07P260_山崎 好聡

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究
アミノ酸及びアミノ酸エステルの気相塩基性度の
計算と MALDI データの再解析
Reanalysis of MALDI data measured for amino
acids and their methyl esters based on computed
gas-phase basicities
薬品物理化学研究室 6 年
07P260
山崎 好聡
要 旨
医薬品の薬効は、薬を病巣部の標的部位に選択的に運び結合させることにより効
果を現す。従って、疾患の原因となるホルモンの受容体の異常などの病巣部位の構
造がわかれば、より薬効を高めたり、副作用を軽減した医薬品をつくることができる。生
体の構造解析に最も有力な手法の 1 つが MALDI 法である。MALDI 法はマトリック
スと試料の混合物にレーザーを照射することで試料を壊さずにソフトにイオン化する質
量分析手法で生化学や医療の分野などで広く使われている。しかし、MALDI 法のメ
カニズムは完全には解明されていないのが現状である。メカニズムが詳細に解明され
れば、より高感度・高分解能の分析が可能になり、病気の診断精度や創薬研究効率
が更に向上し医療の発展に貢献すると思われる。私たちの研究室では、マトリックスと
試料(アミノ酸)の混合物にレーザー照射した時に観測できる気相塩基性度 GB(gas
phase basicity)に着目している。私たちの研究室では以前、2 つのマトリックス CHCA
と 2.5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)及び、10 種類のアミノ酸を用いて、様々な混合比
におけるマトリックス MALDI-MS のスペクトルを測定し、プロトン化モデルの検証を行
った。しかし、その時は GB(アミノ酸メチルエステル)のデータがなかったので、
([S]/[M])0e(アミノ酸)は GB(アミノ酸)でプロットしたが、([S]/[M])0e(アミノ酸メチルエ
ステル)も GB(アミノ酸)でプロットしていた。そこで私は、10 種類のアミノ酸について
Gaussian09 を用いて GB(アミノ酸)と GB(アミノ酸メチルエステル)を計算し、側鎖の
影響によるプロトン化効率について調べた。
その結果アミノ酸とアミノ酸エステルには、有意な GB の差があることがしめされた。従
ってアミノ酸エステルの解析にはアミノ酸エステルの GB 値を用いることが不可欠であ
ることがわかった。
キーワード
1.MALDI
2.アミノ酸
3.アミノ酸メチルエステル
4.気相塩基性度
5.Gaussian09
6.SA(amino)
7.SA(amino-ester)
目 次
1.はじめに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
2.各アミノ酸とアミノ酸メチルエステルについての GB 計算
3.各アミノ酸とアミノ酸メチルエステルについての結果
・・・・・・・・・・・ 2
・・・・・・・・・・・・・・・ 3
4.アミノ酸およびアミノ酸エステル GB の計算値を用いた再解析
5.おわりに
謝 辞
・・・・・・ 4
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9
引用文献
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
1.はじめに
現在、MALDI 法は構造解析に最も有力な手法の 1 つとして使用されている。その
理由は、MALDI 法はマトリックスと試料の混合物にレーザーを照射することで、ソフト
にイオン化することができ試料を壊さずに分析ができるためである。しかし、MALDI
法のメカニズムは完全には解明されていないのが現状であり、メカニズムが詳細に解
明されれば、より高感度・高分解能の分析が可能になり、病気の診断精度や創薬研究
効率が更に向上し医療の発展に貢献すると思われる。
MALDI 法の原理は、測定したいサンプルとマトリックスの混合試料にレーザーを
照射する。レーザー照射により混合試料は加熱し気化したマトリックスとサンプルが気
相中へ放出され、MALDI プルームと呼ばれる分子集団を形成する。MALDI 法での
試料イオン生成プロセスは、「レーザー照射による脱離」、「レーザー光による一次イオ
ン化プロセス(マトリックス剤のイオン化)」、「イオン分子反応による二次イオン化プロセ
ス(試料のイオン化)」の三段階に分けることができる[1]。MALDI プルーム内でマトリ
ックスがイオン化する一次イオン化プロセスが起こり、プロトン化マトリックス(MH+)とラジ
カルカチオン(M+)が生成する。そして、一次イオン化プロセスで生じたマトリックスイオ
ン(MH+)とサンプル分子(S)の分子間反応でサンプル分子がイオン化する二次イオン
化プロセスが起きる。ここでは、主にカチオン化サンプル分子([ S + C ]+)、ラジカル化
サンプル分子(S+・)、プロトン化サンプル分子(SH+)の 3 種類の正イオンが形成される。
MALDI-MS スペクトルではプロトン化されたサンプル分子(SH+)が主に観測されるピ
ークであるため、プロトン移動反応(1)が重要であると考えられる。
MH+ + S
M
+ SH+
(1)
式(1)の反応は熱平衡状態に達した MALDI プルームの中で起こり、プロトンはプロ
トン化されたマトリックスからサンプルに移りプロトン化サンプルになる。SH+の生成量
はサンプルの気相塩基性度 GB(gas phase basicity)とマトリックスの GB に依存する
と考えられ、GB(S)と GB(M)が増加するほどサンプルのプロトン化の効率も良くなる。
1
私たちの研究室では以前、2 つのマトリックス CHCA と 2.5-ジヒドロキシ安息香酸
(DHB)及び、10 種類のアミノ酸を用いて、様々な混合比におけるマトリックス
MALDI-MS のスペクトルを測定し、プロトン化モデルの検証を行った。その際、プロト
ン化効率の指標として([S]/[M])0e を用いている。しかし、その時はアミノ酸エステルの
GB のデータがなかったので、プロトン化の効率と関係がある([S]/[M])0e(アミノ酸)の
値は GB(アミノ酸)でプロットしたが、([S]/[M])0e(アミノ酸メチルエステル)も GB(アミノ
酸)でプロットしていた。すなわち、エステルについては、本来の GB でプロットできて
いないことになり、エステルについてはプロトン化モデルを実証できているとは言い難
い。そこで私は、10 種類のアミノ酸について Gaussian09 を用いて GB(アミノ酸)と
GB(アミノ酸メチルエステル)を計算し、側鎖の影響によるプロトン化効率について調
べ、さらに aminoGB-SAlog(amino)と aminoGB-SAlog(amino-ester)との相関性と、
今回計算したアミノ酸メチルエステルの GB のデータを加えた aminoGBSAlog(amino)と amino-esterGB-SAlog(amino-ester) の相関性をプロットした。
2.各アミノ酸とアミノ酸メチルエステルについての GB 計算方法
アミノ酸およびアミノ酸エステルの計算を行うにあたって Gaussian09[1]を使用した。
計算方法は DFT 法の B3LYP、基底関数は 6-31G+d に設定した。アミノ酸 Gly、Ala、
Lys、His、Trp、Phe、Arg、Ser、Leu、Ile 10 種類、およびそのメチルエステル体に
ついて計算し結果を表 1 にまとめた。アミノ酸、プロトン化アミノ酸、アミノ酸メチルエス
テル、プロトン化アミノ酸メチルエステルの Sum of electronic and thermal Free
Energies の値は、Gaussian09 の result から*out *log File を開き、標準状態
(298K)における Sum of electronic and thermal Free Energies の値(Hartree)を
読み取った。さらにアミノ酸とプロトン化アミノ酸の差、アミノ酸メチルエステルとプロトン
化アミノ酸メチルエステルの差は GB に対応しており、その値に 2625.49962 を乗じて
kJ/mol に変換した。なお、最適化計算における初期構造は、文献を参考にした。
[2-7]
2
3.各アミノ酸とアミノ酸メチルエステルについての結果
表 1 ([S]/[M])0e の値
GB /kJ mol−1
S
(実験データ)
([S]/[M])0e
S/SA
GB /kJ mol−1
(計算データ)
GB /kJ mol−1
SOMe
DFT.6-31G+d
(計算データ)
ΔGB
DFT.6-31G+d
Gly
852.2
1.1×101
865.5
GlyOMe
885.3
19.8
Ala
867.7
2.5
892.1
AlaOMe
913.8
21.7
Leu
880.6
3.4
903.4
LeuOMe
919.9
16.5
Ser
880.7
1.1
899.4
SerOMe
914.3
14.9
Ile
883.5
4.1×10−1
907.7
IleOMe
924.0
16.3
Phe
888.9
3.0
918.7
PheOMe
935.3
16.6
Trp
915.0
8.4×10−2
936.6
TrpOMe
983.6
47.0
His
950.2
1.1×10−1
973.2
HisOMe
980.0
6.8
Lys
951.0
1.1×10−1
1044.3
LysOMe
1053.4
9.1
Arg
991.6
2.0×10−3
1044.9
ArgOMe
1067.3
22.4
各アミノ酸 GB の値は、全てにおいてアミノ酸よりもアミノ酸メチルエステル体の方が大
きくなっている。これは、分子のサイズが大きくなったことによるプロトン化イオンの安定
化に起因すると考えられる.
アミノ酸の GB の計算結果は、実験値よりも一律約 2%ほど大きく計算された。これ
は、計算値としては一般的な結果であり、アミノ酸としての相対的な値には問題はない
といえる。
また各アミノ酸とアミノ酸メチルエステルの GB の差(ΔGB)を見ると、Trp の値が大き
く増加した。これは Trp が側鎖に環状構造を持っているために、他のアミノ酸よりも水
素結合と疎水性相互作用による分子内相互作用が大きく、カルボキシ基による安定性
が通常のアミノ酸よりも大きいからだと考えられる。あるいは、インドール環によるプロト
ン電荷の安定化も考えられる。
塩基性アミノ酸である、His、 Lys においは、他のアミノ酸と比較してエステル化に
よる GB の増加率が小さい.これは、His、Lys においては、プロトン化が側鎖でおこり、
アミノ基の分子内水素結合の度合いが安定性を決定しているという、塩基性アミノ酸特
有の性質に由来すると考えられる。
3
このように、図 1 からアミノ酸とアミノ酸エステルには、有意な GB の差があることがし
めされた。すなわち、アミノ酸エステルの GB を用いて再解析を行うことに大きな意味
があるといえる。
4.アミノ酸およびアミノ酸エステルのGB計算値を用いた再解析
これまでのアミノ酸およびアミノ酸メチルエステル体の実験データを,計算で得たア
ミノ酸 GB のデータを aminoGB-SAlog(amino)と aminoGB-SAlog(amino-ester)と
の相関性をプロットしたグラフを図1に表した。また、今回計算したアミノ酸メチルエステ
ルの GB のデータを加えた aminoGB- SAlog(amino)と
amino-esterGB-SAlog(amino-ester) の相関性を表したプロットを図 2 とした。新た
にプロットした図 2 を図 1 と比較すると、明らかに線形関係が改善したことが見て取れる。
この線形関係は、熱平衡モデルに従うと、次の式
(2)
に対応する。すなわち、
0
 [S ] 
  0
ln
 [M ]  e
(3)
GB(M)  GB(SA)
(4)
となるとき、
となる。また,直線の傾きが 1/RT に対応する。
フィッティングの結果、図 1 では、
(27.567±3.73) - (0.0308±0.0040) GB(M)
図2では
(25.736±5.77) - (0.0285±0.0062) GB(M)
となった。これらから、SA の GB を求めると、895.7kJmol-1(図 1)が 902.9 kJmol-1
(図2)となった。量子化学計算による結果と実験値との誤差をグリシンの値を用いて補
正するため、補正係数として 865.2/852.2=1.0156 をもちいると、それぞれ、889.0
kJmol-1 と 881.9 kJmol-1 となった。文献値は 867kJmol-1 程度 8)と報告されており、
4
図 1,2 のどちらの値よりもすこし大きめとなる。しかし、マトリックス剤の GB の精度はい
まだ高くなく、図 1 から 2 において改善したか否かは判断すべきでない。
フィッテングの度合いを、χ2 値で比較すると、アミノ酸のGBのみを用いた図1では
χ2 = 20.0、アミノ酸とアミノ酸エステルの GB を用いた図 2 ではχ2 = 10.6、であっ
たので、約 2 倍改善している。すなわち、アミノ酸エステルの GB を用いた方が、熱平
衡モデルによく従うといえる。これは当然のことであるが、熱平衡モデルの信頼性を支
持する結果と評価できる。
アミノ酸
アミノ酸エステル
2
ln ([S]/[M])0e
0
-2
-4
850
900
950
-1
GB/kJmol
1000
1050
図1: GB(amino)-log(amino)・・GB(amino)-log(amino-ester)
5
アミノ酸
アミノ酸エステル
2
ln ([S]/[M])0e
0
-2
-4
900
950
1000
-1
GB/kJmol
1050
図2: GB(amino)-log(amino)・・GB(amino-ester)-log(amino-ester)
5.おわりに
MALDI 法における信号強度を定量的に取り扱うために、アミノ酸とアミノ酸エステ
ルを試料として本研究室でえられたデータを再解析した。再解析には、GB が不明な
試料について量子化学計算によって GB を計算することにより、プロットをし直した。具
体的には、アミノ酸 GB に加え、これまでデータがなかったアミノ酸メチルエステルの
GB データを Gaussian09 を用いて計算した。これにより、aminoGB- SAlog(amino)
と amino-esterGB-SAlog(amino-ester)の相関関係が、MALDI におけるプロトン化
6
モデルで示された線形性により近くなった。現在の量子化学計算の精度はかなり向上
しており、本論文のような手法により、GB が不明な分子種のデータも蓄積してプロトン
化モデルの解釈に役立てると考えられる。
7
表 1. 各アミノ酸及びアミノ酸エステルの最安定構造
8
9
表 2. 各アミノ酸及びアミノ酸エステル GB データ
DFT6-31+G
DFT6-31+G
DFT6-31+G
DFT6-31+G
Gly
-284.388723
GlyH+
-284.718364
GlyOMe
-323.658536
GlyOMeH+
-323.995726
Ala
-323.681729
AlaH+
-324.021493
AlaOMe
-362.961734
AlaOMeH+
-363.309772
Leu
-441.546164
LeuH+
-441.890236
LeuOMe
-480.82568
LeuOMeH+
-481.176041
Ser
-398.893254
SerH+
-399.2358
SerOMe
-438.173854
SerOMeH+
-438.522081
Ile
-441.543803
IleH+
-441.889516
IleOMe
-480.823445
IleOMeH+
-481.175371
Phe
-554.664752
PheH+
-555.014661
PheOMe
-593.943899
PheOMeH+
-594.300144
Trp
-686.211444
TrpH+
-686.568188
TrpOMe
-725.478902
TrpOMeH+
-725.853533
His
-548.668145
HisH+
-549.038815
HisOMe
-587.948571
HisOMeH+
-588.321841
Lys
-496.873033
LysH+
-497.247324
LysOMe
-536.153204
LysOMeH+
-536.514334
Arg
-606.380459
ArgH+
-606.778432
ArgOMe
-645.395168
ArgOMeH+
-646.060976
謝 辞
本研究を行うにあたり、直接の御指導を頂いた新潟薬科大学薬学部薬品物理化学
研究室教授星名賢之助先生に深く感謝いたします。
10
引
用
文
献
1. Frisch,M.J.;Trucks,G.W.;Schlegel,H.B.;Scuseria,G.E.;Robb,M.A.;Cheese
man,J.R.;Scalmani,G.;Barone,V.;Mennucci,B.;Petersson,G.A.; et al.
Gaussian 09 ,Revision A.l; Gaussian, Inc.:Wallingford,CT(2009)
2. S.Gronert,and R.A.J.O’Hair J.Am.Chem.Soc.117,2071-2081(1995)
3. Y.Lee,J.Jung,B.Kim,P.Butz,L.C.Snoek,R.T.Kroemer,and J.P.Simons
J.Phys.Chem.A.108,69-73(2004)
4. G.Gregoire,C.Jouvet,C.Dedonder,and A.L.Sobolewski J.Am.Chem.Soc.
129.6223-6231(2007)
5. B.Gao,T.Wyttenbach,and M.T.Bowers J.Phys.Chm.B
113,9995-10000(2009)
6. P.Skurski,M.Gutowski,R.Barrios,J.Simons Chemical Physics Letters337
143-150(2001)
7. J.A.Stearns,S.Mercier,C.Seaiby,M.Guidi,O.V.Boyarkin,and T.R.Rizzo
J.Am.Chem.Soc.129.11314-11820(2007)
8. K. Barylyuk, L. Fritsche, R. M. Balabin, R. Nicharz, and R. Zenobi, RSC
Advances, 2, 1962-1969.
11