特別支援学校(肢体不自由)の自立活動における児童

特別支援学校(肢体不自由)の自立活動における児童生徒同士のかかわりを促す
取組に関する調査研究
木村 文香
Ⅰ
問題
童生徒にどのような力を身に付けさせたいと考え
2009 年、障害による学習上又は生活上の困難を
て指導を行っているのか、指導の困難にどのよう
改善・克服するための指導領域である自立活動に
に取り組んでいるのか等を明らかにすることは、
「人間関係の形成」が新たに追加された。これに
学校現場の広く具体的な実態把握が期待でき、今
より、自他の理解を深め、対人関係を円滑にし、
後の肢体不自由教育に貢献できると考える。
集団参加の基盤を培う観点が盛り込まれた(文部
Ⅱ 目的
科学省,2009a)。池田(2013)は、重度・重複障害児
本研究では、特別支援学校(肢体不自由)の自立
と教師とのかかわりに焦点をあてた研究の中でか
活動「人間関係の形成」
「コミュニケーション」の
かわりについて「言語的・非言語的コミュニケー
指導における児童生徒同士のかかわりを促す取組
ション、心情面の交流、そして、材料・用具を介
について調査研究によって明らかにする。
してのやりとりすべてを含むもの」と定義してい
Ⅲ 研究Ⅰ
る。また、駒田(2011)は「他者と関わりながら、
1 目的
感情や気持・意思を自分の行動や言葉で豊かに表
児童生徒同士のかかわりを促すための指導実
現できる力」を身に付けることが社会の一員とし
態と課題、児童生徒同士のかかわりに対する教師
て生活するための「生きる力」の一つとして大切
の意識と具体的な取組について明らかにする。
であると述べ、
教師と子どもの関係だけではなく、
2 方法
子ども同士のかかわりも考えていくことが必要だ
全国の特別支援学校(肢体不自由)の中から、小
としている。さらに、今井・生川(2013)は人間関
学校に準ずる教育課程(以下、準ずる教育課程)及
係の形成の指導に関する教師の課題について「身
び知的障害特別支援学校の各教科の内容に替えた
に付けた知識・技能や行動を日常生活の中で児童
教育課程(以下、知的代替教育課程)の児童が在籍
が発揮できるようにすること」
、次いで「児童生徒
している 91 校で「児童同士(又は児童生徒同士)
の実態に合った指導方法を取り入れること」を挙
のかかわり」について指導している又は指導経験
げている。これらの研究は、重度・重複の児童生
のある教師に依頼し、研究協力が得られた 31 校
徒又は知的障害特別支援学校の児童生徒の調査研
計 51 名を対象に郵送による質問紙調査を行った。
究や実践報告である。神部・藤井(2015)は、知的
返信のあった 24 校、準ずる教育課程教師 22 名、
障害特別支援学校において肢体不自由を併せ有す
知的代替教育課程教師 19 名計 41 名の結果を集計
る児童生徒に対する教育の現状から、課題として
した。調査項目は予備調査で確定した①教師(回答
「指導内容・方法」に関するカテゴリーが最も多
者)の属性②児童の実態について③自立活動にお
く挙げられ、具体的には「学習内容の選定や、目
ける指導実態④指導上の課題と対応④教師自身が
標設定と評価」に関すること、
「個別と集団学習の
これまで児童に「他者とのかかわり」を自立活動
バランス」に関することや、
「児童生徒の自己理解
の中で指導する際に心がけてきたこと、について
を深める手立て」に関することが挙げられたと報
回答を求めた。
告している。
3 倫理的配慮
教師は「児童生徒同士のかかわり」を通して児
学内の倫理委員会に研究実施の申請を行い、実
表 1 個別の指導計画における目標設定の有無
項目
ある
ない
準ずる教育課程
(n=22)
人数
(%)
6
(27.3)
12
(54.5)
知的代替教育課程
(n=19)
人数
(%)
9
(47.4)
8
(42.1)
未回答
4
(18.2)
2
(10.5)
計
22
(100.0)
19
(100.0)
施に問題がないことを確認した(承認番号:
2015-18)。
4 結果と考察
1)回収状況
返信があった 24 校、
準ずる教育課程教師 22 名、
知的代替教育課程教師 19 名計 41 名の結果を集計
した。
2)「児童生徒同士のかかわり」を促す取組の実態
教師が思い浮かべた児童の個別の指導計画にお
いて
「児童生徒同士のかかわり」
に関する目標が、
準ずる教育課程では、
「ない」が約 5 割、知的代
替教育課程では「ある」が 4 割強であった。各教
育課程を合わせてみてみると、
「ない」の方が多か
った(表 1)。指導目標を設定するまでの手続きにつ
いて、両教育課程で教師が自分で児童の実際のか
かわりや様子を見て目標を設定している場合が最
も多かったが、「学級の教師間で話し合い」「他
の学級の教師も交えた話し合い」「保護者からの
聞き取りを参考にする」「病棟の育務(保育士)」
「担当看護師」「放課後利用している施設の人と
の情報交換」「前担任との話し合い」といった児
童にかかわる多くの人々によって目標が設定され
ていることがわかった。教師が児童にかかわる
様々な人と連携して目標設定に取り組んでいると
ことが考えられる。具体的な指導場面について、
準ずる教育課程では「体育」
「国語」
「算数」等の
各教科の中で指導を行っている教師が約 3 割弱、
知的代替教育課程では「朝の会」
「集会」
「準ずる
教育課程との合同学習」等の特別活動で指導を行
っている教師が 4 割強を示していた。吉川(2013)
は自立活動の指導サイクルについて、実態把握を
もとに個別の指導計画を作成し、
指導目標の設定、
表 2 指導上の困難さへの教師の取組
複数回答(n=29)
度数
(%)
同じ職場の先生方と話し合う
28
(96.6)
研修に参加する
文献・書籍・インターネットを見る
9
8
(31.0)
(27.6)
児童の姿が映っているビデオを見返す
個別の指導計画を参考にする
4
4
(13.8)
(13.8)
個別の教育支援計画を参考にする
専門家に相談する
4
4
(13.8)
(13.8)
近くの特別支援学校の先生方に相談する
その他
0
5
(0.0)
(17.2)
項目
指導内容の選定、授業実践、評価という流れが重
要だと述べている。評価方法について、準ずる教
育課程では「活動中の様子を見ながら評価」が約
9 割と最も多く、知的代替教育課程では、
「学級の
教師間で話し合う」が 8 割強と最も多いことから、
目標設定同様に児童にかかわる様々な人と指導の
評価を行っていることがわかった。
3)指導上の課題への教師の取組
評価に関する課題の有無について、
「ない」が約
5 割であり、
「ある」と回答した 3 割強の教師のう
ち、準ずる教育課程では「他の先生方と話し合い
をする時間が確保できない」が 6 割強と最も多か
った。その他にも、
「共通理解の困難さ」「教師の
主観に陥ってしまう」
「評価基準を決める困難さ」
等が見られた。
今井・生川(2014)は知的障害特別支援学校にお
ける自立活動の教員の課題意識について、学校現
場では、教員間の話し合う時間を確保することが
容易ではないことを述べている。これは、肢体不
自由特別支援学校を対象とした本研究でも同様で
あり、限られた時間の中で教員間の話し合いの時
間をいかに確保していくかということが課題解決
につながると考えられる。また、今井・生川(2014)
は家庭の理解及び協力、自立活動担当者を中心に、
外部専門家との積極的な連携をして、そこで得ら
れた助言や知見等を指導に活かしていくことで教
師の評価の際に感じる困難さの軽減につながると
述べている。
「児童生徒同士のかかわり」を指導し
ていく中で教師は 31 名と全体の 7 割強が指導上
の困難さを感じていることがわかった。指導上の
表 3 準ずる教育課程の教師が「他者とのかかわり」の指導の
中で心がけていること
複数回答(n=22)
表 4 知的代替教育課程の教師が「他者とのかかわり」の指導の中
で心がけていること
複数回答(n=19)
度数
(%)
かかわりの基礎
9
(40.9)
(内訳)人とかかわる楽しさを感じさせる場の
設定
4
(18.2)
安心して人とかかわれる経験をさせる
3
(13.6)
自分の気持ちを伝えることの大切さに
気付かせる
2
(9.1)
自己理解・他者理解
8
(36.4)
自己理解・他者理解
(内訳)自己への気付き
3
(13.6)
(内訳)相手から見た自分に気付かせる
他者への気付き
3
(13.6)
自己肯定感を高める
2
(9.1)
将来のことを児童に意識させる
4
(18.2)
(内訳)場に合った言葉遣い
カテゴリー
度数
(%)
9
(47.4)
3
(15.8)
3
(15.8)
3
(15.8)
6
(31.6)
2
(10.5)
相手に気付いてもらう
2
(10.5)
自分の気持ちをコントロールする力
2
(10.5)
教師の介入を控える
4
(21.1)
カテゴリー
かかわりの基礎
(内訳)人とかかわることの楽しさに気付かせ
る
人とかかわれる楽しさを感じさせる場の
設定
相手に伝わる経験を大切にする
2
(9.1)
綿密な目標設定を行う
1
(5.3)
挨拶の場面を大切にする
1
(4.5)
その他
2
(10.5)
話す時のマナー
1
(4.5)
集団への参加
3
(13.6)
(内訳)集団の中で困らない行動の仕方
2
(9.1)
1
(4.5)
束した。具体的には「児童が身近な人とかかわる
綿密な目標設定を行う
2
(9.1)
場面を多くし、自らかかわりを楽しめるように促
その他
1
(4.5)
教師を介さず集団に働きかける力
困難さを減らすための教師の取組について「同じ
職場の先生方と話し合う」が最も多く、約 9 割強
を占めていた。次いで「研修に参加する」が 3 割
弱であった(表 2)。これにより、同僚と話し合うこ
とで困難を減らそうとしている様子が窺えた。
「そ
の他」については、自由記述により回答を求めた
結果、
「姿勢の保持のための工夫、教材の工夫」
「他
学年とのかかわりを意図的に増やす」
「交流学習を
推進する」
「その児童の実態に少しでも近い児童と
のグルーピング」
「環境を整えること」
「他学部、
居住地校交流等かかわる場の設定」等であった。
高橋(2015)は知肢併置特別支援学校における学校
現場の課題を析出し、
「設備のありかた」
「障害特
性に応じた配慮」
「通学支援のありかた」
「行事の
あり方」
「個々の児童・生徒に応じたきめ細かな指
導」といった課題に対して教員たちが方策を見出
そうとしている記述が多く見られたことを述べて
いる。本研究においても、教師たちが困難さを減
らすために取り組んでいることが推測された。
4)教師が「児童生徒同士のかかわり」の指導で心
がけていること
準ずる教育課程、知的代替教育課程の教師が心
がけていることについて KJ 法を参考に整理・収
す」
「人とかかわることの心地よさを経験する」等
の回答が挙げられた。次に、
「自己への気付き、理
解を高める」
「自分の気持ちの整理の仕方」
「身近
な児童や教師とのかかわりから、相手の気持ち、
感情に気付かせる」等の回答が挙げられた(表 3、
表 4)。
以上のことから、
「児童生徒同士のかかわり」を
促すために教師は他の教職員と情報共有を行いな
がら児童が自分の力で周りの児童生徒にかかわっ
ていける力を身につけられる場面を大切にしてい
ることが示唆された。
Ⅳ 研究Ⅱ
1 目的
研究Ⅰを受けて、特別支援教育(肢体不自由)の
教師が児童生徒同士のかかわりの促進に向けた要
因(指導実態、評価、教師の意識)について事例的
に明らかにする。
2 方法
研究Ⅰで行った質問紙調査において、個別の指
導計画内に「児童生徒同士のかかわり」について
目標の設定をしている又は評価又は指導の中で
「困難さを感じていない」と回答しており、指導
での困難さを減らすために複数の取組を行ってい
る A 特別支援学校小学部の教師を対象に調査を行
った。教師 B(準ずる教育課程)、教師 C(知的代替
が大切だと考えていた。児童たちは日々成長して
教育課程)を対象に学校を訪問しての半構造化面
いくため、自分自身の指導内容についても日々変
接法を以下の質問項目を用いて行った。①「児童
化があるということを述べていた。
生徒同士のかかわり」
についての教師の意識②
「児
Ⅴ 総合考察
童生徒同士のかかわり」の指導内容設定の手続き
研究Ⅰ、研究Ⅱの両研究を通じ、自立活動にお
について③指導を通しての児童の変容と指導上の
ける児童生徒同士のかかわりを促す取組として以
課題への取組について④教師の意識と指導実態と
下の視座を得た。教師が児童にかかわる様々な人
の関連、についてである。
と連携して実態把握を行い、個別の指導計画の目
3 結果と考察
標設定、評価に取り組んでいることが示唆された。
1) 「児童生徒同士のかかわり」についての教師の
しかし、個別の指導計画内に「児童生徒同士のか
意識
かわり」に関する明確な目標の記載がなくとも、
教師 B は「挨拶」を通して児童が人とかかわる
児童生徒同士のかかわりについて指導支援を行っ
力を身に付けてほしいと考え、教師 C は「他人に
ていることが推察された。自立活動の時間の指導
自分がどのように見られているのか」という視点
をはじめ教育活動全体を通して、児童に他の児童
を育てることを大切だと考え、さらに、高等部を
生徒とかかわる体験させようとしていることが考
卒業した時にどれだけ、自分の力を活かして生き
えられる。教師が指導上の困難さを減らすための
ていけるかというところも大切にしていた。
取組について「同じ職場の先生方と話し合う」
「研
2)「児童生徒同士のかかわり」の指導内容の設定
修に参加する」
「姿勢の保持のための工夫」
「教材・
の手続き
教具の工夫」
「他学年とのかかわりを意図的に増や
教師 B は個別の指導計画内に「児童生徒同士の
す」
「交流学習を推進する」
「その児童に少しでも
かかわり」
に関する明確な目標の記載がなくとも、
実態の近い児童とのグルーピング」
「環境を整える」
指導に取り組んでいた。教師 C は、同じクラスの
「他学部、居住地校交流等かかわる場の設定」と
教師との日頃の情報交換や保護者との会話の中か
いったことが大切であった。
ら目標を設定し、指導内容を選定していた。
以上のことから、教師は児童が他の児童生徒と
3) 指導を通しての児童の変容と指導上の課題へ
かかわる様子を見て、今後の活動へつなげる取組
の取組について
を考えていることがわかった。よって、教師の意
教育課程の枠を超えて教師が連携して「A クラ
ブ」という活動を行っていく中で、児童が他の児
識と具体的な取組が児童生徒同士のかかわりを促
していることが推察された。
童に声を掛け合って遊ぶ姿が増えたと感じていた。
また、児童がクラスの児童の前で発表を行った後
には、自然と友達をほめる言葉が出てきたことに
対して、教師が知らなかった児童の一面を知るこ
とができたと述べていた。指導上の困難に対して
は他の学部の教師とも話し合いを行い困難の対応
に取り組んでいた。
4)教師の意識と指導実態との関係について
教師 C は「社会に出ても困らないように」とい
うことを念頭に置き、指導を行っていた。また、
児童が高等部を卒業し、自分の力を活かして生き
ていくことに向かうためには児童同士のかかわり
文献
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的研究—児童
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対する教育の現状と求められる方策.秋田大学教育文化学部教育実践研
究紀要 第 37 号,201-208.
駒田美奈(2011)仲間の中で一人一人の表現する力を育てる授業づくり—「お
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別支援学校に関する議論をめぐって—.神戸大学大学院人間発達環境学
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