「見極める消費」を味方につける対応力

伊藤
隆がお届けする
月刊創レポート~経営トレジャー~
≪2010 年 2 月号≫
見えない課題を発掘して戦略に組み込む
「見極める消費」を味方につける対応力
☆☆☆
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ②
☆☆☆
経営者の皆様と“個性的な経営”を考えるために!
☆☆☆☆☆☆《
目
次 》☆☆☆☆☆☆
【1】「見極める消費」が時代の流れ
【2】クレーム対応の考え方
【3】クレームは共有される!
【4】見えないクレームまでを見据える
【5】情報力をプラスに転化する
【今月のハイライト】
この 10 年で消費者の情報感度は確実に高まり、情報を事前に収集した
上で、購買の決定をする傾向を強めています。このように事前に信頼で
きる基準を求めた上で購入を決定することは「見極める消費」と呼ばれ
ます。この「見極める消費」に対して、企業は何を求められているので
しょう。今月は、情報力を高める消費者との関係づくりについて考えて
みたいと思います。
【公認会計士・税理士
【本
伊藤会計事務所
部】〒102-0081
東京都千代田区四番町1-8
四番町セントラルシティ602
TEL:03-3556-3317
e-mail:[email protected]
伊藤
隆】
(株)創コンサルティング
【会計工場】 〒510-0071
三重県四日市市西浦2-4-17
(エスタービル3F)
TEL:059-352-0855
URL::http://www.cpa-itoh.com
【1】「見極める消費」が時代の流れ
1》社会状況と消費行動
消費者に対する「安全・安心」の法的整備や社会的枠組みが進
行している中、当の消費行動そのものがますますシビアになって
います。【図1】は野村総合研究所が 09 年 12 月に発表した「生
活者1万人アンケート調査」からの一部抜粋です。
【図1】日本人の価値観・消費動向の変化
出所:株式会社野村総合研究所 「生活者1万人アンケートにみる 日本人の価値観・消費行動の変化」
2》消費行動の変化
【図 1】から、この 10 年で消費者の情報感度が確実に高まって
いることは明らかです。このように事前に信頼できる基準を求め
た上で購入を決定することは「見極める消費」と呼ばれます。
そして気をつけたいのは、この「見極める消費」を構成する要
素は商品・サービスの良し悪しに限らず、
消費者からの質問、相談、苦情などに対して企業がどのように
対応したかという姿勢そのもの
も含まれるということです。
つまり、いかに商品・サービスに自信をもっていたとしても、
顧客への対応をひとつ間違えば購入は見送られるばかりか、これ
までの優良顧客を失ってしまうことさえあり得ます。そうした事
態を避けるためには何ができるのでしょうか。
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ:1 ㌻
【2】クレーム対応の考え方
1》売上の落ち込みは不景気のせい?
A社はアイディア雑貨の製造卸を営む設立 5 年目の会社です。
斬新なアイディアがメディアに取り上げられ、売上は急激に伸び
ていきました。
その後は順調に推移していたのですが、半年ほど前からその勢
いに陰りが見え始めたのです。
しかし、営業部長はその原因を
社会全体の消費の落ち込みと考えていた
ようです。経営幹部もそうした意見を受け入れ、売上に見合った
体制転換の必要を感じ、業務縮小を念頭に対策を考えていました。
2》衝突する意見
そんな時、総務部内において、顧客対応をめぐって意見の対立
が見られたそうです。その当事者の一人は入社5年目のH君であ
り、もう一方は彼の直属の上司であるF部長でした。
意見の対立とはこうです。A社の場合、顧客からの問い合わせ
等に対応するのは総務部の担当となっていましたが、そこにはク
レーム対応も含まれています。
基本的にA社では、顧客からのクレームに対してまず電話を受
けた者が言い分を聞き取り、
どう対応するかはF部長の決裁事項
でした。これでは対応が遅滞気味になるから改善すべきというの
がH君の意見、F部長はその必要なしと考えていたわけです。
3》足りない何か
結局、この問題は会社の基本方針に関わることですから、A社
長に判断が委ねられたそうです。実は、これまでのやり方は
「顧客対応は丁寧にすべし」とのA社長自身の指示
があったために取られてきた措置でした。
しかしながら、H君の意見も分からないではありません。F部
長が不在であれば当日中に折り返しの連絡もできない場合もあ
ることをA社長も知っていたからです。
今や「丁寧さ」も「迅速さ」も両方が大事であることは明らか
でした。といって、それらが実現できたとしても、それでも何か
が足りないような気がしていたといいます。
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ:2 ㌻
【3】クレームは共有される!
1》同窓会での出来事
答えを見つけかねていたA社長に、解決のヒントはある日突然
に訪れました。
その日、社長は同窓会に出席するために会場となっている居酒
屋に向かったのです。宴もたけなわになってきた頃、隣の席の若
者が大声で店員にクレームをつけたそうです。
「サラダに髪の毛が入っている!」
慌てて駆けつけた店長は、謝罪とともに新しいサラダを用意し
納得してもらったようですが、その直後、店長の思わぬ行動にA
社長は驚いたといいます。
2》思いがけなかった気持ちの変化
店長は、クレームをつけたグループ全員に割引クーポン券を渡
した後、他のテーブルを回り始め、すべてのお客に対してこの騒
ぎについて謝罪し、割引クーポン券を配って回ったというのです。
たしかに「髪の毛が入っている!」という若者の声は、他のお
客の耳にも入っていたはずです。だからA社長自身も
「この店にまた来ることはないだろうな」
と即座に思ったそうです。
ところが、予想もしなかった直後の店長の行動によって、その
思いが打ち消されることを超えて、むしろ居酒屋に対して好印象
を抱いている自分に気づいたのです。
3》他人がなした評価が自分の評価
もちろん、その思いはすぐさま自社のクレーム対応問題とつな
がりました。居酒屋でクレームをつけたお客の納得ぶりを見れば、
「丁寧さ」と「迅速さ」がクレーム対応に不可欠であることは、
すでに疑いようもありません。
そして、それらを当然とした直後にA社長が思い至ったのは、
クレームとは、その当事者だけのものではない
という考えでした。つまり、ひとつのクレームがあれば、同じよ
うに考える人が他にも必ずいるということです。
現に、他人からの「髪の毛が入っている!」というクレームに
よって、A社長自身がそれを体験したかのように感じ、「もう来
ない」と評価したわけですから。
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ:3 ㌻
【4】見えないクレームまでを見据える
1》見えてきた販売不振の理由
そうした仮説に沿って行動する前に、A社長にはやるべきこと
がありました。売上実績とクレームとの関連を検証することです。
商品の個別売上を見ると、発売月の売上はいいのですが翌月か
らは急激に落ち込んでいます。また、顧客数は新商品発売ごとに
増加していますが、リピート率の低さが際立っています。
売上の急激な落ち込みや低リピート率は、以前からの経営課題
ではありましたが、目新しさが売り物のアイディア商品の特性か
ら、短寿命・一過性となるのは仕方がないと諦めていました。
ところが、そうした傾向に拍車をかけていたのは、
「見えるクレーム」への対応のまずさであり、それが「見えない
クレーム」を増大させていた
ようです。特に売上の落ち込む時期は、クレームや相談、問い合
わせが増えた時期とほぼ一致していたのです。
2》決断を下したA社長
数値による検証で仮説は確信に変わりました。となると、次に
やることははっきりしています。
居酒屋で目撃したように、ひとつのクレームに対して自分たち
がどのように対応しているかを衆人環視のものとして、顧客離れ
を防ぎつつ、新たな顧客獲得につなげるのです。すなわち、
守りつつ攻める
というのが、A社長が出したクレーム対応の結論でした。
3》A社の取り組み
以来、A社では顧客からのクレームを含む各種問い合わせに関
して、迅速かつ誠実な対応を可能とすることに主眼をおいた大幅
な権限委譲が行われました。
さらに、「今日のクレーム」と題して、ホームページに
顧客からのクレーム、それに対する対応の経緯を即時公開
することで、「見えないクレーム」への措置も講じられました。
そして、自社に責任があると認められるクレームに対しては、
たとえそれがどんなに些細なものであったとしても、当該顧客へ
お詫びとともに全商品を対象にした3%割引クーポンを発券す
るようにもしたのです。
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ:4 ㌻
【5】情報力をプラスに転化する
1》A社長が得た教訓
現在A社では、クレームに対して主に総務部が対処している点
は以前と変わりませんが、その後の業務の流れに大きな変化が生
じているといいます。
つまり、総務部が収集した各種顧客情報はすべての部署で共有
されるようになり、商品開発や販促活動にフィードバックしてい
るそうです。
これらはもちろん、
「見えないクレーム」を意識した結果です。
幸いにも売上の急激な落ち込みは緩和され、リピート率も上がっ
ているようです。
これにフィードバック作業が寄与していることは間違いあり
ませんが、A社長は中でもホームページで
クレーム対応の経緯を不特定多数に「見える化」した
ことが最も大きかったと考えているようです。
2》強い情報力だからこそ
なぜなら、「見えないクレーム」を増殖させていた主なツール
でんぱ
は、口コミであり、あるいはインターネットによる情報伝播であ
ったと考えられるからです。
つまり、それらツールが強い情報力をもっていることを認める
ことで、逆にインターネットでクレーム情報を公開するという発
想が生まれたわけです。この情報力を利用した「見える化」がこ
れまでマイナスに働いていたものを一気にプラスに転じること
を可能にしたのです。
インターネットが当たり前の時代、今後も
「見えないクレーム」が共有される傾向はさらに強くなっていく
ことでしょう。
3》情報力の高まりと発想転換
冒頭に申し上げた通り、「見極める消費」時代においては、企
業の一挙手一投足までが消費者の購入動向を左右します。である
なら、その強い情報力をプラスに作用させる措置こそが企業には
求められるのでしょう。
消費者の情報力が高まる中、顧客との関係づくりに新たな発想
を取り入れていくべき時なのかも知れません。
以上
経営環境に翻弄されない会社を目指すシリーズ:5 ㌻