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乳幼児健診での心のケア
∼心
独演∼
目次
2 3 7 10 12 17
はじめに
1 矢口る
2 見る
3 聴く
4 伝える
5 支え合う
災害後の乳幼児健診
特別寄稿「震災雑感」
曽我 睦(曽我内科こどもグ」ニック)
19
イラスト:堀口 干恵
表紙イラスト:白石 歩
はじめに
未曾有の大震災に直面し、すべてを失い絶望の淵から立ち
上がれない家族がいる。一方で、少しずつではあるものの以
前の生活を取り戻そうとしている家族も少なくない。人を応
援し勇気付けることができるのは、やはり人の言葉であり行
動であったと強く感じさせられた。
子どもの心の安定を図るには、土台となる家族の安定が欠
かせない。乳幼児健診が災害時に情報伝達ばかりでなく、子
どもや保護者の心のケアの場として重要であることは、これ
までも知られていた。健診という日常をいち早く取り戻し、
体に触れながら大丈夫だと伝えるとともに、心に蓋をしない
でよいことを、思いを受け止めてくれる場があると伝えるこ
とを関わるすべての者が心がけた。そして、それを実感でき
た方から、子どもや家族にとって大きな支えになったとご評
価いただいた。今回の経験から、乳幼児健診を充実させるこ
とは、災害時のみならず、子どもの心の成長につながる家族
支援・子どもの発達支援へと広がっていく可能性があり、重
要なことだと再確認した次第である。
ご支援いただいた方々への感謝の気持ちは言葉では表せな
い。この冊子がこれからの健診に、従事するスタッフに、い
くらかでもお役に立てれば望外の幸せである。
五十嵐小児科・∪歯科 今 公弥
声=力
1知る一従事するにあたって∼
乳幼児健診(乳幼児健康診査)とは
乳幼児健診は母子保健法のもと、市町村が主体となり、1歳6か
月児と3歳児を対象に実施されています。
1歳6か月
3歳児
(1歳6か月を超え満2歳に達しない幼児)
(満3歳を超え満4歳に達しない幼児)
・身体発育状況
・身体発育状況
・栄養〕犬態
・栄養〕犬態
・脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無
・脊柱及び胸郭の疾病及び異常の有無
・皮膚の疾病の有無
・皮膚の疾病の有無
・歯及び口腔の疾病及び異常の有無
・眼の疾病及び異常の南無
・四肢運動障害の有無
・甘,鼻及び咽頭の疾病及び異常の有無
・精神発達の〕犬況
・歯及び口腔の疾病及び異常の南無
・言語障害の有無
・四肢運動障害の有無
・予防接種の実施状況
・精神発達の状況
・育児上問題となる事項
・言語障害の南無
・その他の疾病及び異常の南無
・予防接種の実施〕犬況
・育児上問題となる事項
・その他の疾病及び異常の有無
3
この他自治体によって、1歳児、2歳児、5歳児などを対象と
した健診が行われている場合もあります。
実際の流れや受診者数などは、各自治体によって
違いがあります
従事する自治体の健診について、まずは〟矢口る′′ことから始めます。
オチェックポイント
ロ実施する場所・会場のレイアウトは?
ロー回あたりの対象人数は?
ロスタッフの職種・人数は?
口健診の流れは?
□健診後のフォローアップ体制は?
口問診票の構成は?
健診は・・・
子どもの疾病やリスクの発見の場というだけでなく、〟健康
なそだち〟を認めていく場にもなります。
親にとっては日頃の育児のがんばりや子どもの成長を認め
てもらえる場、つまり『子育て支援としての健診』という側
面もあります。
乳幼児健診の実際
1歳6か月児健診の例
②計測 ⑥内科診察
l①受付l (看護師) 諾デ両●看
③ ⑦
問 事
診 後
( 指
待合スペース 窪警
(保育±) 撃提
師
)
/ ☆必要な児には問診後、随時栄養相談(栄養士)、心理相談(心
実施
誤 ④歯みがき指導 ⑤歯科診察 桑 (歯科衛生士)(歯科医・
l 歯科衛生士)
ス
5
乳幼児健診における心理士の動き
□健診中の行動観察(見る)
□親からの話、保健師等スタッフからの情報の集約(聴く)
見立て
□親に対しての助言・メッセージ(伝える)
□親とリソース・親と子の橋渡し(繋ぐ)
カンファレンス
ロフォロー体制の構築(支え合う)
2 見る∼観察のポイント∼
健診では、親子一組ずつをじっくりと行動観察したり面接する
余裕はありません。それでも、親子の関わり方が良く見える場面
はたくさんあります。健診の流れに沿って、様々な場面で親子の
関係性や、子どもの発達に関して情報を集め、個別の理解に役立
てていくことが大切です。ここでは代表的な場面をとりあげて観
察のポイントをみていきます
一組ずつの親子の様子が見られる場面です。
子どもの様子
・嫌がる
親の対応
・早くして!イライラ
・不安そう
・子ともがやるのを見守る
・がんばろうとする
・先回りして手を出す
・物怖じしない
・「できたね!」とほめる
脱ぎ着するとき、計測、終わった後、子どもの様子はどうでしたか?
その時の保護者の対応、それに対する子どもの反応にも着目します。
待合いスペ
−ス
絵本の読み聞かせやエプロンシアターなどの
お楽しみプログラムは、参加者全体が見渡せ
る観察ポイントといえます。
子どもの様子
・活動性
親の対応
・子どものペースへの合わせ方
・他の子への関心の持ち方
・目配りの程度
・母を基地としているか
・声のかけ方
・遊びかた
騒がしい子ともばかりが目につきやすいかもしれませんが、それだけ
でなく、親子の関わりの量や質にも目を向けてみます。
忍
事後指導
保健師と母親が話をしている間、子どもは待ってい
ます。子どもの待ち方とその時の母親の様子が見ら
れます。
子とも
・母を基地としているか
親
・分離不安
・子どもが待てない時の対応
・子どもへの目配りの有無
・待てるか(見通す力)
・親の気をひく程度は
日ごろ家事や他のきょうだいの世話など、その子ともだけに目を向けて
いられない時の様子や親子関係を垣間見ることができるかもしれません。
その他にも、様々な観察場面があります。自分の観察しやすい
〟my観察ポイント〟を見つけましょう。
また、いずれの場面でも、まずその年齢でよく見られる行動像
をおさえておきます。例えば、同じ〟落ち着きがない行動〟でも、
1歳6か月児と3歳児ではとらえ方に違いがあるでしょう。
与、)
3 聴く∼親の気持引こよりそって∼
保護者がより気持ちを言葉にしやすい場の設定を考えます。また、
実際に心理士が健診場面でどのような相談を受けることが多いのか
紹介します。
匝重要‥・相談スペース(相談室や相談ブース)での相談
メリット
デメリット
・プライバシーの確保
・スペースが必要
・相談の枠組みが明確
・拒否的な親の抵抗感高い
匪塾頭…待合いスペースなど心理士が保護者の傍へ出向き相談
メリット
デメリット
・親が気軽に話せる
・プライバシーが保たれに
・待ち時間の有効活用 ・子どもが遊んで待てる くい
☆相談内容や保護者のニーズに応じて個室型と寄添い型を使いわける
こともあります。
☆あらかじめ個室や相談スペースが準
備されていない場合もあります。
空き部屋や空きスペースが確保でき
るか他のスタッフと検討するなどし、
より良いあり方を探ります。
主な相談内容
1歳6か月児
・落ち着きがない
・遊びなどで一つのこと
に集中しない
・言葉が出ない
・卒乳についての悩み
・仕事と育児の両立(職
3歳児
・トイレトレーニング
・自己主張が強い
・イライラして子どもに
あたってしまうことへの
自責感
・赤ちゃん返り(弟妹の
場復帰や再就職)
・かんしゃく(だだこね、
誕生)
かみつきや頭打ち)
選び
・集団(幼稚園・保育園)
・集団適応(乱暴・落ち
着きがない・引込み思案
など)
・クセ(指しやぶりなど)
・言葉が遅い
そのほか共通するものとして、育児以外の保護者のストレス(経済
的問題や人間関係)、兄弟関係、しつけに関する家族間での価値観の違
いなどについても、多く聞かれます。
管
4伝える一育児に活かせるメッセージを∼
育児は想像していたよりも大変で、イライラしたり、迷い・悩むこ
ともあるけれど、健診をきっかけに「うちの子、こうだったんだ」「こ
んなふうにやってみよう」「ここは、やれていたんだ」というように、
親の気づきゃ再確認が得られる伝え方を心がけます。
たとえば・・・
イライラして子どもにあたってしまうと自分を責める親に‥・
イライラするのはあたりまえ。ついあたってしまうこともあるかもし
れないけれど、気持ちに余裕があるときにどのように向き合えるかでお
子さんの受け止め方も違うかもしれませんよ。
たとえば、寝る前に本を読んであげたり・・・
朝起きたら、ギュッとハクしてあげたり・・・
あたるだけでなく、きちんと愛情を注げる自分に気づけたら、向き合
う元気がでますね。
もし、どうしてもあたりすぎてしまう
なら、サポートしてくれる社会資源を使
うこともよいやり方です。
保育所の一時預かりや子育てサポート
センターなどの具体的な情報を提供した
り、保健師へつないで親が孤立すること
のないよう、支援します。
遅れがあり、不安と認めたくない気持ちで揺れている親に‥・
「だいじょうぶですよ」「様子をみましょう」などその場かぎりの言葉
をかけることは簡単ですが、母親が気づさを得るチャンスを逃してしま
うことにもつながります。
かといって遅れをつきつけるだけでは、不安をあおるだけになってし
まいます。
どのような課題があるかを共有し、家庭でどのようなかかわりができ
るか、いつごろまで、何に着目して様子をみたらよいかを伝えられると
よいでしょう。
療育機関の利用が望ましい場合などは、保護者の気持ちや、養育環境
(保護者の就労状況や、他の親族の考え、他の問題の有無)なども確認
しながら、丁寧にすすめていきましょう。場合によって、時間のかかる
こともありますが、親の気持ちに丁寧に寄り添っていくことを大切にし
ていきます。
個別相談の対象とならない親子でも、その親子の強みやユニークなと
ころ、素敵だなと思うものに気付いたら、それを言葉にして伝えます。
問題の発見だけでなく、ケアの視点で関わることを心がけます。
親とリソースをつなぐ伝え方
親の気持ちに寄り添うだけでなく、子育て支援サービスや医療機関など
についての具体的な情報を提供することが役立つ場合もあります。保健師
を始め、他のスタッフが持っている情報が役立つと判断された場合には双
方にそのことを伝え、橋渡しをします。
そして…親と子をささやかに繋ぐ
親子がいるときに、心理士が子どもの気持ちをさりげなく口にしたり、
子どもの頑張りを〝親に聞こえるように〝子どもに伝えることで、親は普
段気づかない子どもの気持ちに気づくことができるかもしれません。また、
子どもの行動の意味を伝えることで子どもの行動が今までより理解できる
こともあるでしょう。
例えばどのような場面なのでしょうか。二つの事例を紹介します。
]_4
事例1∼ケンくん(3歳児健診)∼
計測の時、不安そうにしていたケンくんですが、スムーズに計測を終え
ました。妹をおんぶしたお母さんは「終わった終わった!」とばかりに次
のコーナーへ移動しようとします。しかしケンくんは身長計のそばに立っ
たまま。見ると自分で自分の頭をなでるようなしぐさをしています。
「泣かずに頑張ったもんね。なでなでね。」と心理士が声をかけるとお母
さんは、「そつか、ごめんごめん。えらかった。」とケンくんのそばに行き
頭をなでてあげました。
ケンくんは満足そうな顔で自分から服を着始めました。
それを見たお母さんは「3才でもまだいい子いい子、してほしいんです
ね。」と言い、笑顔でケンくんの着替えを眺めていました。
二二と.=十三 ̄
事例2∼シンくん(1歳6か月児)
事後指導の時、シンくんは待合いスペースを走り回って遊んでいま
した。お母さんは「いつもこんな風に落ち着きがないんです。どこか
おかしいのでしょうか?」と保健師に相談し、心理士の個別相談につ
ながりました。
お母さんは「『多動』というのはうちの子みたいな子のことを言うの
ではないかと心配で。いつも目が離せないし。」と心配そうです。
しかし、保健師の話ではシンくんは問診の時には座って課題が終わ
るまで取り組めたそうです。待合いスペースでの手遊びの時も、特に
目立つ様子はありませんでした。
心理士はお母さんに次のように伝えました。「課題や手遊びのように
やるべきことがある時はちゃんとできていましたよね。やることが明
確でない時には手持ちぶさたになってしまうのかもしれません。この
年齢では、長時間何もせずに待っているのはまだ難しいと思いますよ。」
そして、待合いスペースでの様子も見ながらお母さんに伝えます。「今
もお母さんが呼ぶと戻って乗ました。ちゃんとこちらにアンテナを向
けていますよね。それに呼んでからしばらくは近くにいました。遊び
たくても我慢して待っていてくれたと思います。」お母さんは、「ただ
チョDチヨDしていると思っていましたけど、そう言われるとそうか
もしれない。」と、ほっとした表情をみせました。
5 支え合う∼カンファレンスとフォ。一体制∼
親子が帰った後、健診に従事したスタッフでカンファレンスをもち
ます。カンファレンスは単なる報告の場ではなく、多職種の意見を調
整し、支援が必要なケースへの対応を考えていく場でもあります。
例えば、発達障害が疑われる児に対して、保健師の指導時や問診の
状況、心理士の観察や保護者からの相談内容、保育士とのやりとり、
偏食などの栄養面、診察時の様子などの様々な情報を元に、だれが、
どのタイミングで、どのような支援をしていくことが最良であるかを
検討していきます。
また、ケースへの対応だけでなく、親御さんたちのために適切なサ
ポートを提供する支援者側も、常にセルフケアは必要です。分かち合
いと相互理解の機会を設けることで職場集団の予防的な機能が向上し
ます。
専門性による価値観の違いもあると思いますが、それをうまく活か
していくことができるよう心がけます。
スタッフそれぞれが〝点〟で支えるのではなく、共働して〝面〟で
支えていくことで、親子にとっても、
支援者にとってもより良い方向がみえ
てくることでしょう。
災害後の乳幼児健診
災害後の乳幼児健診で、私たちはどのような状況に直面するでしょ
うか。2011年3月に起きた東日本大震災を振り返りました。
早いところでは、震災の2週間後に健診を再開した市町もあれば、
2か月以上たってようやく実施できたところもありました。
電気や水道などのライフラインが復旧していない場合、機器の使
用や空調、トイレなどの問題があります。
沿岸部では母子手帳や台帳が流出し、情報がない中での健診となっ
たところもあります。
再開後は、まずは健診に来てもらうこと、状況を確認することが
中心でした。個室での構造化した相談にこだわらず活動しましたが、
なかには深刻な相談(育児を手伝ってくれていた親族を亡くしたこ
とや、そのことをどのように子どもに伝えたらよいかなど)もあっ
たため、そういった場合では個別のスペースで、ゆっくり静かに話
を聴くなど、臨機応変な対応を心がけました。
スクリーニングのために「親子心のケア アンケート」を実施し、
その内容を見て心理相談につなげるなどの工夫も行いました。
心理士は自治体に常駐していないことが一般的です。心理士自身
がタイムリーな介入を行うだけでなく、保健師を始めとする常勤ス
タッフが支援を続けるためのコンサルテーションや、スタッフがつ
ぶれないよう、支援者自身がケアされても良いという感覚をもてる
よう後方支援していくことも大切であると感じました。
且爵
☆特別寄稿∼震災雑感∼
曽我内科こともクリニック 曽我 睦
このたびの東日本大震災後早期から′小児科医会ならびに心理士会
の皆様のご協力を得て′乳幼児健診における心のケア事業を展開する
ことができたことを′心から感謝しております。
私は名取市で開業して10年経とうとしていた矢先に今回の震災に
あった。診療所・自宅ともに床上浸水′敷地内は流れ着いた華やがれ
さで埋め尽くされた。当日は患者さんの助言があり津波を見ることな
く避難したが.帰宅できず名取市の急患センターでの診療′仙台での
避難生活が始まった。スタッフの協力のもとに′元の場所で5月から
診療を再開することができた。
診療所再開当初「家もベイブレードもすべて流された。」と泣いてい
た児がいた。「でも皆無事で良かったよ。ベイブレードはまた集めてい
こうよ。」と言ってはみたものの′それでよかったのだろうか・‥。離れ
た仮設住宅に住むその児には会っていない。二児を震災で亡くした母
は′その後児を授かった。当院へ来てくれている。「うえのお姉ちゃん
に似ているね。」お互いにしかわからないことを共有している気がする。
名取市の乳幼児健診において.児の相談は′当初は夜泣き・一人を
怖がる・小さな揺れにびくびくするなどの訴えが多かった。現在は児
の発達に関する相談が増えている。保護者の相談は′肉親を失った悲
二二.三.
しみ・家や仕事を失った不安が多かったが′最近は生活環境や家族構
成の変化に対するストレスからくる身体の不調を訴える件数が増えて
きているようだ。福島県からの転入者も多く′県内の被災者とは違う
苦労に胸が痛む。
さて私は名取市の住居の修理を終え′二年ぶりに我が家へ戻ってき
た。仙台での生活は不自由のないものだったが′なぜか落ち着かず自
分の生活に違和感を感じる毎日だった。戻ってみて「帰る家のある私
はなんて幸せなのだ。」と感じた。帰ることのできない人々が多い現実
は大変なことだと思う。常にストレスにさらされているのではないだ
ろうか…。違和感を感じているのではないだろうか…。
復興二年目。風化させてはいけないし′これからが戦いの始まりの
気がしてならない。
侵
︵感
へ
√
/′
・﹂
\ ヽ
ノヽ.■
MEMO =
『1
」とコ」L
MEMO =
22
日本/宮城県小児科医会 乳幼児健診 心のケアチーム
川村 素子 五十嵐小児科(臨床心理士)
西澤 由佳子 五十嵐小児科(臨床心理士)
樋口 広思 (社)からころステーション(臨床心理士)
青木 紀久代 お茶の水女子大学(臨床心理士)
〇本冊子は日本心理学会 第2回〟東日本大震災からの復興のための実践活動及び
研究〝からの助成を受けて作成されました。
作成者:
日本/宮城県小児科医会 乳幼児健診 心のケアチーム
本冊子の問い合わせ先: kosodateshien.cp@gmail.com
発行:平成25年9月