ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用 インジェクタの開発

論文
ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用インジェクタの開発
ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用
インジェクタの開発※
Development of Injector for Gasoline Direct Injection by Using Hammering Needle Valve Drive System
森 谷 昌 輝*1
Masateru MORIYA
宮 下 純 一*1
Junichi MIYASHITA
猪 又 茂*1
Yutaka INOMATA
町 田 啓 介*1
Keisuke MACHIDA
Due to calls for the protection of the environment and soaring oil prices, requirements in the automotive industry
increasingly focus on lower emissions and lower fuel consumption. The major technical issues that must be faced
to meet these requirements in gasoline direct injectors are shortening response time, designing to withstand variable
fuel pressures and optimizing the atomization of fuel spray. This paper describes our development of a gasoline
direct injector using a hammering needle valve drive system to solve these three technical issues.
Key Words: Heat engine, Fuel injection Gasoline direct injector, Solenoid valve
1.はじめに
減」,「分割多段噴射」に対し,ガソリン直噴イ
ンジェクタは『高応答化』,『高燃圧化』,『微
粒化』が技術的な課題となる(Fig. 1).
近年,地球環境保護に加えて原油価格の高
騰に対する社会的関心も高まってきている中,
本 報 告 で は 上 記 の『 高 応 答 化 』,『 高 燃 圧
自動車には低エミッション・低燃費が求められ
化』,『微粒化』を達成するため,ニードルバル
ている.自動車用ガソリンエンジンにおいて
ブ駆動部に採用したハンマリング構造につい
は,これまでのインテークポート内への燃料
て説明する.
噴射方式から,エンジンの熱効率向上や始動
Fig. 2 および Table 1 に,従来品インジェク
時のエミッション性能向上のため筒内への直
タと本開発品インジェクタの構造図およびイ
接燃料噴射方式への置換が進んでいる.
ンジェクタの諸元を示す.
そのガソリン直噴エンジンにおいても,更
従来品インジェクタではアーマチュアと一
なる低エミッション化,低燃費化が求められ
体構造だったニードルバルブを,本開発品イ
ており,様々な試みがなされている.低エミッ
ンジェクタでは別体構造とし,なおかつアー
ション化には,冷機時始動に筒内壁面に付着
しにくい噴霧,気化しやすい噴霧(2)を得るた
Engine
Technical issues
of injector
Wide range injection
High-response
Reduced fuel spray adhesion
Variable fuel pressure
(High pressure)
Multiple injections
Atomization
めに燃料の微粒化や,未燃ハイドロカーボン
(H C)排出削減をするための分割多段噴射(3)
が必要である.また低燃費化には,冷機始動
時における未燃 HC(付着燃料)の削減(余剰な
(1)
燃料噴射量の低減) や燃焼性向上を目指し
ていくためのワイドレンジな噴射量対応が必
要である.ガソリン直噴エンジンのニーズで
ある「ワイドレンジ噴射量」,「噴霧付着の削
Fig. 1
Relationship between engine requirements
※2015 年 6 月 30 日受付,自動車技術会の許諾を得て,自動車技術会論文集 Vol.46, No.3, pp.597-602 より加筆修正して転載
*1 開発本部 第三開発部
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ケーヒン技報 Vol.4 (2015)
Table 1
の向上,3.5MPa から 20MPa までの可変燃圧
Injector specifications
Injector
type
Conventional
injector
Newly
developed
injector
Outside
diameter
Φ24.6
Φ21
Length
102.5mm
89.1mm
Weight
124.2g
78.0g
Booster
voltage
Fuel
pressure
150V
40V
10MPa
constant
3.5MPa∼
20MPa
DFR
12.9
46.8
対応により約 2.4 倍の向上となり,合わせて約
3.6 倍向上させることができた.
2.ニードルバルブ高応答対応
本開発品インジェクタのニードルバルブ周
辺構造と部品名称を Fig. 3 に,ニードルバル
ブ開弁動作を Fig. 4 に示す.
開弁動作の各段階について以下に示す.
(a) 駆動信号が入力される前の状態(すなわ
マチュアの慣性力によりニードルバルブが引
ち閉弁状態)において,アーマチュアはダ
き上がるハンマリング構造を採用した.それ
ンパースプリングにより下流方向に押し
により,本開発品インジェクタは従来品イン
付けられ,ロアストッパーにて所定の位
ジェクタと比較し体格を 15% 小型化,重量を
置で停止している.
(b) コイルに駆動信号が入力されると磁気回
37% 低減することができた.
路内に磁束が発生し,アーマチュアとス
またワイドレンジ噴射量を表す指標として動
テータとの間に磁気吸引力が作用する.
的流量比があり,式(1)で表すことができる.
磁気吸引力によりアーマチュアは開弁方
Dynamic Flow Ratio =
QMAX
QMIN 向に引き上げられる.
(1)
(c) 磁気吸引力により引き上げられたアーマ
DFR
(Dynamic Flow Ratio)とは,対応最大
チュアは,まずアッパーストッパと衝突
燃圧で噴射される最大流量(Q M A X)
( 駆動信号
する.その際の衝撃力(ハンマリング)に
時間:10msec)を対応最小燃圧で噴射される最
よりアッパーストッパと接合しているバ
小噴射流量(Q M I N)で割った値のことである.
ルブロッドおよびロアストッパとバルブ
従来品インジェクタの D F R に対し本開発品
インジェクタの DFR は,ニードルバルブ高応
Main spring
答化による最小噴射流量の減少により約 1.5 倍
Coil
Armature
Guide collar
Stator
Armature
Damper spring
Armature
Upper stopper
Lower stopper
Valve rod
Needle valve
Valve
Conventional injector
Fig. 2
Newly developed injector
Schematic of injector and needle valve
Fig. 3
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Construction of needle valve
ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用インジェクタの開発
ボール(4部品合わせてニードルバルブ)
ニードルバルブの作動には磁気吸引力を用
いているため,作動を高応答化するには磁気
が開弁側へ押し上げられる.
吸引力を向上させる必要がある.
(d) アーマチュアとアッパーストッパとの間
磁気吸引力 F は式(2)で表すことができ,
で発生した衝撃力で押し上げられたニー
ドルバルブは,アーマチュアと一緒に開
磁気吸引力の向上には磁束密度 B の増加と吸
弁方向へ移動していく.ニードルバルブ
引断面積 S の拡大という2つの手法がある.
が開弁方向に移動したことにより,ニー
ドルバルブが開かれ燃料が噴射される.
F=
(e) アーマチュアはガイドカラーに衝突し
磁気吸引力により静止状態となる.しか
B 2 ·S
2µ 0
(2)
ここで,μ 0 はアーマチュアとステータの
し,アーマチュアはバルブロッドのロア
ギャップ部の透磁率である.
ストッパとアッパーストッパの間で移動
磁束密度 B は使用する磁性材の B-H 特性に
可能であるため,アーマチュアからアッ
起因し,元となる磁界 H は式(3)で表すこと
パーストッパは離脱して上流方向へ慣性
ができる.
運動(オーバーシュート運動)する.
(f) メインスプリングにより閉弁方向に押し
H=
付けられているため,すぐにアッパース
トッパはアーマチュアと再び当接する.
n·I
L
(3)
ここで,n はコイル巻数,I は駆動電流,L は
磁路長さである.
(a) Valve closed
(b) Start moving
armature
上記より,ニードルバルブの作動を高応答
(c) Hammering
化するには,吸引断面積 S の拡大,磁性材の
B-H 特性の向上,コイル巻数 n の増加,駆動電
流 I の増加,磁路長さ L の短縮が手法として
挙げられる.
た だ し ,エ ン ジ ン 搭 載 性 を 考 慮 し た イ ン
ジェクタ体格の制約により吸引断面積 S と
コイル巻数 n が,また,ECU(Engine Control
Unit)消費電力の制約による駆動電流 I に,そ
(d) Start moving
valve
れぞれ制約がある.また,磁性材の B - H 特性
(e) Valve overshoot
を向上させる方法として,レアメタル系金属
(f) Valve open
を含有した磁性材などを選定することもでき
るがコストや耐食性等により,当社の従来品
インジェクタと同じ磁性材を採用した.した
がって,本開発品ではニードルバルブの高応
答化のため,磁路長さを短縮(ショートサー
キット化)する検討をおこなった.
エンジン搭載性からインジェクタ外径の寸
法制約のもとでショートサーキット化を検討
するにあたり,電磁場シミュレーションソフ
Fig. 4
トウェアを用いて解析をおこなった(Fig. 5).
Needle valve opening behavior
- 12 -
ケーヒン技報 Vol.4 (2015)
ル線の積層数の限界値があることが分かった.
磁路の形状について,外径はエンジン搭載
性による寸法制約から,内径はメインスプリ
また,コイル線の積層数を減らすとコイル
ングのレイアウト寸法制約から,それぞれ決
線の占有面積が減少すると共に磁路長さが増
まる.また ECU の消費電力要求値からコイル
加するため,吸引力の上昇速度が遅くなるこ
抵抗値がおおよそ定められ,それによりコイ
とが分かった.
ル線径が決まる.そこで,コイル線の積層数を
上記を踏まえ,吸引力の上昇速度はコイル
パラメータとし,開弁時のハンマリング構造
線の積層数が多いほうが優れることより,6
を考慮した吸引力,および開弁状態を保持す
層巻きを採用した.ただし,必要な吸引力に
るために必要な吸引力と,吸引力の上昇速度
対し余裕がないことから8層巻きは採用しな
を判断材料に電磁場シミュレーション解析を
かった.
ハンマリング構造に最適な磁気吸引力を
おこなった(Fig. 6).
解析結果を,Fig. 7 に示す.シミュレーショ
設定にすることにより,バルブ閉弁状態から
ンの結果,コイル線の積層数を減らすとコイル
バルブ開弁状態にかかる時間(バルブ作動応
線の占有面積が減少し代わりに吸引断面積が
答時間)が短縮し高応答化することができた.
増加することで吸引力が増加すること,逆に
従来品インジェクタと比較すると本開発品イ
コイル線の積層数を増やすと吸引力が減少し
ンジェクタの開弁時におけるニードルバルブ
バルブ駆動に必要な吸引力が得られないコイ
の作動応答時間を約 62% 短縮することが可能
となった(Fig. 8).
Magnetic flux density [T]
Magnetic force [N]
70
1.2
0.8
0.4
60
50
40
30
20
Target levels
10
0.0
Fig. 5
4-Layer winding
6-Layer winding
8-Layer winding
80
1.6
0
0
Dynamic magnetic analysis
0.5
1
Fig. 7
Attraction cross-sectional area
Magnetic force
Valve stroke [µm]
6-Layer
winding
4-Layer
winding
Conventional injector
Newly developed injector
60
Valve open
40
Valve opening time
20
Valve close
0
0.23msec 0.09msec (-62%)
-20
0.0
0.5
1.0
1.5
Time after open pulse input [msec]
Fig. 6
2
Magnetic path length
80
8-Layer
winding
1.5
Time after open pulse input [msec]
Schematic of variation of number of coil
layers
Fig. 8
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Valve behavior
2.0
ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用インジェクタの開発
3.高燃圧化対応
Operable pressure
Maximum
従来品インジェクタに対しより高圧な燃圧
へ対応するため,本開発品インジェクタは衝
撃力を開弁力に利用するハンマリング構造を
採用している.アーマチュアの衝撃力は,アー
Variation of
operable
pressure
Target level
Minimum
Dimensional
tolerance range
マ チ ュ ア ス ト ロ ー ク で 決 定 さ れ る .ア ー マ
チュアストロークはニードルを作動させる重
Armature stroke
要なパラメータである.
Fig. 10
アーマチュア周辺の構造図を Fig. 9 に示す.
Relationship of armature stroke and
operable pressure
高い燃圧に抗して衝撃力でニードルバルブ
を押し上げるには衝突前のアーマチュアの速
4.微粒化対応
度を速くする必要がある.アーマチュアスト
ロークを大きくすると衝突前のアーマチュア
の速度は速くなり衝撃力も大きくなるので,
微粒化の要素として,噴孔部の上下差圧を
高燃圧でもニードルバルブを押し上げること
大きくすることで微粒化が促進されることが
ができる.しかし,アーマチュアストロークを
知られている(4).上下差圧を大きくするには
大きくしていくと衝撃力が大きくなり,衝突
「噴孔上流側の噴孔直上圧を上げる」か「噴孔
時の音の増大や衝突部耐久性が問題となって
出口側圧力を下げる」ことになるが,噴孔出口
くる.
側圧力は筒内圧力でありインジェクタ単体に
よって, エンジン実機動作環境影響による
よらないため,ここでは噴孔上流側の噴孔直
衝撃力バラツキを見積もり,設定燃圧(ター
上圧を上げる方法を採用した.バルブシート
ゲットレベル)以上で作動できるようにしつつ
周辺の構造図を Fig. 11 に示す.
余分な衝撃力を発生させないようアーマチュ
噴孔の上流側の噴孔直上圧を上げるには,
アストロークを最適化した.アーマチュアス
シート部での燃料圧力損失を少なくする必要
トロークと作動限界燃圧の関係性,および本
があり,手段としてバルブストロークを大き
開発品インジェクタにて採用したアーマチュ
くしてシート部開口面積を拡大する方法と
アストロークを Fig. 10 に示す.
シート径そのものを大きくする方法が挙げら
れる.
しかし,バルブストロークを大きくした場
Upper
stopper
Seat opening area
Valve
stroke
Armature
stroke
Armature
Lower
stopper
Fig. 9
Seat diameter
Schematic of armature
Fig. 11
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Injection hole
Schematic of valve seat
ケーヒン技報 Vol.4 (2015)
合は,ニードルバルブの応答性の悪化,衝突部
時間を約 62% 短縮した.また,燃料噴射
の耐久性の悪化,衝突音の悪化などを招くた
量は従来品インジェクタよりも D F R 値
め,むやみにバルブストロークを大きくする
換算で,約 3.6 倍ワイドレンジにすること
ことはできない.またシート径も大きくする
ができた.
ことで受圧面積が増え開弁時に大きな駆動エ
(2)ハンマリング構造のアーマチュアスト
ロークを最適値に設定することで,従来
ネルギーを必要とすることになる.
本開発品インジェクタではこの課題に対
品インジェクタの作動燃圧 10M P a より
し,開弁時の衝撃力を駆動エネルギーへ変換
もさらに高燃圧な 20M P a まで対応する
できるハンマリング構造を採用することで解
ことが可能となった.
(3)従来品インジェクタよりもシート径を
決した.
拡大することで,-43% の微粒化を達成
レーザー回折法を用い噴霧粒径を計測した
した.
結果, 従来品インジェクタに対しシート径を
大きくし噴孔直上圧を向上した本開発品イン
参考文献
ジェクタは,同じ印加燃圧(10M P a)において
も噴孔上下差圧を大きくしたことで格段に微
粒化が促進し,粒径を -25% 縮小することがで
(1)足立良太ほか:燃料噴霧の微粒化が4ス
きた.
トローク火花点火機関の冷始動性に及ぼ
さらに本開発品インジェクタは高燃圧に対
す影響,日本機械学会関東支部ブロック
応しているため,20MPa 印加時においては従
来品インジェクタに対し -43% 縮小すること
合同講演会講演論文集,pp.17-18, (2011)
(2)菅原理仁ほか:ガソリンエンジンにおけ
ができた(Fig. 12)
.
る冷機時始動燃焼挙動の解明,関西支部
講演会講演論文集,pp.1-2, (2004)
(3)助川義寛ほか:分割噴射によるガソリン
15
Droplet diameter
(S.M.D) [µm]
直噴エンジンの排気低減技術の検討,日
10
本機械学会年次大会講演論文集, V o l .3,
-25%
-43%
5
0
(4)玉木伸茂ほか:高圧雰囲気下における直
噴式ディーゼル機関用微粒化促進ノズ
ルの微粒化特性と流量特性の改善,日本
10MPa
Conventional injector
Fig. 12
pp.51-52, (2008)
機械学会年次大会講演論文集,p p .1-5,
10MPa 20MPa
Newly developed injector
(2011)
Comparison of droplet diameter
5.結言
ガソリン直噴エンジン用インジェクタの開
発を行い,以下の結論を得ることができた.
(1)ハンマリング構造を考慮した磁気回路の
設計(ショートサーキット化)により開弁
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ハンマリング構造を用いたガソリン直噴用インジェクタの開発
著 者
森谷昌輝
宮下純一
猪 又 茂
町田啓介
環境性能を向上させる取り組みの一つであ
る直噴インジェクタにおいて,キー技術とな
るハンマリング構造を紹介できる機会を与え
ていただき有り難う御座います.
ハンマリング構造は複雑な機構のため,開
発中には様々な苦労がありましたが,それら
を乗り越えて量産化できたことを大変嬉しく
思います.
末筆となりましたが,自動車技術会での発
表および本技報への執筆におきまして,御指
導,御協力頂きました皆様に深く感謝申し上
げます.
(森谷)
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