第 8 章 宇宙機のトルク

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第8章
宇宙機のトルク
第 8 章 宇宙機のトルク
第 2 章で、1 つの基準座標系がもう 1 つの基準座標系に対して行う回転運動を数学的に記述す
る方法を取り扱ったが、最初の基準座標系を剛体 R の中に埋め込むことによって、R の方位を記述
することに直接利用できる。第 3 章では、トルクと運動の間の因果関係を種々想定した一連のモデ
ルを対象にして調べた。これらのモデルは教育的にも有益なものであるが、同時に一定のタイプの
宇宙機に直接適用できるものであった。つづいて第 4 章~第 7 章において、外部トルクの影響がな
い場合の運動を論じたが、このような外部トルクがない場合でも個々のモデルの運動は非自明であ
ること、またこれらのトルクフリーの運動の特徴 ― 特に安定性 ― を知ることは、個々のさまざま
なケースにおいて力学的に正しい理解を得るのに必須のことである、ということがはっきりした。
以上の議論によって、宇宙機が一般的に遭遇するトルクに対して如何なる姿勢応答をするか、とい
うことを議論するためのしっかりとした基盤ができたと考える。ただしこれらのトルクをモデル化
できるということがその前提となるが、その宇宙機のトルクを調べるのが本章の目的である。応用
力学の分野で宇宙機の姿勢力学を他の分野から明確に区別している特徴はそのトルクの起源およ߮
特性である。
宇宙機のトルクで最も著しい特徴は非常に微小であるということである。普通の地球上の経験
からみるとこれらのトルクは直観的に無視し得るものであるが、よく調べると本来「大きな」トル
クは宇宙には存在しないことがわかる。それ故にマイナーな影響が主役を演じ宇宙機の姿勢力学を
支配するのである。例えば太陽光線が材料の表面に及ぼす圧力を考えてみよう。この圧力は表面の
特性に従って地球の近くでおおよそ 10  5 N m 2 になるが、この結果典型的な剛体に対して及ぼす力
は重力より少なくとも 9 桁小さい。われわれの地球上の直観ではこの程度の大きさの影響は無視し
てしまうが、あとでわかるように太陽の圧力はしばしば宇宙機の姿勢に対する外力として支配的な
影響を及ぼす。
さてここで宇宙機のトルクを外部トルクと内部トルクに分類すると都合がよい。外部トルクは
飛翔体と環境との相互作用によって生ずるものである;つまりこのカテゴリーは、宇宙機とその内
容物が惑星の大気または磁場のような外部の作用を受ける系として確認できる場合に対応している。
外部トルクを計算するためには飛翔体の特性およびその飛翔体が置かれている宇宙環境の両方を明
確にする必要がある。
他方内部トルクはある意味で自分が作り出すものである。
この内部トルクは、
たとえ宇宙機を宇宙の中においてోての外部の影響から完全に隔離できるような点まで移動させߚ
(概念的に)としても残るものである。燃料スロッシング、制御用ジェット、および有人飛翔૕ߩ
中での乗員の動きは内部トルクの典型的な発生源である。
どんな分類法でも同じことであるが、ᄖ
部/内部の違いが明確に区別できず混乱を起こすようならばいつでもその分類はやめるべきであࠆ‫ޕ‬
本章では 8.1 節~8.4 節において主要な外部トルクを検討する;内部トルクは 8.5 節で議論する。
8.1 重力トルク
重力トルクは宇宙機の姿勢力学において基本的なものである。重力場が物体上で全体にわたっ
8.1
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重力トルク
て一様(uniform)ならば、質量中心(center of mass)は重心(center of gravity)に一致しその質量
中心まわりの重力トルクは零となる。しかし宇宙では重力場は一様ではなく、その結果一定の重ജ
の変化(大きさおよび方向)が物体上で発生し、一般にその物体の質量中心まわりに重力トルクࠍ
発生させる。[NASA, 9]によると、この影響は天体力学においてダランベールとオイラーによってೋ
めて検討され(1749 年)
、そして 1780 年にラグランジュがこの結果を用いて何故月が地球の方へߟ
ねに同じ顔を向けているかを説明した。宇宙時代の初めに至って[Roberson, 1]が軌道を周回する人Ꮏ
衛星に対する重力トルクの重要性を指摘したが、[Roberson and Tatistcheff]はこれに関連して重要ߥ
解析を行っている。
一般的な考察
さて物体 B から始めよう。この物体は必ずしも剛体である必要はなく、図 8.1 に示すように重
力場に置かれているものとする。この図で B は宇宙機を表している。この図における場は他の複数
の物体(図には n 番目の物体だけが示されている)によるものであり、 ρ n は Bn の中の dmn に対す
る dm(B の中において r に位置する)の位置を表している。物体 Bn は天体の主星(celestial primary)
を表している。そうすると dm に働く重力は次式
N
d f   Gdm  
n 1
ρ n dmn
Bn
ρ n3
(1)
によって与えられる。上式において ρ n は ρ n の大きさであり、G はつぎに示すように万有引力定数
である:
G  6.67  10  11 N  m 2 kg 2
(2)
したがって B に対する全重力および全重力トルク(O のまわりの)は
N
f   d f   G  
B
B
n 1
N
n
B
ρ n dmn dm
ρ n3
(3)
r  ρ n dmn dm
ρ n3
(4)
g o   r  d f   G   
B
Bn B
n 1
となる(自己の重力は無視している)
。あるいは B の重力の位置エネルギー
図 8.1 複数の主星の重力場にある宇宙機
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第8章
宇宙機のトルク
N
V   dV   G  
B
n 1
Bn
B
dmn dm
ρn
(5)
を用いることもでき、これを使って力およびトルクを導くことができる。式 ( 3 ) 、式 ( 4 ) 、および
式 ( 5 ) には普遍性という長所があるが、多重積分があるためさらに仮定を置かない限り実質的に解
析を進めることはできない。幸い宇宙機の姿勢力学にとって最も重要な解析的な結果は4 つの付ട
的な仮定(以下に記す)を置くと最も簡単なものとなる。それではこの解析的な結果を以下に導ߎ
う。そのあと引き続いてこれらの付加的な個々の仮定を取り除いて一般化した結果を導くことߦߔ
る。
基本的な結果
次の 4 つの仮定は重力トルクの表現を非常に単純化する;またこれらはほとんどの宇宙機が置
かれている一般的な状況に関しても優れた仮定になっている。これらのうち 2 つは重力源に関する
ものであり、あとの 2 つは宇宙機自体に関するものである:
(a)1 つの主星だけを考慮に入れる。
(b)この主星は球対称形の質量分布を持つ。
(c)宇宙機はこの主星の質量中心からの距離と比較すると小さい。
(d)宇宙機は 1 つの物体より成る。
以上の仮定を置くことによって、
簡単なトルクの式を導くことが可能になるが、
これを導いたあと、
個々の仮定を取り除いた場合の影響を検討し、その仮定の妥当性を量的に評価する。
仮定(a)は、式 ( 3 ) 、式 ( 4 ) 、および式 ( 5 ) における総和をそれぞれ 1 つの項によって置き換
えることができるということを意味している。仮定(b)は、Bn にわたっての積分を Bn の質量中心に
ある等価な質点によって置き換えることができるということを示している(最初にニュートンによ
って示されたように)
。仮定(c)は r Rc  1 と解釈することができる。ここで r は宇宙機の代表的な
大きさであり、 Rc は宇宙機と主星の質量中心との間の距離である。最後に仮定(d)は、一般性を失
うことなく宇宙機の質量中心を B の基準点に選ぶことを可能にしている
(図 8.2)
。
さて仮定(a)、
(b)、
および(d)によると上記の式 ( 3 ) 、式 ( 4 ) 、および式 ( 5 ) は次のようになる。
図 8.2 慣性的に球形の主星の重力場にある宇宙機