農協に必要な人事制度改革

第3回
農協に必要な人事制度改革
みず
たに
せい
ご
水谷 成吾
有限責任監査法人トーマツ JA 支援室
1.農協の競争力の源泉となる職員
農協事業の基本は職員による組合員に対するサービス提供であり、職
員が組合員や地域と接点を持ち、農協を代表することで農協の使命を実
践します。そのため、職員が農協にとっての最重要な経営資源であり、
職員育成の成否が農協の将来を決めるといっても過言ではありません。
特に現在のように農協に変革が求められている時期には、職員一人ひ
とりが自律的に考えられる人材(自律型職員)に成長することが不可欠
です。組合員の声、地域の声など多様化する関係者の声に職員一人ひと
りが組合の代表として対応していかなければ、変化する環境に対応する
ことはできません。
2.愚直な努力が得意な農協職員
全国の農協で役員と意見交換すると、総じて「農協の職員はまじめで
言われたことはしっかりとやりきる」と職員を評価しています。実際に、
農協職員は定期貯金でも、共済でもノルマを与えられれば絶対達成の意
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推進に対して必ずしも納得していない場合でも、ノルマを与えられれば
達成に向けて行動します。
この農協職員のまじめさは、農協の強みであるとともに危うさも持っ
ています。LA・渉外担当者とお話させていただくと「ノルマは与えら
れるものであり、自分たちは達成に向けて行動するだけ」という意識を
強く感じます。ノルマを達成するという意識は必要です。しかし、それ
だけを意識して、単なる作業者になり、考えることを放棄してしまって
は、激化する競争環境の中でさらに農協を成長させていくことはできま
せん。
3.
「組合員のため」より「ノルマ達成のため」という職員意識
ノルマ達成に対する意識が過度に意識されるようになると、LA・渉
外担当者の意識が「組合員に必要なものを提案する」という意識から「ノ
ルマ達成のために必要だからお願いする」という意識に変化していきま
す。このような意識の変化は、LA・渉外担当者の行動に影響を与えます。
その結果、LA・渉外担当者として組合員を定期的に訪問し、会話の中
から推進の機会をうかがっていたものが、キャンペーン期間中だからと
いう理由で全ての組合員に一律に推進するという行動に変化しています。
中には、組合員の善意に甘え、客観的に見て不利な転換や過度な保障を
推進しているケースもあるようです。
4.農協から離れる組合員の心
農協職員の意識が「組合員のため」から「ノルマ達成のため」に変化
すると、組合員はその意識の変化を敏感に感じ取ります。最初は、「長
い付き合いがある農協との関係だから」という理由で、LA・渉外担当
者のお願いに応じることもあるでしょう。しかし、キャンペーンのたび
に推進にくる、それも、普段は自分の話を聞きもしないのに、今これが
キャンペーン中だという理由だけですすめてくる。そのような LA・渉
外担当者を見て、組合員はどのように感じるでしょうか。
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識で行動します。「家の光」や「農業新聞」の定期購読など職員自身が
今では、組合員との接点は推進の場面だけという農協職員も少なくあ
りません。このような関係では、組合員と農協職員との間に親密な人間
関係を構築することなど望むべくもなく、徐々に組合員の心が農協から
離れていってしまいます。
全国の農協にお伺いして若年の農協職員と話をしていると、組合員と
農協職員との関係が希薄化し、農協の強みが失われている現状に対して
問題と感じていないことに危機感さえ覚えます。
5.職員は環境に対応して育つ
職員が「組合員のため」よりも「ノルマ達成のため」を優先するのは、
自らの役割が「ノルマ達成」だと認識しているからです。職員は、金銭
的報酬としての奨励金、非金銭的報酬としての上司、同僚による賞賛な
ど、様々な要素をもとに自らの役割を認識します。共済の推進目標達成
に対して奨励金が支給され、支店長からは推進目標を達成すれば褒めら
れ、未達成であれば叱責される。同僚の中での評価も、推進目標の達成
状況で序列が決まる。このような環境で日々業務をしていれば、自らの
役割が推進目標の達成だと認識しても不思議ではありません。
6.農協職員に求められる「専門性」と「農協らしさ」
現在の農協に必要なのは、単に共済推進や融資推進ができる「専門性」
を持った職員を育成することではなく、各事業における「専門性」と「農
協らしさ」をバランスよく発揮できる職員を育成することです。
全国の農協でお話を伺うと、必ず職員育成についての悩みがでてきま
す。事業利益が比較的大きな農協(大規模農協)では役員の皆さんから「若
年職員を中心に職員意識が金融機関化しており、農協らしさがなくなっ
ている」
「渉外・LA に農業のことを聞いても答えられないし、関心も
ない」など職員の総合事業に対する意識(「農協らしさ」)に対する悩み
を多く聞きます。一方で、事業利益が比較的小さな農協(小規模農協)
では「職員が組合員の求める専門的な要求に応えられない」というよう
な職員の「専門性」に対する悩みを聞きます。
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知識ではありません。また、小規模農協でも単に親しみやすいだけの職
員では激しさを増す競争環境を勝ち抜くことはできません。
農協がその強みを発揮して地域から必要とされる組織であり続けるた
めには、組合員から信頼される「専門性」と、農を軸に組合員と関係構
築できる「農協らしさ」を両立できる職員を育成することが不可欠です。
7.職員の成長を方向付ける人事制度改革
どのような職員が育つのかは、各農協の「人事制度」に大きく影響を
受けます。職員は自らの人事評価に対しては敏感であり、何をすれば評
価が高くなるのかを意識せずに仕事をしている職員はいません。職員に
とっては、役員が話す農協の使命よりも、自分の給与に影響を与える人
事評価のほうが優先順位の高い課題なのです。
例えば、次世代対策や組合員の囲い込みを重点課題に掲げていても、
評価されるのが共済推進の数字だけであれば、時間のかかる次世代対策
はおざなりになり、より数字に直結する既存の契約者に対するお願いに
時間を割くでしょう。また、共済推進中心の人事評価が実施されている
組織で、どれだけ地域農業に対して関心を持つように話しても、職員は
地域農業を理解するよりも共済商品を理解することに時間を使うはずで
す。つまり、人事制度は、言葉以上に組合の意思を職員に伝えます。
8.人事制度設計の基本方針となる「求められる職員像」
人事制度の検討を始めると「等級制度」「人事評価制度」「報酬制度」
などの基幹となる制度に関する議論を意識しがちですが、まずは農協と
してどのような人材が必要なのか「求められる職員像」を明確にしなけ
ればなりません。人事制度はこの「求められる職員像」を起点にして構
築されるべきものです。人事制度は独立して存在するものではなく、あ
くまでも、
「求められる職員像」に合致した職員を育成するための手段
として存在するものです。
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しかし、大規模農協であっても職員に求められているのは単なる専門
9.大切なことは総合的な視点での人事制度改革
人事制度改革において大切なことは、職員が自分に期待されている能
力や経験を等級制度をみて理解できること、現在の自分がどの程度その
期待に応えているのかを人事評価のフィードバックによってわかること、
自分のがんばりに対する組合からの評価を報酬で実感できることです。
このように求められる職員像に基づいた「等級制度」
「人事評価制度」
「報
酬制度」が一体となって機能することで、組合の期待する方向へ職員の
成長意欲を方向付けることができます。
【JA に必要な等級制度】
人事制度を設計する際に機軸となるのが、職員に期待する役割・能力
を等級ごとに定めた「等級制度」です。総合農協の等級制度を設計する
うえで重要なポイントは、各事業において求められる専門性を具体的な
能力として定義するとともに、職員の成長過程をキャリアパスとして明
確にすることです。
【JA に必要な人事評価制度】
職員にとって最も関心が高い人事制度が「人事評価制度」です。職員
は人事評価に反映される取組みには熱心になり、そうでない取組みはお
ざなりになります。つまり、職員の行動を喚起するのは、課題の重要性
ではなく自身の人事評価への影響力です。
そうであるならば、人事評価制度を上手く活用することで職員の行動
を正しい方向に導いていくことが可能になります。人事評価において、
組合が期待する行動や成果を実現した職員を高く評価し、組合の期待す
る行動や成果に応えられない職員を低く評価すればよいのです。大切な
のは、過度に成績のみを重視した評価制度を設計するのではなく、職員
の「能力」
「執務態度」「成績」をバランスよく評価できる評価制度を設
計することです。
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職員が人事評価に対して高い関心を持つのは、それが報酬に反映され
るからです。人事評価が報酬に反映されないのであれば、人事評価に関
心を持つ職員はいなくなるでしょう。職員にとって、どのような役割を
期待されていようと、どのような評価結果のフィードバックを受けよう
と、最後は、報酬として自身の口座にいくら振り込まれているのかが重
要です。職員のやる気を高め、組合として期待する行動を引き出すため
には職員の業績貢献を適切に報酬に反映させなければなりません。
10.まとめ
農協を取り巻く環境の変化は、職員に各事業における高度な専門性を
要求しています。さらに、農協が競合との競争に勝ち残っていくために
は、農協らしさを発揮できる職員を育成することも重要です。
どのような人材が育つのかは、農協が採用する人事制度により影響を
受けます。組合にとって必要な人材(求められる職員像)を明確にし、
そのような人材を適切に処遇でき、必要な人材を育てる仕組みとして「等
級制度」
「人事評価制度」「報酬制度」を設計してください。
本連載について
本連載の掲載内容は筆者の個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です。
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【JA に必要な報酬制度】