6 あいち産業科学技術総合センター 研究報告 2014 研究論文 凍結乾燥を用いた固体高分子形燃料電池 用膜電極接合体の作製 村 上 英 司 * 1、 鈴 木 正 史 * 1、 梅 田 隼 史 * 2、 鈴 木 陽 子 * 3 Preparation of MEA for PEFC by Freeze Drying Eiji MURAKAMI *1 , Masashi SUZUKI *1 , Junji UMEDA * 2 and Yoko SUZUKI *3 Industrial Research Center *1 *2 Research Support Department *3 凍 結 乾 燥 を 用 い た 固 体 高 分 子 形 燃 料 電 池 ( PEFC) 用 の 膜 電 極 接 合 体 ( MEA) の 作 製 技 術 を 開 発 し た 。 具 体 的 に は MEA を 水 等 の 溶 媒 に 浸 漬 し た の ち 凍 結 乾 燥 を 行 う こ と で 、 電 極 の 微 細 構 造 変 化 を 試 み た 。 電 子 顕 微 鏡 観 察 に よ り 、 凍 結 乾 燥 MEA は 未 処 理 MEA と 比 較 し て 大 き な 空 隙 を 多 数 有 し て い る こ と が 確 認 された。種々の作製条件検討の結果、電解質/触媒カーボン担体重量比を変更することで発電特性が向上 した。また電位サイクルによる耐久試験を実施し、発電特性の向上が持続的であることを確認した。 1.はじめに (PTFE)が凍結乾燥後の微細構造および発電特 PEFC は高出力密度、低温作動などの特徴を有し、低 性に及ぼす影響 炭素社会の実現に向け、燃料電池自動車、家庭用コジェ また、電位サイクル試験による負荷変動耐久試験を行 ネレーションシステムとしての普及が期待されている。 い、凍結乾燥による性能向上効果の持続性について検証 PEFC のさらなる普及のためには低コスト化が必要不可 した。 欠であり、部材コストの低減およびシステムの簡素化が 開発要素 凍結乾燥による 触媒層の微細構造変化 強く求められている。 PEFC は図1のような構造であり、特に電極触媒層の 微細構造は発電特性に大きな影響を及ぼす因子である。 電極では発電により生成水が生じ、発電量が多くなると 生成水がガスの供給を妨げ、電圧の大幅な低下を招く(濃 度過電圧)。これを防ぐため、一般的にマイクロポーラス 層と呼ばれる水の排出を促進する層が備えられるが、部 材コストの低減、システムの簡素化、小型化(薄型化) の観点から、構成部材の増加は好ましいとはいえない。 セ パ レ ー タ ガ ス 拡 散 層 そこで電極の微細構造変化を期待し、膜電極接合体を 水等の溶媒に浸漬したのち凍結乾燥を行った PEFC 用 MEA 作製技術を開発した。これまでの当センターで得 マ 電 電 電 マ イ 極 解 極 イ ク 触 質 触 ク ロ 媒 膜 媒 ロ 層 ポ ポ 層 ー ー ラ ラ ス 膜電極接合体 ス 層 層 図1 ガ ス 拡 散 層 セ パ レ ー タ PEFC 単セルの模式図 られた知見として、マイクロポーラス層無しでも優れた 2.実験方法 発電特性を示すことが判明しているが、その詳しいメカ ニズムは明らかになっていない。本研究では、メカニズ 2.1 試薬および実験装置 ムの解明と電極微細構造の制御方法に関する知見を深め 白金担持カーボン触媒は白金担持カーボン触媒 ることを目的として、種々の条件での MEA の作製、凍 50wt%品(エヌ・イーケムキャット社製)を用いた。電 結乾燥を行い、作製した MEA の発電特性の評価および 解質は 5%Nafion 分散溶液 DE520(デュポン社製)を用 電極微細構造の分析を行った。MEA の作製条件につい いた。PTFE 分散液は 31-JR(三井デュポンフロロケミ ては、具体的には以下の項目について検討した。 カル社製)を用いた。電解質膜は NafionNRE212(デュ (A) 電極に含まれる電解質の量が凍結乾燥後の微細 構造および発電特性に及ぼす影響 社製)を用いた。 (B) 電 極 に 含 ま れ る ポ リ テ ト ラ フ ル オ ロ エ チ レ ン * * 1 産業技術センター 自動車・機械技術室 3 共同研究支援部 計測分析室 ポン社製)を用いた。ガス拡散層は TGP-H-090(東レ 電子顕微鏡観察は走査型電子顕微鏡 SU-70(日立ハイ 2 産業技術センター * 自動車・機械技術室(現化学材料室) 7 テクノロジーズ社製)を用いた。 の反応抵抗)と高電流密度における濃度過電圧を評価し 発電特性評価は燃料電池評価装置 FC5131-138(チノ ー社製)を用いた。燃料電池標準単セルは EFC-05-02 電極面積 5cm2(エレクトロケム社製)を用いた。 た 1)。 2.5 凍結乾燥による性能向上効果の持続性検証 電位サイクルによる負荷変動耐久試験を行い、凍結乾 交流インピーダンス測定および負荷変動耐久試験は 燥による性能向上効果の持続性について検証した。試験 ポテンショ/ガルバノスタット PGSTAT302(オートラ 条件は燃料電池実用化推進協議会が提唱するプロトコル ボ社製)を用いた。 に基づき 2.2 種々の条件での MEA 作製 0.6V 3 秒間、1.0V 3 秒間を 1 サイクルとした電位サイク 2) 、ポテンショ/ガルバノスタットを用いて、 MEA 作製および凍結乾燥は以下の手順で行った。 ル試験を 10000 サイクル実施した。電位サイクル試験の 白金担持カーボン触媒、電解質、メタノールを超音波 前後で発電特性の評価、サイクリックボルタンメトリー 撹拌により混合し電極インクとした。この電極インクを による有効白金表面積測定を行った。 となるように PTFE 有効白金表面積測定は、以下の方法で実施した。アノ シート上に塗布し、乾燥させた。電解質膜を、塗布した ード側に飽和加湿水素、カソード側に飽和加湿窒素を供 PTFE シートで挟持し、150℃、10MPa の条件でホット 給し、ポテンショ/ガルバノスタットを用いて、スイー プレスを行った後、PTFE シートを剥離し、MEA を得 プ速度 50mV/s 、0.05-0.9V の範囲でサイクリックボル た。MEA を蒸留水に浸漬し、減圧により触媒層内の空 タンメトリーを実施した。図2に測定例を示す。図2中 気を脱気した後、凍結乾燥を行った。 の斜線部の水素吸着電気量から、有効白金表面積を算出 白金担持量が 0.2mg-Pt/cm2-MEA なお電極中の電解質および PTFE の量は、表1のよう した。 に変更して種々の条件で MEA を作製した。 30 表1 サンプル名 MEA の作製条件 触媒 カーボン担体(C) 触媒カーボン に対する電解質(I) 担体に対する 検討項目 の重量比 PTFE の重量比 [ I/C ] I/C = 0.50 0.50 0 A I/C = 0.66 0.66 0 A I/C = 0.80 0.80 0 A PTFE 有り 0.66 0.14 B 2.3 電子顕微鏡による微細構造の観察 走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて MEA の触媒層表 面の微細構造を観察した。 電流密度[mA/cm2] 20 10 0 -10 水素吸着電気量 -20 -30 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 電圧[V] 図2 サイクリックボルタンメトリーによる 有効白金表面積の評価 3.実験結果および考察 3.1 電子顕微鏡による微細構造の観察 走査型電子顕微鏡を用いて MEA の電極触媒層微細構 2.4 燃料電池評価装置による発電特性評価 造を観察した。結果を図3、4、5に示す。凍結乾燥 2.4.1 電流電圧特性評価 MEA は未処理 MEA と比較して大きな空隙を多数有し MEA をガス拡散層とともに燃料電池標準単セルに組 ていることが確認された。これは凍結乾燥により空隙の み込み、燃料電池評価装置を用いて発電試験を行った。 大きさが変化し、生成水の排出が促進されていることを セル温度は 80℃とし、反応ガスはアノード側に飽和加湿 示唆している。 水素、カソード側に飽和加湿空気を供給した。反応ガス I/C = 0.50 未処理 I/C = 0.50 凍結乾燥 の供給量はガス利用率アノード 70%、カソード 40%で試 験を行った。 2.4.2 交流インピーダンス法による内部抵抗測定 発電試験と同様の条件において、ポテンショ/ガルバ 1.00µm ノスタットを用いて、交流電流 100mA を重畳し、交流 周波数 10Hz における内部抵抗測定を行った。内部抵抗 値から、低電流密度における活性化過電圧(酸化還元時 図3 I/C = 0.50のSEM観察像 1.00µm I/C = 0.66 未処理 電圧 [V] I/C = 0.66 凍結乾燥 1.00µm 図4 研究報告 2014 1 0.8 0.8 0.7 0.6 0.6 0.4 0.5 0.2 0.4 1.00µm I/C = 0.66 の SEM 観察像 0 0.3 0 I/C = 0.80 未処理 0.2 1.00µm PTFE 有り 未処理 PTFE 有り 凍結乾燥 1.00µm 図6 電圧 [V] I/C = 0.80 の SEM 観察像 0.6 0.8 1 電流密度 [A/cm2] 1.2 1.4 I/C=0.50 未処理 305mW/cm² I/C=0.50 凍結乾燥 502mW/cm² 抵抗 抵抗 I/C=0.50 未処理 図7 図5 0.4 I/C = 0.80 凍結乾燥 1.00µm I/C=0.50 凍結乾燥 I/C = 0.50 における発電特性 1 0.8 0.8 0.7 0.6 0.6 0.4 0.5 0.2 0.4 0 1.00µm 内部抵抗[Ω・cm2] あいち産業科学技術総合センター 内部抵抗[Ω・cm2] 8 0.3 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 電流密度 [A/cm2] PTFE 添加時の SEM 観察像 3.2 燃料電池評価装置による発電特性評価 I/C=0.66 未処理 318mW/cm² I/C=0.66 凍結乾燥 420mW/cm² 抵抗 抵抗 (A) 電極に含まれる電解質の量が凍結乾燥後の発電特性 I/C=0.66 未処理 図8 に及ぼす影響 I/C=0.66 凍結乾燥 I/C = 0.66 における発電特性 1 0.8 0.8 0.7 0.6 0.6 0.4 0.5 0.2 0.4 MEA は高電流密度域において大きな電圧降下がみられ た。一方、凍結乾燥 MEA では、高電流密度においても 安定して発電が可能であった。抵抗値が未処理 MEA に 比べて抑制されていることから、これらの結果は生成水 の排出が促進されていることを示唆している。 電圧 [V] 大出力密度を示す。いずれの条件においても、未処理 0 内部抵抗[Ω・cm2] I/C = 0.50、0.66、0.80 における電流電圧特性および 内部抵抗を図7、8、9に示す。また系列名とともに最 0.3 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 電流密度 [A/cm2] I/C = 0.80 の最大出力密度は 528 mW/cm2 であり、 良好な結果が得られた。凍結乾燥 MEA は高電流密度域 I/C=0.80 未処理 436mW/cm² I/C=0.80 凍結乾燥 528mW/cm² における濃度過電圧の増大が抑制される一方で、低電流 抵抗 抵抗 密度域において活性化過電圧が増大する傾向にある。こ I/C=0.80 未処理 図9 れは凍結乾燥時の電解質の膨潤および膨張により、三相 I/C=0.80 凍結乾燥 I/C = 0.80 における発電特性 界面が減少していることが原因の一つとして予想される。 (B) 電極に含まれる PTFE が凍結乾燥後の発電特性に及 I/C = 0.80 においては電極触媒層内に含まれる電解質 が多くなることで、三相界面の減少が抑制され、発電特 性が向上したと推測される。 ぼす影響 電流電圧特性および内部抵抗を図10に示す。PTFE を加えた MEA は PTFE 無しの MEA と比較して濃度過 電圧が抑制されていることが分かった。凍結乾燥を行う ことで、より高い電流密度においても、安定して発電が 9 可能となることが分かった。これは電極中に含まれる 面積が減少していることが分かった。 PTFE の撥水性によって、生成水の排出が促進され、さ 1 1.2 0.8 1.0 0.6 0.8 0.4 0.6 0.2 0.4 0.8 0.8 0.7 0.6 0.6 0.4 0.5 0.2 0.4 0 0.3 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 電圧 [V] 1 内部抵抗[Ω・cm2] 電圧 [V] ている。 0 0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 電流密度 [A/cm2] 1.2 1.4 0サイクル 420mW/cm² 10000サイクル 364mW/cm² 抵抗 0サイクル 抵抗 10000サイクル 1.4 電流密度 [A/cm2] 図12 負荷変動耐久試験前後の発電特性 PTFE無し未処理 318mW/cm² PTFE無し凍結乾燥 420mW/cm² PTFE有り未処理 462mW/cm² PTFE有り凍結乾燥 505mW/cm² 抵抗 PTFE無し未処理 抵抗 PTFE無し凍結乾燥 表2 負荷変動耐久試験前後の 抵抗 PTFE有り未処理 抵抗 PTFE有り凍結乾燥 有効白金表面積の測定 図10 内部抵抗[Ω・cm2] らに凍結乾燥によって発電性能が向上したことを示唆し PTFE 添加時の発電特性 有効白金表面積[m2/g-Pt] 3.3 負荷変動耐久試験 0 サイクル 3.3.1 負荷変動耐久試験前後の電子顕微鏡による微細 10000 サイクル 127.1 47.8 構造の観察 I/C = 0.66 で作製し、凍結乾燥を行った MEA の負荷 変動耐久試験前後の電極触媒層の電子顕微鏡観察像を 図11に示す。凍結乾燥 MEA は、耐久試験後も、空隙 を有する構造を保っていることを確認した。一方、カー ボン上の白金が粗大粒子化している様子が見られた。 0 サイクル 4.結び 電子顕微鏡観察により、凍結乾燥 MEA は未処理 MEA と比較して大きな空隙を多数有していることが確認され た。これより、凍結乾燥により空隙の大きさが変化し、 生成水の排出が促進されていることが示唆された。 I/C = 0.80 で作製し、凍結乾燥を行った MEA の最大 10000 サイクル 出力密度は 528 mW/cm2 であり、良好な結果が得られた。 負荷変動耐久試験を実施したところ、白金の粗大粒子 化による活性化過電圧の増大が確認されたものの、耐久 試験後も高電流密度で安定して発電が可能であることが 1.00µm 0 サイクル 1.00µm 分かった。 10000 サイクル 付記 本研究は、独立行政法人科学技術振興機構平成 24 年 度研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム 500nm 500nm 図11 負荷変動耐久試験前後の SEM 観察像 3.3.2 負荷変動耐久試験前後の発電特性 負荷変動耐久試験前後の発電特性を図12に示す。耐 久試験後の MEA は活性化過電圧が増大しているが、耐 久試験前と同様に高電流密度で安定して発電が可能であ ることが分かった。サイクリックボルタンメトリーによ る耐久試験前後の有効白金表面積の測定結果を表2に 示す。耐久試験後は白金の粗大粒子化により有効白金表 (A-STEP)フィージビリティスタディ【FS】ステージ 探索タイプの研究開発にて実施した内容の一部である。 文献 1)N. Fouquet,C. Doulet,C. Nouillant,G. Dauphin-Tanguy,B. Ould-Bouamama:Journal of Power Sources,159,905 (2006) 2)燃料電池実用化推進協議会,固体高分子形燃料電池の 目標・研究開発課題と評価方法の提案,P22(2011)
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