では第六十 二回式年遷官 に向けた諸準備も大方整
神
宮
御
事
い、天皇陛下 の御治と
夕ι仰ぎ内官 外宮 の遷御 の日時も決まり、全国民
幸 い気心も分かり、人格円満有能な近藤 宇治橋両氏共 に副庁長 に再
任されましたので心強 い限りで御座 います。
共 に力を合わせ理事様を初め役員様 のお力を頂き、長野県神社 界が 一体
となり発展するよう尽くし て参りた いと存じます。
で御座 います。
の為 に御尽痒賜ります事 に深甚なる故意を表します。
亦、神社庁 々務推進 に深 い御理解と絶大なる御協力を
戴き、誠 に有り難く厚く御礼申し上げます。
が待ちに待 った今秋 の国家的重儀 の御遷官はもう直ぐであります。
この御遷宮を大きな契機として神官参拝が愈 々盛んになり、神社神道
が益 々興鷹する事を皆様と共に願 い御挨拶と致します。
就 任 の御 機 拶
去る二月八日の定例協 議員会 に於 いての役員改選により、不肖私が庁
長に再任され、再び重責を担う事 になりました。
元より浅学茉オ で、大任を思ヽ
つと荷が重く、責任 の重大さに不安が弥
増しますが、大神様 の御加護を仰ぎ、微力ながら精 一杯務めて参る所存
に事業 に つきましては近年 でも特 に集中しております。 マスメディア等
でも盛 んに取り上げられておりますが、諸祭儀 の中 でも最高潮を迎える
長薔 希 ■″ 庁長 鳥 井 茂 信
就 任 の御 挨 拶
﹁
遭御 の俵﹄ に向か って、日を追うごと に御神威も揚 々と増しているよ
う に思えます。各御社頭 に於 いて本宗奉資 の意義と更なるそ の精神 の高
揚 に努めて戴く ことを中心とし て、 二十年 に 一度 の私達民族 の 一+蒸ホ
典
を、厳粛な中にも楽しく晴れやかに完遂す べく、総代会 一丸となり、神
量 置 榊 〓熔 ■ 父 公癸 み 澤 庚 雄
常 日頃、神職 氏子総代 の皆様 におかれましては、
長野県神社総代会 の諸事業に多大なる御協力を戴 いて
おります こと、哀心より感謝申し上げます。
宮大麻頒布促進事業を根幹とし て 一層力を入れて参ります。
一年を通
し、そして十支、榊社 の式年笙笙一
を経 て再び若 々し い生命 に生まれ変わ
常若﹂ の精神。神社神道 の神髄 であります この精神を式年遷宮 の機
る ﹃
会 により多く の皆様に御理解戴けま す ことを願 つて■みません。
拶と致します。
県総代会会長就任 にあたり、県下氏子総代各位 の益 々の御健勝と、県
神社庁をはじめ各御社頭が弥御隆昌されますことを祈念し、就任 の御挨
二月 二日の定例代議員会 に於 いて、三期九年 に亘り
長野県神社総代会を帝引された行日増次郎会長 の御勇退に伴 い、後を受
け て会長就任 の御推挙を賜り、その使命と責任 の重さを2了えますと身 の
引き締まる思 いであります。神社庁 の諸施策 に協力し、総代会役員、ま
た支会長 の皆様 の大・
きな支えを戴きながら、県下各神社 に祀られる大神
様 の御加護により、心も新たに 一歩ず つ献身努力 して参 る所存 でありま
す ので、御指導御鞭撻 の程何烹 ■しく御願 い致します。
,年遷宮 の本年を迎え て、関係諸祭儀並び
拠、△二年は第六十 二回神宮式
︶
就任 の御挨拶 熊 丼 茂 信 2
■■ の御挨拶 湯澤 虜雄 2
日誌抄 口茨 編集委 員会 か ら 3
長 野県神社庁 新役 員神社総代 会員
支部 長 支 会長 教化 部役員 5
と行事 曰叶 6
遭 御 にま つわ るな組 ︵
山奏 n 林 権御料 固余を本 仕 し て 8
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第十 人回r供参富 M l
2
熟田神■ 刷祀■た百年人茶 に参列して 1
,
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神職 の横 顔 神社 本庁表杉 式 1
3
出雲大 社 平 成 の大遭 ● 1
新
辞令 5
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平成 5
2年度 長野県神 社庁茂 人歳 出
6
予算書 1
平成 お年 度災害救 助慰結特 別会計
歳 人茂出 予算書
曰譲り 成
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夏E
1年
,
*教 教化部 の略
一
月
︱ 辞令 伝達式
十 一︱
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十 人 ヽ十七 ︱
束れ五呼神社十■務研修会
■静 同県
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教化部今 回委員会
一■︱
文化庁■= 不活動宗 教
一 人日
法人対‘八 ●蔽
於都道府県会 “
正副庁ヽ会
別表 =別神社■﹁会
贅々員会
■社 庁社乱■■検一
︱
五 ︱
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七 六 ニ ブt'L人
︱
七 ︱
工副Fi会
■政■ 長野L本部性員会
理■人ム
北信地区工 ■総代研修会
東信地区氏 ■恰■■修会
神■人 “F“修イ■祭
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月
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神■人■l
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神■人麻圧”布F
神 大““●■■季推進
, 於 神●会“
会議
教 ■少年■■■進委員会
人十 二回神社庁ルた剌
,議員会
協
︱ 教 刊企委員会
十 四︱
︱
十 五︱
ボ教 法 人 の管 理 道 ■年 に
,
関す る■あ説明会
於 II県松本企同十→
︱当イ会
i二月 事 務︱
︱
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一人 口 嗅太子段下御 一家抑本 迎
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ー 神政赳■叶県本部代議員会
ニー ー
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三十 日 ■”識演会
理■会
令伝達式
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会議 於 熱 ︱
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四
次
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暑中見舞 1
四︱七 日 〓 野 県 迪 族 会 一“ 把 信 洪
のオ慰■茶 ﹂
本 ■ 大北支椰
五日 = 社庁規社富嵐委 員会
︱ 教化部県外研修旅行
大 ヽ七︱
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十 一日 教 刊■委 員会
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東海 五県神社庁教化神崚連
合 口会議
於 証岡県
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月
十 五日 神■人麻唇頒布委員会
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神
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+ 四日
+七 日
辞令 伝達式
十 一日 神 政 連 本 部 長会 事 務 局 長
連絡会 於 神社本庁
十 一日 神政遭同会議員懇談会総会
於 ホテルニューオータ ニ
神政迪中央委員 会
於 神 社本庁
十
日
神社庁事務 担当者会
於 神社 本庁
+七 日 中信地区連絡協一
啜一
二十 日 神政連 長野県本部役 員会
二人口 “ 宮大麻居漬布委 員会
藤
藤
井
金 ″翌 倉 生 全員
近
宇治橋
澤
金 ″報編集委 員
罷
委員 長
し ております。
記事 の投 稿 など も お待 ち
望 があ り ま し た ら、 ど う
かお寄 せくだ さ い。また、
庁 報 編集 委 員会 へのご 要
本 号 のご 感 想 ご 意 見 、
委員
淳 彰 信
基
森 彦 明 文 之 勉 吾 文
東 海 五県神 政連 臨 時 合 同
^
至武 於 愛知県
平 林成 元 諏訪 大 社 前 富 =
退任慰労会
於 穂高ビ ューホテル
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全l
i神社 総代会 代議 員会
本片 表 彰 式
於 明治記念館
′表
二五 日
神社本庁先 例評議員会
班幣式
神社庁長会
教化部役 員会
一
ハ 月
神社検完
於 神社庁 四柱神社
庁報編集〓自^
会
お自 石持行事事 務説明会
教化 計 営 業 ズ員会
伊 武 自 平 齋 保 松
一
封
一
四日
五日
五日
神 社 本 庁
政 茂
秀 洋
光 幸 後 秀 英
十 五日 天皇皇后 両陛 下御奉 迎
合 同会 議 新 旧 員歓 送
,
迎会
五 月
十 六日 天皇阜后両L 下御ヽ 送
十七 ∼十八日
第
二
同
遣
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皇
広報研修会
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神●スム
館及び神■神ユ
■t H 東海 五県連合総会企画 二 二ヽ
十
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ホ内東海五県評議員会
に
二五 日
庁報編集香 員会
一
■日
東海 五県神社庁評議 員会
二七 日
於 岐白薔十
東海 五県神社庁連合誌会
於 L E僣宗
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藤 者 鳥
(117号 )
神
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平成3年 8月 1日
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松塩筑
南安曇
大 北
忠 静 直 光 信 晃 陸 俊
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須 高
中 高
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飯 水
長 野
教化部役員
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官由
岡 清 彦
副委員長 中 山 美恵子
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副委員長 一
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副委員長 清 住 邦 廣
副委 ]
星長 諏 訪 雅 彦
教讐 蔓 平 林 秀 文
祭正会員長 些ユ
城 憲 和
青対担当 山 田 充 春
調査担当 伊 藤 光 ´
旦
教化担当 武 藤 美 登
教化部長 宇︶
●脩 一
浮
祭 祀担当 ﹂
退 藤 久 芳
加 上 北 児 西 松 田
一
近藤 政彰 ︵
飯 伊︶
本 庁 評議 員 藤 井 茂 信 ︵
上水内 ︶
事
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あ年4月∼2年3月
事
大 北
埴
更 級
更
下高丼
木 曽︶
浦澤 英 一 ︵
同谷市︶
長日 正康 ︵
工藤 久吉 ︵
北佐久︶
北佐久
飯 水
上水 内
上高井
長 野県 神 社 総 代会
飯田市︶
会 長 一
を洋 廣雄 ︵
副会長 ・藤村 吉彦 ︵
松塩筑︶
長 野
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五県評議員 穂高 光雄
南安曇︶
諏 訪︶
北島 和孝 ︵
飯 伊︶
市原貴美雄 ︵
本年度より二年間のな期で蓋をきれました。
間
哺 芳 健
彦 カ ー
木
理
善 重 候 博
保
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す治橋 一 ︵
松塩筑︶
監
長 野県 沖 社庁 役 員
上水内 ︶
庁 長 藤井 茂信 ︵
飯 伊︶
副庁長 近藤 政彰 ︵
宇治橋 淳 ︵
松塩筑︶
井出 舜 ︵
南佐久︶
瀧澤 基 ︵
長 野︶
上水内︶
宮下 俊樹 ︵
上伊那︶
伊藤 光宣 ︵
遠藤 久芳 ︵
松塩筑︶
長 野︶
加藤 保彦 ︵
高橋 登 ︵
南佐久︶
理 事 上村 力 ︵
飯 水︶
山田 充春 ︵
南^
各ぎ
湯澤 廣雄 ︵
飯田市︶
近藤 政彰
諏訪市
諏 訪︶
宮坂 清 ︵
滝
人 本 曽︶
和
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武藤 美登 ︵
上 小︶
藤村 吉彦 ︵
松塩筑︶
浮
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一
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〓
昌鳳ロ エ
監 事 依日 延嘉 ︵
上 小︶
同谷市
0受 全会長
大 北︶
官澤 正廣 ︵
竹内 忠男 ︵
更 埴︶
依田 延嘉 ︵
上 小︶
春日 義直 ︵
上伊那︶
南佐久 佐 々木 一
不 昭
北佐久 金 井 重 恭
上 小 清 住 一
不 廣
諏 訪
有 賀 寛 共
◆支部長
顧 間 藤井 茂信
行日増次郎
警﹂ ︵
志口 〓
上伊那︶
唐沢 忠孝
澁川 謙 一
重 局 守
村井 仁
齋藤 吉仁
阿部 守 一
平林 成元
行日増次郎
男 夫 彦 雄 廣 ― 男 明
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彦 男 彦 彦
雄 文 彦 ― 雄 登 直 郎 康 行 水 嘉 吉 登
安 li滋 幹
義 益 正 善 芳 延 久
内 内 内 高 坂 島 谷 鳥
日 野 味 田 藤 橋
澤 口 村 澤 澤 桐 日
齋 鷲 宮 博 勝 竹 堀 竹 穂 宮 宮 熊 自
松 井 藤 浦 湯 片 志 堀 長 清 五 依 工 高
藤 尾 川 日
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(]17号
神
(5)
平成25年 8月 ]口
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お し ら いしも ち 〓 ょう し
御自石持行事
t月 二十六 ロー九月 一日
新 官 の新敷 地 に敷き つめる ﹁
御白 石﹂を
勢 の市 民を はじ め 全 国 の崇教者 が奉献
,
す る.
皇太神官
5 日 0時
9月 1
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皇太神官
豊受大神宮
珍 工を よろこび
平安 であ ることを
洗 清
0時
皇大神官 9月 И日1
大宮地 の神 に析 る
I)11
新 訓された御装東神宝を 照合す る
0月 4日1
0時
単受 大神官 1
0時
阜人神官 Ю月1日1
御 装 東神 宝読 合
0時
豊受人神官 9月 あ目1
″ Tした新宮 のす べてを洗 い清 める
心 御柱 奉 建
皇太神吉 9月昴日”時
豊受人神官 9月″日“時
御■般中央 の床下に心御柱を本建する
︺月 歩●D■
杵 築祭
呈■捕一呂
1¨
91
♪日mL
川原大祓
豊■人神官
新宮 の御柱 の
■人神宮
6時
Ю月 ︱日1
根本を白杖 で
つき 同める
豊受 大神官
0月 4月1
6時
1
御装束神■をはじ
め遷御 に奉仕す る
者を祓 い清 める
││
^ ‖
8│
後鎮築
川原大祓
御戸 祭
豊受大神官
御正殿の御扉を造りま つる
御船 代奉 納 式
0時
皇太神官 9月I日1
9■m時
豊受人神宮 9月 1
御神 体を お鎮 めす る御 船代を御正段 に本納
御白石持行事
,
(117け
神
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神
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平成25年
御飾
皇太神宮
些ユ
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0月 2日正午
1
0月 5日正午
1
御 装東 て新 般を装 飾し、遷御 のご準 備をす
る
せんざ よ
遷御
0月 2口”時
皇太神官 1
0時
豊受キー H m月 5H2
御神体を新宮 へと違しま つる
大御 餞
皇大神富
Ю月3日6時
豊受十電 H
O
l月 6日6時
新 宮 では じ め て
の大 御 餞 を た て
ま つる
皇太神富
“月 6日m時
Ю月 3●■L
奉幣
x
些〓ど
+命埋冨
新宮 の人御前 に勅使 ︵
天阜 の使 い︶が幣鳥
を春 莫される .
大御餞
古物渡
4時
阜大神宮 0
1月3日1
4時
豊受大和営 Ю月6日1
古殿に奉納されていた神生類を新官に移す
み か ぐ ら み け
0月 3日1
7時
皇太神宮 1
7時
0月6日1
豊受大神宮 1
御神楽 に先立ち、大御韻をた てま つる
◆ 選御の日は陛下が御治定
式 年 遷宮 のな か でも 特 に大 事
な 祭 共 に つ いては 、 古 来 より
陛 下 か らお定 め いただ いてま い
りま した。
こ の御 治 定 に基 づ いて、 細 か
な 式 典 の日時 が決 めら れ 内 宮
第 一別営 の荒 祭 官 と 、外 吉 第 一
別宮多 賀 官 の遷 御寺 の日程 も 決
定 されました。
:
'
山葵田御料圃祭
より 一大 産地と し て有名 であり ます が、 こ
の安曇 野 の 観光 客 で賑わう人 工わ さび戻
場 ︵
深澤沖 正 回主 ︶ の 一角 に 神営 の山葵
御 料圃 があ り、 例年 伊勢 の神 宮 から奉 仕員
が三
省回し、そ の年 の豊作を 祈順致 し ており
ます。
仰ぐ清 地 で 穂 高光雄矢 原神 明宮 小合 諏
祭 典当 日は、晴 天 に恵ま れ、霊峰穂高 を
伊 勢 の神 官 の祭 典 で供 え ら れ る米 野
訪神社 官司様 、穂高神社 神職 の方 々 のご奉
水 によ って育 てら れた安曇 野山葵 は、明治
北 アルプ スの賛 の、恵 ま れた清 らか な湧
載き、現在 に至 っております。
氏 子総代 の方 々から、ご献納 のお申 し出 を
であ ったご縁 で 地 元矢 原御鎮座 の神 明宮
を 中心とす る安 曇 野が、中世 に神 官 の御 厨
ま す。戦後 間も な い昭和 二二年 、失 原 の地
穂 高 で栽培 さ れたも のを ご献 納戴 いており
祭 一月 の元始 祭 二月 の建 日 記念 祭 に、
そ の 一つであ る山 葵 は 、
二 一
月 の天 長
に御供え させ て載 いております。
められた方 々に栽 培を お願 いし、大御 神様
は作 ること のでき な い作物 に関し ては 定
ら、ごく僅 か ではありま す が 伊勢 の地 で
と が 基 本 と な ってお り ま す 。 し か し な が
菜 果物 は 神 宮神 口 御 同 で調製 す る こ
と共 に奉仕 させ て戴きま した。
本年 の神官担 当と し て、本 城泰 興神官宮 掌
神ヤ権補宜 葦 津 健次 郎
山奏 口o
沐檎御 料 回祭を本 仕して
二月 七 日 長野県安曇 野市 穂高 にお いて
′
′
高 列な山葵田
山葵 =御料 回祭を 、また 五月 八日、同安
`成
曇 野市 三郷 小倉 にお いて林捨 御 料 回 祭 を 、
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こ
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神
(8)
25年 8月 1口
・
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,
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・
■●
ヽ
.
二月 の祈年祭 にご献納戴 いております。
の、林檎 献納 に対 す る熱 い思 いには、心を
け、大切 に有袋 栽培 が行わ れ て いると のこ
方法 を お取り戴 き 一つ 一つ丁寧 に袋を掛
のこと かと は思 いま す。 しかしな がら、 こ
係 の、 ほん の 一瞬 に関わ らせ て載 いただ け
私ども は 歴史 あ る安 曇 野と神 官と の関
打たれ、感激致しま した。
と でありま す。 これも 偏 に、和 官 に対 す る
の二〇年 に 一度 の両 工宮 ご遷 御 の住 年 に、
神宮 用林檎 の栽 培 は、今 でも普 な がら の
お気 持ち の表 れと 、深く感謝致 し ておりま
そ の重 みを感 じる、貴重 な経験を させ て載
し上げます。
ご関係 の皆様 の更 な るご発展 を お祈り中
いたと感謝致 し ております。
す。
降幡 隆亮 固
神言御 料圃 があ るり んご国 ︵
主 ︶ では 晴 れ渡 る空 の下 林檎 の白 い可
憐 な花 が咲き 誇 っており、神官 か ら参 向 し
た私ども は、 そ の美 し さ に見 と れ ておりま
した が、本年 は四月 二 一日 の雪 で 大変 な
被害を受 け、収穫 が危 ぶま れ て いると のお
話 しを 聞き 、ご関係 の皆様 のお気持 ちを 思
い、心が痛 みま した。
皆 様と共 に、降幡宗 年神宮御料 り んご奉 賛
祭 典 では、穂高官 司様 、穂高神 社神職 の
社も戴 き 、深澤溢 寿矢 原神明宮 総代様 始
会 会長様 始 め、 ご関係 の方 々多 数 ご参 列 の
いる 、 花 形 浩 実 J Aあ づ み小 倉 支 所 長 様
でも、り んご奉賛会 の窓 口を ご担当戴 いて
様 々な お話 しを お間 が せ載きま した が、中
直会 の■ など では 、 ご関 係 の皆 様 から 、
させ て載きま した。
め、ご関係各位 ご参 列 のも と、神宮 祭式 で
し出を戴 き 安曇 野 の林檎を 、伊勢神 宮御
に 地 元小倉 御鎮座 の諏訪神社 様 からお中
一方 、林檎 に つき ま し ては、昭 和三 五年
戴 きま した。
もと 、林檎 生長 の無事を 、心を込 め て祈願
林携御料□祭
豊作 祈願 のお祭りを 、滞 りなく奉 仕 させ て
` 十
'
料 り んご奉賛 会様 から、
二 一
月 の天長 祭
豊かに実った林構
:
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ヽ、fよ
■17サ )
神
(9)
平成25年 8月 l口
,
(l17■
1 (]o)
平成25,8月
﹁
第 十 八 口子 供参 官 団﹂ ∼子供達から学い
か
事∼
名 役員 及び保護者 三F 二名 、総勢 一二〇
県内 各 地 より 児 童 八十 五名 未 就 学 児 二
親 子参 官 団か ら子 供参 官 田と 名 称 を 戻し、
の 一泊 二日 の日程 で行 わ れま した。今 年 は
回 の子供参 官 国が 二月 二十 五 日∼ 二L 六 日
式 年遷官を 迎え る平成 二十 五年 第十 八
︱
、
文 の提 ︱
︱ では 各 々がし っかりと 思 いを書
火議 り に挑 戦 し ておりま した。 そ の後 、作
生 懸 命 聴 き 入 る子供 辻 .何 人も手 を挙 げ
り の見 学 の時 間.神宮官掌 さん の説明を 一
な った大 講堂 に於 いて有 り難 い計 話と火鑽
へ到 着 . 夕 ■ のあ と 夕 食 を 戟 き 、 新 し く
おは ら い町お かげ積 丁を散策 し、神〓会 館
青 少 年 対 策 推進 委 員 十 薔 美 恙 子
名 の参加 により実施 されま した。
天 の岩 屋、夫婦岩 にも お参 り しました。神
ス毎 に参 拝 を し、夫 婦岩 を 背 に記念 撮 影 .
の吹き付 け る中、列を組 み神 社 へ到着 . バ
二見 興玉神 社 へと歩 いて向 か います 。浜風
まず始 め に二見 ヶ滞 へ到着 し、浜参 宮 の
に﹂と、心から願 いました。
した時 は ﹁
思 い出深 い良 い旅 になります様
結 し、元気 一杯 の大勢 の子供達 の姿 を日 に
宮 を 迎え る真新 L い御 正宮 の屋 根 が並 び 、
に参 キを終え ま した。隣 の御敷 地 にはご遷
の中、誰 一人 口を 開く者 はなく、心を 一つ
く行う姿 が日 に行き ま した。朝 に残 る静寂
近付 く に つれ、真剣 な 面持 ち で手水も 正 し
歩く姿も 。 しか し、年治橋 を渡り御 正官 が
う に日を擦 りな がらも 、列 に遅れな い様 に
絆 .朝 から元気 一杯 の子供も いれば 、 眠そ
二 日日 は 早 朝 よ り 内 官 御 垣内 特 別 参
思ヽ
2■分楽 しそう に遊 んでおりました.
をとり 、 三時 間 アト ラクシ ョンを 巡り 皆
お待 ち かね の長島 スパー ランド です。 昼食
た,外官 へ移 動 し 自 由参キ の後 は な 々
れ も 忘 れ 皆 、 真 剣 に見 入 ってお り ま し
拝 に続き 、御神楽 と舞楽 の奉奏。 足 のしび
全戻り、朝食を戴 き出発 ︱内官 に て正式参
皆感 慨深 い思 いで眺 め ており ま した。宿合
ムヽ
留 め て いる姿 が印象的 でした。
の御使 いと される ■見 蛙が境内 に多 く献 納
二十 年 の節 日 のお姿 を 日 にす る事 が でき 、
各地 より出発 した バ スコ台 は恵 那峡 に集
さ れ 払達 を 迎 え てく れま した 。 そ の後 、
(l17け )
州
神
],(11)
平鹿 51:8月
二期 日六年 日を迎え るス は こ の旅 で毎年
す。
て、予定通リ スムーズ に運 んだ様 に思 いま
加 者 の子供 達 は と ても 元 気 に挨 拶 が 出 来
今 回は、 両 日に亘り 天候 に恵 ま れ 参
く お し ゃ べり 、 アド レ ス の交 換 も 。 そ の
い?﹂と言 ってく れま した。 それか ら楽 し
座り、﹁
も っと話 し た いか ら隣 に来 ても い
れ て いる はず の少 女 は 、 私 の座 席 の構 ヘ
緒 に帰 路 に着 き ま し た 。 進 国 地 で遊 び 渡
愛 い女 の子 でした。 二日日 に共 に行 動 し 一
られ ると言う事 ︱ま た子供達 が理解出来 る
る機 会 を 戴 き た だ 教 え ると は 逆 に、 教 え
、
く ﹃
´
﹂
縁 一を戴 いて 大 勢 の子供達と接 す
戴 いて いる のではな いでし ょう か ?せ っか
が それ によ って自身も大 変貴重 な時 間を
預 か ると 言 う事 は 大 変 な事 で はあ り ま す
重 要な役割 ではな いでし ょう か ,そ んな中
か ら 、意 義 のあ る ﹃
心 と 会 話 のキ ャ ッチ
。
1
様 々な1
︱逢 いや学 びを 経 験 し ており ま す
がそ の感性を誉 め ると少女 は大変 喜び 。 そ
ボ ー ル﹂ が出 来 た ら す ば ら し いと 思 いま
様 に、 いか に解 り易く 教え る ことも私達 の
れから即 興 で十 の歌 を私 にプ レゼ ントし て
す。
際 少女 のメ モ用紙 の端 に 一つの短歌 を
くれま した。そ の作品 の中から 。
そし て今 年も 私 にと って忘 れられな い、感
﹁人と 人 、手 を 繋 げ れば 、実 い合 い、見 知
他 の旅行 と は違う 、青少年 対策推進委 員
。
会 だ から こそ出来 る事 を追 究 し て いけ る の
見 つけま した。 そ の歌 がと ても素 敵 で、私
らぬ人と、触 れ合う時間﹂
だと思 います。
慨深くと でも有意義 な旅となりま した。
初対面 の少女 は、小六 のと ても実顔 の可
﹁
梅 の花 、 春 一番 に 花 が咲 き ウ グイ ス
翌朝 、早速少女 から旅 のお礼 メー ルが属
縁﹄ の大 切 さを 、子供達 にも伝え ら れ る様
ご
楽 し み です 。 委 員 会 の仲 間 と 、 こ の ﹃
二期 七年 日が始まり ます。今後 の活動 が
き ま し た。 こ の子 に載 いた歌 も 思 い出も 、
に大切 に育 ん で行き た いと思 います。
鳴 いて、春 の訪れ﹂
私 にと つて大 切 な 大 切 な 主 物 と な り ま し
第 一に思 い出作り のお手 伝 いを す る。私 は
法 などを 通し て神道 教化を計 り、 ■ つ安 全
私達 の役 日は 子供達 にお官 の歴史 や作
です。
て、 ここで出逢え たご縁 は今後 も続き そう
な い程 の出 逢 いが 沢 山 あ り ま し た 。 そ し
今 回 の旅行 では まだ ここには書きき れ
た。
こう 解釈 し、 こ の委 員会 はと ても 重 要な役
割 を果 たし て いると 思 って います。 子供を
(117=)
州1
神
(12)
平成25年 8月 l日
口 神 官
達 にも わかり やす く熱 回神 宮 の啓家 を され
て います。
熱 日神言 では辺 る こと平成 二十 一年 には
は 景行 天皇 四十 三年 ︵一 一三年 ︶ 日本武
理 高 城治延少 宮司 奥 田n総代会 長を始
が本庁幣献幣使 を勤 めら れ 北白 川道久 統
参 列者 の見守 る中 、神 社本庁 田中恒清総 長
運営 の見事 さ に何時も感激 させられます。
毎 年 のよう に次 々と施 設 が更新 さ れ 護持
には、神 楽 殿 や授 与所 も 改 築 さ れ るな ど 、
社 殴 の鋼板 屋根茸き替 え 工事 が行 われ、■
本 殴選座茶 が齋行 され、本言 拝 殿など の
車 の妃 の言貴 媛命 が、 三種 の神 器 の 一つで
め代表者 に合 わ せ参列者全 員 で上串 拝礼を
名 古 屋 市 の熱 口 神 宮 ︵
小中和夫宮司︶
あ る草薙神 剣を熱 日 の地 に奉齋 ︵
創 祀︶な
行 い笙盤 ^
は無事 業了しま した。
招 待 さ れ 宮 司 が参 列 さ せ て いた だ き ま し
川 に鎮 座す る大 宮熟 m神社 は今 回 の大祭 に
千九 百年大祭 が齋行 されま した。松本市 梓
り、 五月 八 日 ^
伝 日本武尊 御命 日︶ に創 祀
う です 。そ し て、ま んが で読 む古事 記 ﹁
倭
の記念行事 が数 日 にわ たり執 り行 われた そ
ト タケ ルと熱 田神 宮﹂ などと、 そ の他多 く
ど の御神楽 や弓 馬術礼法 記念講座 ﹁
ヤマ
本祝事 業と し ては出 雲国大 原神主和 楽 な
満 々しく参
続け てこら れた事積 に ただただ有 り酢く
こと なく 国家 の平安 と阜室 の弥栄 を祈願 し
創 祀 千九 百年 ● 水き にわたり 常 も変 わ る
す る社 段を臨 み、晴 天 に恵ま れた熱 出神宮
ま れ、ゴ ミ 一つ無 く清掃 された境内 に鎮座
枚 に及 ぶ大 き な パネ ルが 展 示 さ れ ており
す る参 道 には、創 祀 から現代ま で の二十数
た。
ただきま し
拝 させ て い
午前十 一時 より人 祭が始まり 、約千名 の
とが できました。
く熱 田神 宮 の信仰 の高 さがよく理解す る こ
により+易 に解 説さ れ ており、古代 か ら続
物と熱 田神官と の問わり など が絵 画 や写真
や織 田信長 単 臣秀吉 徳 川家康 など の人
熱 口神 宮創祀 の神 話 から古 代 中 世 の歴史
人万坪 の広大 な境内 の中、参 列者 が集合
た。
建命 〓草薙神剣﹂なども刊行 され 子ども
大愉 が何本も樹 立す る緑多 き神 南備 に包
され てから、本年 十九百年 の慶節 の年と な
大宮熱 田神社富司 山 田充春
祀十 九百年 大祭に参 列して
熱
創
(117,)
州
神
平成る 年 8月 1日 (13)
出 雲 入 社
出雲入社手咸②大塁雪
去 る五月十日、勅使御参向、三笠営彬子
諏訪 大 社 権 禰 宜 遠 山 赳
大 社 本 殿 遷 座 祭 ﹂ が 厳 か に斎 行 さ れ ま し
我 が国最吉 の神 社と し て広く崇敬 を集 め
た。
もと、全国各地から の 一万 二千名 に及 ぶ参
る出 雲大 社 の大 国主大神様 は、諏訪大 社 の
女工殿下、高円宮典子女工殿下 の御参列 の
出雲
列者 が見守 る中 六十年 ぶりとなる ﹁
建御名 方大神様 の祖神 であり 、今 日本 殿遷
座 祭を奉拝 す る為 に諏訪を出発 し 一路出
雲を 目指 しま した。当 日は早朝 から雨が降
り出 し、到着 し ても 時折強 く降 って いま し
た が、昼過ぎ には雨 は上がり、参 拝者 も次
第 に増え てま いりました。
ま した。六十年 ぶり に御修 造 が整 った御本
スクリ ー ンを通 し て祭典を奉 拝 させ て頂き
した が、境内 に設け られた特 設 テ ント内 の
から、悠 久 の時 を経 て連綿 と受 け継 がれた
り です 。神 威 の発揚を 願 つてき た先 人 たち
てそ の機会 に恵ま れた こと に感謝 す るば か
な いであ ろう祭典 の場 に居ら れた事 、 そし
祭典中 は荒 垣内 に入 る事 は叶 いま せ ん で
段 へ大神 様 がお遷り にな る浄間 の空気を感
伝 続 を後 世 に引 き 継ぎ 伝 え てゆく為 にも 、
しま なければ ならな いと実感 しま した。私
じな がら、ただ ただ 感動を党え る時 間が流
今 回 の本殿遭座 祭を奉拝 さ せ て頂 けた こ
に これから の御奉 仕 の指 針を指 し示 し て頂
これからも より 一層 に日 々の神明本 仕 に勤
と は私 にと って忘 れられな い経験 となりま
けた貴重 な参 手 となりま した。
れました。
した。
一生 の内 に、幾度 も めぐり 合う事 の
新 任 神 職 の 横 顔
難 しく 任命 された神職を紹介 します
これからは 神 職と建築 十 の兼業 では ご
神社 本庁 去形式 一
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計訪 ■社●司
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表彰燎結奎〓一
条第二号 表彰状
本県 では次 の大名 がヽ
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を受けた。
平ユ 二十四年度功績表彰
員 絆代年 二百t卜 一名が喧 れ の■ に浴した.
労‘ 散神 の合 が 任 一
● く多 年 神社 の経 仲
■ に協力 した功労 一
者 と し て神凧 役
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ムが御臨席のもと、平一
東京 の明治記念館 表・
で行われた。
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制式
御
同
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ざ います が、神明 のご奉仕と神 ■ の護持 道
営 、また次 の世代 への橋渡 しと し て 一所 懸
命 に努 めさせ て頂 く所存 でござ います 。 よ
ろしくお願 い致 します。
更 級支 部
松 澤観 光 一
干 四歳
一
武水別神社権禰宣
私と神道と の出会 いは、回學 院大學出 身
の先生方 の著昔 との出会 いが始まり でした。
当時感銘を受 け 社会 人と いう施¨
から外 れ
大き メ験を試 みた事は、
神職と いう 現在 の白
,の大き な分岐点 であ ったと言えます。
分へ
入学後も志 の高 い先輩 や先生方 に恵まれ
道を違う事 なく無事卒 業を迎えられました。
そう した多 く の方 の御蔭 で、
現在 の自 分が
いる のだと身をも つて感 じ て いる次第 です.
こう した 思 いを無駄 にしな い様 、私自身
も 、神 明奉仕 に励 ん で いく所存 です。ご指
ご鞭撻 の拌、
導、
■しくお願 い中 し上げます。
寓 川 和 工 一
・
手一
・
晟
矢本八幡宮宮司
上水内支部
社家 に生ま れ育 ち、 い つかは神職 にと い
う 漠然 と した イ メージ は持 って いたも のの
高校大 学と 理系 の道 に進 んだ こと から、神
職資格を 得 るタイ ミ ングを逸 し ておりま し
鬱
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■■■大礼役■
山家神社敬神奸大会 価円
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た が、 こ の度 幸 いにも幾 つか の機会 、ま
た様 々なご縁を 頂き 、矢 本 人幡 宮宮 司 の大
任を拝命致しま した。
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(l17け
神
平成251:S′ 1]│(14)
されました.
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飯田市浜井 町
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軽井沢町旧軽井沢鎮座
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長 野 縣 護 國 神 社
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平成25年 8月 1日
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木曽郡木曽町福島鎖座
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長野県敬神婦人連合会爾問
長野県女子神職会顧間
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長野市城山鎮座
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長野市上松鎮座
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長野市松代呵銀座
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岡谷市 小井川鰊座
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飯田市 八幡町 一九九几
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塩尻市中西條鎮座
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那市御回区鎖座
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長野市松代町皆神山
奥州 一之官睦壺神社何分社
安 曇 野市 豊 科南 穂 高
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国重文着宮 人幡社︶
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官 司 宇治橋 淳
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長野市大町鎮座
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沼 沼沼
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長野県女子神賊会顧問
神明音官司
全国女子神職協議会副会長
長野県故神婦人連合会会長
長野県女子神職会顧間
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長野 市岩 石 町鎮 座
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祢宮 洲
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達光克
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安長野市穂高有明学官城
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言 で 出 峰 う、感 動 の 豊 菅
式年選宮記ttん ぐう瑣官
袢 営 式 年 邊 菅 が 伝 えてきたことを広 く伝 え、
未 ネ ヘ の継 承の意 義を伝 える
第六 │ :‖ 式■ι11を 記念して、外II
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」1池 Wrに 新しい●I■ iが ,I館 しました.
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式年遷,げ 伝えてきた技術や 制を示す資料や イl,i
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遇IIシ アターや様々な●lll央 像により、
神,1 人年遅
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写真提供 :神 官司庁