腹腔鏡補助下に切除した成人上行結腸重複腸管の1例

〔症 例〕
腹腔鏡補助下に切除した成人上行結腸重複腸管の1例
小
山
良
太
河
島
秀
昭
吉 田
高
梨
節
二
樫
山
基
矢
石後岡
信
正
弘
Keywords:重複腸管,回盲部切除,腹腔鏡下手術
症例は 66歳女性。
4日前からの腹痛を主訴に
既往歴:鼡径ヘルニア術後。
当院を受診し,身体所見で右下腹部に圧痛を認
現病歴:4日前より腹痛出現あり,発熱も伴っ
めた。CT にて回盲部の石灰化リンパ節と上行
ていた。
腹痛は間欠痛で,
徐々に右下優位となっ
結腸と連続する間膜側への空間があり,壁の造
てきた。排 や 性状は異常なし。腹痛が改善
影を伴っていたため,大腸憩室穿孔疑いで入院
ないために当院救急外来を受診した。
精査加療となった。大腸内視鏡検査では回盲弁
入院時現症:身長 148cm,体重 49.8kg,BMI
より肛門側・間膜側に陥凹があり,周囲の炎症
22.60,体温 37.2℃,頭頸部・胸部・四肢に異常
所見と同部位より膿汁が認められた。注腸造影
所見認めず。腹部は平坦軟,右下腹部に圧痛あ
では内視鏡と一致する部位に造影剤の流入所見
り,腹膜刺激徴候を認めなかった。
を認めた。炎症が鎮静化したのち,腹腔鏡補助
入院時検査所見:CRP が 2.61mg/dl と軽度上
下回盲部切除を行った。病理所見では,上行結
昇あり,白血球数増加は認めなかった。他軽度
腸後壁側に重複腸管を認めた。リンパ節の石灰
の
化は陳旧性の骨化所見であり,慢性炎症が存在
記すべき異常所見を認めなかった(Table 1)。
したものと
入院時腹部造影 CT:回盲部に石灰化リンパ節
えられた。若干の文献的 察とと
もに報告する。
序
血を認める他は,腫瘍マーカーを含めて特
を認めた。上行結腸と連続する憩室様の空間が
文
あり,その境界は造影効果を伴っていた。正常
急性発症の右下腹部痛を主訴に当院救急外来
を受診した患者で,当初上行結腸憩室の間膜内
穿通を疑って腹腔鏡補助下に切除したが,病理
標本から上行結腸重複腸管と診断した一例を経
験した。若干の文献的
症
察とともに報告する。
例
Table 1 Laboratory data on admission
WBC
RBC
Ht
Hb
Plt
5000
349
32.9
10.9
20.5
/mm
×10 /mm
g/dl
%
×10 /mm
IU/l
IU/l
AST
23
ALT
20
LDH
194
主訴:右下腹部痛。
ALP
274
IU/l
IU/l
家族歴:特記事項なし。
T-Bil
0.4
mg/dl
患者:66歳,女性。
Cl
106
mg/dl
mg/dl
g/dl
g/dl
mEq/l
mEq/l
mEq/l
CRP
2.61
mg/dl
HbA1c
5.4
%
CEA
1.6
ng/ml
BUN
Cr
TP
Alb
Na
K
14
0.56
6.6
3.9
143
3.9
A case of duplication of ascending colon in an adult resected by laparoscopy-assisted surgery
Koyama, R.,Kawashima,H.,Yoshida,M .,Takanashi,S.,Kashiyama,M .,Ishigooka,M .:勤医協
中央病院外科
Vol. 35 31
北勤医誌第 35巻
2013年 12月
Fig 1 Abdominal contrast-enhanced CT on admission: Abdominal contrast-enhanced CT
reveals lymph node calcification in the ileocecal area (arrow)and large space continuating to the ascending colon (arrow head).
虫垂は描出された(Fig 1)。
菌薬を開始し腹痛と炎症は鎮静化傾向であった
入院時大腸内視鏡検査:回盲弁直上の間膜側に
ため,待機的に第 12病日に手術となった。
陥凹を認めた。周囲に粘膜の炎症所見を認め,
術式:腹腔鏡補助下回盲部切除術
陥凹入り口に白苔・膿栓を認めた。腫瘍性病変
手術所見:上行結腸が腹壁に癒着しておりこれ
は認めなかった。他部位に大腸憩室を認めな
を剥離。腹腔内は腹水なく汚染認めず高度の炎
かった(Fig 2)。
症所見は認めなかった。
注腸造影
(第3病日)
:上行結腸の腸間膜側に造
病理所見:上行結腸後壁側に 20×15mm の腸
影剤の流入を認めた(Fig 3)
。
軸方向に突出する腸管様の腔を認めた。組織学
入院後経過:以上より大腸憩室の間膜内穿通が
的には筋層を有し,粘膜は大腸粘膜であり,真
疑われた。他に鑑別診断として腸結核による潰
性憩室様の所見であった。回盲部のリンパ節は
瘍穿孔や急性虫垂炎の穿孔なども挙がった。抗
Fig 2 Contrast enema: Contrast draining into the
mesocolonic space beside the ascending colon
(arrow).
Vol. 35 32
Fig 3 Total colonoscopy on admission: Purulent
discharge (arrow head) was observed from a
depressed lesion to the direction of mesocolon
just above the Bauhin s valve.
腹腔鏡補助下に切除した成人上行結腸重複腸管の1例
に
類され,また,消化管との連続性から 通
性と非 通性に 類される。
発生部位は回盲部,
結腸,直腸,食道の順に多い。結腸直腸は管状
型が多く,回盲部では,特に回盲弁から 20cm
以内が多く,ここに認めるものはほとんどが非
通性の嚢状であるとされている。同部位に好
発するものとして,Meckel 憩室が鑑別診断と
して重要となるが,これは腸間膜対側に認めら
れることから鑑別される 。
Fig 4 Surgical specimen showing large depressed
lesion just above Bauhin s valve (arrow).
自験例は Ladd の3条件を満たしており,上
行結腸に存在していたことから,上行結腸重複
腸管といえる。回盲部に認めたリンパ節の石灰
石灰化しており陳旧性の骨化を認めた。悪性所
化は,繰り返す炎症所見を示唆しており,上行
見は認めなかった。また,結核を示唆する肉芽
結腸重複腸管炎を反復していたものと えられ
腫や乾酪性壊死の所見を認めなかった(Fig 4)
。
た。
術後経過は良好で,12日目に退院となった。
治療は,重複腸管の切除が原則となるが,隣
接する腸管と結構支配を共有していることと,
察
筋層を共有していることから,隣接腸管との合
重複腸管症は,先天性の消化管奇形であり,
併切除となることが多い。
これまでの報告では,
Ladd らによる定義が一般的に用いられてい
開腹による切除が多数であるが,最近は腹腔鏡
る 。すなわち,①内面を消化管粘膜で覆われて
(補助)下に切除されるケースが増加している。
いる,
②一層から数層の平滑筋層を伴っている,
梶原らによると ,1983∼2012年の範囲で腹腔
③正常消化管と隣接し,筋層を共有している。
鏡下に切除された症例は計 11例であり,
このう
以上の条件を満たすものをいう。また,血管支
ち8例が回腸に存在し,すべて部 切除となっ
配は隣接腸管と同一であり,腸間膜側に位置す
ていた。長山らは,S状結腸の管状 通型の重
ることが一般的である。
複腸管例に対して,自動縫合器を用い重複腸管
成因については諸説あり,発生に際して,原
のみを切除した症例を報告している 。自験例
始腸管の再疎通が障害されることによるもの,
は,病変が回盲弁の直上に存在し,腹腔鏡補助
内胚葉の 離が不完全なときに原腸から引き出
下回盲部切除を施行した。侵襲の面からは,重
される脊索障害によるものなどが
えられてい
複腸管のみの切除が望ましいが,今回は,病変
る。発生率は低く,剖検例の 0.02%と言われて
が回盲弁に隣接していたために回盲部切除が適
いる。15%に合併奇形が認められ,特に大腸重
当であったと思われた。
複症では,泌尿器の合併奇形が約 80%の認めら
結
れたとの報告がある 。小児期の発症が多く,成
語
人での発症はまれとされている。症状は特異的
上行結腸重複腸管に対して,腹腔鏡補助下回
なものはないものの,異所性胃粘膜に由来する
盲部切除を行った1症例を経験したため報告し
消化管出血や,腸閉塞,憩室炎,軸捻転,腸重
た。
積などがあり,また悪性腫瘍の合併例も報告さ
れており注意が必要である
。消化管重複症
は,形態から管状(tubular)と嚢状(cystic)
参
文
献
1) Ladd WE, Gross RE: Surgical treatment of
Vol. 35 33
北勤医誌第 35巻
2013年 12月
duplication of the alimentary tract: Enter-
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4) Najat M ourra, Najim Chafai, et al. Colorectal
例.日臨外会誌 68:116−120,2007.
duplication in adults:report of seven cases and
Abstract
We reported a case of 66 years old female, who visited our hospital with a complaint of
abdominal pain since 4 days ago. Physical exam showed right lower abdominal tenderness.
Because of large space with a wall enhancement continuating to the ascending colon and lymph
node calcification in the ileocecal area were found on computed tomography,temporarydiagnosis
as diverticular penetration into the mesocolon of the ascending colon was made. After admission,total colonoscopyrevealed a depressed lesion on the mesocolonic side of the ascending colon,
from which purulent discharge was observed. Barium edema result was consistent with the TCS
findings. Laparoscopy-assisted ileocecal resection was performed electively. Pathologically,
duplication of a colon was found on the posterior wall of the ascending colon and the calcification
of lymph node was suggestive of chronic inflammation. Postoperative course was fair. We
presented this case with some comments and discussion.
Vol. 35 34
腹腔鏡補助下に切除した成人上行結腸重複腸管の1例
Fig 6 Pathology shows true diverticulum involving
all layers of the wall of the colon.
Fig 5 Serial section of duplication of ascending
colon (arrow head).
Vol. 35 35