コラム:医療と法 「医師が法律家を敬遠する理由」 原田佳明 医療法人協仁会小松病院理事・病院長 医師と法律家は話が噛み合わないと言われます。医学と法律は、定義の決まった専門用語で、日常の様々 な事柄を表現します。お互いに理解しあえなかったり、些細な事で誤解を生じたりもします。言葉の混乱 から崩壊した「バベルの塔」のようでもあります。そもそも理系と文系の違いもあります。論語に「男女 七歳にして席を同じくせず」とありますが、理系と文系を選択した十七歳から席を同じくしていないので す。 医療制度も司法制度も明治維新以後の近代化に伴い、諸外国から取り入れた制度です。欧州成文法を移 入した法律家の世界は、現実世界を文章法に当て嵌め、時間をかけ言葉で判断をする世界のように思いま す。逆に医師の世界は、日々進化する医学知識と医療技術を目の前の患者に刹那で当て嵌め、良い結果が 出るまで悪戦苦闘を繰り返します。作法や文法や美学が根本で異なるように思います。 近年の医療訴訟の増加は医師と法律家を否応なく向き合わせることになりました。1999 年の杏林大学病 院割りばし死事件では、過熱したマスコミによる執拗な医師批判が繰りかえされました。2008 年に刑事訴 訟で無罪が確定し、2009 年に民事訴訟で請求棄却となりましたが、裁判の過程で明らかになったのは、検 察官の強引な取り調べと恣意的な供述調書改竄と高圧的な訂正要求拒否でした。2009 年の凛の会事件で同 様の取り調べを受けた村木厚子元厚労省局長は 2010 年に無罪が確定し名誉回復と復職が図られましたが、 杏林大学耳鼻科医師の名誉は未だに回復していないように思います。 2004 年の福島県立大野病院産婦人科事件では、福島県の事故調査委員会が死亡の原因に執刀医の判断ミ スを認めた報告書を作成したことから医療訴訟に発展しました。2008 年に無罪が確定しましたが、事故報 告書で医師の過失とした理由が、保険会社から賠償金をひきだすためとされています。法に対する無知と 無防備が招いた事件とも思えます。どちらの事件も無罪確定まで長い期間がかかり、マスコミの執拗で洪 水のような報道から、医師はキャリアを中断され家族が晒し者になることを余儀なくされました。医師が 訴訟結果より訴訟をされることを恐れる由縁です。 訴訟の世界は法律家により争議されます。訴訟を闘うことで、患者側が医療者に不信を強めるのであれ ば、更に罪を作る結果になります。医師を訴追するのも、弁護するのも、判決を下すのも法律家です。医 師の本質が熱情(パトス)であるに対し、法律家の本質は論理(ロゴス)であり、専門用語も知悉する情 報も異なり、向き合う時は法的責任を追及され兼ねないリーガルリスク時なので、法律家を敬遠したくな りますが、法律家による対応策を知り、どこまでが法律問題なのか、そうでないのかを知ることは重要と 考えます。法律家と共通の場で、共通の言葉を用いて話をし、良い関係を作り相互理解を進めることが求 められていると思います。医療と法のネットワーク」が医師と法律家の互いを理解する橋渡しになること を期待致します。 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.2, 2011, Feb. Kyoto Comparative Law Center
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