修 士 論 文 内 容 の 要 旨 修士課程のコース名称 氏 名 桜 庭 保健科学専攻 保健科学コース 聡 [修 士 論 文 題 名] 背側視覚経路の道具に対する情報処理 – Continuous Flash suppression を用いた検討- [要 旨] 【目的】 目的】ヒトの大脳において、視覚情報を処理する機構には大きく腹側視覚経路と背側視覚経路 があると考えられている。腹側視覚経路は対象の色や形の分析、それらの特徴と意味との関連づ けを行っている。背側視覚経路は対象の位置・形状・傾きに合ったオンライン処理によるリーチ ングや把持に関わったり、対象の運動に関する情報を処理する。この背側視覚経路が道具のカテ ゴリに関係する視覚情報を処理しているという報告が散見される。Almeida ら(2008)は、 Continuous Flash Suppression(CFS)と呼ばれる方法を用い、背側視覚経路が道具カテゴリに特異 的に反応していることを示した。しかし、大脳における視覚情報処理の早い段階で道具であるこ とを視覚的に弁別し、背側視覚経路に情報が伝達されているとは考えにくい。そこで我々は、背 側視覚経路が道具のどのような属性を処理しているのかを明らかにするために、Almeida ら (2008)と同じ CFS を用いた一連の実験を行った。 【方法】 方法】被験者は、健常な大学生及び大学院生(実験1:18 名、実験2:18 名、実験3:20 名、 実験4:20 名)である。これら被験者に対し、パソコンを用いて CFS と呼ばれるプライミング と両眼競合を利用した弁別反応課題を実施した。赤緑アナグリフを用いることで、一つの画像か ら左右の眼に各々違った像を入力することができる。利き目にランダムノイズ、非利き目には低 コントラストのプライム画像を提示することで、両眼競合により被験者はプライム刺激の内容を 意識的に知覚することはできない。プライム刺激提示後、意識的に知覚できるターゲット刺激を 弁別するのに要した反応時間が計測される。実験1では、Almeida ら(2008)の実験と同様、刺 激に道具と動物の写真を用いた。実験2では表面的属性(色やテクスチャー)を除いた線画を用 いた。実験3では、道具のプライム刺激の代わりに細長い棒状の図形を用いた。そして実験4で は、道具のプライム刺激の代わりに細長い野菜と丸型の野菜を用いた。各実験において、プライ ム刺激とターゲット刺激のカテゴリが異なる条件の平均反応時間から、カテゴリが一致する条件 の平均反応時間を引き算することでプライミング効果を算出した。 【結果】 結果】実験1では、動物と比較し道具の写真において有意に高いプライミング効果を示した (paired t 検定 ; t(17)=4.082, p<.001 道具プライミング効果=14.6ms [SEM=2.52]、動物プライミ ング効果=-2.6ms [SEM=3.94]) 。実験2においても、動物と比較し道具の線画において有意に高 いプライミング効果を示した(t(17)=3.519, p<.01 道具プライミング効果=10.3ms [SEM=2.19]、 動物プライミング効果=-3.0ms [SEM=4.06]) 。実験3では、プライム刺激に細長い棒状の図形を 用いたが、これまでと同様に動物と比較して道具に有意に高いプライミング効果を示した (t(19)=4.844, p<.001 道具プライミング効果=9.26ms [SEM=2.15]、動物プライミング効果=.12ms [SEM=2.30]) 。また実験4では、細長い野菜をプライム刺激として用いた時は動物と比較し、道 具に有意に高いプライミング効果を示した(t(19)=3.577, p<.01 道具プライミング効果=9.7ms [SEM=3.31]、動物プライミング効果=-2.1ms [SEM=2.55])が、丸型の野菜を用いた時は両者に有 意なプライミング効果の差は見られなかった(t(19)=.272, p=.789 道具プライミング効果=-.5ms [SEM=3.09]、動物プライミング効果=.5ms [SEM=2.72]) 。 【考察】 考察】実験2より、写真だけではなく線画でも同様の結果が得られたことから、背側視覚経路 にとって色やテクスチャの情報はあまり重要ではないことが示唆された。また実験3より、細長 い棒状の長方形においてもプライミング効果が認められたことから、背側視覚経路は道具カテゴ リ特異的な処理をしているのではなく、細長い長方形に対して特異的に処理している可能性が示 唆された。さらに実験4の対比より、細長い棒状の長方形に限らず、細長い野菜という形状的特 徴がターゲット刺激である道具の判断を早め、一方、丸い野菜では道具ターゲット刺激の判断を 早めなかった。以上より、背側視覚経路はカテゴリに依らず細長い形状的特徴を特異的に処理し ていると結論づけることができる。
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