要旨 - 筑波大学

広帯域テラヘルツ時間領域分光による結晶・非晶質の格子ダイナミクスの研究
筑波大学 数理物質系 物質工学域 森 龍也
近年有力なテラヘルツ帯赤外分光法として確立しているテラヘルツ時間領域分光
(terahertz time-domain spectroscopy, THz-TDS)は、電場の時間波形を記録できることから、
振幅と位相の情報を用いて各周波数の複素光学定数を直接決定できる。また、電場強度は
測定される電場振幅の 2 乗であることにより、FT-IR などの一般の赤外分光に比べて 2 倍の
電場強度デシベルを持つために高精度測定にも有利である。セミナーではこの THz-TDS を
用いた格子ダイナミクスに対する物性研究を 2 つ紹介する。
一つは、初期強誘電体(incipient ferroelectric)BaZrO3 における新たなソフトモード観測によ
る構造の低対称化の実験的な発見についてである。従来は立方晶系ペロブスカイト構造を
持つと考えられてきた BaZrO3 のテラヘルツ帯分光を高精度に行った結果、約 2 THz に付加
的なソフトフォノンモードを観測し、構造の対称性の低下を示唆した結果を得た。さらに、
テラヘルツ帯複素誘電率を決定することによって得られた、BaZrO3 の付加的なソフトフォ
ノンモードの温度依存性や、誘電率実部の温度依存性に現われる量子常誘電的な振る舞い
を紹介する[1]。
もう一つは、非晶質状態において、テラヘルツ帯エネルギー領域に物質によらず観測さ
れるボソンピークの THz-TDS による検出についてである。ボソンピークは非晶質状態に普
遍的に観測されるが、その研究は、従来主に非弾性中性子散乱,ラマン散乱、低温比熱測
定によるものであった。THz-TDS の登場以前にも遠赤外分光測定による吸光度の報告はあ
った。しかし、最近の THz-TDS による研究ではガラスが多く測定されてきたものの、ボソ
ンピークがどのように誘電スペクトルに現われるかはコンセンサスが取られていなかった
状況にある。この理由は、ガラスの研究者が十分高精度な THz-TDS による分光を行ってい
なかったことによると考えている。ボソンピークは赤外スペクトルに吸収ピークとしては
現れず、誘電スペクトルの形状の変曲点に現われることから、高精度に測定しないとボソ
ンピークを見出すことが難しい。セミナーでは、良く知られるシリカガラスと、非晶質薬
剤の研究対象として知られる薬剤インドメタシンにおけるボソンピークを紹介する[2]。
References
[1] M. A. Helal, T. Mori, and S. Kojima, Appl. Phys. Lett. 106, 182904 (2015). “Softening of
infrared-active mode of perovskite BaZrO3 proved by terahertz time domain spectroscopy”
[2] T. Shibata, T. Mori, and S. Kojima, Spectrochim. Acta A: Mol. Biomol. Spectrosc. 150, 207
(2015). “Low-frequency vibrational properties of crystalline and glassy indomethacin probed by
terahertz time-domain spectroscopy and low-frequency Raman scattering”