わが国在宅高齢者の主観的健康感とその経年変化に関する関連要因

論文要旨
論文題名
わが国在宅高齢者の主観的健康感とその経年変化に関する関連要因
および生存に関する研究
The relationships between subjective health and associated factors of aging
and survival of the community-dwelling elderly in Japan
学 修 番 号
0296053
学位申請者氏名 三徳 和子 印
(論文要旨)
WHOは新しい健康の定義としてSpiritualを含む健康概念を1999年の総会に提案し
た。また高齢者の国際生活機能分類では、心身機能,活動,参加および環境との関連
から構成されるモデルを提示している。高齢社会における今後の健康支援活動では,
いきがいや前向きに生きることと連動する「主観的健康感」を重視する視点とともに,
高齢者の主体性を重視した活動・参加やそのための環境整備が求められていると言え
よう。
しかしながら、主観的健康感に関する実態や地域差,それに関連する要因や生存予
測を含む先行研究は少なく,2万人を超す大規模調査は報告されていないようである。
特に国際生活機能分類に基づく各要因を数量化した分析,東京都内居住高齢者と地方
居住高齢者の実態とその較差要因および主観的健康感の経年変化に関連する要因の研
究成果は,報告されていないようである。
本研究の目的は,在宅高齢者の主観的健康感を高めるための科学的方法論を構築す
るために,①国際生活機能分類に即した主観的健康感と心身機能,活動,参加の各構
成因子とその背景である環境・個人との関連を数量化により総合的に分析すること,
②高齢者の主観的健康感の維持要因を経年的観察から探ること,③主観的健康感と三
年後の生命予後との関連およびその関連因子を明らかにすること,④東京都多摩市高
齢者(以下「東京都内居住高齢者」と呼ぶ)と東京都以外の全国6市町村高齢者(以
下「地方居住高齢者」と呼ぶ)における主観的健康感の実態を比較し,その背景因子
を探ることである。
研究方法は,先行研究の総説を踏まえ,分析疫学を用いた調査を行った。具体的に
は①主観的健康感に関する内外の先行研究を総合的にレビューした。分析疫学を用い
たフィールド調査対象は,②全国11市町村2.7万人の高齢者調査で,共分散構造分析
を用いて各要因の関連性を数量化により総合的に分析した。③高齢者815人の主観的
健康感の経年変化と関連する要因について追跡調査結果を多重ロジスティック回帰分
析を用いて解析した。④全国7市町村1.6万人の3年間の追跡調査から,主観的健康
感と生存の関係をコックス比例ハザードモデルとカプランマイヤーの累積生存分析を
用いて解析した。⑤「東京都内居住高齢者」と「地方居住高齢者」2.4万人を対象に
分析疫学を用いて比較検討した。
主な研究成果を各章ごとに示す。
第Ⅰ章では,研究背景として,高齢者の健康のとらえ方は,国際生活機能分類で捉
えていく方向にあること,健康測定ではQOLが重視されるようになってきた経緯から
高齢者の主観的判断に依拠した健康指標が重視されることと,主観的健康感は高齢者
の健康を論じるとき欠かせない要因であることが示唆された。また限られた社会資源
を有効に活用した健康支援を行っていくためには,主観的健康感の背景要因を解明し,
根拠に基づく健康支援が求められることが明らかとなった。
第Ⅱ章では、主観的健康感に関する内外の研究を体系的にレビューした。主観的健
康感は,医学的・客観的な健康指標の代替となる位置づけを経て,米国では国の調査
として,またわが国でも国民生活基礎調査に採用される健康指標の一つとなったこと、
社会心理的な要因との基準関連妥当性が明確になり,同時に生命予後の予測妥当性が
明確化されつつあった。国際的に見て,国際生活機能分類との関連による数量的構造
分析報告は見られなかった。また、わが国の研究蓄積では,都市と都市以外の実態と
較差要因、経年変化の背景要因に関する先行研究は、見あたらなかった。
第Ⅲ章では,国際生活機能分類に基づいて、在宅高齢者の心身機能,活動,参加の
生活機能構成因子とその背景である環境との関連を数量的に分析した。因子分析によ
り4つの潜在変数を抽出し,
「心身機能(一病息災的健康)」,
「活動(生活能力)」,
「社
会参加」および「社会支援」と命名し、健康構造モデルを作成して関連性を分析した。
その結果,主観的健康感は,疾病の数,痛みの数よりも「心身機能(一病息災的健康)」
と強い関連がみられた。高齢者の健康関連構造を総合的にみると,「社会支援」を経
て「社会参加」が促進され,
「活動(生活能力)」が活性化し,結果的に「心身機能(一
病息災的健康)」が高まるモデルの適合度が最も高いことが,総合的な数量解析によ
って明らかになった。
第Ⅳ章では,在宅高齢者の経年的に見た「主観的健康感」の改善要因には,外出能
力の改善と,疾病数の減少が統計学的に有意に関連していることを明確にした。さら
に運動することと元気感の変化が関連していたことから,外出能力を改善することで
主観的健康感が維持される経路ないし機序として,外出・運動は自己効力感を高め,
精神心理的機能を改善し,元気感が増加し身体機能が改善し,総合効果として治療す
べき疾病が増加せず,結果的に主観的健康感が向上する機序が推定された。
第Ⅴ章では,女性よりも男性の主観的健康感が有意に高いこと,主観的健康感の31%
は生活活動能力と治療中の疾病数によって説明される事を明らかにした。また、主観
的健康感と三年後の生存分析では,生命予後の予測妥当性が男女ともに高いことが示
唆された。また一年以内に死亡した対象を除外して分析すると,女性では統計上有意
な差がみられなくなったことから,主観的健康感と生存との関連は、一方的な因果関係
ではなく相互に関連しあっている可能性が示唆された。
第Ⅵ章では,「東京都内居住高齢者」は「地方居住高齢者」よりも主観的健康感が
高いものの,加齢と共に急速に低下し,80歳以降では逆転する実態が明らかとなった。
その背景理由としては,役割の低下とともに地域活動と社会活動機会が減少し外出頻
度も低下し,結果的に生活能力を低下させて治療すべき疾病を増加させるという可能
性が推定された。
本論の研究結果は,以下のようにまとめられた。
①主観的健康感は,医学的健康指標との基準妥当性とともに生命予後妥当性が高く,
高齢者の健康をとらえる健康指標の一つとして活用できる可能性が示唆された。
②主観的健康感を経年的に維持していくためには,外出能力を維持していく重要性が
示唆された。③概念的に提示された国際生活機能分類の相互関連性を数量的に世界で
初めて明らかにし,その関連要因モデルを提示した。④健康ではないと自己申告する
在宅高齢者の三年後の生命予後は,女性よりも男性で有意に低下しやすい可能性が示
唆されたものの,生存を脅かす疾病のために主観的健康感が低下しやすかった可能性
も示唆された。⑤「東京都内居住高齢者」は「地方居住高齢者」よりも,主観的健康
感が高いものの,加齢と共に急速に低下し,80歳以降では逆転する実態と共に、その背
景理由と低下させる要因が推定された。全般的に見た本研究の意義は、②の経年変化
を除き,主観的健康感に関する上記研究成果を大規模データで分析解析し,偶然誤差
を排除して体系的に明確にしたことである。