企業の時間地理的制約注1 甲南大学 川村尚也 Ⅰ はじめに −「資源」の

甲南経営学会編 『企業社会と会計情報』所収、千倉書房 1995年
注1
企業の時間地理的制約
甲南大学 川村尚也
Ⅰ はじめに −「資源」の利用は面倒だ−
新しい事業や産業をつくるにはどうしたらいいのだろう。これまで日本経済をささえてきた企業・
産業が成熟化し空洞化が心配される中で、たくさんの人々がこの問題を考えているが、今のところあまりい
い案はみつかっていない。新しい事業や産業がなかなか生まれないのは、ひとつにはそれに必要な資源が企
注2
業にとって利用しにくくなっているためだろう
注3
。企業
の実体は、さまざまな団体や家庭、学校、政府
などと同じように、なんらかの目的のためにヒト、モノ、カネ、知識・情報、空間などのさまざまな資源を
注4
寄せあつめた資源の結合体だ
。以下これらを総称して「プロジェクト」と呼ぶ。企業はこれらの資源を社
会のどこかでみつけて、自分に使いやすいように加工しなくてはならない。ただしこれはいろいろと面倒
だ。土地を買っても建物をたてる前に平らにならして、電気、水道、道路などをひかなくてはならないし、
所によっては周辺の水や空気、景観を損なわないための配慮も必要になる。小売店は仕入れた品物に値札を
つけ、整理して、商品がいたまないように設備を整えた売場や倉庫に運び込んで、盗まれないように警備し
注5
なくてはならない。ヒトの場合はもっと大変だ
。このように、企業が資源を利用するためには、ただそこ
らで売っている資源をポンと買ってくればいいというものではない。そのため思った以上に時間とお金がか
注6
かるし、お金では解決できない問題もある
。
Ⅱ とかくこの世はままならない
本章では、企業の資源利用をむずかしくしているさまざまな要因を、自由な資源利用を妨げる「制
約」は何か、という視点から考えてみたい。まずわたしたちの日常生活に目を向けてみよう。たしかに日本
経済は豊かになり、日本人の生活水準も高くなった。働く時間は短くなり、週休2日制もだいぶ浸透した。
電化製品も充実し、家事はずいぶん楽になった。車も普及し道路も良くなった。夜まで開いている店も増
え、コンビニエンスストアもできた。しかし一方で(人によって違いはあるかもしれないが)通勤時間は長
くなり、仕事のコンピュータ化などでストレスは増え、せっかくの休みが寝てよう日になることも多くなっ
た。専業主婦もパートやカルチャーセンター、さまざまなサークル、ボランティア活動などで忙しくなっ
注7
た。子供も学校だけでなく習い事や塾・予備校通いでかけまわり
、大人なみのストレスと疲労に悩まされ
ている。このように、これまでわたしたちの行動の自由を制限していた一部の制約はゆるんだが、かわりに
新しい制約も増えて、かえって不自由になった面もずいぶんある。
スウェーデンの地理学者ヘーゲルストランド(Hägerstrand, T.)は、1970年の学会講演で人間の行動の
自由を制限している制約を「能力制約(capability constraints)」「結合制約(coupling constraints)」「権威制約
注8
(authority constraints)」の3種類に分類した
。能力制約とは「個人の生物学的な成り立ち、もしくは使える
注9
道具、あるいはその両方によって個人の活動が制限されるもの」
である。これにはまず、睡眠や食事、排
便、休息などの生理的欲求を満たすための時間的制約がある。これは一見誰にとっても平等な制約にみえる
が、実は一日に何回、何時間眠るか、何回どれだけの時間をかけて食事をするかなどは、文化(昼寝の習慣
がある国も多い)や居住環境(安心して眠れる空間があるかどうか)、仕事の内容(夜勤で仮眠する場合な
注10
ど)、個人の体質(暇を見つけては居眠りする人もいる)などによって違うだろう
1
。時間的制約の強さ
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は、欲求を満たすのに必要な時間だけではなく、食事やトイレにいく回数と間隔、手近にトイレやレストラ
ンがあるかどうかなどによっても影響されるだろう。モノについても同じことで、ほっておくと傷むので、
適当な保管設備や保守・整備が必要だ。利用するモノの傷みやすさ、必要な倉庫の大きさ、温度管理が必要
かどうかなどによって、モノの時間的制約は変わってくるだろう。次に、自分のからだでじかに触れること
のできる距離、肉声や電話、コンピュータ通信、郵便などで他人とコミュニケーションできる距離、徒歩や
自転車、馬車や自動車、列車、飛行機などで移動できる距離などの距離的制約がある。距離的制約の強さ
は、移動・通信技術の内容と信頼性、利用のしやすさなどによってきまるだろう。次に結合制約は「個人が
生産や取引のために、他の人間や道具や物と、いつ、どこで、どれだけの時間、結びついていなければなら
注11
ないか」
を決める制約である。これは労働、家事、買物、学校などさまざまなプロジェクトによる時間
注12
と空間の拘束をさす
。すべてのプロジェクトは、なんらかの目的とその実現手段(技術と資源)、人の
活動や物の移動などを調整するためのカレンダーや時計(スケジュール表)と地図(組織図など)をもち、
さまざまな公的・私的な権威によってささえられている。これらが人の活動や物の移動を制約する。結合制
約の強さは、その制約をうみだしているプロジェクトがどれだけ安定しているか、それを無視したらどんな
注13
代償
を払わなければならないか、などによってきまるだろう。最後に権威制約とは、さまざまな「管理
領域(ドメイン(domain))」による制約、すなわち「特定の個人や集団のコントロールの下にある事物が存
注14
在する時空間の総体」による制約である
。プレッドとパーム(Pred & Palm, 1978)は「規則、法律、習
注15
慣、あるいは予測などによって、自由が制限されること」
と、もっとわかりやすく説明している。権威
制約は、だれがそれを管理しているのかによっていくつかに分けられる。私有地への立入を禁止する柵、親
に言い渡された門限、町内会で決められたゴミ出しのルール、そして道路の駐車禁止区域は、それぞれ個
人、家族、地域コミュニティ、政府を管理者とする権威制約だ。また文化や慣行のように管理者のはっきり
しない権威制約もある。これらの管理者の関係をみればわかるように、さまざまな権威制約の間には階層関
注16
係がある
。個人や家族が設けている制約は地域コミュニティの権威に支えられており、それはさらに政
注17
府の権威に裏付けられている
。こうした権威制約の強さは、それにしたがえばどれだけ得するか、違反
の罰金や刑罰の大きさ、管理者が違反をどれだけ厳しく取り締まっているか、そして管理者の権威がどのく
らい安定して、どれだけ多くの人々にどのくらいしっかりと受け入れられているかなどによってきまるだろ
う。また法律や条例など管理者がはっきりして明文化されている制約ほど、変わりやすいが変化の幅は小さ
い。これに対して文化や社会慣行など管理者がはっきりしない暗黙の制約は、普段は安定しているが、急に
弱くなり、ふたたび強くなるにはかなり時間がかかるだろう。
Ⅲ 企業はとても「不自由」だ
それでは、企業の資源利用を制限する「制約」を考えてみよう 。はじめに2つおことわりをしてお
く。第1に、ヘーゲルストランドのいう制約は個人の活動についてのもので、企業の「制約」を考えるため
のヒントにはなるが、それをそのまま企業にあてはめることはできない。もちろん企業は個人にとってのさ
まざまな制約と無関係ではないが、同時に個人にはない固有の「制約」ももっている。ここではこうした個
・・・・・・・
注18
人と企業の違いに注意して、企業にとっての「制約」を考えてみたい
。第2に、制約は制限するだけで
なく保証するものでもある。企業は法律を破らないかぎりにおいて、他人および関係者(社員を含む)の不
2
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注19
法行為から守られている
。こうした制約の二面性にも注意してみたい。
さて、企業にとっての「能力制約」にはどのようなものがあるだろうか。まず、ヒト資源である労
注20
働力や製品・サービスの利用者
はそれぞれヘーゲルストランドのいう能力制約をもっているが、これが
同時に企業にとっての能力制約になるだろう。人と切り放しては使えない知識・情報の利用も、ヒトの能力
注21
制約によって制約される
。また外部の移動・輸送・通信手段の多くは、ひとつのプロジェクト(鉄道会
社や電話会社など)として能力制約(運行ダイヤや通信容量など)をもち、これが同時に企業にとっての能
力制約となる。この他に、原材料には倉庫が、機械設備や建物にはメンテナンスが必要だ。これらはモノ資
源の時間的制約からくる企業の能力制約だろう。
次に企業にとっての「結合制約」を考えてみよう。まず、原材料のように一つのプロジェクトが利
用してしまうとなくなって(変化して)しまう資源や、労働力、利用者、機械設備、土地・建物、資金、移
動・輸送・通信手段など、複数のプロジェクトが同時に同じ方法で利用できない資源については、他のプロ
注22
ジェクトとの利用競合が企業を制約する
。これが企業にとっての最も大きな「結合制約」だろう。ただ
し他のプロジェクトは企業に単に制約をあたえるだけではない。プロジェクトはその活動を通じて社会に散
らばっている資源を寄せあつめる。企業は他のプロジェクトと提携したり買収したりすることで、顧客やサ
プライヤー、専門技術など特定の資源をより簡単に利用することができる。また同時に同じ方法で利用でき
ない資源については、新たな技術や資源が遊んでいる時空間を利用して、資源需給の時空間上のミスマッチ
注23
を解消したり
注24
よって
、結合制約をゆるめることができる。知識・情報には他のプロジェクトと同時に利用できるもの
注25
も多いが
、他のプロジェクトと利用時間・場所・方法に関して協定を結んで共同利用することに
、他のプロジェクトが特定の知識・情報を隠したり、あるいは特殊な専門知識をもつ技術者を
囲い込んだりすると、その利用は制約される。企業固有の性質からくる結合制約としては、まず企業内部で
の部門(これも視点を変えれば一つのプロジェクトである)間の資源競合がある。部門を創ることで社内の
特定の資源を寄せあつめることができる。また既存の組織や業務体系そのものが、新たな資源の利用を制約
する。これらの制約をゆるめるためには、上であげた方法の他に、企業全体の組織・業務体系の変更も役に
立つ。
最後に企業にとっての「権威制約」をみてみよう。まず資源の性質からくる権威制約として、業界
団体や専門家集団、自治体・政府によるさまざまなルールや規制、法律がある。また地域や文化や風習、業
界の慣行など管理者がはっきりしない権威制約もあるが、これらはあたりまえのこととしてとりたてて意識
注26
されないものが多い。企業がこうした制約を受け入れる理由は、「自分の利益になるから」
、あるいは
「強制されてしかたなく」というわかりやすいもののほかに、「よくわからないのでとりあえず他社のマネ
注27
をしておこう」という理由もある
。権威制約は一方で資源利用を制限するが、他方でそれらを保証す
る。権威制約が弱まると、たとえば所有権が保証されなくなったり、契約が守られなくなったり、製品をマ
ネされたり、自分一人だけこっそりルールを破るフリーライダーが現れたり、偽物や粗悪品が出回ったりす
る。また企業固有の性質からくる権威制約には、企業の組織上の命令系統やさまざまな就業規則、さらにい
わゆる「企業文化」や「経営哲学」などがある。企業内の権威制約は社員の行動を制約する反面、そのやる
気の維持や事故・不正行為の防止などに役立っている。
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Ⅳ 「制約」はダイナミックに変化する
さて、企業の資源利用を制限するこれら3つの「制約」は互いに独立したものではなく、相互に影
響を与えあいながらダイナミックに変化していくもののようだ。次に、これらの制約はどんな場合に強まっ
たり弱まったりするのかという観点から、3者の関係を考えてみよう。まず、政権の交替や不況などによっ
て世情不安がおこり、既存の権威制約が全体として弱まると、能力制約は強くなるだろう。これは危険な時
間帯や場所がふえる、移動・輸送・通信手段を提供しているプロジェクトが不安定になり、信頼性が低下す
注28
るなど、いくつか理由があるだろう
。一般に新たな移動・輸送・通信技術の導入は能力制約をゆるめる
が、そのためには一定の権威制約ができて、移動・輸送・通信手段を提供するプロジェクトが安定し、技術
がこなれていくことが必要だ。また新技術が開発されても、鎖国や幕藩体制のように、その利用が権威制約
に制限される場合や、他のプロジェクトによる結合制約が強くて、新技術を利用するプロジェクトがうまく
できない場合は、能力制約は変化しないだろう。次に結合制約だが、一般に権威制約が弱くなるとさまざま
な保証がなくなり、一方で資源の生産・供給がへり、他方で自衛のための資源の需要がふえる。このため、
企業だけでなくさまざまなプロジェクトが不安定になり、結合制約は弱くなる。明治維新など社会体制の大
きな転換期には、さまざまな資源がそれまでのプロジェクトから解放されて、浮動資源(free-floating
resources)
注29
がふえる。また能力制約が強まると、既存のプロジェクトは資源不足のため不安定になり、結
合制約はゆるくなる。最後に権威制約だが、既にみたように、権威制約の強さは、それにしたがうことで得
られる利益の大きさ、罰金や刑罰の大きさ、取締りの厳しさ、管理者の安定度と社会的認知度などによって
きまる。罰金や刑罰の大きさは相対的なものなので、結合制約が強くなりすぎると権威制約は弱くなるだろ
注30
う
。管理者の多くはひとつのプロジェクトとして固有の能力制約と結合制約をもっているため、それら
の制約が大きいと厳しい取締りができなくなるだろう。また一般に、政府や産業団体、企業などを管理者と
する、権威階層の中位の権威制約は、能力制約や結合制約との相互依存度が高いため、技術進歩や不況など
による能力・結合制約の変化によって影響されやすいが、最上位の文化や社会慣行による権威制約と最下位
の個人の物理的権威による制約(つまり腕力)はより安定度が高いだろう。
Ⅴ ブレークダウンと火事場の馬鹿力
企業の資源利用はこうしたさまざまな制約によって一方的に制限されるだけではない。たとえば企
注31
業は自分のまわりの制約をゆるめるために、みずから新しい制約をつくって環境と自分自身を変えていく
。距離的制約をゆるめるための新たな移動・輸送・通信技術の開発・導入、あるいは結合制約をゆるめるた
めの新技術・遊休資源の利用や資源の共同利用は、新たなプロジェクトとそれによる新たな結合制約をうみ
だす。ただし、行動は予想しなかった結果を生むことも多い。たとえば権威制約が弱まって契約がしっかり
守られなくなると、企業は能力制約をゆるめるために、信頼できる取引相手と長期取引契約を結んで、取引
慣行という新しい権威制約をつくるが、これは同時に新しい取引先との取引を制約する。また、能力制約や
結合制約をゆるめるためにつくられた既存の組織制度や業務体系、業界団体、自主規制ルールなどの権威制
約は、時として新しい技術や仕事のやりかたの導入をさまたげる。
このように、企業が制約を変えようとしてもうまくいくとは限らないし、一見うまくいったように
見えても、思ってもみなかった別の問題が起きることがよくある。これは多くの場合、わたしたちが身の回
4
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注32
りの制約の体系
注33
を十分に意識していないためだ
。あたりまえのこととして暗黙のうちに受け入れてい
る多くの制約を意識化(対象化)すればすこしは違う。もちろんこれを意図的・計画的におこなうのはなか
注34
なかむずかしい
注35
。一般に制約の意識化はブレークダウン
、つまり人がきまりきった日常から突然放り
だされた時によく起こる。たとえばなにかの理由で権威制約が弱まって、さまざまな資源が浮動化すると、
人々はそれまでとりたてて意識せずに依存していた既存の制約体系を意識化する。しかしこうしたブレーク
ダウンは、同時に人々を大きな不安におとしいれる。いままでとはまったく違う、経験したこともないよう
な状況の中で、なんとか生き抜いていかなければならない。こうした状況におかれると、人は逃げるか尻を
まくって開き直るかのどちらかにわかれる。なんらかのミッション(生きる目的や意味)あるいは状況打開
注36
のためのモデルがあれば、人は開き直って、新しいプロジェクトに積極的にとりくむだろう
注37
ンやモデルは「オン・ザ・スポットの権威」
。ミッショ
として人々に安心をあたえ、特定の行動を奨励し、他の行
動を制約するからだ。開き直りはその人の時空間を圧縮し、限られた時空間と資源で思いもしなかったよう
注38
なたくさんの仕事を成し遂げる、いわゆる火事場の馬鹿力(仏教では金剛力というらしい)を引き出す
。超音速で飛行中の戦闘機パイロットが、突然のエンジン停止に冷静に対応して助かったケースや、時速
300キロ近いF1レース中のドライバーが、目前で起こった他車の事故を奇跡的に回避したケースなど、いず
れも本人は「時間がとてもゆっくりになった」と告白している。ここまで極端でなくても、人は追い込まれ
ると自分でも驚くほどの能力を発揮することがよくある。これが新しいプロジェクトとそれによる新しい制
注39
約をうみだす原動力となる
。権威制約が弱まっていること、資源が浮動化していること、あるいはまと
まった資源をもつ既存のプロジェクトの多くが不安定になっていることは、新しいプロジェクトをつくって
いくためにはプラスに働く。こうしたブレークダウンは、ある程度なら意図的・計画的につくりだせる。た
とえば企業では、組織や制度の改廃によって社内のさまざまな制約をゆるめ、ヒトやモノ、カネを浮動化さ
せることで、ブレークダウンを誘導することができる。ただし、なんのために、というはっきりした戦略な
り目標が示せないと、社員は不安とストレスで「逃げ」だしてしまう。また定期的なローテーションや海外
派遣、異業種や自治体、公共事業、学校などとの人材交流、あるいは家事・育児やボランティア活動(国
内・海外)への参加などは、社員に社内外のさまざまな制約を意識化させるのに役に立つだろう。
Ⅵ おしまいに −命短し恋せよ乙女−
さてこのあたりで最初の問いにもどろう。新しい事業や産業をつくるにはどうしたらいいのだろ
う。これまでのみてきたように、個人や企業をとりまくさまざまな制約をゆるめ、浮動資源を増加させるこ
注40
とがその一つのきっかけになるだろう
。ただしこれは単純に規制を廃止すればいい、というはなしでは
ない。制約をなくしてしまうことはできない。たとえば自由競争を促進するために独禁法の規制が強化され
る例をみればわかるように、規制の緩和と強化は表裏一体だ。またブレークダウンが新たなプロジェクトを
うみだすことからもわかるように、制約があるから人間はやる気をだすこともある。(締め切りがなければ
原稿はできない。)それではどんな制約をどのようにゆるめればよいのか。もうそれを細かく検討する余裕
注41
はない
。ただこれまでの議論からもわかるように、この問題を考えるためには、企業の内と外の制約
を、自明となっているものも含めて一つ一つ洗い直していくことが必要だ。制約は利用できる資源とできな
い資源を区分し、低利用資源をうみだす。リストラクチャリングやリエンジニアリングなどによる業務・組
5
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織の変更は、既存の制約がうみだしてきた低利用資源の活用を可能にする。ただし企業内部だけでの制約変
更では利用できる資源の量もたかがしれている。産業レベル・国民経済レベルでの制約変更も必要だろう。
最後に本章で提起した「制約」分析あるいは時間地理学的な視点が、組織研究にどのように応用で
注42
きるかについてのべておく。本章の視点
からみると、組織とは特定の人々に特定の時空間において特定
の行動をとらせるための制約体系であり、組織化とは新たな制約を設定することである。組織の境界は、こ
注43
れらの組織化された時空間活動の範囲として示される。組織と環境は連続したものとなり
注44
をもつ複数の組織の境界は相互に浸透しあう
、相互に関係
。たとえば企業組織の構成員は従業員だけでなく、顧客や
サプライヤー、外注先の社員も含まれる。また組織間関係についての議論は、さまざまな制約をゆるめるた
めのプロジェクト間の共同行動と、それを正統化する権威制約の形成に焦点をあてておこなわれる。さら
に、組織はなぜ、どのように創られるのかという問題には、プロジェクトの形成の条件をあきらかにしてい
くことでアプローチできるだろう。たとえば政権交替や災害などである地域の権威制約が弱まると、それに
支えられていた多くの既存プロジェクトが不安定になる。また危険地帯・時間帯の増加、土地やものの自
衛、取引の確認などのために人の移動がさまたげられる。おまけに移動・輸送・通信手段を提供していたプ
ロジェクトも不安定になるため、地域全体における能力制約が強くなり、既存のプロジェクトをさらに不安
定にする。こうした中で既存の結合制約が弱まり、浮動資源がふえる。この浮動資源は、能力制約をゆるめ
るための新たな移動・輸送・通信手段や治安体制など新しいプロジェクトの形成をたすける。これらのプロ
ジェクトは新たな資源のクラスター(かたまり)をつくるが、治安が回復するにつれて資源需要はへり、そ
のクラスター化された資源を利用する新たな別のプロジェクトがつくられる。もちろん、人々がブレークダ
ウンによって既存制約を意識化し、ミッションやモデルに支えられて火事場の馬鹿力を発揮することで、こ
れらのプロセスがダイナミックに進んでいくのはいうまでもない。したがって組織の変革についての議論
は、制約の意識化の条件とプロセスの分析を中心におこなわれる。
本章で展開してきた制約をめぐる議論は、つきつめると人間の生の有限性と一回性にたどりつく。
人間は生きる意味を求めて、さまざまなプロジェクトをつくり、さまざまな時空間上のパス(経路)をえが
く。たしかに移動・輸送・通信技術の急速な進歩は、能力制約をゆるめ、わたしたちが一生のうちに利用で
注45
きる時空間という資源をふやしてきた
。しかし依然として人生には限りがあり、やりなおしはきかな
い。わたしたちをとりまくさまざまな制約を考えることは、この限られた時空間を資源として、より密度の
注46
濃い、豊かな意味をもつ「生活世界」
を創造していくために、「いま、ここ」での小さな決断の大きな
重みをかみしめることでもある。
6
甲南経営学会編 『企業社会と会計情報』所収、千倉書房 1995年
− 参考文献 −
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7
注1
本章の作成にあたって、小松陽一(関西大学)、荒井良雄(東京大学)、大塚晴之(甲南大学)の各氏から有益なコ
メントをいただいた。
注2
ある意味で本章は、Schumpeter(1934)のいう「企業家」による「革新」あるいは「創造的破壊」を妨げるさまざまな
経済的・社会的要因に焦点を当て、それを分析するための新たな視点として、後述する「制約」分析の可能性を検討
するものである。
注3
これからの文脈ではしばらく事業、企業、産業の区別はあまり重要ではないので、これらをまとめて企業とよぶこと
にする。
注4
何の目的で、どのような資源をどのように手に入れ、加工して組み合わせるかにいろいろコツがあって、これは技術
や組織と呼ばれる。
注5
工場で人手が足りなくなったからと言って、そこらを歩いてる通行人をいきなり呼び止めて前の人と同じ給料ですぐ
に代わりに働いてもらうことはできない。第1に名前の知られていない小さな新しい会社では、いくら給料を払うと
言っても信用してもらえない。第2に工場の機械は誰にでもうごかせるものではない。使い方を覚えてもらわなくて
はならないし、もし文字が読めなかったり言葉が通じなければそれも教えなくてはならない。中には危険物取扱など
公的な資格の必要な仕事もある。第3に人はみんな忙しい。お金持ちはもっと稼げる仕事をもっていたり、遊ぶのに
忙しくて働きたがらない。お金のない人は高い給料を出せば来てくれるかもしれないが、あまり高くては会社が苦し
くなるし、なにより子供の世話や親の介護など、いくらお金を積まれてものっぴきならない事情のあるひともいる。
そして経済が豊かになり生活水準が高くなるほど、人々はますますいそがしくなる。第4に病弱で体力のない人は一
日7-8時間も働けない。健康な人でも4時間の通勤は無理だし、工場の近くへ引っ越すにもお金がかかる。
注6
ここにはもちろんCoase(1937)やWilliamson(1975)が指摘する取引コスト(transaction cost)が含まれるが、本章では
「どんなにお金を積まれても、やれないコトもあるし、売れないモノもある」という素朴な現実も大切にしたい。
注7
いつでもどこでも遊べるファミコンが普及したのは、このためでもあろう。
注8
この時点でのヘーゲルストランドの制約概念は、抽象度が高く操作化されていない。また主として人間活動への制約
を対象にしており、モノやカネなど他の種類の資源への制約については、それを明かにする必要性を指摘したもの
の、具体的には述べていない。制約の形成プロセスや制約間の相互作用についてもあまり詳しく触れていない。地理
学ではこの講演をきっかけとして、人間の空間活動の時間的側面に着目する時間地理学(time geography)と呼ばれる
学派がつくられた。ヘーゲルストランドのこの時の講演内容と時間地理学の主要論文、および研究内容のあらましに
ついては、荒井他(1989)、川口・神谷(1991)を参照。また以下の説明は基本的にHägerstrand(1970)を踏まえて
いるが、一部は筆者個人の解釈を加えている。
注9
荒井他(1989)p.12
注10
ストレスの多い社会では食事の回数や量が増えたり、睡眠時間が伸びたりするかもしれない。
注11
荒井他p.15
注12
このうち専業主婦が一人で家事すべてをこなすような場合を除いて、結合制約の多くは組織によってうみだされる。
注13
欠勤や欠席が続くとクビになったり退学させられたりする。家事をさぼると家族から文句がでるし、目に余ると離婚
される。
注14
荒井他p.17
注15
荒井他p.32
注16
Hägerstrand(1970)を参照。
注17
ただし個人や法人、地域コミュニティに支持されない政府は権威を維持できないということを考えれば、この階層関
係は相互依存的関係でもあり絶対のものではないだろう。
注18
従来経営学の分野では、企業の目的遂行のための制約、という文脈で制約という概念が用いられることが多かった。
本章の枠組においても、企業はひとつのプロジェクトとしてなんらかの目的をもつものであり、したがって以下で述
べる企業の資源利用の「制約」は、企業目的遂行のための制約の一部である。たしかにある企業にとって何が資源か
は、その企業自身が企業目的と戦略にそって決めるもので、他人は勝手に決められない。ただし本章の主眼は、「制
約」を企業目的ではなく、資源との関連で考える視点の可能性を探ることにある。この視点から見ると、後述するよ
うに「制約」とは企業にとって完全に外生的なものではなく、企業の目的遂行活動からも生み出され、また目的その
ものの形成にも深く関わるものでもある。
注19
ただしこの保証は、法律の管理者である政府の権威を前提としたものであり、後で見るように政府の権威がなくなる
と、法を破っても罰せられなくなるかわりに、自分の身は自分で守らねばならなくなる。
注20
ふつう製品やサービスの利用者は経営資源には含まれないが、ここでは後の注でも説明されるように、利用者が製
品・サービスを利用する時空間も企業にとっての資源と考える。
注21
知識・情報の一部は活字や電子メディアなどでモノとして保存でき、またコンピュータ技術の発展によって一定の範
囲で人と切り放しても利用できるようになった。これによって知識・情報資源の利用に関わる制約は大幅に緩められ
たといえるだろう。
注22
製品やサービスの利用者については、使い方を覚えてもらい、きめられた使用法に従って使ってもらわなくてはなら
ない(コンビニで買った弁当は冷暗所に保管して表示の時間までに食べなくてはならない)が、そのために必要な利
用者の時空間は、企業が利用しようとする資源であり、利用者にとっては結合制約となる。たとえば利用者はテレビ
を見ながら家事はできるがテレビを見ながらCDは聞けないので、放送局の競合相手にはCD(ソフト・ハード)メ
ーカーは含まれるが、アイロンメーカーは含まれないだろう。後で触れるPL法の導入は、利用者にとってはこうし
た結合制約をはっきりさせ、自己責任による自覚的な利用を促す。また企業にとっても、予想もしなかった利用方法
による事故については責任を追及されないですむようになる。しかし多くの企業にとっては、利用しなくてはならな
い新たな資源が増加する、という意味で権威制約が強まることになるだろう。
注23
夜間や会社の休み時間など利用者の自由時間とコンピュータ技術を利用したコンビニエンスストアや通信販売、東京
の冬物の売れ残りを札幌で処分する仕組など。
注24
勤務時間中の労働組合の職場集会、繁忙期の異る企業間の倉庫・物流施設の共同利用など。
注25
株式・商品市況やニュースなど必要な時に利用できなければ意味がない知識・情報もあり、これは企業に非常に強い
結合制約を課す。
注26
たとえば企業は外部の権威制約を受け入れて(DiMaggio & Powell (1991)のいう制度的同型化(institutional
isomorphism))、それを外界からの介入を緩衝する堤防とすることによって、内的な自律性を確保することができ
る。
注27
DiMaggio & Powell(1991)を参照。
注28
同様に、産業の衰退や企業の経営不振などによって業界や企業の権威制約が弱まると、取引相手としての信用度が低
下するため、移動・輸送・通信手段の利用が制約されるだろう。
注29
Eisenstadt(1981)を参照。
注30
たとえば都心の駐車場難が激しくなり駐車料金が高くなりすぎると、駐車違反の罰金を払っても違法駐車が増えるだ
ろう。
注31
3つの制約は社会構造の次元であり、同時に全て社会的に創造される。この意味で制約の分析は社会構造の分析であ
ると共に構造化の分析でもある。Giddens(1984)を参照。またカネがあれば制約をゆるめることはできるが、カネも資
源であり利用は制約されている。たとえ豊富な自己資金をもつ大企業でも、企業自身が他者に与える影響(結合制
約、権威制約)が大きいため、その利用は制約される。
注32
これをLocalityと捉えることもできるだろう。Johnston et. al.(1994)を参照。
注33
現代社会では、社会の複雑化に伴って発生するリスクを回避し、社会の安定化を図るために、多種多様な制約が次々
に生み出され、個人や企業の自由を制限している。こうした特徴は一般に管理社会あるいは計画化世界(Galbraith,
1967)とよばれる。
注34
終戦の日や防災の日などの行事は、本来こうした制約の自明性を揺さぶり、わたしたちに日常生活を支えている暗黙
の制約を意識させるはたらきをもっている。しかし、毎年きまった時期に繰り返されることで、行事自体が儀礼化
し、自明化しつつあるのもまた現実だ。
注35
Winograd & Flores(1986)を参照。革命や戦争、災害など人間の生死にかかわる大事件によるブレークダウンは、人々
に生の有限性という存在論的な制約を意識させ、人生の意味を問わせる。ブレークダウンにはこうした「深い」もの
ばかりでなく、不況や異常気象、見知らぬ土地への旅行、見知らぬ人との出会いなどによって引き起こされるより
「浅い」ものもあるだろう。Sennett (1977)のいう都市の公共空間(public space)とは、見知らぬ人々との出会いとさま
ざまな葛藤によって、こうした浅いブレークダウンを日常的に引き起こす場といえる。尚、このブレークダウンと制
約の意識化の重要性については、早坂泰次郎氏(東京国際大学)との対話から示唆を得た。
注36
Weick(1993)は、森林火災の消火に向かった消防隊が予想を超える火勢に呑まれて遭難した事件を分析し、生き残っ
たのは最後まで消火チームの一員というミッションを意識していたメンバーであることを指摘している。Weick &
Roberts (1993)は、ひとつ間違えば大事故を招くような危険な状況に置かれた組織は、メンバーの一連の行動に「注
意深い相互関係(heedful interrelations)」をつくることで、高い信頼性を実現していることを示しているが、これはモ
デルのひとつだろう。浅いブレークダウンではモデルで十分だが、ブレークダウンが深いほどミッションが同時に必
要になる。Selznik(1957)がリーダーの最も大切な仕事として挙げた「組織への価値の注入」とは、モデル(行動計
画)にミッション(意味・目的)を注入することであり、組織の誕生期には極めて重要である。また人々がブレーク
ダウンで呆然自失となっているときには、外部からのミッションやモデルの刷り込み、つまり洗脳は容易である。乱
世に新興宗教が多くあらわれるのはその一例であろう。一方、左遷での転勤が心身症や欝病の引金になりやすいの
は、この逆の「逃げ」の一例だ。
注37
いわゆる「場を仕切る」とは、混沌とした状況でミッションやモデルを示し、オン・ザ・スポットのパワーを手にす
ることである。新しいプロジェクトの創造を主な仕事とする商社では、さまざまな資源を提供する関係者の間の調
整、いわゆるオルガナイザー機能が重要視されるが、これはオン・ザ・スポットのパワーをつくる機能とみてよい。
注38
時間地理学は客観的・均質的なニュートン的時空間(有限の時計時間と巻尺空間によって構成されるスタティックな
場)を直接の分析対象してきたが、さらにプロジェクトの目的など時空間活動の意味がうみだされる主観的・異質的
時空間(ダイナミックな葛藤と創造の場)について考えることも意味があるだろう。これは主体が制約をどのように
認識するかを考えるためにも役に立つ。ここでいう時空間の圧縮とはGiddens(1984)のいうtime-space distanciationが
進んでいない状態に相当する。Johnston et. al.(1994)によれば、D. HarveyがThe Condition of Postmodernity: An
Enquiry into the Origins of Cultural Change, Blackwell, 1989で提起したtime-space compressionという概念は、移動・輸
送・通信技術の急速な発展によって圧縮される空間と、個々人の意思を超えて生起する多くのeventに受身的に流さ
れていく時間を指すもので、これとは意味が異る。
注39
これはArgyris & Schön (1972)の2次学習(double-loop learning)、あるいはSchön (1992)の行動的反省(reflection-inaction) による社会構造の自明性の吟味のプロセスであろう。
注40
制約をゆるめると治安の悪化や業務の効率・生産性の低下が懸念されるが、社会や産業、大企業など大規模なシステ
ムの場合は、慣性があるため急激には低下しないだろう。
注41
例えば組織的知識創造(野中、1990;野中・紺野・川村、1990)を促進するためには、いくつかの制約を設定し、
一定の数の人間の活動を身体空間の直接接触が可能な一定の時空間に共時化・共所化することが有効だろう。これに
よって暗黙知の共有と形式化が促進されることになる。
注42
能力制約は移動・輸送・通信技術と、結合制約は資源の変換技術と資源の需給・分配、権威制約は社会制度と、それ
ぞれ密接に関わる概念であり、本章の議論は、これらのすべての視点から組織を総合的に分析する枠組の可能性をさ
ぐるものでもある。
注43
Aldrich & Pfeffer (1976)は、組織と環境との関係についての議論を、環境側から見る自然選択(natural selection)モデル
と、組織側から見る資源依存(resource dependence) モデルの2種類に分けているが、本章の視点はこの両者を取り込
むことができるだろう。
注44
ここから描かれる組織環境のイメージはEmery & Trist(1965)のturbulent fieldsに似たものとなる。
注45
地理学ではtime-space convergenceとよばれる。Johnston et. al.(1994)を参照。
注46
Schutz(1962, 1970)を参照。