難聴通級指導教室に通う聴覚障害児における聴能・発音指導についての研究 ~保護者との協力による指導について~ 金泉 晶子 Ⅰ 問題と目的 近年,新生児聴覚スクリーニング検査の導入に より,聴覚障害の早期発見が可能になった。早期 からの聴覚補償と言語指導により,重度の聴覚障 害児であっても,音声言語を獲得し通常の学級で の教育を希望するケースが増えている。 しかし,通常学級においては日常会話や授業に 果を見ることができるか ② 保護者が家庭学習を実施するためには,どの ような方法・内容・量が適切であるか ③ 保護者は家庭学習に対してどのように感じ ているか ④ 保護者との協力による指導を,さらに有効な ものにするための課題は何か 音声言語を使用するため,聴覚障害児自身の発音 明瞭度・受聴明瞭度がコミュニケーション上の困 Ⅱ 予備的調査 難となることがあり,聴覚障害児によっては継続 1 方法 した発音指導と聴能指導が必要な場合がある。通 1)対象:新潟県内の小学校に設置されている難 常の学級に在籍する聴覚障害児の多くは,聴能・ 発音指導を通級による指導で受けている。しかし 聴通級指導教室担当者8名 2)目的:新潟県の難聴通級指導教室における, 聴能・発音を定着させるためには,繰り返し指導 聴能・発音指導,保護者との連携についての現 を行うことが必要であり,限られた時間と場所で 状把握および本研究の対象児の選定 行う通級による指導だけでは,これらの改善は難 3)方法:郵送法による質問紙調査 しいことが示唆されている(羽鳥,2004)。 2 結果 加藤(2006)は,小学校低学年の保護者では, 8名全員から回答が得られた。聴能指導を受け 発音指導の希望が多く,高学年の保護者になると ている児童は 47 名,発音指導を受けている児童 教科の補充指導の希望が多くなると述べている。 は 50 名であった。そのうち発音の家庭学習を依 発音指導へのニーズが高い小学校低学年段階で保 頼しているケースは 14 名(28%),聴能の家庭学 護者と協力し,発音・聴能指導の中で,保護者が 習を依頼しているケースは 0 名(0%)であった。 出来る部分について,家庭学習として依頼するこ とで,聴覚障害児の発音・受聴明瞭度の向上・定 Ⅲ 方法 着へと繋がり,通常学級でのコミュニケーション 1 対象者 上の困難を早期に解決することができると考えら J 市内に在住し難聴通級指導教室に通う,聴覚 れる。しかし,通常学級に在籍する聴覚障害児の 以外に障害のない低学年の児童1名(以下 A 児と 保護者に焦点を当てた研究や事例報告はまだ数 する) ,および対象児の保護者。 が尐ない。 2 実態把握 本研究では,難聴通級指導教室に通う聴覚障害 行動観察,聴力検査等,保護者・通級指導教室 児1名を対象とし,聴覚障害児が抱える聴き取 担当者から情報収集を行った。 り・発音の不明瞭さに基づく困難を早期に解決す 3 指導計画の作成 るため,保護者との協力による聴能・発音指導を 実態把握から抽出した課題について,岡(1990), 実施し,次の4点を検討することを目的とする。 柳生(1991),湧井(1992),板橋(2006)を参 ① 保護者の評価と検査結果から家庭学習の効 考に指導計画を作成した。 表1 受聴明瞭度検査の結果 表2 発音明瞭度検査の結果 単音節 単語 文 指導前 95.0% 92.0% 93.7% 指導後 95.0% 100.0% 100.0% 4 指導の手続き 1)場の設定: 単音節(母音の明瞭度) 文 指導前 76.7%(87.4%) 79.6% 指導後 73.1%(94.3%) 90.8% 3 A児の課題 実態把握より,聴能課題は/∫/・/t∫/の弁別,[ha] 上越教育大学 特別支援教育実践研究センター と[ta]の弁別とし,発音課題は/∫/を文や日常会話の 2)指導期間:2009 年 6 月~7 月 中で発音できることとした。 3)指導時間:1回の指導につき,約 30 分 4 A児の指導と家庭学習 4)指導の流れ: (1)指導計画の流れと家庭学習として依頼する 部分を決定し、活動手順表とチェック表を 作成する。 2009 年 6 月~7 月A児に対して聴能・発音指導 を行い,家庭でできる部分について保護者に家庭 学習を依頼した。 聴能の家庭学習は 35 日間依頼し,保護者は 23 (2)保護者同席で筆者が A 児に指導を行う。家 日(65.7%)実施した。発音の家庭学習は 35 日 庭学習を依頼する部分は,作成した活動手 間依頼し,保護者は 20 日(57.1%)実施した。 順表等を使用し,指導の見本を見せる。 5 受聴・発音明瞭度検査の結果 (3)保護者に指導方法やチェック表の記入方法 について確認を行う。 (4)指導に疑問や不安があれば保護者に説明を A児の受聴明瞭度検査の結果は,単音が指導前 95%,指導後 95%であった。単語は指導前 92%, 指導後 100%であった。文は指導前 93.7%,指導 行い,問題がなければ家庭学習を依頼する。 後 100%であった(表1)。 (5)次の指導時に保護者が記入したチェック表 発音明瞭度検査の結果は,単音が指導前 76.7%, と保護者への聞き取りから,課題の達成状 指導後 73.1%であった。このうち母音の発音明瞭 況を大まかに把握する。 度を抽出したところ指導前 87.4%,指導後 94.3% (6)必要であれば指導内容の修正を行う。 であった。文は指導前 79.6%,指導後 90.8%であ (7)以上の流れを繰り返し行う。全ての指導が った(表2)。 終了した後,発音・受聴明瞭度検査および 保護者アンケートを行う。 6 保護者の評価 本研究の指導・家庭学習の方法や効果などを評 価するため,指導終了後に保護者にアンケートを Ⅳ 結果 依頼した。保護者は大学での指導や家庭学習によ 1 A児の実態 り,A児の聴き取り・発音が良くなったと評価し 7歳女児,両耳中等度感音性難聴であり,両耳 た。また,毎日家庭学習を実施することは負担で に補聴器を装用している。4歳過ぎに難聴が発見 あったが, 時間のある時に取り組むことができた, され,4歳7カ月から週1回聾学校幼稚部に通っ と評価した。 て指導を受けていた。 現在は通常の学級に在籍し, 7 難聴通級指導教室担当者の評価 難聴通級指導教室で週1回指導を受けている。 2 聴力検査の結果 A児の平均聴力レベルは右 66dB,左 78dB 装 用閾値の平均は 30dB であった。 通級指導教室担当者との情報交換の会話から, A児の発音についての評価を抽出した。指導開始 から半月後には,A児の/∫/の発音が明瞭になって きたとの評価を得ることができた。 Ⅴ 考察 している」 「今後も保護者との協力による指導を受 1 家庭学習の効果 けたいと思う」と高く評価しており, 「日頃の発音 指導後の受聴明瞭度検査に,大きな変化は見ら でおかしなところをすぐ直せる」 「毎日はできなか れなかった。指導後の発音明瞭度検査は,文・単 ったが,時間のある時にできるので,発音への意 音節における母音明瞭度に向上が見られた。しか 識が高まった」と特に発音指導における家庭学習 し保護者は「家庭学習によりA児の聴き取り・発 のメリットを感じていることが分かった。 音がとても良くなった」と高く評価した。このこ 家庭学習を毎日行うことは負担であったが,そ とから,検査結果に大きな変化は見られなくても, れ以上に家庭学習の効果が見られたことで,家庭 保護者が家庭学習の効果を感じる可能性があるこ 学習を継続することができたと考えられる。 とが分かった。 4 保護者との協力による指導の課題 以上のことから,家庭学習の効果を考える場合 本研究は 1 事例研究であることから,今後は事 は,特に保護者の主観的評価を行うことが大切で 例を増やし,対象児や保護者が変わっても,同様 あると考えられる。 の効果が得られるか検討することが必要である。 2 家庭学習の方法・内容・量 また,保護者だけでなく子ども自身についても 本研究では,保護者同席のもと指導を行い,家 主観的評価を行うことで,子ども自身が達成感や 庭学習用の活動手順表とチェック表を使用して筆 満足感を得られ,やりたいという気持ちになるよ 者が指導を行った。家庭学習の量は 1 回 15 分程 うな課題を検討することが大切である。 度とし,保護者の都合に合わせて課題を減らす, 本研究では,家庭学習における何が保護者の負 時間のない時は行わないなど,負担にならない範 担となっているかについては検討していない。今 囲で行うよう依頼した。 後は保護者の負担の内容ついても聞き取りや主観 保護者は家庭学習の依頼方法や使用した活動 的評価を行い,保護者の負担を軽減するための方 手順表・チェック表はとても分かりやすかった, 法を検討し,より通級指導教室で行いやすい保護 家庭学習の量はちょうど良かった,家庭学習の内 者との協力による指導について検討することが, 容は簡単であったと評価した。 必要であると考えられる。 このことから,本研究の方法や量であれば,比 較的簡単に家庭学習を行うことができる可能性が 文献 あると考えられる。 羽鳥百十子(2004)新潟県の難聴通級指導教室の しかし,保護者は家庭学習を毎日行うことは負 現状と問題点に関する調査研究-教師・保護 担だったと評価し,家庭学習のデメリットとして, 者・通級児を対象としたアンケートの結果から 大学の指導と比べてA児に緊張感がないこと挙げ -.上越教育大学大学院修士論文. ている。本研究では大学での指導と家庭学習の内 容は全く同じであったことから,A児にとっては 課題の難易度が低く,モチベーションが上がりに くい状態だったことが推察される。柳生(1991) が述べているように, 子どもの力より尐し難しく, 学習をやり遂げた時に喜びを得られるような指導 内容を検討する必要がある。 3 保護者による家庭学習に対する評価 保護者は本研究で行った,保護者との協力によ る指導について「とても効果を感じている」 「満足 板橋安人(2006)聴覚障害児の「発音・発語」学 習.聾教育研究会. 加藤以津子(2006)聾学校における通級による指 導の実際.特別支援教育,22,38-41. 岡辰夫(1990)たのしいはつおんきょうしつ 発 音・発語指導マニュアル.コレール社. 湧井豊(1992)構音障害の指導技法-音の出し方 とそのプログラム-.学苑社. 柳生浩(1991)だれでもできる発音・発語指導. 田研出版.
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