気になる論文コーナー 擬似熱光源によるレンズを必要としない位相物体のゴーストイメージング Lensless Ghost Imaging of a Phase Object with Pseudo-Thermal Light [D.J. Zhang, Q. Tang, T. F. Wu, H. C. Qiu, D. Q. Xu, H. G. Li, H. B. Wang, J. Xiong and K. Wang: Appl. Phys. Lett., 104, No. 12(2014) 121113] レンズを用いずに位相物体を検出できるゴーストイメージング法が 報告された.ゴーストイメージングは光強度相関により物体をイメー ジングする手法であるため,強度変調が発生しない位相物体を検出す るのは困難であった.これまでの報告例は,フーリエ変換光学系を用 いたレンズを必要とする手法に限られていた.本論文では,図に示す 通り,マッハツェンダー干渉計を測定物体側に設けることで,位相情 報を干渉情報として取得し,位相物体の強度変調を実現している.こ こでは,マッハツェンダー干渉計の強度信号を 2 種類測定し,おのお のの和や差を演算し,さらに,二次元検出器で取得したスペックルパ ターンとの強度の相関計算を行っている.また,干渉信号の自己相関 が無視できることも理論的に示されている.サンプルには,文字が エッチングされたガラス基板を用いており,位相物体のイメージング が可能であることが実験的に示されている.また,位相ゆらぎがイ メージングに及ぼす影響についても報告されている.(図 4,文献 25) 簡単な光学系で位相物体のゴーストイメージングが実現できること が興味深い.取得した位相の定量的評価ができるようになれば,今後 は,表面形状計測などの光応用計測への発展が期待される. (水谷 康弘) レンズを必要としない位相物体検出のためのゴーストイメージン グ光学系 量子限界を超える生物学的計測 Biological Measurement beyond the Quantum Limit [M. A. Taylor, J. Janousek, V. Daria, J. Knittel, B. Hage, H.-A. Bachor and W. P. Bowen: Nat. Photonics, 7(2013)229―233] 生きた細胞の観察では,標本の損傷を避けるため,観察光のパワー は低く抑えなければならない.しかし,通常は,パワーを抑えること により SN 比が低下し,計測精度が落ちる.著者らは,細胞内に存在 する脂肪顆粒をプローブとした細胞質の粘弾性計測において,非古典 的な光の状態を用いることにより,パワーを抑えつつ計測精度の向上 を実現した.これは,細胞内でブラウン運動する脂肪顆粒の位置変化 を光で測定し,その統計的性質をみることにより,脂肪顆粒周辺の粘 弾性を計測する.ここでは,光ピンセットで捕捉した脂肪顆粒にプ ローブ光を照射し,その散乱光と背景光から得られる干渉の強度変化 から位置変化を計測し,背景光としてスクイーズド状態を用いること により,ショットノイズを抑え,計測精度を向上させた.プローブ光 に振幅変調を加え,検出器でロックイン計測することにより,ノイズ の影響を抑えただけでなく,本来低周波帯域にある位置変化をスク イーズド状態の利用しやすい高周波帯域に移して計測できた.スク イーズド状態を用いた本計測手法を使うことにより,通常のコヒーレ ント状態を用いた計測に対して 42%少ないパワーで同じ精度を達成 できた.(図 4,文献 32) 光学技術を巧みに駆使して,標準量子限界を超える精度での生体細 胞観察を実現した.低いパワーによる高精度計測という本手法の利点 が活用されることによって,新たな生物学的知見が得られることを期 待したい. (奥平 陽介) 大きな物体に対する広帯域かつ受動的な光学迷彩 Amplitude-only, Passive, Broadband, Optical Spatial Cloaking of Very Large Objects [J. C. Howell, J. B. Howell and J. S. Choi: Appl. Opt., 53, No. 9(2014)1958―1963] 近年,ナノマテリアルなどに代表される,背面にある物体を遮蔽し 見えなくする技術である「光学迷彩」が研究されている.光学迷彩に は,特殊な構造を用いて電磁場を制御し光線を透過させるもの(メタ マテリアル)や,再帰性反射素子とプロジェクターを用いて物体上に 映像を投影し,観察者から物体を見えにくくする方式がある.前者 は,現状,可視光には適用できておらず,後者では,大掛かりな装置 を必要とし,観察者から物体を完全に遮蔽できない.著者らは,市販 の光学部品を組み合わせることで,物体の前後関係を無視し,物体背 面にある別の物体が,前にある物体を透過しているかのように見せる 方法について提案した.光線の位相は一致しないため,位相検出をす れば異なる光路を通った光線の検出は可能であるが,観察者にはその 位相差がわからないため,擬似的な光学迷彩が実現されている. 提案の光学的構造は非常に基本的な光学素子の組み合わせであり, 光学の教育現場において幾何光学を理解させるのに有効と思われる. 著者らは研究室のホームページ上でレンズを用いて実施した光学迷彩 126( 38 ) を動画で再現しており,そちらもご覧いただくと面白いだろう. (山本 亮) (a) Cloaking Region (b) (a)屈折を用いた光 学迷彩の概略, (b) 光線トレース図 光 学 光科学及び光技術調査委員会 テラヘルツトランシーバーのコンセプト Terahertz Transceiver Concept [S. Busch, T. Probst, M. Schwerdtfeger, R. Dietz, J. Palaci and M. Koch: Opt. Express 22, No. 14(2014)16841―16846] テラヘルツ波(0.1∼10 THz の電磁波)領域において,時間領域分 光法(THz-TDS)は基本的な計測法としての地位を確立している.通 常の THz-TDS では,2 つの PCA(photoconductive antenna)を送受信 に用いるが,1 つの PCA を送受信として使うトランシーバー構成も考 えられる.この構成法には,周波数依存のあるビームスプリッターを 用いずに 0° 反射計測が可能という利点がある.ところが,これまで のトランシーバー構成では,テラヘルツ波電界に対して 6 桁程度大振 幅のバイアス電界がテラヘルツ波電界をマスキングするという問題が あり,これを回避するために,テラヘルツ波の機械的チョッピングと ロックイン検出が必要であった.本論文では,これらを必要とせず, 光ファイバー結合された PCA ヘッドのみで THz-TDS システムが構成 可能な手法を提案している.原理は以下のとおりである.超短光パル スは 2 つに分波され,これら光パルス間には,テラヘルツパルスが PCA からサンプルを経て PCA に戻ってくるまでに要する時間だけ遅 延時間差が設けられ,再び合波される.両パルスともにテラヘルツ波 を発生させるが,本システムでは,最初のパルスを発生用に,遅延時 間差を設けられて後から PCA に到着するパルスをサンプリング検出 に用いる.発生用と検出用のパルスをそれぞれ周波数 f1 と f2 で強度変 調することで,テラヘルツ波が f2 -f1 成分でロックイン検出される. (図 4,文献 12) 論文ではイメージングに応用し,本コンセプトの有効性を示してい る.SN 比など,従来手法との定量的性能比較が望まれる. (久武信太郎) ランダムナノ粒子を用いたサブ波長集光 Subwavelength Light Focusing Using Random Nanoparticles [J.-H. Park, C. Park, H. Yu, J. Park, S. Han, J. Shin, S. H. Ko, K. T. Nam, Y.-H. Cho and Y. Park: Nat. Photonics, 7(2013)454―458] 超解像イメージングやリソグラフィーの実現に向けて,サブ波長領 域で光を制御する研究が注目を集めている.本論文では,ランダムナ ノ粒子に対して,波面制御した光を入射することにより,回折限界を 超えた集光を実現した.図に示すように,ナノ粒子を分散した媒質に 対して,空間光位相変調器(SLM)で波面制御したレーザー光を入射 さ せ,媒 質 の 出 射 面 に お け る 近 接 場 光 を 走 査 型 近 接 場 光 顕 微 鏡 (NSOM)で観察した.このとき,光を集光したい場所における近接 場光強度を最大化するように,SLM の各画素で発生する光の位相差 をひとつひとつ順に最適化していくことで,各画素から集光点に到達 する光のすべてを干渉で強められるように重ね合わせることができ る.この方法により,大きさが数百 nm の ZnO を分散させた媒質を用 いて,波長 l が 633 nm のレーザー光を半値全幅が l /3.88 のスポット に集光できることを確認した.これは,回折限界のスポットサイズよ りも 2.5 倍小さい値である.(図 5,文献 30) 波面制御によって近接場において回折限界以下のスポットが得られ ることが興味深い.波面制御の最適化アルゴリズムやランダムナノ粒 子の工夫で,より簡便な集光ができるようになれば,本方式のイメー ジングやリソグラフィーへの応用が期待できる. (稲田 安寿) ランダムナノ粒子による集光の様子を示した模式図 メラノーマ深達度の in vivo 検出のためのハンドヘルド光音響顕微鏡 Handheld Photoacoustic Microscopy to Detect Melanoma Depth in vivo [Y. Zhou, W. Xing, K. I. Maslov, L. A. Cornelius and L. V. Wang: Opt. Lett., 39, No. 16(2014)4731―4734] メラノーマはがん化した皮膚細胞であり,その深達度によって 4 つ のステージに分類されることにより診断される.4 つのステージは, 1 mm 以下,1∼2 mm,2∼4 mm,4 mm 以上であり,正確な診断が適 切な治療方針の策定につながる.しかし,これまでの深達度計測装置 において,計測可能深度と分解能の両方の性能を満足する装置はな かった.著者らは,光音響顕微鏡法を用いた計測装置を改良し,メラ ノーマの深達度診断に求められる性能を満足する装置を開発した.図 に示すように,従来の測定対象表面に光が集まるような照明から,測 定対象の深部に光が回りこむようにリング状の照明に改良された.そ の結果,音響信号強度が増大することにより,計測可能深度が大幅に 改善した.生体模擬試料(ファントム)を用いた検証で,従来の 3 倍 以上の 4.1 mm 深さからの信号を検出できた.また,マウスに発現さ せた 3.7 mm 厚のメラノーマにおいても,精度よく深達度計測を実行 できた.(図 5,文献 29) 本提案の照明方法は,横方向の分解能低下を伴うが,生体深部観測 において有用である.また,生体における光の振る舞いをよく理解し ていて興味深い.本技術はメラノーマ深達度診断を目的としている 44 巻 3 号(2015) が,その他の部位におけるがんの深達度診断にも応用可能であると考 えられ,今後の展開に期待したい. (成田 利治) 従来と本提案の照明法の模式図 127( 39 ) 光 の 広 場
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