発達障害とは

新連載
国立がん研究センター東病院
小川朝生 臨床開発センター
精神腫瘍学開発分野 分野長
現場の取り組みで学ぶ
発達障害 と 職場適応
1999年大阪大学医学部医学科卒業,2004年国立病
院機構大阪医療センター神経科医員,2007年国立が
んセンター東病院精神腫瘍科医員,2009年国立がん
センター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発部
心理社会科学室長,日本サイコオンコロジー学会理事。
に向けたかかわり方
発達障害の総論
従来の知的障害にあてはまらない,対人関係
の障害を持つ子どもの存在が再認識され,ア
近年,成人の発達障害への対応があちこち
スペルガー障害など,高次脳機能障害が注目
で課題として取り上げられるようになってき
されるようになった。その流れは,児童から
た。発達障害を抱えた職員自体は,以前から
成人に向けても拡大し,2005年には発達障
一定の比率で存在し,職場内では,「変わっ
害者支援法(以下,支援法)が施行されるに
た人」ということで対応されていたと推測さ
至った。支援法では,発達障害は「自閉症,
れる。それが課題として取り上げられるよう
アスペルガー症候群その他の広汎性発達障
になった背景には,仕事に効率化が強く求め
害,学習障害,注意欠陥多動性障害その他こ
られ,職場に余裕がなくなってきたことと,
れに類する脳機能の障害であってその症状が
教育現場を中心に,発達障害への支援が取り組
通常低年齢において発現するもの」
(第一章,
まれるようになったことが挙げられるだろう。
第二条)と定義されている。支援法が施行さ
発達障害という「生きにくさ」に気づき,
れたことで,発達障害への支援は重要な施策
支援が提供されることが望ましいのはもちろ
となり,
「発達障害」の言葉を広く社会に浸
んである。一方,「発達障害」というレッテ
透させるきっかけとなった。
ルの下に,「仕事がみんなと同じようにこな
発達障害とは
せない」
「考えていることが分からない」と
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不安になり,職場が動揺し,受け入れを拒み
発達障害とまとめられる群には,知的能力
がちになることへの懸念も禁じ得えない。職
障害とコミュニケーション症群,自閉スペク
場の支援者には,発達障害を理解し,その上
トラム症(ASD)
,注意欠如・多動症(ADHD)
で,彼らが抱えてきた生きづらさ,傷ついた
が含まれる。そのうち,成人期で,特に就労
体験などを理解し,具体的な解決策を一緒に
の場面で気づかれやすいのは,主にASDと
考えることが求められる。
ADHDである。
一人でも多くの医療従事者が,職場の同僚
を理解し,一緒に考える立場に立っていただ
●自閉スペクトラム症
(ASD:autism spectrum disorder)
けることを望み,医療機関における「職場の
従来のDSM-IV-TRでは,
「広汎性発達障害:
発達障害支援」についての問題点と解決につ
pervasive developmental disorder(PDD)」
いて考えてみたい。
と呼ばれてきた。
発達障害が
注目されるようになった背景
ASDは,コミュニケーションや社会関係の
まず,成人の発達障害に注目が集まった背
として,次のようなことが挙げられる1)。な
景を振り返ってみたい。
お,ASDは,うつ病(2~30%)や不安症(43~
発達障害に注目が集まりだしたのは1990
84%)
,ADHD(59%)と合併する頻度が高
年代からである。当時は,教育現場において,
い2,3)。
看護人材育成 Vol.12 No.1
障害と行動や興味の限定と反復する行動様式
に特徴付けられるものである。典型的な特徴
①情緒的な対人関係の欠落
②多動症状
通常の会話のやりとりができなかったり,
小児期では,座っていることが困難など,
適度な距離を取ったりすることができない。
運動として目立つが,青年期以降は,外から
感情を共有することができず,場の雰囲気が
見た活動は減っているものの,一方,とめど
読めずに孤立する。
ないおしゃべり,もじもじと落ち着かない,
②非言語的なコミュニケーションがとれない
手足をトントンとたたくなど,内的な落ち着
難しい言葉を使うが,その使い方が独特で
きのなさとして出現する。
あったり,まとまりが悪かったりし要領を得
③衝動性
ない。アイコンタクトがとれず,奇妙な身振
突発的な行動を抑えることができない形で
りをする。表情が乏しいか,わざとらしく感
出現する。典型的には,我慢することができ
じられる。
ずに他人の行動を妨害する,完全に話を聞き
③行動や関心が限局し反復的である
終わる前に答えてしまう,すぐに反応してし
同じ行動や会話を繰り返す。いくら小さな
まう,経済状況を考えずに買ってしまうなど
ことでも変化が苦手で,柔軟性に欠ける。儀
がある。成人では,報告書を作成する,書類
式のような習慣がある。不意を突くような音や
に漏れなく記載をする,長い文章を見直すな
光が苦手で,そのようなことに出合うとパニッ
どの作業が苦手である。
クに陥る。逆に,繰り返す音や光にこだわる。
発達障害と正常との境界
●注意欠如・多動症
(ADHD:attention-Deficit/
hyperactivity disorder)
発達障害は,症状を満たせばそのまま診断
ADHDは,さまざまな場面で自分自身の行
ら見ればアスペルガー障害の診断基準を満た
動や衝動を制御したり,行動を抑制したり,
すが,その特徴を強みとして生かせる環境
注意を払ったりすることへの妨げになるなど
(例えば,論理的な作業が多いシステム関係
がつくというものではない。例えば,症状か
の行動が認められる障害である。
など)があり,適応する場合もある。逆に,
ADHDの有症率は,1~3%と言われる4)。
症状から見れば診断基準には一致しないもの
主に多動が目立つタイプは小児・青年期で気
の,環境とうまく適応ができずに就労に支障
づかれるが,不注意型は行動として目立ちに
を来すことも起こり得る。
くく,成人まで気づかれないことがある。特
成人期,特に,就労してから何らかの支障を
に,女性のADHDの見落としが多いと言われ
来し,発達障害が疑われる場合は,表(P.100)
ている。
に挙げたような典型例がある。
主な症状は,次のとおりである。
①不注意症状
集中を持続することが困難,気が散りやす
職場で発達障害が
疑われる場合に考えること
い,整理ができない,計画性に乏しい,最後
どのような環境で,どのような問題が生じ
まで課題を終えることができない,忘れっぽ
たのかを具体的に確認することが重要であ
い,しばしば物をなくすなどとして現れる。
る。具体的には,
「少し変わった人」であっ
成人の場合,児童思春期と比べ,それなりに
たとしても,その偏りが,発達障害と認めら
適応をしてきている過程があるが,新しい場
れる内容なのかどうかを検討する必要があ
面で集中力が維持できないなど,環境からの
る。大事なことは,多少の「こだわり」や「不
負荷が加わった場面で目立つ。
注意」は誰にでもあることであり,その目で
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表 発達障害が疑われる典型例
ADHDの場合
思いついたことをそのま
ましゃべってしまう。余
計な一言が多い。
交渉の結論をあいまいな
ままにする。
調べ物をしているとすぐ
に脇道に逸れる。
物をよく紛失する。
指示された業務をすぐに
行 わ ず,先 延 ば し に す
る,忘れる。
ASDの場合
指示された内容と違うこと
をしていると言われる。
やりとりの中で,質問の意
味をうまくくみ取れない。
会議での内容や結果をうま
くまとめられない。また,
まとめてもずれている。
重要なポイントや勘所が理
解できない。
て,不安が強い,自信がないと訴える場合が
よく見られる。
●支援のアプローチ方法
①本人の自覚を尋ねる
周囲から見て,明らかに不適応を起こして
いるように見えたとしても,発達障害自体に
よる特性から,その不適応の原因に自分自身
の特性が関連していることと,結び付けるこ
これらに対して職場の管理者が感じる実際の問題例
業務内容の指示や進捗管理など,業務管理に手間がかかる。
ほかの部下や同僚からの不満が絶えない。
本人が引き起こした患者・家族とのトラブルの処理。
本人に話をしても理解してもらえない。 など
とは容易ではない。さらに,これを理解する
には,コミュニケーション能力や想像力が求
められる。伝えるためには,対話を通した伝
え方に頼らざるを得ない。その時,本人が自
覚している違和感,生きづらさに焦点を当て
100
見れば,誰もが持つものということである。
ることが重要である。
例えば,病棟での勤務と言っても,どれくら
②専門的な支援を求める
いのスタッフがいたのか,どのような疾患を
正確な診断,対応を検討する上では,精神
扱っていたのか,緊急入院が多いのか,夜勤
保健の専門家につなぎ,助言を受けることが
の有無や残業はどうだったのか,同期の離職
望ましい。また,職場では,専門医療機関と
率は高いのか,同僚との付き合いはうまく
の連携に加えて,産業医や障害者職業センター
いっていたのかなどを丁寧に確認していかな
などの支援を受ける方法がある。
ければ,「うまくできていない」ことの原因
特に,産業医は労働安全衛生法により事業
が,本当に本人にあるのか,周囲のスタッフ
場に選任することが義務付けられている医師
や病棟の環境側にあるのか,相性が良くない
であり,企業の産業保健活動に従事してい
ことなのかを判断することができない。
る。産業医の役割は,労働者との面談や主治
●発達障害に伴う生きづらさや
苦痛を理解する
医からの情報を基に,労働者の健康状態を評
医療機関は,比較的同一性の強い人の集団
て,
「働ける健康状態か」
「働くためにはどの
であり,活動的なADHDや個性的で筋道を重
ような配慮が必要か」について,企業に対し
んじるASDの特性はしばしば集団から排斥の
て意見を述べることである。一般に,発達障
対象とされる。
害による職場での問題は,コミュニケーショ
発達障害の特性に本人も周囲も気づいてお
ンの問題,仕事の段取りの悪さが2大問題で
らず,専門的な支援を受けられずにいると,
あり,その後の受け入れに支障を来すほどこ
周囲となじめずに疎外感を感じることが多
じれていることも多い。
い。その結果,本人なりの対処行動として,
産業医が支援できる内容には,次のような
目立たないように控えめな態度を取るように
ことがある。
なる。本来の自分を抑圧するため,違和感が
・職場への障害特性についての説明。
残り,できない自分を責め,自信を失い,2
・業務内容の工夫。
次的に抑うつや不安,対人恐怖が生じる。
・業務の指示方法の工夫。
特に女性では,不注意型のADHDの場合,
③支援の原則
気づかれないことが多い。不注意を自覚し
発達障害では,個人ごとの特性が大きく異
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価し,職場の作業環境などの理解に基づい
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