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論
文
内
容
の
要
旨
論文提出者氏名 井上靖夫
論 文 題
目 Detection of necrotic neural response in super-acute cerebral
ischemia using
activity-induced manganese-enhanced (AIM) MRI
論文内容の要旨
急性期虚血脳の評価方法として,MRI 灌流強調画像や MRI 拡散強調画像の比較などが用いられてきた.著
者らは,虚血性脱分極に伴うカルシウムイオンの細胞内流入を,塩化マンガンを造影剤として用いること
により MRI で画像化し,ラット中大脳動脈閉塞モデルにおいて,ADC (apparent diffusion coefficient)
map よりも鋭敏に虚血領域の同定が可能であることを報告していた.今回の論文では,新たな遠隔塞栓モ
デルを用いて超急性期 (発症 2 分後)の AIM MRI 画像と ADC map を比較し,さらに組織学的な解析を加え
て虚血巣との相関性を評価した.
14 頭の雄性 Wister rat (350-420g) を用いた.イソフルレン吸入による全身麻酔下に右外頚動脈を結紮し,
右外頚動脈から右内頚動脈に向けてポリエチレンカテーテルを挿入して固定し,マグネットボア外からの
遠隔薬剤投与,遠隔 TiO₂小粒子(直径 315-355 ㎛)投与が可能となるよう,これをボア外に導出した.MR
I 撮影は,4.7 テスラ
BioSpec (ドイツ
Bruker 社製) を使用した.撮影パラメータは以下の通りであ
った.
AIM-MRI: スピンエコー法で T1 強調撮影を行った.繰り返し時間 (TR)=177ms, エコー時間 (TE)=9.5ms,
マトリックスサイズ=128×128,Field Of View (FOV)=32mm×32mm,スライス厚 (ST)=1.2mm,スライス間
隔=0.8mm,加算回数 (NA)=8,
撮影スライス数=6.
DWI および T2WI: AIM MRI と同じスライス設定でスピンエコー法を用いた.TR=3000ms,TE=80ms,マトリ
ックスサイズ=128×128,FOV=32mm×32mm,NA=2,b value=23 s/mm² (T2WI)/1000s/mm² (DWI).
撮影の手順は,ラットをマグネットボアに固定後,以下の通りに行った.
① コントロールの AIM MRI を撮影.
② 25%マンニトールを内頚動脈より遠隔投与し,BBB を破壊.
③ ②の 10 分後に内頚動脈より MnCl₂を遠隔投与し,AIM MRI を撮影.
④ 内頚動脈より TiO₂の小粒子(塞栓子)3個を遠隔投与し,2 分後に AIM MRI を撮影,続いて拡散強調
画像を撮影.
撮影した 6 スライスの中で,ブレグマ頭側 0.5 ㎜から尾側 5.5 ㎜の範囲にある 4 スライスを解析に使用し
た.拡散係数画像(ADC map)は,b value=23 および 1000 の撮影から線形回帰分析により算定,作成した.
健常側信号強度と比較して 2SD を超える信号強度を示す領域を,AIM MRI 画像における被造影領域と定義
した.ADC map においては,過去の文献を参照し,健常側の 80%未満の信号強度領域を ADC 低下領域と定
義した.AIM MRI,拡散強調画像それぞれについて,%EA (enhanced area) を算出した.%EA= (4 スライス
の被造影領域もしくは ADC 低下領域の総面積)/ (4 スライスの総面積)と定義した.
すべてのラットは梗塞作成後,2.8 時間後に安楽死させ,脳を頭蓋から摘出した.内頚動脈から遠隔投与
したチタンボールが頭蓋内内頚動脈から中大脳動脈に到達し,血流遮断されていることを確認した.摘出
した脳をホルマリン固定し,パラフィン包埋した.MRI 画像に対応するスライスで切り出し,HE 染色を行
った.
MRI 画像上に,4 か所の関心領域 (大脳皮質背側,尾状核-被殻中心部,尾状核-被殻外側部,大脳皮質腹側)
を設定し,それぞれの領域において, 病理組織上 400 ㎛ 四方の範囲で,normal/apoptotic/necrotic cor
e の比率を算定し,健常側と比較した.また,necrosis に陥った領域を算定し,計測した.
14 個体中,塞栓子が頭蓋内血管で確認できた 11 個体で,塞栓子投与後に撮影した拡散強調画像にて,信
号強度の上昇 (拡散係数の低下)を認めた.MnCl₂投与後,TiO₂の小粒子 (塞栓子) 投与前の AIM MRI 画像
では,脳内の造影効果を認めなかった.一方,塞栓子投与後の AIM MRI では,尾状核-被殻の一部や側頭部
大脳皮質,視床下部などに明らかな造影効果を認めた.AIM MRI での被造影領域は,拡散強調画像の高信
号領域と完全には一致しなかった.拡散強調画像の高信号領域は頭側から尾側にかけての大脳皮質や,尾
状核-被殻などに広範囲に認められるのに対して,AIM MRI の造影効果は前述のように限局的であった.%E
A は,AIM MRI で 8±6%,ADC map では 54±7%で,有意に AIM MRI の%EA が低値であった (p≺0.0001).
病理組織では,梗塞作成側の尾状核-被殻の一部に明らかな壊死性変化を認めた.病理組織で壊死性変化を
示した領域は AIM MRI の被造影領域に一致していた.しかしながら,一部の壊死領域は AIM MRI では明瞭
に造影されなかった.アポトーシス性の細胞変化は虚血変化の中心部からその周辺にまで散見された.4
箇所の関心領域 (大脳皮質背側,尾状核-被殻中心部,尾状核-被殻外側部,大脳皮質腹側) について細胞
の壊死性変化,アポトーシス性変化の割合を算定し,健常側と比較した.すべての関心領域で健常側に比
べて壊死性変化率が高い傾向にあったが,一部の関心領域でのみ,統計学的有意差が認められた.梗塞作
成半球に占める壊死性変化領域は 13.1%であった.
この研究では,以下の 3 つの新たな知見が得られた.
① 遠隔操作による塞栓作成モデルにより,脳虚血発生2分後の超急性期に AIM MRI 画像が得られ,その
造影効果を確認した.
② 超急性期においては,AIM MRI の被造影領域が,拡散強調画像高信号領域 (ADC 低下領域) よりも狭
い範囲であった.
③ 梗塞作成後 2.8 時間に得られた病理検体では,壊死性変化をきたした領域が,AIM MRI の被造影領域
とよく相関していた.
以前の我々の研究で,中大脳動脈永久閉塞モデルにおいて,AIM MRI 被造影領域は,ADC 低下領域よりも
狭い範囲であることを報告したが,中大脳動脈閉塞から MRI の撮影までに 47 分の時差があり,単純な比較
はできなかった.TiO₂の小粒子を用いた遠隔塞栓作成モデルの導入し,AIM MRI と拡散強調画像を連続し
て撮影することで,2つの撮影方法のより厳密な比較が可能となった.マンガンの細胞毒性や循環器系に
及ぼす影響は,AIM MRI の応用に大きな制限となるが,適切な濃度,投与方法での使用は,超急性期の脳
虚血を画像化するうえで非常に有用な手段と考えられた.虚血による細胞脱分極で生じるマンガンイオン
の細胞内流入を利用し,血流障害発生 2 分後の超急性期に,虚血性変化を画像化することができた.また,
ADC/AIM mismatch area は,ADC 低下領域内の潜在的な penumbra に相当する可能性が示唆された.