厳格二声対位法:第三種

厳格二声対位法:第三種
定旋律の全音符に対して、対位声部が四つの四分音符を持つ形を第三種とする。
【音程】
1. 一拍目の強拍には協和音を置く。2,3,4拍目の弱拍には協和音・不協和音のど
ちらが来る場合もあるが、協和と不協和は交互に使用する。
2. 不協和音程は協和音程に挟まれていることが基本である。(順次進行であることを
条件に、不協和音程の連続が許される場合もある。)
3. 跳躍を伴う進行では、協和音程が続くこと。
4. 第一種・第二種では開始・終止小節以外で現れるユニゾンは禁則であったが、第三
種においては小節頭の強拍以外で一瞬ユニゾンになることは許容される。
【進行】
1. たとえ 2,3,4 拍目の四分音符で他の協和音程へ回避していたとしても、小節頭に現
われる連続完全音程を打ち消すことは出来ない。すなわち小節頭に現われる連続完
全音程はいかなる手段でも回避不可能である。禁止。
2. 長短六度、増四度、減五度といった音程の取りにくい跳躍は第一種・第二種におい
ても禁止あるいは忌避されたが、第三種においてはより厳格に禁止される11。
3. 冒頭の二分音符を四分休符とし、裏拍から出て来るようにした方が趣味が良い。た
だし、この場合の弱拍は冒頭小節の規則を守るように、完全音程でなければならな
い。
【終止】
1. ひとつの推奨される終止形は、最後からひとつ前の小節を 3 とし、そこから順次進
行で 1 あるいは 8 に到る形である。しかし、可能な終止形はこれに限らない。
進行に関する規則をもう少し深く考えてみよう。四分音符の連結を順次進行とし、一拍
目が協和音である規則を遵守すると、可能な音度は {1, 2, 3, 4}, {3, 2, 1, 2}, {3, 4, 5, 6}, {5,
4, 3, 2}, {5, 6, 7, 8}, {6, 7, 8, 9}, {6, 5, 4, 3}, {8, 7, 6, 5}, {8, 9, 10, 11}の組み合わせである。
もちろん次の小節の冒頭も協和音である。このとき、規則 2.は自動的に満たされている。
また、{5, 6, 7, 8} と {6, 5, 4, 3} を除いて、全て {協和, 不協和, 協和, 不協和} という組み合
わせになっており、規則 1.によく適合している。
ここに挙げた二種では {協和, 協和, 不協和, 協和} という並びになっている。このような
並びは本質的には {一拍目の協和音 + 三度の協和音程} という構造であり、三拍目に現わ
れる不協和音は、三度音程を橋渡しする経過和音だと解釈することが出来る。そこで、
{一拍目の協和音 + 三度の協和音程(協和音程, 経過音, 協和音程)} という配列としては次
のような音型も類似の響きを持つものと考えることが出来るわけである。
11 これは歌手が跳躍のための準備時間を取れないという事情に起因する。第三種においてはより厳格に順
次進行による連結が要請される。
つまり、{三度跳躍 + 順次進行} という動きである。この種類の対位法において、もう一
つ可能な四分音符の連結としては、{順次進行 + 三度跳躍 + 順次進行} という組み合わせ
のものがある。すなわち、二拍目と三拍目の間で三度跳躍を挟むのである。この音型をカ
ンビアータと言う。イタリア語で「交換された」という意味である。
カンビアータを許容すると、{協和, 不協和, 協和, 不協和} という並びを簡単に作れるた
め、 古くから非常に多くの使用例があるが、そのようにして作った旋律は「なるべく順
次進行で」という原則からは外れることとなる。 このような処理は取り立てて問題だとは聴こえないし、適切に使われていれば美しくさ
えある。しかしながら、順次進行を旨とする厳格対位法では、こうした処理を回避するこ
とが本来は推奨される。実際、順次進行を守る、あるいは三度跳躍を不協和音程の部分で
はなく協和音程の部分に変える等の処理により、カンビアータはその気になれば回避可能
なのである。
カンビアータ(左)と回避した例(右)
しかし、カンビアータの方が旋律的に面白く、回避した例では同じ和音が繰り返される
ため陳腐である。また、歌うことを考えた場合、二分音符で数える一拍毎に拍内では順次
進行となっていた方が歌いやすい。拍間の跳躍は比較的楽だが、拍内の跳躍は歌いにくい
ものである。 このような種々の事情を勘案すると、総合的にカンビアータを使った処理の方が良いと
いう感想もあり、それが実際に、過去にも多くの作曲家が感じた感想であった。しかし、
飽く迄ルールとしては、厳格対位法では順次進行を旨とし、カンビアータの使用は表だっ
て推奨できないのである。学習者としては両方の処理を知っていれば一番良い12。
四つの四分音符の組み合わせとしては、{最初の三つの四分音符が順次進行 + 跳躍} とい
うパターンが考えられる。これは五度から始める場合を除いて、{協和, 不協和, 協和, 不協
和} という並びになり、進行の規則 1., 2. を満足するので問題ない。逆に言えば、一拍目
が五度だった場合には、この音型は使えないことになる。
ここまでに出てきた四分音符の連結方法をまとめておこう。
【四分音符の連結方法】
① すべて順次進行:
{協和, 不協和, 協和, 不協和} or {協和, 協和, 不協和, 不協和}
② 跳躍 + 順次進行 2 回:
{協和, 不協和, 協和, 不協和} or {協和, 協和, 不協和, 不協和}
③ カンビアータ: {協和, 不協和, 協和, 不協和} or {協和, 協和, 不協和, 不協和}
④ 順次進行 2 回 + 跳躍:
{協和, 不協和, 協和, 不協和} or {協和, 協和, 不協和, 不協和}
ここで使われる跳躍としては、三度跳躍を基本とするが、必要に応じてはもちろん上行
には四度、五度、短六度、オクターヴ、下行には四度、五度、オクターヴを効果的に使用
しても良い。(カンビアータは基本的に三度跳躍のみ。)
一小節に二つ以上の跳躍は、自然な旋律の連結を損なうので通常は許容されない。どう
してもやむを得ず跳躍を続ける場合は、同じ方向の跳躍を基本とし、上行の場合は「大き
い跳躍と小さい跳躍」、下行の場合は逆に「小さい跳躍と大きい跳躍」を組み合わせるこ
とになっている。
そうは言っても、パレストリーナの作品にも上述の組み合わせ以外の跳躍を用いた例な
どもあり、旋律の連結方法は絶対とは言えないのである。しかし、基本的には、上記の四
種が四分音符の通常の連結方法であると言えるだろう。
強拍には三度や六度を置くのが安全であり、かつ良い方法であるが、四小節以上に渡っ
て三度や六度が続くのが良くないのは第一種・第二種における注意点と同じである。
第一旋法の例1
12 ケルビーニはカンビアータを使うべきではないと書いているが、ケルビーニがカンビアータの代案とし
て挙げている例は陳腐であり、その主張をそのままには受け入れがたい。
第一旋法の例2
第三旋法の例1
第三旋法の例2
この上の例では、最後から二小節前で対位旋律が A-D-A-D と動いている。進行として
禁則に触れるわけではないが、こうした繰り返しは趣味が悪い。ゼクエンツと呼ぶほどの
反復ではないが、この程度の小さな繰り返しであっても、音楽の流れが損なわれ、その場
で足踏みをしているような感じになってしまう。そもそも第三種対位法で対位旋律を四分
音符にしているのは、経過音の使用を認め、よりスムーズに次の音と連結するよう、音楽
の流れを高めるのが目的であった。そうした観点からも、音楽の自然な流れを損なうよう
な旋律の書き方は趣旨に合わないのである。
この小節は単純に、次の小節の E に向けて A-H-C-D と順次進行させたほうがずっと自
然である。
第五旋法の例1
第五旋法の例2
第十一旋法の例1
第十一旋法の例2
第十一旋法の例3
この種の対位法でも弱拍における不協和音は刺繍音か経過音である(つまり順次進行が
根底にある)のが基本であり、わざわざ跳躍によって不協和音を形成することは良くない
ことは言うまでもなく、協和音にこだわって跳躍を多用して弱拍に協和音を置こうとする
のも良くない。弱拍の不協和音はむしろ美しいものであり、旋律の自然な進行こそ第一に
考えるべき要素である。この注意事項に関しては、第二種の対位法で述べたことと変わり
ない。
最後に刺繍音について。上向きの刺繍音に臨時記号をつけると転調感が出てしまうが、
下向きの刺繍音に臨時記号をつけても導音的な機能が増すだけで、転調感は出ないので、
必要に応じて臨時記号を使える。特に最終小節の前では使うべきである。短二度の刺繍音
も隣接音との短二度ならば可能であるが、同度の短二度変位は不可である。