第30回北海道マルチメディア理科教育研究協議会実施報告 北理研マルチメディア研究委員会 代表 立命館慶祥高等学校 杉山剛英 1.はじめに 本研究会は、「わかる授業実現のため、新教材・素材を用いた実験・授業のあり方を実践研究 する」を研究主題としている。毎年2月に、その成果を研修会の形で発表し、参加者にも実際に 体験してもらい、その普及を図っている。今回は、30年目となり今まで最も多くの参加者を得 た。年齢構成も教職を志す学生から教職経験40年を超える大学教授まで、また、今回は京都か らの参加もあり幅広い層が集まって熱気に溢れる1日となった。 2.実施報告 (1)概要 主 管:北理研マルチメディア研究委員会 日 時:平成27年2月14日(土)9:20~16:10 場 所:立命館慶祥高等学校 参加者:108名 開会式 北理研会長 立命館慶祥高等学校 北海道教育委員会 前川 洋 校長 田端明雄 校長 中村隆信 委員長 (2)研修内容 本研修会は、参加者の専門科目に関わりなく、全領域を研修することを旨としている。多くの 科目の知識が備わると、自分の専門科目につながり、より広い視野で学習指導が出来るようにな るという共通認識の元に運営している。 ①「エステルのけん化」 小林真奈美(函中部)、林 昭宏(伊達緑) エステルの構造決定は、有機化学必須の問題である。硫酸を使った分解(加水分解)は、生 成物のカルボン酸の蒸発を伴い危険な場合がある。水酸化ナトリウム水溶液を使った分解(け ん化)では、カルボン酸はナトリウム塩となり蒸発はしない。今回は、酢酸ナトリウムとセン ター等でよく登場するギ酸エチルをけん化して、生成物の性質を確かめる。ギ酸ナトリウムの 還元力でMnO4-(赤紫)をMn6+の緑にする。 ガラス管の環流管は、あらかじめ冷蔵庫で冷やしておくと、気体が逃げにくい ギ酸ナトリウ ムで還元され て出来た 緑色のMn6+ ②「固体同士の凝固点降下」 山内由起朗(千歳)、藤田啓太郎(室栄) 凝固という現象を軸に考えると溶液の凝固点は純溶媒より低い。逆に融解という現象を軸に する、混合物の融点は純物質より低い となる。食塩(融点801℃)と硫酸ナトリウム(融 点880℃)を混合したものは、何度で融け始めるのだろう。言われれば解るが、すぐには正 解に辿りつかない。机上理論を実験で肉付けしてみる。実験では600℃程で溶け出したのが わかる。 ③「気体の法則に関する実験」 杉山剛英(立命館)、飯島晶子(札旭丘) 気体の法則は、生徒のイメージが正しく伴っていなく理解度が低い分野である。気体に圧力 を加えれば、気体の圧力も増大する、気体の圧力は分子の数密度と温度によってのみ決まり、 気体の種類に関係ないこと等は、実験を通じて理解させなくては正に机上の空論としか生徒に は思えない。そこで、市販の実験器を使ってボイルの法則・分圧の法則を検証し、気体の性質 に対する理解を深める実験を紹介する。 減圧容器で気圧と体積測定 2つのペットボトルで分圧実験 双方のペットボトルに別々に加圧できる(ケニス¥30000) ④「プラスチックバネによる力学的エネルギー保存則の検証実験」 菅原 陽(小樽工) プラスチックバネを使用することで、分断加工が簡単にでき、蓄えられた弾性エネルギーが バネの伸びの2乗に比例することがわかる。鉛筆を利用することで一定の条件でジャンプさせ ることができ、多数のデータを集めるとその平均は理論曲線に近づくことが体験できる。 ⑤「物理の小ネタ・大ネタ」 菅原 陽(小樽工) 今までに授業や科学の祭典で作成利用した数々の教材をまとめた冊子より、大ネタ「逆二乗 面」小ネタの数々を紹介・体験します。 赤-緑メガネで立体視 ⑥「立体地形模型の製作と津波モデル実験」 佐藤 誠(釧明輝) 地質図や地形図は、その地域全体の地質のようすが一目で分かる便利な図であるが、その見 方や立体把握は生徒にとっては難しい。その空間認識の手助けとして,立体地形模型の製作や 3D地図ソフトやナビゲータの活用を行う。津波に関し、地域の特性を生かした学習ができな いかと考えた。拙稿では、地学現象をアクリルケースに工夫を加えることでモデル化できるか アプローチし、実際の現象との比較を含めて検証する。 ⑦「豚の心臓と血液の観察」 市村由子(手稲)、大畑真人(大通) 生物基礎の「体内環境」の学習において、教科書や資料集だけでは立体の器官を平面で無機 的に捕らえてしまいがちだが、ヒトと大変よく似た構造のブタの組織や器官を用いることで、 その構造や特徴、質感を体感し、理解を深めることができる。今回は心臓と血液を用いて、1 校時(札幌手稲では45分)で展開する実験を紹介する。 手術用 針には エッジ があり 切れ味 抜群。 酸素・二酸化炭素を通じた豚血液 血液だけ購入可能 静脈は管と言うより膜の様。弁はたくさんの腱によって開閉されている。左右の心室の厚さ も倍は違う。実物を使った観察実習は圧巻です。出術用の針も初めて見ましたが、穴を開けるも のではなくナイフの様でした。心臓は帯広畜産公社から2つに切られて血抜きされて送られます。 研修前には、観察用に12個を縫い合わせました。別の12個で、内部の観察と参加者による縫 合でした。楽しくて止められません。豚の血液は、東京芝浦臓器から購入できます。 ⑧「クリオネ」 池内理人(紋別) クリオネは両極の寒流域に1年中生活しており、表層~深度600mの領域で通年見られま す。しかし、低温でなければ生きられないので、暖かい間は深い所や極近くにいるために北海 道では夏に見ることはありません。巻き貝の仲間で、この点はウミウシと同じです。ペットボトル に海水のみを入れた状態で、冷蔵庫内で数ヶ月から1年ほど生存します。ビーチコーミングに ついても紹介します。世界各地からのゴミが漂流してきます。 ⑨「世界経済と科学技術Ⅶ」 これからは技術だけでは勝てない。日本標準(Jスタンダード) を世界標準にし、その上での戦略を立てねば、中国には勝てない。ダ イキンのヨーロッパ戦略は日露戦争の外交術のごとし。技術を持った シルバー世代「銀の卵」の活用こそが、衰退が目に見えてる日本を救 う道。ゼネラルエレクトリックの破壊力に学べ。トヨタのカイゼンを 超えるファストワークス。製品にセンサーを付けてビッグデータ回収、 次の戦略へ。レーザーで蚊を撃墜。蛾の細胞でインフルエンザワクチ ン。コメにコレラワクチン等の新技術も日経ビジネス等より紹介。 杉山剛英(立命館) 閉会式 写真撮影 木村宣幸(北広西) (3)アンケート結果 80名回収。総合評価・・4.9点(5点満点) 感想 ・心臓を縫うのは初めて。生徒にも体験させたい。 ・クリオネがミジンウキマイマイを捕食する姿を直に見れて感動しました。 ・フタで立体地図がこんなに簡単にできるとは思いませんでした。 ・けん化の終了指標にBTBを使うのは意外で効果的でした。 ・講演は今年も興味深い内容ばかりでした。 ・分圧実験は生徒が非常に高くて驚いた。断熱変化での温度変化が、ペットボトルを触ってわ かったのには驚いた。 ・固体同士の凝固点降下とは考えもしなかった実験でした。 ・地域を学習する上で郷土愛を教えるのも教育の一つと気づきました。 ・科学だけを教えるだけでなく、学ぶ意義も生徒に教える必要性を感じました。 ・津波モデルは、もう少し長く作った方がよいかと思いました。 ・心臓の弁の構造が中学以来の20年余、思っていたのと違ってました。 ・密度の高い1日となりました。 ・簡単な道具でエネルギー保存則が再現できた。 ・教員自らが学ぶ背中を生徒に見せる大切さと心意気を改めて感じました。 ・予想を裏切る所に面白さがうること、学びがあることを伝えたい。 ・ 3.おわりに 今回で30年の歴史を刻んだ本研修会であるが、開会式において北海道教育委員会 中村隆信 委員長から頂いた「一人なら速く行ける、みんなでなら遠くまで行ける」という言葉は、委員一 同深く心に刻まれるものであった。80名以上の参加者が集まるようになって17年が経つが、 気を抜けば日本のアニメ産業の様に、よいものがありながら衰退していく(輸出額はこの10年 で半減)運命が待ちかまえている。今後とも、よい教材を開発・収集する努力を怠ることはない。 ただ、参加する側も「何かをもらおう」だけで終わっては欲しくない。得たものは、また人に教 えることで磨きがかかるものと考えている。 5年後には、大規模な教育改訂が予定されているが、世界でトップクラスの教育水準と安全、 清潔、思いやりのある日本は、今までの教育によって築きあげられてきたものであることを忘れ てはならない。日本人の特質に合わない無理な改革は、ゆとり教育同様、無駄な混乱と損失を与 えるのではないかと危惧している。しかし、いつの時代にも必要なのは確かな指導力を持ったプ ロ教師である。我々は、これからもブレる事無く研鑽・進歩を続けようと決意を新たにするもの である。先達から受け継ぎ改良を重ね、また、新たに作り出したバトンを次の世代に1本でも多 く渡すことが、今の時代にいる我々の使命である。「機会というものは、初めは一つの危機とし て来るか、一つの負担として現れた」(新宿中村屋創業者 相馬愛蔵)。価値ある成果は、困難の 末にあることを、生徒にも伝え、自らにも課していかなければ、中身のある教育には繋がらない のではないだろうか。 予 告 第31回北海道マルチメディア理科教育研究協議会 日 時:平成28年2月13日(土)9:20~16:15 場 所:立命館慶祥高等学校 連絡先:北理研マルチメディア研究委員会 立命館慶祥高等学校 教諭 代表 杉山剛英 [email protected]
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