ドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用した点眼薬の 後

岐阜薬科大学特別研究費報告書 (2008)
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―平成20年度 岐阜薬科大学特別研究費(プロジェクト)―
ドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用した点眼薬の
後眼部への薬物移行
竹 内 洋 文
1.緒
1)
言
わが国では急速な高齢化に伴い緑内障、糖尿病網膜症、
、原
英 彰
2)
討を行ってきた。その結果、本年度の研究において、蛍光
物質であるクマリンで標識したリポソームを調製し、マウ
加齢黄斑変性症、網膜色素変性症などの後眼部疾患が急増
スや培養細胞におけるリポソームの挙動を評価し、薬物送
し(推定潜在患者数 1000 万人)、有効な薬物療法が望まれ
達に必要な微粒子の設計要件をほぼ明らかにした。その概
ている。最も好ましい剤形としては点眼を挙げることが出
要を以下に報告する。
来る。しかし、眼は眼球表面及び内部の組織を保護するた
2.実
めに涙液層での希釈と分解、房水の流れによる排泄など外
部からの進入物質に対する巧妙な防御機構を備えており、
後眼部に特異的に薬物を送達させることは非常に困難で
験
蛍光標識リポソームの調製
リポソームの調製は薄膜水和法にて行った。リン脂質、
ある。現在、これらの疾患のように後眼部への薬物送達が
負電荷脂質、コレステロール、蛍光標識物質としてクマリ
必要な場合には、臨床的に硝子体内への注射、結膜下への
ンを用いた脂質薄膜を水和することでマイクロサイズの
注射あるいはプラグ(薬液を染み込ませたデバイス)を硝
MLV(multilamellar vesicle)を調製した。得られた MLV
子体内に埋め込むなどの方法が取られている。いずれの方
をエクストルーダーもしくは超音波処理を施すことで平
法も、眼球に傷をつけること、繰り返し投与できないこと、
均粒子径が約 100nm のサブミクロンサイズリポソーム
副作用の回避が難しいことなどの多くの問題を抱えてい
(ssLip)を調製した。
る。
このような背景から、後眼部への非侵襲的な薬物送達
原子間力顕微鏡(AFM)を用いたリポソームの液中での
形状観察
の開発は極めて重要な研究課題となっている。原らのグル
蒸留水中に分散させた ssLip を AP(3-aminopropylethoxy
ープは、緑内障の病態である視神経・網膜の神経細胞保護
silane)で表面修飾したマイカに吸着させ、液中タッピン
作用を目的とした眼底疾患治療薬の研究開発の過程で、緑
グモードにて観察を行った。
内障治療薬であるチモロールや塩酸ブナゾシンは、点眼す
角結膜上皮細胞を用いたリポソームの安全性評価
ることによって眼底にこれら薬物が到達することを見出
ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)、ヒト結膜上皮細胞(Chang
した。また、そのルートは外眼部を通って強膜から眼底に
conjunctiva cell)を 96well plate に播種し、7日間培養した
到達することを明らかにした。一方、竹内らのグループで
ものを用いた。リポソーム懸濁液を投与後、MTS 試験に
は、微粒子薬物キャリアーの研究を遂行する過程で、適切
て評価した。
な微粒子設計を行うと、粘膜組織内にも粒子が取り込まれ、
マウスを用いたリポソームの後眼部への送達の評価
その結果薬物送達が可能であることを見出してきた。また、
蛍光標識リポソーム 3μl をマウスに点眼投与し、眼球
眼粘膜においても同様な微粒子薬物キャリアーの効果が
摘出後、眼球の凍結切片を作成し蛍光顕微鏡で観察するこ
あることを見出し、培養細胞でその安全性のデータを蓄積
とで行った。また網膜の IPL(inner plexiform layer)の蛍
してきた。
光強度を ImageJ により定量的に評価した。
本研究では、両グループがこれまでの研究成果を吟味
し、系統的に微粒子キャリアーの有効性を証明し、新しい
後眼部薬物送達用DDSを開発することを目的として検
1)
3.結果・考察
脂溶性蛍光物質を封入した種々のリポソームをマウス
岐阜薬科大学薬物送達学大講座製剤学研究室、2) 岐阜薬科大学生体機能解析学大講座薬効解析学研究室
(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6-1)1) Laboratory of Pharmaceutical Engineering, Department of Drug Delivery
Technology and Science, 2) Laboratory of Molecular Pharmacology, Department of Biofunctional Evaluation, Gifu
Pharmaceutical University (5-6-1 Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
竹内洋文ら:ドラッグデリバリーシステム(DDS)を利用した点眼薬の後眼部への薬物移行
2
に点眼投与後 30 分の、網膜の蛍光顕微鏡写真を Fig.1 に
示す。これらの写真から、粒子径をサブミクロンサイズに
(a)
H/P = 0.31
(b)
H/P = 0.81
制御したリポソームの場合は、網膜において粒子の蛍光が
観察され、後眼部へリポソームが到達していることが明ら
かとなった。点眼投与してない反対側の網膜では蛍光は観
察されず、全身血流を介して網膜部位に到達しているので
はないことも確認された。また、リポソームがマイクロオ
ーダーの場合には後眼部で蛍光物質は観察されず、粒子径
が後眼部送達の重要な要因であることが示された。
(a)
GCL
IPL
(b)
GCL
IPL
Fig. 2. AFM images of ssLip adsorbed onto surface-modified
mica (scale: 4 µm2 ×200 nm). (a) EPC ssLip, (b) DSPC ssLip.
(c)
より硬い粒子として、サブミクロンサイズの蛍光標識
GCL
IPL
ポリスチレンナノ粒子を選択し、同様に点眼投与したが、
網膜において粒子の蛍光が観察されなかった。ポリスチレ
ンナノ粒子はサイズも 100nm であり、前述の硬さ指標値
(d)
(e)
(f)
GCL
IPL
GCL
GCL
IPL
IPL
は、ほぼ 1 であることが確認されている。このようなポリ
マー粒子では後眼部移行が認められなかったことから、微
粒子の構成成分には生体と親和性の高いものを用いる必
50µm
要性があることが示唆された。
網膜の IPL(inner plexiform layer)の蛍光強度を ImageJ
により定量化し、経時的な変化を評価した。その結果、い
Fig. 1. Epifluorescence microscopic images of the retina 30
min after eyedrop administration. (a) Untreated, (b)
contralateral eye, (c) EPC MLV, (d) DSPC MLV, (e) EPC ssLip,
(f) DSPC ssLip. GCL: ganglion cell layer, IPL: inner plexiform
layer.
ずれの測定時間においても、DSPCssLip が最高値を示し、
また、MLV リポソームの場合は、いずれの時間において
もほとんど蛍光が観察されなかった。また、ssLip の場合、
点眼後 30 分でピーク値を示し、その後は急激な蛍光強度
の低下が認められた。これらの経時変化に関しては、今後
Fig.1 に示すように、EPC を用いた ssLip をマウスに点
眼投与したときに比べて DSPC を用いた ssLip を点眼投与
さらに検討をする必要があると考えている。
角結膜上皮細胞を用いたリポソームの安全性評価では
したときの方が網膜においてより強い蛍光が観察された。
細胞生存率の顕著な低下は認められず、リポソームは安全
DSPC は EPC より脂質二重膜としての相転移温度が高く、
性の高いキャリアーであることが示された。
一般にはその脂質膜構造が rigid であるとされている。す
以上の結果は、点眼による後眼部への薬物送達が可能
なわち、同じサブミクロンサイズリポソームであっても
であることを強く示すものである。本年度の検討により後
rigid なリポソームの方が後眼部送達機能が高いことを示
眼部薬物送達を目的とした点眼用薬物微粒子キャリアー
唆している。
の設計に関して、サイズ、硬さというファクターが重要で
我々の研究室では、サブミクロンサイズのリポソーム
あるという設計指針を明確にすることができた。後眼部へ
のこの rigidity(硬さ)を AFM を用いたリポソームの形状
の移行過程に関しては、まだ明確な実験結果は得られてい
観察に基づいて表現できることを明らかにしている。すな
ないが、全眼に関して蛍光顕微鏡観察を行うと、角膜付近
わち、AFM 観察のために基板上に固定された時点で、柔
の透過は認められず、結膜近傍での高い蛍光が観察されて
らかいリポソームは変形し、測定される粒子径(高さ方向)
おり、前眼部から徐々にリポソーム粒子が移行しているこ
が減少すると考えられる。従って、別途液中で動的光散乱
とが示唆されている。さらに検討を加え、この移行メカニ
法により測定した粒子径と比較することにより、この変形
ズムは明らかにしていきたい。また、実際の薬物封入リポ
度を評価し、変形が大きいものを柔らかい粒子と判定する
ソームでの後眼部移行性評価も開始しており、本微粒子キ
ことができる。本手法を用いて今回検討したリポソームの
ャリアーの薬物治療における有効性がより明らかになっ
硬さ評価を行ったところ、Fig.2 に示すように、リン脂質
ていくことが期待される。
として EPC を用いた ssLip では潰れた形状が観察され硬さ
指標値は小さくなり、DSPC を用いたリポソームでは半球
状の粒子が観察され、硬さ指標値は増大し、rigid な粒子
であることを明確にできた。
謝辞:本研究の実験に中心的に携わった製剤学研究室廣中
耕平君、薬効解析学研究室井口勇太君、種々ご協力いただ
いた嶋澤雅光准教授(薬効解析学)、戸塚裕一准教授(製
剤学)の各位に感謝します。