Japanese Psychological Review 2011,Vol. 54, No. 1, 73 - 75 ADHD スペクトラム? ―― 岡崎論文へのコメント ―― 室 橋 春 光 北海道大学 ADHD,すなわち注意欠陥 (欠如) 多動性障 症状は,ホットとクールという 2 つの面を反映す 害については,岡崎論文も述べるように,行動抑 る機能のありかたからは,どのようにとらえられ 制不全論を唱える Barkley (1997) の主張が主流 るか,ということがある。また,クールな面と となってきた感がある。この主張は,実行機能不 ホットな面は,いつ頃どのようなかたちで発生し, 全を主とする認知機能不全と理解される。しかし, 行動に影響を与え臨床的症状を呈することになっ 情動ならびに動機づけに重大な問題があるとする ていくのか,という発達軸上での展開モデルも必 考え方も以前から存在していた。 要になろう。 岡崎論文は,認知機能を反映する諸データのば Nigg and Casey (2005) は,ど ん な 環 境 事 象 らつきの大きさに注目し,情動と動機づけ機能不 がいつ生じるかという,検出と予測に関与する前 全の重要性を主張する研究を紹介している。情動 頭 − 帯状回路と前頭 − 小脳回路と,情緒的意義 レベルにおける報酬と動機づけの調整困難を重視 を割り振る前頭 − 扁桃体回路の重要性を指摘し し た 理 論 と し て,Sonuga-Barke (2005) の 二 重 ている。そして,これらの機能が相互的に適切に モデルが紹介されている。このモデルでは,抑制 作用しないことが,ADHD の症状に結びつくと 困難と遅延報酬への嫌悪という 2 つの面での障害 考える。彼らは,このような機能の不全が認知や が想定されている。問題解決場面で即時的な強化 感情の発達不全を導き,ひいては ADHD を有す が得られない場合に,「なぜ」行うかの理解と, る子どもたちにみられるような臨床的症状がもた 自己行動の調整との間のギャップを説明できるモ らされるとみている。 Sergeant (2005) は,認 知 − 活 動 モ デ ル (cog- デルであるとしている。また実行機能に関して, 実行制御に関わるクールな面と,認知制御の情動 nitive-energetic model : CEM) を 提 案 し て い る 的側面に関わるホットな面に区分した Zelazo ら (Fig. 1)。このモデルによれば,情報処理の全体 によるモデルが紹介され (Zelazo et al., 2003), 的効率性は,3 つのレベルの相互作用によって決 それぞれを担う脳回路とその特性が論じられてい まる。すなわち,注意の computational メカニズ る。特にホットな面については,研究結果の不均 ム,状態要因,実行機能,である。このモデルに 一性や個人差の大きさを説明する要因として重視 は,入力,中枢処理,反応出力,のような認知メ されるべきであるとする Kelly らの主張も紹介し カニズム,activation,arousal や effort のような ている (Kelly et al., 2007)。従来,ADHD を対象 energetic メカニズム,そして管理/実行機能とい とした実験的研究は,データにおける個人差の大 う 3 つのレベルが含まれる。そしてこのモデルで きさに悩まされてきたといえるが,このことを研 は,トップダウンとボトムアップの両過程が含ま 究の対象とする方法論が検討されるべきなのであ れ,ADHD 症状が 3 つの全てのレベルで生じう ろうと思われる。今後,実行機能のホットな面の ると考える。このモデルでは,抑制困難は,en- 解明に関わる研究の進展が,期待される。岡崎論 ergetic な面の不全で説明可能であるとする。ま 文は,ADHD 研究におけるこれらの方向性を示 た activation や effort のような energetic な面が, した点で意義があるといえる。 ADHD に最も関連が深いとみる。注意という概 その上で,いくつかの課題を提起してみたい。 念は,心理学における難問中の難問でもある (北 まず,不注意,多動性,衝動という主要な臨床的 ― 島,1982)。ADHD の本質に迫るためには,これ 73 ―
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