農協に必要な戦略的中期計画

第2回
農協に必要な戦略的中期計画
みず
たに
せい
ご
水谷 成吾
有限責任監査法人トーマツ JA 支援室
1.農協を取り巻く環境の変化
近年、金融機関のアグリビジネスへの取組み強化や企業の農業参入な
ど地域農業に関わる企業が増加しており、農協を取り巻く環境は大きく
変化しています。一方で、農協は前年のやり方をそのまま受け継ぐ傾向
が強く、信用事業・共済事業における残高・保有高重視の組織運営を継
続しています。しかし、これまでの成長を支えてきた組織基盤は准組合
員比率の増加や正組合員の世代交代によって弱体化しており、前年のや
り方をそのまま受け継いでいては十分な成果が期待できなくなっていま
す。
2.競合金融機関と同質化する農協の戦略
准組合員の多くは、農協に対する帰属意識や農協職員に対する信頼感
で取引するというよりは、競合金融機関と比較したうえで経済的な損得
で取引する傾向にあります。農協がこのような准組合員の期待に応えよ
うとすることで競合金融機関と戦略の差がなくなり、金利優遇キャンペ
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農協にとって信用事業の収益が占める割合が大きくなるほどこの傾向
が強く、信用事業での収益を維持するために人と資金が投入され、営農
事業に対しては赤字部門として効率化のための人員削減、コスト削減が
進められています。
このように、農協の事業収益に占める信用事業の割合が大きくなるこ
とで、職員自身も金融機関の職員と同じような発想をするようになり、
地域貢献活動に参加するよりは1軒でも多くの推進先に訪問したいと考
えています。職員と組合員との接点が推進の場だけになるにしたがって
職員と組合員との人間関係は希薄化し、農協の組織基盤の弱体化に拍車
をかけています。
3.前年のやり方を受け継いだ中期計画の限界
農協を取り巻く環境の変化は、農協に対しても変革を求めています。
事業収益が右肩上がりに拡大しているときには、前年のやり方を受け継
いで中期計画を作成すれば一定の成果は期待できたかもしれません。し
かし、農協を取り巻く環境が変化しているため、これまでどおりのやり
方では事業収益が伸び悩み、市場自体も縮小している状況を打破するこ
とはできません。
多くの農協で作成されている事業計画をみると、目標数値は前年比を
もとに設定され、重要課題も以前からの課題が継続して検討対象とされ
るなど、
「変革」に対する意識が十分ではないように感じます。農協改
革を受けて、これからの3年間は、農協にとって地域住民にその存在意
義を再認識していただく勝負の3年間とも言える重要な時期です。前年
のやり方を受け継いで中期計画を作成していては、農協に対する評価も
変わりません。これから作成する中期計画には、農協が「何を目指して」
「どのように変わっていくのか」をわかりやすく示すことが必要です。
4.中期計画に求められる「納得感」
全国大会や都道府県大会の資料をコピーしただけの中期計画では、職
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ーンを中心に准組合員化を促進しています。
員の行動を引き出すことはできません。職員が中期計画に納得し、自主
的に行動するためには、“なぜ”それをやるのか、“なぜ”その数字なの
か、行動や数字の根拠を明確にしなければなりません。職員は数字に対
するプレッシャーだけで走り続けることはできません。職員の行動を引
き出すためには「農協の使命」に対する納得感、「目標数値」に対する
納得感、
「実現方法」に対する納得感の3つが必要です。
まずは職員が「農協の使命」に納得し、実現したいと思えることが必
要です。そのうえで、職員が「目標数値」に対して自分の達成すべき数
字として納得して受け入れ、その「実現方法」について具体的にイメー
ジできていれば目標達成に向けて動き出すことができます。
5.目標数値を納得させる「市場の魅力度」の見える化
「目標数値」に対する根拠を明確にするためには、組合の置かれてい
る環境を客観的に整理することが必要です。前年比での目標設定では配
下職員の「なぜ」に答えることはできません。現在の農協を取り巻く「機
会」や「脅威」
、競合企業と比較した際の「強み」や「弱み」を客観的
に分析した結果として目標数値を設定することで職員を納得させること
ができます。
例えば、信用事業であれば、貯金、貸出金に関する市場の魅力度を見
える化することが必要です。
管内の世帯数、人口動態、平
均貯蓄額などをもとに貯金市
場の規模と成長性を整理しま
す。全ての商品について市場
規模と成長性をもとに「優良
市場」「積極投資市場」「競争
激化市場」「劣後市場」のい
ずれかに分類することで、中
期計画で取り組むべき重点商
品を絞り込むことができます。
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准組合員比率の増加や正組合員の世代交代によって多様化する組合員
の期待に対して、単に組合員満足を向上させるという目標だけでは具体
的な行動に落とし込むことができません。農協として「誰」の「どのよ
うな期待」に応えるのかを明らかにし、「実現方法」を具体的に計画し
なければなりません。このとき、組合員に対して全員一律に対応するこ
とが平等ではないと考えています。組合員の農協に対する期待に違いが
あるのなら、その違いに応じて実現方法を検討すべきです。
組合員に対して「農協のどこが好きですか? どこが嫌いですか?」
と問いかけてみてください。世代、職業、利用事業など組合員の特徴別
に結果を分析すると、組合員は様々な観点から農協を評価していること
がわかるでしょう。ここで大切なのは、組合員が「好き」「嫌い」と回
答した項目は組合員の関心の高い項目だということです。組合員の関心
のない項目をどれだけ改善しても利用にはつながりません。ここで挙げ
られた「好き」と「嫌い」の項目こそが農協が対応すべき項目です。「好
き」な項目を伸ばせば農協に対する満足はさらに高まり、「嫌い」な項
目を改善すれば農協に対する不満を解消することができます。
7.取組みの優先順位を決める組合員アンケートの活用方法
組合員の
「好き」
「嫌い」
をもとに組合員の関心を
明らかにしても、その全
てに対応することはでき
ません。農協として、
「誰」
の「どのような期待」に
「どのような順番」で対
応するのかを明確にしな
ければ、総花的な事業計
画となり実行されません。
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6.実現方法を納得させる「組合員の期待」の見える化
中期計画で重点課題を絞り込む際には、組合員アンケートを活用し、
重点課題に優先順位をつけることが有効です。組合員アンケートを単に
満足度の点数化で終わらせてはいけません。
アンケート調査で大切なことは、単に集計結果を見える化し、5点が
何割、4点が何割と円グラフにまとめることではなく、それぞれの関心
の持つ影響力を測定することで、組合員満足度を改善するための「実現
方法」に優先順位をつけることです。つまり、影響力の高い項目を優先
的に改善することで効果的に組合に対する満足度を高めることができ、
ひいては事業利用を拡大することができるのです。
8.日々の業務と中期計画を関連づけて職員の行動を引き出す
論理的に作成された目標数値も、組合員の期待を反映させた中期計画
も、職員が実行しなければ成果は期待できません。日々の業務に追われ
ている職員にとって、中期計画に記載された重点項目は重要性が高い課
題ではあっても緊急性は高くない課題という場合が多く、目の前にある
緊急性の高いルーティン業務に追われてしまうというのが日常です。
このような状況を打破して重要性が高い課題に取り組むためには、作
成された目標数値を達成するためのプロセスを具体的な実践項目として
日々の業務に落とし込むことが必要になります。
中期計画が達成できないという悩みの多くは、中期計画と日々の業務
とが結びついていないことが原因です。職員にとっては、日々の業務と
中期計画とがどのように結びついているのかが明確になっていなければ
中期計画の実行はおざなりになります。管理職にとっても、日々の管理
指標と中期計画とが結びついていなければ中期計画の進捗状況を管理し
なくなります。全ての職員にとって、中期計画の達成が1番の関心事で
なければなりません。そのためには、自らの目標達成と中期計画の達成
とが密接に関連している必要があります。つまり、各職員が自らの行動
がどのように中期計画の達成につながっているのかを理解していること
が重要です。
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中期計画の実行性を高めるためには、「行動指標」と「結果指標」を
明確に区別して管理することが重要です。
「行動指標」とは共済契約を獲得するための訪問件数のように職員の
行動に対する目標数値であり、職員が直接的にコントロールできる指標
です。一方で「結果指標」とは共済契約高など最終的な目標数値そのも
のであり、職員が直接的にコントロールできない指標です。つまり、
「行
動指標」とは目標を達成できそうかを示すものであり、「結果指標」は
目標の達成状況を示すものです。直接コントロールできない「結果指標」
だけを管理していても目標達成は運に任せるしかありません。
大事なのは、直接コントロールできる「行動指標」を管理することで
目標達成の可能性を高めることです。さらに、この2つを区別して管理
することで契約高などの結果だけではなく、職員の行動(がんばり)を
評価することができ、職員のやる気を引き出すことができます。
このとき、欲張って目標数値を多く設定しすぎてはいけません。目標
数値が多くなるとかえって達成率は低くなります。あれもこれも設定し
ておけば、どれか達成するだろうという発想は間違いです。達成すべき
目標数値を絞り込んで、集中するからこそ達成できるのです。
10.まとめ
現在のように農協が変革を求められている時だからこそ、職員が中期
計画を見てワクワクするような計画を作成したいものです。客観的な現
状分析結果や組合員の期待を反映した中期計画は、職員に対して説得力
があります。そして、説得力を持って職員に受け入れられる中期計画は、
組織をあるべき姿に導く原動力となります。中期計画は3年に1度のル
ーティン業務だと思わずに、農協の未来を創る重要な計画だと考えて、
しっかりと「思い」をこめて作成してください。
本連載について
本連載の掲載内容は筆者の個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です。
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9.測定可能な目標設定による進捗管理