2015 年夏期セミナー心理学講義 資料

2015 年夏期セミナー心理学講義
資料
2015.08.13
●ポジティブ心理学
ポジティブ心理学は、1998 年、アメリカ心理学会会長であったペンシルベニア大学心理学
部教授のマーティン・E・P・セリグマン博士によって創設された。
心理学の枠組みとしては最新の心理学である。
ポジティブ心理学は、「生きる意味と目的を探求する心理学」で、何が人生を生きる価値の
あるものにするか、という人生をよい方向に向かわせることについて科学的に研究する学
問。人生を生きる価値のあるものにする事柄を研究の主題として、取り組む学問。
「ポジティブ心理学とは、私たち一人ひとりの人生や、私たちの属する組織や社会のあり
方が、本来あるべき正しい方向に向かう状態に注目し、そのような状態を構成する諸要素
について科学的に検証・実証を試みる心理学の一領域である、と定義されます。
」
(日本ポジティビティ心理学協会サイトより引用)
「ポジティブ」という言葉から受けるイメージは、何でも楽観的に捉え、明るく元気とい
う「空元気」、あるいは「現実逃避(軽視)」して明るく振る舞うという軽い浅薄なイメー
ジがあるが、この心理学でいう「ポジティブ」はそういうものではありません。現実に苦
難があればそれを直視して乗り越えて行こうという積極的なものである。にこにこ笑顔の
元気さだけを扱うものではない。
この点、誤解されやすいネーミングだと思われる。
ポジティブ心理学の分野のなかで、ある意味中心的な理論として「拡張-形成理論」とい
うものがある。心理学博士のバーバラ・フレドリクソンという人の唱えた学説。
この他、ポジティブ心理学の理論として有名なものは「フロー体験」というものがある。
フロー体験とは、「そのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している状態で、
そのことがすばらしくうまくいっている状態」をいう。
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●「拡張-形成理論」
今回の心理学講義では、この「拡張-形成理論」というものを紹介する。
「拡張-形成理論」は、ポジティビティが心の拡張と心の能力・成長を高める(拡張-形
成)ということを 27 万人のデータが証明した理論。
この理論を簡単に説明すると、
ポジティブな感情が増えると、視野が広がり思考の範囲が広がり、さまざまな考え方や行
動の可能性を開く。心身を開放し、受容性、創造性を高める、生活を改善する、人を成長
させる、といもの。
この理論は、ポジティブな心の状態=「愛」「喜び」「感謝」「安らぎ」といったポジティブ
な感情の研究から導き出された。
この理論では、ポジティブ感情の代表的なものとして次の10の感情をあげている。
①喜び
②感謝
③安らぎ
④興味
⑤希望
⑥誇り
⑦愉快
⑧鼓舞
⑨畏敬
⑩愛
この10の感情を代表的なものにあげた理由は、
①心理学の調査の対象に多く取り上げられている。
②生活のなかによく現れるのがわかった。
このなかで、感謝、鼓舞、畏敬、愛は、自我を超えた感情である。
愛は、10のポジティブ感情のすべてを含んでその上に位置する。
●ポジティビティとネガティビティ
・ポジティビティ(自己肯定的な心の状態)
ポジティビティとは、愛、感謝、安らぎなどの肯定的な心の状態をいう。自分は OK とい
う感覚。卑屈でなく自分を認めている・受け入れている状態。
「笑顔で耐えよう」「心配するのはやめて、肯定的に考えよう」「いつも機嫌良くしていよ
う」「楽観的でいよう」というようなモットーではなく(先にも述べた軽薄なものではない
ということ)
、ポジティビティは人間心理の深いところを流れるもので、感謝、愛、安らぎ、
喜びなどといった肯定的感情のときの心の状態のことをいう。
・ネガティビティ(自己否定的な心の状態)
嫉妬、憎しみ、怒り、不平、不満、恐怖、卑屈など否定的な感情の状態。自分は OK でな
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いという感覚。
●ネガティビティの影響
この状態のときは、考え方も判断も否定的になり、人間関係はじめさまざまなことがうま
くいかなくなる。重く、活力がなく、思考が硬直した状態。
また、胃、血圧に悪い影響を与え、首や肩の筋肉をがちがちになり、表情も強ばったもの
になり人も寄りつきがたくなる。
●ポジティビティの影響
ポジティブな感情が増えると、視野が広がり思考の範囲が広がり、さまざまな考え方や行
動の可能性を開く。生き生きしていて心身を開放し、受容性、創造性を高める。
明るく前向きなため人にも好かれやすく、人間関係も良好。また、長寿をもたらす。
●ポジティビティが人生を変える
上記のそれぞれの影響が人生を変えていくことは、想像がつくと思う。
ポジティビティは成功や健康の反映として生じるだけでなく、ポジティビティだから成
功・健康を生み出すものであることが研究の結果わかった。
ポジティビティとネガティビティの割合で人生が上昇傾向か、下降傾向かが決まってくる
という。もちろん、ポジティビティの割合が高い方が上昇傾向に向かうということである。
いくつかの調査で、ポジティビティとネガティビティの割合が「3以上:1」であると人
生が上昇に向かうという結果が得られた。
●偽善のポジティビティの害
ここでポジティビティというものをもう一度吟味しておく。
人生を充実したものにするポジティビティとは「心から感じる」ポジティビティだという
こと。
それに反して、表面だけのポジティビティ(偽善のポジティビティ)は逆効果になる。
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単に肯定的な言葉をたくさん言ったり、笑顔を無理に作ることは逆効果になる。心から感
じるポジティブ感情が背景にあるかないかが、結果を左右するということが調査結果に出
ている。
心からの笑顔でなくても笑顔を作れば(口角をあげるだけ)、効果があるということを言っ
ている人が多々いるが、これは間違っているということだ。
「慢性的な病気の子どもを持つ母親がどのようにストレスに対処しているか、ストレスが
健康に影響を与えるか」という調査の例。
この調査でのある母親
「子どもを育てるのは大変だけど、自分の役割にいい側面を見出している」
「困難に立ち向かううちに隠れていた自分の強さを発見したし、神への信仰も深まった」
このようにポジティビティの状態であることを語ったが、この母親の健康状態はよくなか
った。それは本心からポジティビティを感じていなかったからである。
この母親に、日常において何度も「幸せかどうか?」「満足感を感じているか?」という質
問をしましたが、それに対して「いいえ、まったく」と答えることが多かった。彼女のポ
ジティビティは心からのものではなかったのだ。
この例は「心から感じていない」ポジティビティには、その効果はないことを表している。
●ネガティビティは必要ないのか?
ネガティビティはマイナスなだけで必要ないと思うかもしれないが、そういうことはなく、
人間が身を守るためには必要である。
感情の研究において、特定の感情が特定の行動を誘因することは生存に結びつくことだと
考えられている。
身の危険・恐れを感じると、心拍数をあげたり、ホルモンを分泌させたりして逃げる体制
を整え、逃げるという行動を誘発する。
また、不安も必要な備えをするためには必要である。
これは、生命を守るためには必要なネガティブ感情である。
ネガティブな感情は視野を狭めるが、それは生存のための特定の行動を取らせるためには
必要なことなのである。
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◆ポジティビティの拡張効果
・精神の働きを広げ、視野を拡大する。
思考を広げるとアイデアが出やすくなる
「大きな概念でとらえるかどうかは、その人の感情の状態による」
→ポジティブ感情を持たせることにより、人の関心範囲を拡張できる。
・創造性が喚起される
・よいかたちで交渉をまとめることができる。
・より多くポジティビティを持っている人は、逆境にあっても解決策を複数思いつく。
視野が広がると、直面する問題に対処できるだけでなく、またいっそうポジティビティ
が強まる。つまり、ポジティビティと広い視野が高め合うということ。
・「精神の働きを広げる」という効果が人間関係に及ぼす影響は大きい。
自分という認識の範囲が広がり、自分と他人を区別する境界が薄れていく。
ポジティビティによって親しみが増加し、「私」と「あなた」と分けていたものをくっつけ
て「私たち」となる。
さらに、人種偏見をなくすということもわかった。
「ポジティブ感情が人の関心の範囲を広げ、全体像をとらえ能力を増すのであれば、人の
顔をよりよく認識できるようになるはず」(顔を認識する仕方は総合的・全体的)というこ
とから、
「ポジティビティを高めた人たちが、一時的に心の働きが広がって総合的な見方ができる
ようになるなら、顔全体の特徴を早くつかみ、知らない人の顔もよく認識できるのではな
いか」という予想のもとに実験を行った。
結果は、「他人種の顔を認識する能力が高まった」ということだった。
このことは、
「ポジティビティが高まると人種偏見がなくなる」と結論された。
その理由は、多くの研究で、人は自分と違う人種の顔を認識するのは非常に苦手だという
結果が出ている。また、ある研究において人は、人を見て一番先に認識するのは人種であ
るということがわかっている。そこから、人は、人種にとらわれているから他人種の顔を
認識しにくいと考えられる。
ゆえに、その逆に「他人種の顔を認識する能力が高まった」ということは、人種に対する
とらわれ、偏見が減ったか無くなったと考えられる。
・周囲との一体感は、人と自分との一体感を感じさせることが多いが、自然との一体感を
感じることもある。
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◆ポジティビティはリソースを形成し人を成長させる(ポジティビティの形成効果)
※リソース:資源。目的を達成、問題解決するために役立つ、あるいは必要となる要素の
こと。
「ポジティビティを増すようにつくられたメディテーションが何らかの形で人々の生活を
改善するかどうか」を調査する実験が行われた。
メディテーションの内容は心の中に「自分やまわりの人に対して、愛と優しさの感情を育
む」ために作られたもの。毎週 80~90 分行う。約 200 人がこの調査に参加。
この実験によって、以下の仮説が実証された。
「心を開放させるメディテーションをした人々は、日常生活のなかでポジティブ感情をよ
り多く体験する」
さらに、「ポジティビティの増加は個人的リソースを形成して人を成長させる」
そして、「成長することによって気持ちの落ち込みが減り、より充実した人生を送ることに
つながるのではないか」
<この実験からわかったこと>
・ポジティビティは意識的に増やすことができる
実験開始後3週間くらいはポジティビティが増加したという報告はなかったが、その後、
着実に増加していった。そして、たとえわずかでも継続することで人生をよい方向に変え
ることができる。
また、メディテーションは「愛」の感情を引き出す内容でしたが、それだけにとどまらず、
喜び、感謝、安らぎ、興味、希望、誇り、愉快、畏敬の感情もすべて上昇した。ポジティ
ビティの効果はどれか特定の感情だけに限定されないということもわかりました。
・経験を重ねることで得られる内容は深くなる。
●うつ状態の女性の変化
この実験の被験者でうつ状態がよくなった女性の例
このメディテーションを行うことで身体がリラックスする感覚を得、また、生きるという
ことは、ほかの人々とつながっていることなのだと悟った、という。
実験開始後3ヶ月、この女性はうつや孤独をほとんど感じなくなり、それまで憂鬱で寂し
く泣いていたがそれもなくなり、頭痛も胃痛もなくなった。
楽観的になり、自信が持てるようになり、集中力もつき、悪い状況からの立ち直りもはや
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くなった。人間関係も改善された。
実験から1年以上後、上記の変化は続いている。メディテーションも続けている。
そして、自分が精神的に成長したと感じていて、自分自身との関係も平穏で、ストレスを
感じない。他人に共感できる。メディテーションを続け、自分と世界を愛と優しさで包む
感覚はだんだん強くなった。家族・友人に大きな愛を感じ、日々の些細な出来事を楽しん
でいる。朝日や夕日の美しさといった今まで見過ごしていたことにも気づくようになった。
そして、自分が得られた愛と安らぎを世の中に広めたいと思っている。
●ポジティビティがもたらす4つのリソース
①精神的リソースの増加
現在の状況に深く集中できる。
②心理的リソースの増加
自分自身を受け入れ、人生に意味を見出す。
③社会的リソース
信頼に基づいた深い人間関係を気づき、相手からの支えを感じる。
④身体的リソース
より健康になる。
●ポジティビティの立ち直り効果
ポジティビティの高い人は困難からの立ち直りが早いという調査結果がある。
悲惨な出来事や困難がネガティビティを生じさせるのは自然なことである。しかし、いつ
までもネガティブな状態でいることでさらにネガティビティを高めてしまうことになる。
この困難から立ち直らせてくれるのはポジティビティである。
ポジティビティは思考を広げ、可能性を広げてくれる。そのことが立ち直りを早くする。
調査の結果、
「立ち直りの早かった人」と「遅かった人」の決定的な違いはポジティビティ
の量だった。ポジティビティが抑うつ状態を防ぎ、心理的成長をもたらした。
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●立ち直りの早い人は現実逃避しているのか?
立ち直りの早い人は、現実逃避で現実を否定することで立ち直っているのではないか?
という疑問もあるかもしれない。
それに対する答えが、ある調査結果からわかった。
立ち直りの早い人も悲惨な現実から影響を受けネガティビティに苦しめられている。ただ、
違う点はネガティビティとともにポジティビティをなくしていないということだった。ネ
ガティブな現実を否定しないが、それに足をすくわれ溺れてしまうことがない。それゆえ
に、立ち直りが早いといえる。
現在起きていることによく反応するが、先のことを心配して「もし○○だったらどうしよ
う・・・」とは考えない。「何が起こっても何とか対処できる」と考える。
過剰な反応、過剰な心配、いつまでも悪いことを蒸し返して考えるということをしないの
で、必要のない不安・心配を抱かない。そして、目の前にある現実に集中する。
このような心の状態は、マインドフルネスと呼ばれ、判断を挟まず心をオープンにして
「今・ここ」に集中する心の態度である。
ポジティビティによって、視野が広がり、全体的に物事を見ることができ、今の状態を正
しく捉えられるので、悪いことの中にもよい面を見つけ出すことができる。心の広さがネ
ガティビティを解消して、立ち直りの力を高める。
ポジティブ感情を増やすことで立ち直りの力を強めることができるということも調査から
わかっている。
◆ネガティビティに対するポジティビティの比率を上げるための方法
●ネガティビティを減らす
ネガティビティを減らすというとき、ネガティビティをまったくなくしてしまおうとする
のではなく、減らすということであると理解することは必要である。
ネガティブな感情というのは必要なときがある。そしてまた自然な場合もある。
近しい人が亡くなったとき悲しむのは自然なことである。
危険が迫っているとき恐怖を感じ、逃げるなどするのは生存のためには必要なことである。
これらは適切なネガティビティであり、適切なネガティビティによって地に足をつけ現実
に対処することができる。
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減らす必要があるネガティビティは、不適切なネガティビティである。
根拠が乏しい過剰な不安や心配。失敗を何回も繰り返し思い起こしてくよくよするなど。
このようにネガティブな感情を強めたり長引かせることが習慣となっていれば、それをな
くしていくことに取り組むことである。
●ネガティビティを減らす方法
①認知療法
歪んだネガティブ思考を適切なものに修正する
・どんな状況で、どんな思考をし、どんな感情が生じたかをチェックする。
・そのときの自分の思考が現実的に根拠があるのか、単に自分の推測で思い込んでい
るだけではないか?
などネガティブな感情に襲われたときに自分の思考が偏った
ものでないかチェックをする。「もうダメだ」「絶望的だ」など。
・そして、適正な思考を検討する。
ネガティブ思考の繰り返しを止め、ネガティブ思考とネガティブ感情の鎖の輪を断つ。
・自分が有害なネガティブ思考の繰り返しをしていることに「気づく」
・健全な方法で「気分転換」する(気をそらす)
健全な方法とは、アルコール、ドラッグ、過食などを不健全ととらへ、そうでないもの
を意味する。
②マインドフルネス
自分の心のなかで生じているもの(思考・感情など)を価値判断を加えずに認識する。
ネガティブなものであっても、それを否定も肯定もしないで、認識する。
マインドフルネスの練習によって、ネガティブな思考も過ぎ去る単なる思考に過ぎない
ということがわかり(事実と思いの分離)、否定的な感情の反応を起こすことがなくなる。
これは、先ほど述べたネガティブ思考とネガティブ感情の鎖の輪を断つことになる。
マインドフルネスの訓練は、脳の回路の変化を生じさせることが研究結果からわかって
いる。ネガティビティに関わる回路の動きを抑え、ポジティビティに関わる回路を活性化
するということである。このことは、脳の働き方を意図的に変えることができるというこ
とである。
●ポジティビティを増やす
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ポジティビティを増やすにあたって気をつけなければいけないことは、先にも述べたが、
「心からポジティビティを感じる」こということである。表情だけの笑いや表面的な肯定
的な言葉だけなどは効果がないだけでなく、有害ですらある。表面だけのポジティブな言
動は、ストレスホルモンが生じるということである。
<方法>
・今の状況にポジティブな意味を見出す。
ポジティブ感情を感じるかどうかは、捉え方次第。
そこによさを見出すこと。
「失敗は成功のもと」「苦しみが自分を成長させる」逆転の発想。
「この状況のいい点は何か?」「今の状況で恵まれている点は何か?」を考える。ポジテ
ィブな感情を感じるためには、このような意識的な思考の方向転換することが効果がある。
・恵まれている点を数える。
自分が得ているもの、恵まれている点に意識の焦点をあてることで、感謝など肯定的思
いが生じる。
・好きなことに夢中になる
・他人との絆を作る。
<そのための方法>
相手を尊重する。相手を支援する。相手を信頼する。相手との関係を楽しむ。
・自然とのつながりを持つ
実験の結果、天候のよいときに20分以上戸外で過ごした人にポジティビティの上昇が
見られた。その人たちには、思考領域の拡大が見られた。
気候のいいときに外で時間を過ごす人は、ポジティビティが高く、視野の広い考え方が
できる。
・マインドフルネスの瞑想をする
先にも述べたように、脳の回路からもポジティビティな状態になることがわかっている。
今の状況をあるがままに受け止めるというのは、心を開いている(オープンハート)とい
うことで、これはポジティブなことである。
・愛と優しさの瞑想をする
先に紹介した実験のときに行われた瞑想。
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テーラワーダ仏教の「慈悲の瞑想」をもとに作られたもの。
<参考文献>
『ポジティブ心理学入門
~ 「よい生き方」を科学的に考える方法』
(クリストファーピーターソン著、春秋社)
『ポジティブな人だけがうまくいく 3:1 の法則』
(バーバラ・フレドリクソン著、日本実業出版社)
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