基礎と応用の両輪で いい研究が成り立つ 何か。神戸大学の進むべき道は。「世界最高水準の研究大学」を目標に掲げる 福田秀樹学長と、神戸大学出身でノーベル賞受賞者の京都大学・山中伸弥教 モ ラ ト リ ア ム の 冷 め や ら ぬ 熱 山中先生のノーベル生理学・医学賞をはじめ、これまでに日本の科学者は物理学賞、 化学賞を受賞するなど、基礎研究は高く評価されています。しかし、応用研究となると欧 ︱ 米に後れを取っているように思うのですが。 山中 そうですね。大学や理化学研究所のような研究機関などでの基礎研究の分野におい ては、日本は世界の5本の指に入るレベルではないでしょうか。具体的には基礎医学の分 野しかわかりませんが、﹁Na ture ﹂などの世界的なトップジャーナルに掲載される 1952年大阪府生まれ。1975年株式会社神戸新聞社に入社。 高砂支局、阪神総局、社会部などを経て、2005年3月に編集局 次長兼社会部長、2006年2月に編集局長。2010年2月より代 表取締役社長。 科学技術創造立国ニッポンの復活へ向けて、いま大学に求められているものは 日本人の論文数は毎年、3∼4番目です。しかし、臨床研究になりますと、論文数は十数 番目に位置しています。ここに日本の課題があると思います。 神戸大学法学部卒業 (1975年) 神戸大学学長 ノーベル生理学・医学賞受賞者 (神戸大学出身) 福田 大学でもエレクトロニクスやケミストリーなど各専門分野で優れた基礎研究があ り、それらを組み合わせれば素晴らしいモノができるシーズはたくさ1 ん9あ ります。また、 70年代前半、キャンパスに大学闘争の残り火がくすぶる時代も、六甲台から見下ろ 神戸新聞社代表取締役社長 授に対談いただいた。 福田秀樹 山中伸弥 甲の南側、 階建て1DKの文化住宅です。ラッパズボンにゲタ履きで坂を登り、眼下に 大学受験のシーズンとなり、私が選んだのは神戸大学の法学部でした。住まいは阪急六 ました。職業でいうなら法曹と新聞記者のイメージがインプットされていました。 ﹁社会正義を守るような仕事をしたい﹂ 。子どものころから漠然とそんなことを考えてい 夢を追い、六甲台へ そう断言する。 へ。肩書きは変わる。しかし人間としての根っこは学生時代から変わらない。高士社長は 青年は、社会正義を貫く場を新聞社に求めた。現場記者からデスクへ、そして経営トップ 2 当時は入学すると、専門課程に進む前に教養課程がありました。カリキュラムのトップ しかし法学への情熱は、一年生の夏休み前で一気に冷めることになります。 の、開放的で明るいまちでした。 大阪湾を望む六甲台のキャンパスに通いました。神戸のまちは、私が想像していたとおり 2 10 11 TAKASHI Kaoru 高士 薫 キラリと光る 研究成果を世界へ す海 穏や だっ 。い ﹁青 白い顔をした、痩せた青年だった﹂と高士薫社長は振り返る。 企業の研究所も基礎研究に力を入れており、やはり世界のトップレベ ルはに あかる とた思 ま 社会で活躍する神大スタイル●高士 薫 特別対談 キラリと光る 研究成果を世界へ
© Copyright 2024 ExpyDoc