貧困と自殺に関する実証分析

ある。
また、貧困率の影響が年次ごとに変化している可能性も考
貧困と自殺に関する実証分析
えられる。そのため、年次ダミーとの交差項を設けた。以下
の表 1 が分析結果である。
(1)
(2)
(3)
(4)
0.305***
0.284**
0.295***
0.266***
(0.111)
(0.112)
(0.087)
(0.090)
―
0.002
―
An empirical analysis of poverty and suicide
貧困率
公共システムプログラム
11-06410 嘉数亮佑 Ryosuke Kasu
指導教員 山室恭子 Adviser Kyoko Yamamuro
貧困率×d1997
(0.733)
貧困率×d2002
―
日本では、毎年多くの人々が自殺をしている。特に、1990
―
(0.704)
貧困率×d2007
1.はじめに
0.067
―
0.090
決定係数
0.063
(0.072)
―
(0.717)
モデル
-0.004
(0.075)
0.091
(0.073)
FE
FE
RE
RE
0.406
0.406
Within
Within
年以降、有業者の割合が高い 65 歳未満男性の自殺率上昇が激
0.393
0.393
=0.868
=0.767
しく、1990 年には、10 万人当たり 16.25 人であったが、2007
(調整済み)
(調整済み)
Between
Between
年には 10 万人当たり 33.47 人と、1990 年の倍以上になって
いる。
ここから、経済的な影響である貧困により、自殺に追い込
まれる人々が年々増えていることが考えられる。そこで、本
=0.080
=0.082
Overall
Overall
=0.406
=0.409
(1)と(3)、(2)と(4)について Hausman Test を行った結果、RE が採択された。カッコ内は標
準誤差。*は 10%、**は 5%、***は 1%でそれぞれ統計的に有意であることを表す。サンプ
ルサイズは 188 である。モデルの FE は固定効果モデル、RE は変量効果モデルを表す。
研究では、貧困が自殺にどのような影響を与えているかを定
量的に分析し、自殺抑制に関する施策について新たな知見を
見出す。
2.先行研究
澤田他 (2013) では、経済・福祉政策に投じる額と自殺率
表 1 分析結果①
貧困率の係数は正であり、5%ないし 1%で統計的に有意で
ある。これは、貧困率の上昇が自殺を増加させるという当初
の予測と整合的であり、貧しさが人々の身体的、精神的苦痛
の関係を定量的に分析している。その結果、経済政策に投じ
を増加させ、自殺に追い込まれる人々が増加する可能性を示
る額と 65 歳未満男性の自殺率に負の相関関係を発見した。
唆するものである。
3.分析の枠組み
貧困率の影響は、たとえばモデル(1)の結果によると、貧困
先行研究では、経済・福祉政策への歳出額を説明変数とし
率が 1%増加すると、人口 10 万人当たりの自殺者が 0.3 人程
て分析を行っているが、経済福祉政策の影響が自殺者に及ぶ
度増加すると推定されており、貧困率が自殺率に与える影響
のは社会を経由した間接的なものであるといえる。これに対
は当初の見込みよりも大きくない。これは、年次ダミーによ
して、本研究では、貧困という自殺者本人にかかわる指標を
り貧困率の影響力が減少した、すなわち、全国的な経済ショ
用いて分析を行うことで、経済的困窮による自殺への直接的
ックによる影響が、ダミー変数に吸収されてしまった可能性
な影響を観測する。
が考えられる。
貧困に関する指標には、戸室健作(2013) に記載されている
しかしながら、自殺率と年次ダミーの交差項については、
貧困率を用いる。まず、1 級地 1 から 3 級地 2 まで 6 区分の
モデル(4)における 1997 年との交差項を除いて、回帰係数が
最低生活費について、各区分の該当世帯数を加重平均して、
正であるが、統計的に有意ではなかった。これは、年ごとに
都道府県別の最低生活費を計算する。この最低生活費を下回
貧困率の影響は変化するものではなく、貧しさが身体的、精
る所得の世帯数の割合が貧困率である。
神的苦痛を増加させ、自殺に追い込む力は 1990 年代から
4.分析①
2000 年代にかけて大きな変化がないことを示唆している。
分析には、先行研究のモデルを参考に次の、固定効果モデ
ルを用いた。
5.分析②
会社等を退職した高齢者の中には退職金等貯蓄を切り崩し
suicideit   0 povertyit   1 povertyit  d 1997 
 2 povertyit  d 2002   3 povertyit  d 2007  i  t  it
て生活する人々も少なくないと考えられる。そこで、分析②
ただし、suicide は自殺率、poverty は貧困率、d は当該年 1
である。
を、それ以外は 0 をとるダミー変数である。なお、φは都道
suicideit   0 povertyit  consumptionit 
 2 povertyit  d 1997   3 povertyit  d 2002 
 4 povertyit  d 2007  i t  it
府県の個別効果であり、νは年次効果、εは誤差項である。
ここで、個別効果は都道府県に特有の時間を通じて変化し
ない要因(たとえば、気候や文化など)であり、年次効果は全
国共通の観測不可能な年次特有のショックに配慮するもので
説明変数に平均消費支出を加え、現在の所得以外から生活費
を支出している世帯の影響を考える。分析式は以下のとおり
次ページの表 2 が分析結果である。
貧困率
平均消費支出
(1)
(2)
(3)
(4)
0.287**
0.264**
0.271***
0.237***
(0.111)
(0.113)
(0.088)
(0.092)
意性が失われている。一方で、モデル(1)において、65 歳未満
-0.134
-0.134
-0.159
-0.165
(0.114)
(0.117)
(0.110)
(0.115)
の割合との交差項と自殺率の関係が負に有意であるという当
―
0.113
―
貧困率×d1997
(0.736)
貧困率×d2002
―
0.078
―
0.088
0.076
―
(0.071)
貧困率×d2007
0.007
(0.075)
初の予測とは逆の結果となった。また、モデル(4)においては、
65 歳未満の割合にのみ負に有意となっている。これは、若年
(0.073)
層のほうが貧困率の影響を受けにくいというよりも、高齢化
0.088
の影響が貧困率の影響よりも強いためであると考えられる。
―
(0.072)
分析①や分析②と異なり、どのモデルにおいても貧困率の有
(0.073)
モデル
FE
FE
RE
RE
決定係数
0.425
0.411
Within
Within
0.399
0.388
=0.767
=0.871
(調整済み)
(調整済み)
Between
Between
=0.082
=0.098
Overall
Overall
=0.409
=0.418
近年、若年層の自殺が増加しているとはいえ、依然として
65 歳以上の自殺率のほうが 65 歳未満の自殺率よりも高く、
孤独や健康の問題など、高齢者に特有の要因による影響が自
殺率に強い影響を与えているのではないかと考えられる。
一方、男性の割合との交差項や男性の割合についてはどの
(1)と(3)、(2)と(4)について Hausman Test を行った結果、RE が採択された。
モデルで分析しても有意な結果は見られなかった。この結果
表 2 分析結果②
より、貧困率の影響は男女で差がないと考えられ、男性の自
消費支出を説明変数に入れても、貧困率や交差項に大きな
殺率と女性の自殺率の差は貧困率で説明することはできない
変化はない。したがって、貧困が自殺リスクを高めるという
と考えられる。
4 での分析結果は、貯蓄等を切り崩して生活する人の影響を
7.結論と今後の課題
考慮しても、観測されることがわかった。
本論文における分析の結果、貧困率の増加が、自殺を増加
また、この結果は、平均的な生活の安定よりも、貧困状態
させることがわかった。この影響力は 1990 年代と 2000 年代
にある人々を救済することが、自殺率の減少につながる可能
で大きく変化することはなく、退職金等貯蓄を切り崩して生
性を強く示唆する。
活する人々の影響を考慮しても、それは変化することはなか
6.分析③
った。この結果から、貧困状態にいる人々を救済する政策が、
この分析では、貧困が年齢別及び性別によって異なる影響
自殺対策として有効であると考えられる。
を持ちうる可能性に配慮する。そのため、全人口における 65
一方で、高齢化の影響が貧困よりも強い影響力を持ってい
歳未満の割合、全人口における男性の割合、およびそれら変
るということがわかった。65 歳未満の自殺率と 65 歳以上の
数と貧困率の割合の交差項を説明変数に加える。分析式は以
自殺率との差は小さくなってきているものの、依然として、
下のとおりである。
65 歳以上の自殺率のほうが高い。したがって、高齢者に特有
suicideit   0 povertyit  consumptionit 
 2 povertyit  youngit   3 povertyit  maleit 
 4 youngit   5maleit  i t  it
の、孤独や健康に関する問題にも配慮する政策が重要である
といえよう。
今後の課題としては、サンプルサイズの増加が挙げられる。
以下の表 3 が分析結果である
本研究では、貧困率を得られる年次が限られていたため、都
道府県ごとの貧困率の変動を十分に得られなかった。したが
貧困率
平均消費支出
(1)
(2)
(3)
(4)
0.275
-0.092
1.522
-0.497
(2.446)
(2.622)
(1.741)
(2.412)
って、対象年数を増やして、固定効果モデルの利点を活かす
ことで、より正確な分析を行う必要があるだろう。
-0.130
-0.124
-0.174
-0.146
また本研究では、対象地域を日本に限定したが、貧困によ
(0.113)
(0.113)
(0.111)
(0.107)
る影響が国によって異なることも考えられる。たとえば、キ
貧困率×65 歳
-1.589**
-1.074
-2.529***
-0.969
未満の割合
(0.822)
(1.414)
(0.775)
(1.038)
貧困率×男性の
2.820
2.570
1.748
3.257
割合
(5.936)
(6.705)
(4.459)
(6.232)
65 歳未満の割
―
-48.241
―
-80.980***
(30.935)
合
男性の割合
―
31.863
(22.733)
―
(148.162)
61.519
(91.619)
モデル
FE
FE
RE
RE
決定係数
0.640
0.605
Within
Within
0.621
0.589
=0.871
=0.875
(調整済み)
(調整済み)
Between
Between
=0.326
=0.462
Overall
Overall
=0.536
=0.630
リスト教など、自殺を禁止している宗教を信仰している人が
多い国とそうでない国とは、結果に大きな違いが出るだろう。
このような比較研究については、今後の課題としたい。
7.主要参考文献
1.澤田康幸・上田路子・松林哲也『自殺の無い社会へ』
,有斐
閣,2013
2.戸室健作(2013)「近年における都道府県別貧困率の推移に
ついて―ワーキングプアを中心に」『山形大学紀要(社会科
学)
』43 ,pp. 35-92
3.上田路子・松林哲也(2013)「福祉・経済政策と自殺率-都
(1)と(3)、(2)と(4)について Hausman Test を行った結果、前者の場合 FE、後者の場合 RE
道府県レベルデータの分析」
『日本経済研究』69 ,pp96-109
がそれぞれ採択された。
4.統計情報研究開発センター『社会・人口統計体系
表 3 分析結果③
県基礎データ(1975~2012)』(CD-R)
都道府