CVM 分析による綾瀬川の水質改善 8611085 見目 崇允 (指導教員 下川 哲矢 教授) 1.はじめに 近年、中小河川の多くは、用水路、排水路として整備、改変され、機能を優先するために、その多 くは三面張りコンクリート護岸形状となった。その結果、自然な景観の多くは失われたが、浸水被害 は激減した。また、都市化に伴い、未処理の生活排水が河川に流入し、水質が悪化した。その結果、 1970~1980 年代には、中小河川のほとんどが、汚いドブ川として認識されるようになった。しかし、 近年の下水道整備等により、水質についても大幅に改善されてきた。一方で、中小河川は、市民にと って最も身近な水辺の一つであり、貴重なエコスペース、オープンスペースとして重要な役割を担っ ている。そこで本研究では、私の住む埼玉県草加市に流れている日本一汚れた川となったこともある 綾瀬川をモデルとする。草加市の住民の綾瀬川への多様な価値評価と意識の違いに着目するとともに、 綾瀬川の水質改善に対する意識調査をし、どれくらいの金銭的価値があるのかを明らかにし、検証し ていこうと考える。 2.分析方法 本研究では、本市場がない、野生動物や生態系などの非利用価値を評価することができる仮想評価法 (Contingent Valuation Method:CVM)を用いて分析を行う。CVM は環境の仮想的な変化に対す る支払意思額(Willingness To Pay:WTP)や受入補償額(Willingness To Accept compensation: WTA)を直接人々に尋ねることで環境の価値を評価する手法である。環境のような市場での価格付け が困難なケースに対して、金額での具体的な評価ができるため、近年、環境経済学の分野で発展した 手法である。質問方式にはダブルバウンド形式(二段階二肢選択方式)を用いた。推定方法として対 数線形ロジットモデル、ワイブル生存分析を使用する。 【ダブルバウンド形式】では回答は、YY, YN, NY, NN の4種類が得られる。このとき、それぞれの 回答が得られる確率は、 Pr[YY] = 1 − G(TU) = S(TU) Pr[YN] = G(TU) − G(T1) = S(T1) − S(TU) Pr[NY] = G(T1) − G(TL) = S(TL) − S(T1) Pr[NN] = G(TL) = 1 − S(TL) となる。ただし、G(T)は提示額が T のときの分布分析、S(T)は生存関数である。 【対数線形ロジットモデル】 G(T) = 1 1 + exp(𝛽0 + 𝛽𝑇 𝐼𝑛𝑇 + ∑ 𝛽𝑘 𝑥𝑘 ) 【ワイブル生存分析】 𝐼𝑛𝑇 − 𝜇 S(T) = exp (−𝑒𝑥𝑝 ( )) 𝜎 βは推定されるパラメータのベクトル、x は説明変数ベクトルである。 3.アンケート(シナリオ) アンケートの仕様は次の通りである。 ・調査対象:20 歳以上の男女 ・調査範囲:埼玉県草加市 ・標本数:165 サンプル(全 189) ・有効回収率:87.3% ・実施期間:平成 26 年 12 月 21 日~平成 26 年 12 月 30 日 まず、綾瀬川を知らないのではアンケートに答えられないため、今回のアンケート調査では綾瀬川 を認知していることを前提に回答を求めた。20 世紀半ばまでの綾瀬川の状況を把握してもったうえで、 現在の綾瀬川の水質状況と比較してもらい綾瀬川の水質改善に対する金銭的価値を測る。 アンケートは回答者の環境意識と個人属性を調べる構成となっており、単発の質問と仮想評価に関 する質問を用意した。以下、シナリオの説明を加える。 綾瀬川の現状 20 世紀半ばまでホタルが飛び交うほどのきれいな川であったが、高度成長期には生活排水や工業排水 が流入し水質が悪化した。水質の改善は進んではいるが、2004 年の調査で日本一汚れた川(2010 年の 調査では 2 年連続でワースト 1 位)となるなど、他の河川と比べると更なる改善が必要とされている。 ・支払い手段:税金方式 ・提示金額:調査対象者を無作為に 3 群に分け、最初の提示額に対し支払う意思がある場合、2 回目に は高い金額を提示、逆に支払う意思が無い場合には低い金額を提示して支払の意志を確認する。 支払意思額の金額設定に問題がないかどうか、また、調査票の質問方法について妥当性の確認を行 うことを目的として予備調査を実施した。綾瀬川の水質改善における数値設定が困難であったため、 数回にわたって実施した予備調査をもとに回答者が理解しやすいよう示し、大幅なズレがないよう調 査を行った。 4.分析結果 表 1 アンケート集計結果 T1 TU TL YY YN NY NN 500 1000 100 27 18 8 4 1000 2000 500 14 20 13 7 3000 5000 1000 6 14 20 15 T1:最初の提示額、TU: 「はい」回答時の提示額、TL: 「いいえ」回答時の提示額 YY:1 回目、2 回目どちらの提示額にも「はい」と回答、YN:1 回目の提示額には「はい」、2 回目 の提示額には「いいえ」と回答、NY:1 回目の提示額には「いいえ」 、2 回目の提示額には「はい」 と回答、NN:1 回目、2 回目どちらの提示額にも「いいえ」と回答 本調査の結果から支払い意思額を推定するモデルを構築した。推計に用いた対数線形ロジットモデ ルとワイブル生存分析のうち、より適合度の高いワイブル生存分析も推計モデルとして採用した。金 額を尋ねる際に最初の提示額から次の提示額が見えないようアンケートを作る際に工夫したため、大 きなバイアスは影響しないと考える。 対数線形ロジットモデルは多くの CVM で使われる標準モデルであり、分布形の裾の部分が広く平 均値が高めの値になる傾向があるため、本研究は WTP に中央値を用いる。この分布曲線において回 答者の割合が 0.5 の時の値(中央値)が支払意思額(WTP)となる。分析の結果(図1) 、綾瀬川の 水質改善のための WTP は 1329 円(ワイブル生存分析 WTP:1439 円)と推計された。この推定額 は草加市の世帯数 10 万 4376 世帯を集計範囲として、月間で 1 億 3871 万 5704 円の税金を集めるこ とができる。年間で 16 億 6458 万 8448 円に及ぶ結果となった。 図 1 WTP 結果 【対数線形ロジットモデル】 【ワイブル生存分析】 推定 WTP 推定 WTP 中央値 1,329 平均値 2,838 裾切りなし 1,856 最大提示額で裾切り ・推定結果 変数 constant ln(Bid) n 対数尤度 中央値 1,439 平均値 1,939 裾切りなし 1,832 最大提示額で裾切り ・推定結果 係数 11.4761 -1.5957 166 -223.179 t値 12.346 -12.147 p値 0.000 *** 0.000 *** 変数 Location Scale n 対数尤度 係数 7.6053 0.9105 166 -222.338 t値 90.790 12.124 p値 0.000 *** 0.000 *** Yes確率 1 1 0.9 0.9 0.8 0.8 0.7 0.7 0.6 0.6 0.5 0.5 0.4 0.4 0.3 0.3 0.2 0.2 0.1 0.1 0 0 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 また、アンケート調査で聴取した情報からどのような要因が支払意思額に影響与えるのかをフルモ デル要因分析を用いて検証を行った。アンケート結果より有意水準を示さなかった説明変数を削除し、 第 1 段階、第 2 段階、第 3 段階といった段階を経て選定した。この説明変数のうち係数の符号がプラ スのものは支払意思額にプラスの影響を及ぼす。 (ここでは質問項目、分析段階を省略し、本論に記載 する。 ) その結果得られた 10%水準で有意な係数を持つ要因とその係数は表 2 のとおりである。表より定数 項の符号はプラス、 掲示額の符号はマイナスであるので、 綾瀬川の水質改善は効用を増大させること、 掲示額が低いほどお金を支払う確率が高くなることを示している。綾瀬川を見る頻度が多い、居住年 数が長い人ほど WTP が高いことがわかる。年齢の係数がマイナスの値を示していることから、年齢 が低くとも生まれたときから草加市に住み、年齢=居住年数となっている回答者が多く、年齢に比べ て居住年数が低ければそれだけ綾瀬川に対する意識がないという解釈もできるが、サンプル数に偏り が出てしまった可能性もないとは言い切れない。綾瀬川を見る頻度においても、年齢同様、10%水準 であるので偏りが出ている可能性もある。しかし、居住年数が長い人ほど WTP が高いということは、 やはり 20 世紀半ばの綾瀬川の景観、水質を知っている人が多く、綾瀬川の水質改善に対する意識が 強いと読み取ることが可能である。 表 2 支払意思額に与える影響 変数 係数 t値 p値 constant:定数項 12.2266 11.006 0.000 *** ln(Bid):提示額の対数値 -1.7630 -11.748 0.000 *** 綾瀬川を見る頻度 0.0264 1.864 0.064 * 年齢 -0.0228 -1.895 0.060 * 居住年数 0.0430 4.018 0.000 *** n 数 165 有意水準は p 値が示す。***は 1%水準、**は 5%水準、*は 対数尤度-208.6950 10%水準で有意を意味する。 5.おわりに 今回の分析結果より、草加市の住民が綾瀬川の水質改善に対する意思があるということ、金銭的 価値があるということが明らかになった。ただ、実際に綾瀬川の水質改善整備を行うとした場合、費 用としては少ない。そして年齢や居住年数に大きな幅があり支払意思額に与える影響としては十分な 結果を見出すことができなったので多様な価値評価を証明することができなった。アンケート項目の 多くは有意水準に満たなかったため、より精度な予備調査の構築やシナリオ設定が必要であったと重 く感じている。今後は改善案を練って提示していきたい。綾瀬川といっても上流、下流はまた別の河 川となってしまうため水質改善の政策などがなされることは難しいといえる。少しでも多くの人が河 川との共存を意識し、水質の改善に努めることできたら良いと思う。綾瀬川のきれいな姿を見られる ことを願うばかりである。 謝辞 最後に本論文を完成させるにあたり多大なるご指導賜りました下川哲矢教授に心より感謝申し上げ ます。本論文のアンケートにご協力いただきました皆様、予備調査に協力してくださった方々にも感 謝いたします。 参考文献 ・肥田野登,1999 年,『環境と行政の経済評価 CVM〈仮想評価法〉マニュアル』勁草書房 ・栗山浩一「Excel でできる CVM Version4.0」http://kkuri.eco.coocan.jp ・栗山浩一、柘植隆宏、庄司康共著,2013 年,『初心者のための環境評価入門』勁草書房 ・草加市ホームページ http://www.city.soka.saitama.jp/ ・草加市役所, 「環境保全と創造に関して講じた施策」 ・草加市役所, 「環境共生都市」
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