09p156 柴田笑利

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
インスリン療法初期導入患者における処方パターンと
療養指導上の留意点
The initial introduction of Insulin Therapy and
Considerations on medical treatment instruction
臨床薬学研究室 4 年
09p156
柴田 笑利
(指導教員:朝倉 俊成)
1
要 旨
2型糖尿病患者には、食事療法、運動療法のような生活習慣を見直す基本的
な治療がある。それに加えて、必要ならば経口血糖降下薬やインスリンを用いる薬
物療法がある。インスリン療法を早く開始することが必ずしもいいとは言えないが、
早期に厳格な血糖コントロールを行うことは糖尿病患者において細小血管症の進
展軽減、網膜症、腎症および神経障害などの合併症発症の進展予防に有効であ
るとされている。医学的血糖コントロールの種類も様々であるが、患者のインスリン
導入時の副作用の低血糖や頻回注射など不安も考慮する必要がある。そこで注
射回数と治療効果、心理的な面から調査および考察を行い、インスリン療法初期
導入おいて、持効型溶解インスリンに経口血糖降下薬を併用した BOT(Basal
supported oral therapy)がよいと考えた。患者がインスリン治療の大切さを理解し、
自ら行うために薬剤師が積極的に療養指導に関わることが必要である。そして薬
剤師自身スキルアップが肝要であると考える。
キーワード
1.インスリン療法初期導入
2.注射回数
3.強化インスリン療法
4.従来インスリン療法
5.4T スタディ
6.GLP-1 受容体作動薬
7.療養指導
8.患者心理
9.インスリン
10.糖尿病
2
本 文
Ⅰ 文献調査の目的および意義
糖尿病は 1 型と 2 型に大きく分類されるが、2 型糖尿病患者のインスリン療法初期導入
における処方パターンに焦点をあてる。2 型糖尿病は糖尿病患者の 95%を占め、もっとも
多い型の糖尿病である。2型糖尿病患者には、食事療法、運動療法のような生活習慣を
見直す基本的な治療がある。それに加えて、必要ならば経口血糖降下薬やインスリンを
用いる薬物療法がある。インスリン療法を早く開始することが必ずしもいいとは言えないが、
DCCT、UKPDS、Kumamoto Study によると、早期に厳格な血糖コントロールを行うことは
1 型、2 型糖尿病患者において細小血管症の進展軽減、網膜症、腎症および神経障害
などの合併症発症の進展予防に有効であるとされている 1)-3)。そこで、インスリン療法を始
めるにあたって、個々の患者にあった適切なインスリン処方のために配慮しなければなら
ないのは、患者の生活様式、年齢、動機づけ、一般的健康状態、自己管理能力、および
治療目標などである。また、患者のインスリン導入の心理的抵抗も個々の患者によって
様々である。副作用の低血糖や頻回注射に抵抗があるなど患者の心理的な面からインス
リン療法初期導入における処方パターンについて、論文ならびに成書により調査し考察
する。
Ⅱ 調査結果
1. インスリンの種類と治療法
健常人のインスリン分泌動態は、「基礎分泌」と「追加分泌」の2種類に分けられる 4)。1日
に分泌されるインスリンの 50%が基礎分泌であり、残りが食事に反応して分泌される追加イ
ンスリンである。糖尿病患者は健常人の分泌パターンに近づくように血糖をコントロール
する必要がある(図 1)。
↑
↑
↑
↑
!
!
↑
↑
↑
↑
図 1 健常人における血糖とインスリン濃度の日内変動 [在宅インスリン時小注射マニュ
アル(文光堂):pp.7.1995]
3
「インスリン基礎分泌」は、空腹時血糖値を一定に保つために分泌されるインスリ
ンで、主に肝臓に作用し、空腹時血糖を 100mg/dL 以下に制御している。 「インスリン追加分泌」は食事によって上昇する血糖が一定レベルを超えないよう
に制御するために分泌されるインスリンで、消化管から吸収された栄養を、肝臓、
筋肉、脂肪に取り込ませる。健常人では血糖値 140mg/dL を超えないように制御さ
れている。 インスリン製剤は大きく大別してヒトインスリン製剤とインスリンアナログ製
剤の2つに分けられる。さらにその作用時間の特徴から、短時間作用型の超速効型、
速効型、長時間作用型の中間型、持効型、中間型に超速効型や速効型を混ぜた混合
型に分類することができる。インスリン基礎分泌には中間型や持効型、インスリン
追加分泌には超速効型や速効型が用いられる(図 2,表 1)。 ↑
↑
↑
↑
!
!
↑
↑
↑
↑
図 2 健常人における血糖とインスリン濃度の日内変動とインスリンの作用動態
[在宅インスリン時小注射マニュアル(文光堂):pp.7.1995 を改変] 4
表 1 主なインスリン製剤の種類と作用動態モデル
(例:ノボ ノルディスク ファーマ)
2. 医学的血糖コントロールの種類
個々の患者にあった適切なインスリン処方のためには、患者の生活様式、年齢、動機
づけ、一般的健康状態、自己管理能力、および治療目標に配慮する必要がある。
2型糖尿病患者においては食事療法、運動療法、各種経口血糖降下薬で適切な血糖
コントロールが得られなかった場合に、インスリン療法が適応になる。インスリンはそれ単
独あるいは経口血糖降下薬と併用して使用されている。
2型糖尿病のインスリン療法には強化インスリン療法や従来インスリン療法、BOT(Basal
supported oral therapy)がある(表 2)。
(1)強化インスリン療法
強化インスリン療法とは血糖自己測定(Self-monitoring of blood glucose:SMBG)による
フィードバックを行いながら、インスリン頻回注射もしくは持続皮下インスリン注入療法によ
り血糖コントロールする療法である。また、インスリン皮下注射回数が1日3回以上で定期
的に実施されるものをいう。
① 1日4回法 5)
この4回パターンは毎食前に超速効型あるいは速効型インスリンに加えて、就寝前に中
間型あるいは持効型溶解インスリンを投与する。また健常人のインスリン分泌を再現しよう
と 1 日 1~2 回の基礎インスリンと毎食前に追加インスリンを打つ方法は basal-bolus 療法
(基礎・追加インスリン療法)といわれる。
② 1日3回法
5
この3回パターンは毎食前に超速効型/速効型インスリンを投与する。これは主に 2 型
糖尿病患者に用いられる。この方法が使用できるのは、基礎インスリン分泌は十分あるが、
食後血糖値のみが高い場合である。
(2)従来インスリン療法
基礎補充療法とも呼ばれ、中間型(または混合型)あるいは持効型インスリンを1日1回
または2回投与する方法である。2型糖尿病患者に対するインスリン導入時に用いられ
る。
① 1日2回法 4)
2 型糖尿病患者で、基礎インスリン分泌がいくらか保たれていて、インスリン依存状態に
あるが強化インスリン療法を受けられない場合、高齢・認知症などにより自己注射できず、
家族または介護者などに委ねる場合などに用いられる。
② 1日1回法
経口血糖降下薬を服用中の 2 型糖尿病患者で、基礎インスリン分泌を補充する目的で
用いる(BOT)場合や、高齢者など種々の目的で1日1回しか注射できない 2 型糖尿病患
者に利用される。
従来、基礎インスリンの補充には、中間型ヒトインスリン(NPH インスリン)がもっとも汎用
されてきたが現在では、持効型溶解インスリンが多く使われてきている。その理由は、中
間型インスリンと比べ、1日1回投与で 24 時間にわたる効果が期待できることと、明らかな
作用ピークがないことによる低血糖のリスクが軽減され、十分なインスリン量が補充できる
というメリットがあるからである。現在、用いられる持効型溶解インスリンアナログ製剤はラ
ンタス®(インスリングラルギン)とレベミル®(インスリンデテミル)がある。ランタス®は明らかな
ピークはないとされているが、臨床上では経験的にピークがみられることがある。レベミル
®
については 3~14hr でピークがある。そのため、より時間ごとの変動が小さい、血糖コント
ロールが一定に維持できる持効型溶解インスリン製剤が必要とされていた。そこで、2012
年 9 月に承認された持効型インスリンアナログ製剤のトレシーバ®(デグルデク)が開発さ
れた(表 1)。その製剤的な特徴は、投与後に皮下組織において可溶性で安定したマルチ
ヘキサマーとして一時的にとどまり、モノマーはマルチヘキサマーから徐々に解離する。
したがって臨床上では、HbA1c を効果的に改善、夜間低血糖の発現リスクの低下、1日1
回毎日一定のタイミングであればいつでも投与することが可能という3点が特徴としてあ
げられる。処方自体はこれまでのものとあまり変わらないが、夜間低血糖が少ないというと
ころから不安の軽減や事故防止ができると期待される。
6
表2
インスリン注射の例
3. インスリン注射回数と治療効果について
インスリン製剤注射回数と治療効果に関して検討した。4T スタディ(the Treating to
Target in Type 2 Diabetes)についてまとめる 6),7)。
7
!
SU
30
708
!
2
!
!
図 3 4T スタディのスタディデザイン
これは、スルホニル尿素薬(SU 薬)とビグアナイドを用いても血糖コントロールが不十分な
2型糖尿病患者 708 例を無作為に 3 群に分け、フェーズ 1 として3種類のインスリンを用
いて有効性、安全性を比較し、1 年間血糖コントロールを行った。すなわち、①二相性イ
ンスリンの 1 日 2 回注射、②超速効型インスリンの1日3回注射、そして③持効型溶解イン
スリンを1日1回あるいは必要に応じて2回注射する方法である。SU 薬およびビグアナイド
(メトホルミン)の既投与薬はそのまま継続した(図 3)。
結果は、フェーズ 1 終了の介入1年の時点において、血糖コントロールの高い順に②超
速効型インスリンの1日3回注射、①二相性インスリンの 1 日 2 回注射、③持効型溶解イン
スリンを1日1回あるいは必要に応じて2回注射する方法となった。一方、低血糖の頻度
は、3回注射によるものが他の方法に比べてかなり高頻度で、頻度の高いものから②超
速効型インスリンの1日3回注射、①二相性インスリンの 1 日 2 回注射、③持効型溶解イン
スリンを1日1回あるいは必要に応じて2回注射する方法という順になった。この結果によ
ると、3回注射は二相性2回注射とほとんど血糖コントロールに差がないが、低血糖の頻
度においては差がはっきりしているため二相性2回注射のほうが総合的には優れていると
もいえる。
フェーズ 2 では、フェーズ 1 で HbA1c(NGSP 値)6.5%未満とならなかった場合、これまで
継続投与していた SU 薬を中止した。そして、二相性2回注射は昼直前に超速効型を足
して、超速効型3回注射は寝る前に持効型溶解1回、持効型溶解1回あるいは2回は各
食直前に超速効型3回を追加して basal-bolus 療法(基礎・追加インスリン療法)を行った。
2種類のインスリンを用いるフェーズ2は、以後2年にわたって行われた。その結果、
basal-bolus 療法になった2つが二相性インスリン+昼の超速効型より HbA1c(NGSP
値)6.5%および 7.0%未満に達する確率が有意に高かった。
低血糖頻度は超速効型3回注射を用いた患者群のフェーズ 1 では、他のレジメンに比
較して有意に低血糖頻度が高かった。しかし、フェーズ1が終了してフェーズ2に入り、必
8
要に応じて持効型インスリンが併用できるようになると一気に低血糖頻度が低下した。こ
れはどのようなインスリンを用いて導入しようとも、超速効型あるいは持効型のみでの治療
を徹底するよりも両者のバランスを考えた治療をすることが有効かつ安全であることを意
味しているものと思われる。
4T スタディをまとめると、安全に導入できてそれを生かしながら basal-bolus 療法にステッ
プアップできる、持効型インスリンを用いたインスリン導入の開始が優れているということに
なる。
4. インスリン注射とその併用薬について
持効型溶解インスリンに経口血糖降下薬を併用した BOT がある。BOT は基礎分泌を
持効型溶解インスリンにて補填し、経口血糖降下薬にて食後血糖値を制御する方法であ
る 5)。一般的に、経口血糖降下薬は今まで使用してきたものを継続して用いる。またこの
方法によるインスリン導入はその簡便さと安全性から経口血糖降下薬の効果不十分な 2
型糖尿病のインスリン導入法として注目されている。BOT の患者側からの利点としては、
1日1回なら面倒ではない、人前で打つ必要はない、血糖値は確実に改善、血糖自己測
定が可能(保険適応)ということがある。医師側からの利点としては、1回投与で同意を得
やすい、血糖自己測定にて空腹時血糖(FPG)をみながらインスリン量を調節できる、少量
のインスリンから開始で低血糖の心配は少ない、一度インスリンに慣れてもらえると回数を
増やす場合に抵抗感が軽度、確実に血糖値を改善できるということがある。
2型糖尿病患者におけるインスリン療養導入の現状は、年代が上がるにつれて罹病歴
が長くなり、経口血糖降下薬併用率が高くなっている 8)。しかし HbA1c 値、BMI(Body
Mass Index)、1 日インスリン投与量、インスリン投与量/体重、インスリン投与回数は減少し
ている。また、非高齢者、前期高齢者、後期高齢者で分類し較べてみたところ、後期高齢
者において1回投与で導入する割合が非高齢者、前期高齢者に対して有意に高く、逆に
3回投与以上の強化療法の割合は有意に低い結果となっている。このことから、後期高
齢者を対象としたインスリン導入では経口血糖降下薬に基礎インスリンを追加する BOT
が広く行われていることがわかる。
5. その他の自己注射療法について
近年インクレチン製剤の関係でインスリン導入時期が変わってきている。現在、治療に
使用できるインクレチン関連薬は大きく2つに分類され、DPP-4(dipeptidyl peptidase-4)阻
害薬と GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬がある 9),10)。製剤学的に最も異なる
点は DPP-4 阻害薬が内服薬であり、GLP-1 受容体作動薬は注射薬であるという点である。
インクレチンとは、腸管から分泌され、グルコース依存性にインスリン分泌を亢進させるホ
ル モ ン の 総 称 で あ る 。 イ ン ク レ チ ン と し て GIP(glucose-dependent insulinotropic
polypeptide)と GLP-1 がある。健常者では食事摂取によって分泌されたインクレチンが膵
β細胞に作用するとインスリン分泌の増幅作用を呈する。GIP あるいは GLP-1 によるイン
9
スリン分泌促進作用は血中ブドウ糖濃度に依存するため、血糖が低い場合はインスリン
分泌が促進されない。そのため理論的にはインクレチン関連薬単剤では SU 薬のような低
血糖の副作用はなく、より安全な血糖コントロールが可能である。しかし生体から分泌さ
れる内因性インクレチンは DPP-4 と呼ばれる蛋白分解酵素により数分で分解される。その
ため内服薬である DPP-4 阻害薬を用いて内因性インクレチン(GIP および GLP-1)濃度を
高めることでインクレチン作用を期待する。また、これらインクレチンは、SU 薬と異なった
作用機序でインスリン分泌を促進するので、SU 薬二次無効の患者にも有効であり、また
これらの患者にみられるβ細胞のアポトーシスの進行の抑制が期待でき、より血糖コント
ロールが可能となることが考えられる。グルカゴンの分泌抑制も考えられるので、空腹時
血糖も改善できる可能性がある。食欲の抑制、満腹感を増大させ、食事療法にも有効で
ある。このように注射ではあるが、単剤では低血糖を発現しにくい・体重を増加させにくい
という特性を有し QOL がよいため、イメージとして GLP-1 の方が受け入れられやすい。ま
た GLP-1 受容体作動薬はインスリンが多少でもでている患者に使われるため、インスリン
を使用する BOT の前に使われる(図 4)。
!
!
!
BOT
GLP%1
DPP%4!
図 4 薬物療法の推移(例)
6. インスリン自己注射についての患者と医療者の心理
糖尿病治療の成果は患者がどの程度自己管理を行うかによって左右される。糖尿病患
者の血糖コントロールにおいて、インスリン治療は最も効果的な手段である。そのため、
各国のガイドラインでは 2 型糖尿病のインスリン治療について、必要であれば早期から用
いるべき重要な治療と位置づけている。しかし、2001 年、心理社会的問題に光をあてた
初の国際的大規模研究(日本を含む世界 13 カ国で実施)としての DAWN (Diabetes
Attitudes, Wishes and Needs)study によると、インスリン治療を始めることに抵抗を感じる2
型糖尿病患者は多い 14)-16)。またそれは多くの医師が、患者がインスリン治療に抵抗を示
すことを認識している。医師に対して調査したところ、HbA1c が「7.8%で自分が2型糖尿病
ならばインスリン治療を開始する」、「8.3%で患者にインスリン治療を考慮する」、「9.2%で実
際に患者にインスリン治療を勧めた」という結果になった(図 5)。
10
DAWN JAPAN
HbA1c
P<0.0001
(%)
11
10
9
8
7
6
7.8%
8.3%
9.2%
2
*2
(n=134 Drs)
*1
(n=87 Drs 230 Pts)
(n=134 Drs)
*1: Q.
*2: Q.
A
A
2
HbA1c
HbA1c
図 5 医師が考えるインスリン治療の開始時期
?
?
DAWN JAPAN
2005
以上のことから、実際では医師が考えるより、インスリン治療を開始する時期は遅れている
ことがわかる。また、患者が治療を受け入れるまでには時間がかかることも考慮しなけれ
ばいけない。このように開始時期が遅れる原因として、インスリン治療に対する医師の抵
抗感があげられる。インスリン治療に慣れていない、低血糖への不安、説明の大変さ、患
者に嫌がられていると思うなど様々な思いがある。
また、2009 年に実施した「経口血糖降下薬もしくはインスリンを用いている糖尿病患者
の実態および治療ニーズと満足度に関する大規模アンケート調査(CANDO study)」でも、
インスリン治療を勧められた際の平均 HbA1c 値は約 10.0%と高く、経口薬によるコントロー
ルが不良になってからインスリン治療を開始した患者が多いことが示された。インスリン治
療の導入は経口薬による治療を開始してから 5 年以上経過してからが多く、インスリン治
療を早期に開始するということとかけ離れた実態が明らかになった。さらに同調査からは、
インスリン導入の遅れに、患者の不安と医師の説明不足が影響していることが示唆された。
インスリン治療を開始する前の不安であったことは、①注射行為に対する抵抗感:注射は
怖い、注射は痛い、一生注射するのは嫌だ、面倒、デバイスの操作が難しい②社会的環
境:他人に知られたくない、他人と違うことをするのは嫌だ、恥ずかしい③後悔や罪悪感:
病気がわるくなったことを示す、きちんと治療してこなかった、がんばってきたのになぜ④
インスリン作用への不安:低血糖が怖い、何か副作用がある、膵臓の働きが悪くなる⑤そ
の他:経済的負担、仕事や就業スタイルをかえる必要がある、家族に心配をかけるなどが
あげられた。その中でも不安要因としての大部分は、一生打つことになる、注射を打つこ
とが面倒、経済的負担の増加であった。不安を抱えながらも、インスリン治療を受ける決
め手となった事項についての質問では、医師の影響(医師の指示・勧め)、血糖値が高い、
11
仕方がない、良くなるなら積極的に実施したい、体調不良の自覚症状、合併症が怖い、
これまでの治療(主に飲み薬)に限界を感じた、HbA1c 値が高い、妊娠・出産などがあげ
られた。
またインスリン治療を開始するにあたって患者が求めている必要な情報は、血糖コントロ
ールの重要性を実感できる説明、インスリンの作用の違い、インスリンの注射器具(見本、
使いやすさ、針の痛みの確認等)、SMBG を使って血糖値と体調の関係を測る方法、糖
尿病と診断されたら血糖自己測定器が保険適応で入手できること、実際にインスリン治療
を行っている人の日常生活の工夫の仕方などがあげられた。その他に、治療費、治療を
している人の生活スタイル、治療の意味・意義、治療をしている人の成功事例、治療をし
ている人がなぜインスリン治療をしようと思ったのかという体験談、注射の仕方、治療で使
用する薬剤・注射器についてなどがあげられ、インスリン治療を実施している人の生活実
態に関する情報を求めていることが示唆された。
すなわち、患者はインスリン治療に期待をもちながらも、インスリン治療に対する不安か
ら、勧められても拒絶する傾向にある。そして、医師がインスリン治療のもつ前向きな臨床
的意義や、患者の不安を取り除くための情報提供について、十分な説明を行えていない
可能性が示唆された 11)。しかし、医療者側としては患者のインスリンの受け入れの徴候を
感じるのは、「インスリン注射やデバイスの情報を求める言葉や行動を示しはじめる」、「注
射のデモ後に示した変化、インスリンに対するイメージの変化」、「糖尿病の病態や自分
の病状に対する理解を示しはじめる」、「ほかの患者さんとのコミュニケーションの様子や
その後の変化」と、さまざまな意見がみられた 12)。また、このことから医療者側は患者のイ
ンスリンの受け入れのサインや導入を拒否する言動や態度など、患者をよく観察し療養
指導を行っていることがわかった。さらにインスリン導入時には、医師とコメディカルスタッ
フが患者の心理にも配慮しながら連携をさらに深めていく必要があると考えられる。
以上より、患者はインスリン療法を開始した当初もしくは継続するなかで、衝撃、逃避、
後悔、恐怖・不安、抵抗感、煩わしさ、不信感、悲しさ、辛さ、困難さという“インスリン療法
に対する否定的感情”を抱いていた。その後、インスリン療法についての肯定的情報を入
手し、インスリンの効果の理解とインスリン療法への偏見の是正がなされ、“インスリン療法
の知識による認識の変化”が起こっていた。その結果、インスリン療法の必要性を納得し、
自らの意志により“インスリン療法の開始を決意”していた。その後、一部の停滞していた
対象者を除き、インスリン自己注射への肯定的な体験と、血糖コントロールによる苦痛や
症状の軽減およびインスリン療法への不安の軽減がなされ、徐々に“インスリン療法に対
する安心感の獲得”がみられた。その結果、“インスリン療法を維持する意志と行動”をと
っていったと考えられる 13)。
12
Ⅲ まとめ
2型糖尿病患者の場合、経口血糖降下薬を使用しても基準となる血糖コントロールが
達成できないとき、インスリン治療を開始しなければならない。しかし、実際にはインスリン
治療の開始が遅れていて、2型糖尿病患者のインスリン初期導入にあたって患者側、医
師側とどちらも少なからず抵抗を持っているということがわかった。患者によって年齢、生
活様式、健康状態、自己管理能力など様々であり、処方パターンも変わるが自分の体に
注射針を刺す行為への恐れなどを考えて、なるべく少ない回数で効果が得られるものが
よいと思われる。その方法として持効型インスリンの1日1回の注射ですむ BOT がよいの
ではないかと考えられる。低血糖も起こりにくく、1日1回であればインスリン治療への導入
もしやすく、それ以降で回数を増やす場合でも移行しやすい。患者自身が糖尿病に対す
る自覚を再度認識し、血糖コントロールを維持できるという効果を感じてみて、治療を自ら
行っていくという意識を高められるのではないかと思われる。インスリンの初期導入におけ
る恐れや不安をプラスのイメージに変えていくためには、医療者側が十分なインスリン治
療の情報提供を行うとともに、患者にインスリンの効果を理解してもらう必要がある。これま
でインスリン注射指手技指導は看護師の領域であり、法的にも薬剤師が患者に針を刺す
行為(指導)は認められていなかったようだが、インスリン製剤ならびにデバイスの開発が
盛んに行われ、インスリン療法は多種多様化した。インスリン療法の複雑化等により、最
近徐々にではあるが、薬剤師が指導する(インスリン導入も含めて)施設が増えてきてい
る。
薬剤師によるインスリン注射手技指導は越権行為だという声もあるが、インスリンという医
薬品を適正に使用するためにやむを得ない行為であるという認識に基づけば薬剤師とし
ての重要な役割となる。さらに、糖尿病療養指導士であるならば、インスリン注射手技指
導は薬剤師として参画していかねばならない分野であると考える。
一方、糖尿病チームで療養指導に関する臨床研究を計画・実施する姿勢も望まれる。
薬剤師が糖尿病医療チームの中で評価されるためにもまず、自らのスキルアップが肝要
である。
Ⅳ 謝辞
本論文の作成に際して、丁寧な指導をうけ賜りました新潟薬科大学薬学部臨床薬学研
究室教授 朝倉俊成先生、新潟薬科大学高度薬剤師教育研究センター教授 高中紘一
郎先生、そして臨床薬学研究室の先生方に感謝いたします。
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3)
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