ナノチタン酸バリウムの結晶子径制御

福岡県工業技術センター
研究報告 No.25 (2015)
ナノチタン酸バリウムの結晶子径制御
内山 直行 *1
有村 雅司 *1
牧野 晃久 *2
Crystallite Diameter Control of Nano Barium Titanate
Naoyuki Uchiyama, Masashi Arimura and Teruhisa Makino
ゾルゲル反応によるナノチタン酸バリウムの結晶子径制御合成を目的として,反応溶媒,水量,濃度,チタン原
料が結晶子径に与える影響を検討した。反応溶媒種により結晶子径8~30 nmのチタン酸バリウムが生成することを
確認するとともに,高濃度化および添加水量増加に伴い結晶子径が増大することが明らかとなった。さらにチタン
原料にナノ粒子チタニアを用いることで,生成するチタン酸バリウムは,原料チタニアの影響を受けることが判明
し,チタン酸バリウム合成メカニズムを推定した。
1 はじめに
Butanol),Acetonitrile,Methyl ethyl ketone(MEK)
近年の電子機器ニーズに応えるため,チタン酸バリ
を用い検討を行った。合成手法は図1に示すように行
ウム(以下「BTO」と略す。)のナノサイズ化検討が盛
い,原料組成比:Ba / Ti=1(mol/mol),濃度:1 M,
んである。しかし,BTOは「サイズ効果」があること
窒素雰囲気下,3h/80℃攪拌条件にて合成検討を行っ
が知られており,それはBTO結晶が中心部に高誘電率
た。
を示す正方晶,表面近傍層には比較的低誘電率を示す
BTO合成スラリーを得た後,一部を分取し,大過剰
立方晶,その中間層に歪格子傾斜を有し,サイズ低減
Et2O中へ添加し,BTOを凝集させ,5 μmメンブレンに
1)
に伴い,立方晶比率が上がることが原因である 。
て吸引ろ過・通風・常温乾燥させることでX線回折分
この様なサイズ効果により,ナノBTOは用途により
析用のサンプルを得た。X線回折測定(XRD, Empyrean,
その粒子サイズを任意にコントロール可能とすること
PANalytical)により,結晶相の同定を行った。また,
が望まれている。また,本センターで以前より高濃度
(110)ピークの半値幅からシェラーの式を用いて結晶
ゾルゲル法によるナノBTO合成研究を行っており,合
子径を算出した。
成時の水添加量によりBTO結晶子径を制御可能である
ことを既に報告している 2) 。しかし,当該手法は,高
価な金属アルコキシドのみを原料として用い,グロー
ブボックス中の作業や長時間に及ぶエージングが必要
であるなど制約も多分にある合成手法である。
そこで今回我々は,バリウム原料として安価な水酸
化バリウム・8水和物を用い,合成条件要因によるBTO
結晶子径制御を試みたのでここに報告する。
2 実験
2-1 BTO合成時溶媒種の影響
合 成 原 料 は , Ba源 と し て Ba(OH)2 ・ 8H2O, Ti源とし
て,Ti(O-iPr)4 を用い,合成時溶媒はアルコール(2Methoxyethanol( MeOEtOH),Isopropanol(IPA),2図1
*1 化学繊維研究所
*2 福岡県庁
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BTO合成フロー
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研究報告 No.25 (2015)
される。以上から,溶媒種はBTO結晶子径に影響を与
2-2 水添加量と合成濃度
原 料 組 成 比 : Ba / Ti=1(mol/mol), 溶 媒 と し て
えることは確認できたが,結晶子径制御因子を導くこ
MeOEtOHを用い,Ti(O-iPr)4 を使用溶媒 量の半量に溶
とは困難であった。
かし原料液①とした。別途,水9.5~60当量(水酸化
また,合成後のスラリーにおいて分散剤なしで自己
バリウムの結晶水込みで算出)を使用溶媒の半量に添
分散可能なBTOはMeOEtOH中で合成したもののみであっ
加し原料液②として2つの原料液を調製した。次にそ
た。
れぞ れ の 原料 液を 窒 素 置換 され たBa(OH)2 ・8H2O存在
下の試験管中に加え,窒素雰囲気下,3h/80℃攪拌条件
表1
にて合成検討を行った。また,BTO合成濃度はMeOEtOH
溶媒種と合成BTO結晶子径
溶媒
に対し,0.56 M,3.2 Mの2水準にて濃度検討を行った。
XRD分析は2-1に記載の手法と同様に行った。
2-3 チタン原料の影響
原 料 組 成 比 : Ba / Ti=1(mol/mol), Ti源 と し て ,
TiO2(ST01(アナターゼ,結晶子径:8 nm:石原産業),
P25(アナターゼ,ルチル混晶:アナターゼ,結晶子
結晶子径(nm)
MeOEtOH
8
IPA
30
2-Butanol
17
Acetonitrile
15
MEK
15
径:30 nm, ルチル,結晶子径:44 nm:日本アエロジ
ル))を用い,溶媒はMeOEtOHを用いた。水は外部添加
3-2 水添加量と合成濃度検討結果
無しで行い,水酸化バリウムの結晶水のみで行った。
バリウムアルコキシド原料を用いた場合でのBTO合
TiO2を用いた合成手順は,試験管内にBa(OH)2・8H2O,
成では添加水量により結晶子径制御が可能であること
TiO2 を加え,窒素置換後,溶媒を添加し,濃度:2.5
が既に報告されている 2) 。そこで今回安価な水酸化バ
M,窒素雰囲気下,80℃にて加熱攪拌を行い3h~24hま
リウム・8水和物を用いた場合でも同様の結果を示す
でサンプリングを行った。原料としてTi(O-iPr)4 を併
かどうか検討を行った。
用する場合は,使用溶媒中へTi(O-iPr)4 を添加し,上
結果は図2に示すように低濃度では水添加量を増や
述同様の操作にて合成検討を行った。XRD分析は2-1に
しても,初期の結晶子径(約7 nm程度)の倍程度までに
記載の手法と同様に行った。
増大させるのが限界の様であった。一方で,高濃度化
及び水添加を行うことで4倍程度に結晶子径を大きく
3 結果
できることが明らかとなった。したがって水酸化バリ
3-1 BTO合成時溶媒種の影響検討結果
ウム・8水和物を用いた場合でも,バリウムアルコキ
溶媒種が異なることにより,合成BTOの結晶子径も
シド原料合成法と同様に添加水量によるBTO結晶子径
異なる結果となった(表1)。アルコール種(MeOEtOH,
制御が可能であることが明らかとなった。
IPA, 2-Butanol)別で比較すると結晶子径は8~30 nm
高濃度化及び水添加で結晶子径増大効果が顕著に出
であり, MeOEtOH < 2-Butanol < IPAの順となった。
た理由は,高濃度化によりチタンへの配位・保護能力
溶媒量のアルコール中ではTi(O-iPr)4 の配位子の一部
が高いMeOEtOHが少ない状況となり,添加された水に
又は全てが配位子交換されたチタンアルコキシド種が
よるチタンアルコキシドの加水分解・重縮合が促進さ
生成していると考えられる。また,他の官能基(ニト
れ,大きく成長したアモルファスチタニアが速やかに
リル,ケトン)を有するAcetonitrileやMEKでは15 nm
生成したためと考えられる。逆に低濃度条件の場合は,
となった。これらの溶媒は直接Ti(O-iPr)4 の配位子交
多量の水が共存した場合でもチタンへの配位・保護能
換を起こすことは考えにくいが,Ti(O-iPr)4 はルイス
力が高いMeOEtOHも大量に存在するためにチタンアル
酸触媒として機能もするので,例えばMEKであればア
コキシドの加水分解・重縮合は抑制されたと考えられ
ルドール反応によりβヒドロキシケトンが速やかに生
る。
じる。よってそれらの化学種がTi(O-iPr)4 の配位子交
以上の結果から,BTO結晶子径制御はチタンアルコ
換により生じたチタン錯体が生成しているものと推測
キシドが加水分解されることにより生じるアモルファ
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表2
図2
チタン原料種とBTO結晶子径
BTO結晶子径と水当量及び濃度の関係
図3
BTO推定合成メカニズム
スチタニアの生成及びそのアモルファスチタニアから
12,24hではBTOのみであったことから,XRD用サンプ
BTO結晶形成の基礎となるTiOxユニットの溶出・供給
ル調製時に未反応Baが大気中のCO2 と反応しBaCO3 が生
制御で可能ではないかと推論した(図3)。
成したものと推定された。また,P25を原料として用
3-3 チタン原料の影響結果
いた場合も経時サンプリングにおいて,3h後では未反
3-2で推論したBTO合成メカニズムを検証するため,
応 Ba 由 来 と 思 わ れ る BaCO3 が 主 結 晶 相 と な り , 原 料
BTO結晶形成の基礎となるTiOxユニット供給をコント
TiO2 及び微量のBTOという結果であった。6,12hでは
ロールすることを目的として,Ti源として,結晶子径
BTOが主結晶相となるものの,BaCO3 とTiO2 相も確認で
の異なるチタニア結晶を用いてBTO合成を行った。
きた。24h後でさえも極微量BaCO3 ,TiO2 の検出及び主
結晶相であるBTOという結果であった。共に24h後での
ST01を原料として用いた場合は経時サンプリングの
3,6hではBTO及び微量のBaCO3が検出されたが,
BTO結晶子径を比較すると約15 nmと29 nmであり倍程
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度の違いが見られた(表2)。
さらに同条件下,TiO2 中の0.05当量分をTi(O-iPr)4
に替えて併用したところ,24h後でのBTO結晶子径はそ
れぞれ約10 nmと12 nmとなり,特にP25を用いた場合
では結晶子径が半分以下となった。
このことから,合成条件下において,Ti(O-iPr)4 又
はTi(O-iPr)m(OEtOMe)n は,速やかなBTO結晶核生成能
を有することが明らかとなった。以上のことからBTO
合成メカニズムは図3に示すように推定され,チタン
供給をコントロールすることで,BTO核生成を制御し,
結晶子径を制御することが可能と考えられる。
4 まとめ
BTO合成条件において,①Ti(O-iPr)4 を用いる,②
高濃度化・水添加量増でチタンアルコキシドが加水分
解されることにより生じるアモルファスチタニアを生
成させる,③チタニア結晶を用いる,以上を使い分け
ることで,BTOの結晶子径は制御可能であった。これ
はBTO結晶形成の基礎となるTiOxユニットの溶出・供
給とそれに伴うBTO結晶核生成を制御することで可能
となることから,結晶子径制御BTO合成メカニズムを
推定できた。
5 参考文献
1) 和 田 智 志 ら : ナ ノ テ ク 報 告 書
Spring-8,
2007A1966,BL02B2, pp.50-51
2) 有村雅司ら:福岡県工業技術センター研究報告,
NO.19,pp.29-32(2009)
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