シンポジウム 7 アルツハイマー病の妄想は器質因か心因か−病理と治療を問い直す オーガナイザー:高橋幸男 エスポワール出雲クリニック 高橋 恵 北里大学医学部精神科 概要:アルツハイマー病(AD)の行動心理症状(BPSD)として、妄想はしばしば問題に なる。代表的な妄想は、もの盗られ妄想や嫉妬妄想であるが、これらの妄想の成因ははっ きりしていない。主に器質因とみられることが多く、脳血流との関連を示す論考なども少 なくないが、その神経学的基盤は明らかになっているとはいえない。ただし、妄想へのな んらかの関与を否定することもできない。他方、心因あるいは環境因子、すなわち生活の 状況や介護者の対応が、妄想を生む大きな要因とも指摘される。強固とみえた妄想が環境 や対応の変化で容易に消失する場合があるのはその一つの根拠となるかもしれない。 妄想の成因を知ることは非常に重要である。適切な治療対応が大きく異なるからである。 本当に適切な対応が何であるかは、妄想が器質因か心因かを検討することによって正しく 判断される必要がある。妄想を含めた BPSD への対処法を定めた指針として、厚生労働省 の「かかりつけ医のための BPSD に対応する向精神薬ガイドライン」 (2014)がある。そこ には、BPSD の対処として、身体的・環境的要因を除外したのちに薬物療法を用いるよう 説かれている。しかし現在の診療場面では、AD の器質性変化に関連した精神症状である とみる見方が大勢であり、ガイドラインが示した抗精神病薬を中心とした薬物療法が主体 となることがほとんどであるように思われる。一方、安易な抗精神病薬の使用に対しては 専門医の中にも批判があるほか、主に介護やケアの現場では、妄想やそれに基づく行動を 心理的に解釈し対応することで対処する模索が広がっている。これは心因を重視した姿勢 である。器質因の影響をすべて排除はできないものの、周囲の対応や環境などの心因の関 わりもまた決して見逃すことはできないと考えられる。本シンポジウムでは、AD の妄想 についての神経病理と精神病理(症候学)の両面から改めて論じ、その対応と治療を問い 直したい。
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