研究報告 - 協同組合 広島県鉄構工業会

日本建築学会中国支部研究報告集 第39巻
249
平成28年3月
高力ボルト摩擦接合部の孔あけ加工方法がはし抜け破断に与える影響に関する実験的研究
○清水 斉*1
田渕健也*2
中澤好道*4
中村義行*6
遠藤健太*8
正会員
非会員
正会員
正会員
非会員
高力ボルト摩擦接合
レーザー孔
はし抜け破断
すべり係数
非会員 江尻凌也*2
正会員 井上祐喜*3
正会員 永谷仁成*5
非会員 半田憲吾*7
孔あけ加工
引張耐力
2.2 試験体
1. 研究背景と目的
現在,鋼材の切断は,ガス切断,プラズマ切断,レーザ
試験体一覧を表 1 に,試験体を写真 1 に,試験体図面を
ー切断などの方法があり,諸条件を考慮して最適な方法で
図 2 に示す.板厚は,中板 16mm,添板 9mm とした.図 2
行われている.中でも,レーザー切断法は加工精度が高く,
の試験体の右側中板がはし抜け破断するようにはしあき寸
輪郭切断のほかに孔あけ加工も可能である.しかし,高力
法を設定した.試験体の形状、サイズは参考文献 8)を参
ボルトの孔あけ加工については,建築工事標準仕様書
考に決定した.
JASS61)によりドリル加工のみ認められており,切断と孔
ドリル孔の試験体1ケースと,レーザー孔のレーザー切
あけ加工は別々の工程で行われている.
断開始位置によるはし抜け破断への影響を確認するため,
2)
レーザーによる孔あけ加工は実用可能域に達しており ,
レーザー切断開始位置を加力方向と 90°,67.5°,45°,
高力ボルト摩擦接合における孔の加工形式の違いによるす
べり係数の差は見られないと報告
22.5°とした 4 ケース,合計 5 ケースを準備した.各ケー
3)4)5)
されている.引張耐
力についても,ほとんど差がないと報告
6)7)
スは 3 体ずつの実験を行う.
されているが,
高力ボルトの孔あけ加工方法は,はし抜け破断を予定す
正味断面位置での引張破断を対象にした耐力に関する報告
る図 2 の右側の中板の孔のみレーザー孔とし,その他の中
がほとんどである.レーザー孔を用いた場合のはし抜け破
板及び添板はドリル孔とした.レーザー孔あけの装置は,
断に関する報告は見られない.そこで,本研究では,ド
出力容量 4kw を用いた.
リル孔とレーザー孔の試験体を用いて,孔加工の違いに
鋼材種は SN400B とし,使用ボルトはトルシア形高力ボ
よるはし抜け破断耐力への影響を実験的に比較,考察す
ルト(S10T)M20 としている.
る.合わせてすべり試験も実施する.
試験体の摩擦面は,黒皮を除去して,錆発生剤を塗布し,
48 時間後に赤錆が発生したことを確認した後,高力ボル
2. 試験方法
トの締付けを行った.
2.1 試験概要
すべり試験は,
「鋼構造接合部設計指針」の「付 7 す
べり係数評価試験法」に準ずるものとする.はし抜け破断
耐力確認試験は,すべり試験と同一の試験体とし,すべり
試験に引き続き,試験体が破断に達するまで載荷し,その
最大引張耐力を確認する.
写真1 試験体
表 1 試験体一覧
加工方法
試験体
ドリル
D400BM20C-1.2.3
レーザー L400BM20C90-1.2.3
レーザー L400BM20C67.5-1.2.3
レーザー L400BM20C45-1.2.3
レーザー L400BM20C22.5-1.2.3
略称
D
L90
L67.5
L45
L22.5
使用ボルト S10T
M20(首下長さ65mm)
M20(首下長さ65mm)
M20(首下長さ65mm)
M20(首下長さ65mm)
M20(首下長さ65mm)
An Experimental Study on Influence of the Difference of Drilling
Process on The fracture at The End Distance of High Strength
Bolted Joints
添板(中板) SN400B
9×65×270(16×65×260)
9×65×270(16×65×260)
9×65×270(16×65×260)
9×65×270(16×65×260)
9×65×270(16×65×260)
試験体数
3
3
3
3
3
Hitoshi SHIMIZU, Ryouya EZIRI, Kenya TABUCHI,
Yuuki INOUE, Yoshimichi NAKAZAWA,
Hitonari NAGATANI, Yoshiyuki NAKAMURA,
Kengo HANDA, Kenta ENDOU
269
2.4
素材試験結果
実験に使用した添板 9mmと中板 16mmの素材試験結果
を表 2 に示す.
表 2 素材試験結果
降伏応力度 引張強さ
σy(N/mm2) σu(N/mm2)
289.2
450.5
284.3
442.9
板厚
9mm
16mm
2.5
破断伸び
δ(%)
28
30
接合部の降伏耐力と最大耐力の計算値
表 3 にボルトの最大耐力,試験体接合部の降伏耐力と最
大耐力を示す.すべり耐力(Ps)の値は,ボルト張力を標
準張力とし,すべり係数を標準である =0.45 と,実際
に想定されるすべり係数 =0.60 について算出している.
中板の降伏耐力(Py)の値は,降伏点を設計値とした場合
図1 試験体図面
と,素材試験の結果に基づいた場合を示している.最大
耐力(Pu)の値は,引張強さを設計値とした場合と,素材
試験の結果に基づいた場合を示している.ボルトの最大
耐力は設計値を示す.
表3 降伏耐力と最大耐力(単位:kN)
Py(kN)
写真 2 ドリル孔
D400BM20C (D)
写真 3 レーザー孔
163.8
218.4
(標準張力の場合)
(μ=0.45)
(μ=0.60)
L400BM20C45 (L45)
設計値
写真 2 にドリル孔,写真 3 にレーザー孔を示す.レーザ
Py1
Py2
ー孔には,レーザー切断開始位置に溶損ノッチが認められ
161.8
110.5
素材試験
降伏点
195.6
133.6
設計値
bPu
Pu1
Pu2
Pu3
362.6
275.2
188.0
231.6
素材試験
引張強さ
304.7
208.2
255.5
Ps:すべり耐力
る.
2.3
Pu(kN)
Ps
Py1:中板の正味断面での降伏耐力
孔直径の精度
Py2:中板のはし抜け降伏耐力
図 2 に,試験体の孔径の計測結果を示す.はし抜け破
P :ボルトの破断耐力
断を予定している中板の孔に対し,ドリル孔の場合は,
b u
加力方向とその直交方向及び加力方向に対し 45 度の 3
Pu1:中板の正味破断耐力
箇所の直径を,板の両面から測定している.レーザー孔
Pu2:中板のはし抜け破断耐力
の場合は,加力方向とその直交方向及びレーザー切断開
Pu3:中板の局所的ちぎれ破断耐力
始位置の 3 箇所の直径を,レーザーの照射側を表とし,
2.6 すべり試験および引張耐力試験
両面から測定している.90°の試験体は,レーザー切断
載荷は 1000kN 万能試験機による単調引張とし,試験
開始位置が加力方向の直交方向と一致するため,加力方
体が破断に達するまで載荷を行った.計測項目は荷重,
向に対し 45 度の位置を測定している.
すべり量,ボルトの軸力,加力方向の変形とした.
万能試験機および変位計の取付け状況を写真 4 に示す.
ドリル孔の直径は,表裏で差がなく,設計値で加工で
きている.レーザー孔の直径は,表裏の平均値は設計値
を示しているが,表側直径は約 0.2mm小さく,裏側直
径は約 0.2mm大きい値を示しており,レーザー照射側
よりも照射反対側のほうが大きい.
ボルト孔径(mm)
22.50
22.25
22.00
21.75
21.50
D
L67.5
L90
基準値 22mm
図2
L45
表
L22.5
裏
L(all)
平均
写真 4 万能試験機および変位計への取付け状況
試験体の孔径の計測結果
270
3.試験結果
すべり荷重の決定方法は「鋼構造接合部設計指針」の
「付 7 すべり係数評価試験法」によるものとし,荷重-す
べり曲線において,P1:0.2mm までに最大荷重が生じた場
合はその最大荷重,P2:明瞭な主すべりが生じた場合はそ
の主すべり荷重,P3:明瞭な主すべりが生じない場合はす
べり量 0.2mm に対応する荷重とした.
表 4 に,高力ボルトの軸力値として,標準ボルト張力
182kN を用いた場合のすべり係数を示す.また,各ケー
スで実施した3体のすべり係数の平均値を,図 4 に示す.
各試験体のすべり係数では,ドリル孔の最小値が 0.57,
レーザー孔の最小値が 0.53 であり,全ての試験体で
0.45 以上である.
すべり係数の平均値では,各ケースで 0.01 程度の差は
あるが,ドリル孔とレーザー孔でのすべり係数に,ほと
んど差異はみられず,すべり係数は同等の値となっている
と判断できる.
3.1 荷重-変形関係
図 3 に引張荷重と変形の関係について各ケース1体ず
つの結果を示す.変形は万能試験機の試験体固定位置の間
隔を測定している.載荷開始時に試験体と固定部のなじみ
変形が発生するため,各試験体の弾性変形部分が一致する
ように計測値の補正を行なっている.
すべての試験体において,ボルトが1本の側にすべりが
発生し,その後ボルトが孔の端に当たるまで数回のすべり
を繰り返す.その後鋼材が降伏し降伏棚を経て,ひずみ硬
化域に入る.その後最大引張耐力を経て,はし抜け破断し
ている.降伏棚の値は,素材試験の降伏応力度から算出し
た正味断面部の降伏耐力に近く、はし抜け降伏耐力より大
きい.また,最大引張耐力は,素材試験の引張強さから算
出したはし抜け破断耐力より大きい.
最大引張耐力を経た後,耐力が急激に低下する変形は,
ドリル孔の場合よりもレーザー孔の場合の方が小さい.
0.8
これは,写真 5 のはし抜け破断状況に示すように,孔
部分の伸びの差によるものである.
すべり係数
0.6
▼
▼▼ ▼ ▼
250
208kN
200
196kN
荷重(kN)
L90‐1
L22.5‐1
0.5
0.3
L90
正味断面降伏耐力(素材試験結果に基づく計算値)
はし抜け降伏耐力(素材試験結果に基づく計算値)
0
5
10
15
20
変形(mm)
25
図4
30
各試験体のすべり係数
すべり
試験体
荷重
番号
決定方法
D-1
D-2
D-3
L90-1
L90-2
L90-3
L67.5-1
L67.5-2
L67.5-3
L45-1
L45-2
L45-3
L22.5-1
L22.5-2
L22.5-3
レーザー孔(L45)
写真 5
L22.5
各ケースのすべり係数平均値
表4
差
ドリル孔
L67.5
L45
試験体略称
35
図3 引張荷重-試験体全長の変形関係
はし抜け破断の状況
3.2 すべり係数
すべり係数試験結果から下式を用いてすべり係数を算
定する.算定結果を表 4 に示す.
・・・・・・・・・・・・・(1)
記号
0.59
0.45
0.4
D
はし抜け破断耐力(素材試験に基づく計算値)
0
0.57
0
L45‐1
50
0.58
0.57
0.1
134kN
L67.5‐1
100
0.58
0.2
D-1
150
標準ボルト張力
0.7
μsi : すべり係数
Fsi : すべり荷重
N01 : 高力ボルトの軸力
271
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
P2
標準ボルト張力
182kN
すべり すべり
平均
荷重(kN) 係数
214.1
0.59
0.58
206.2
0.57
207.9
0.57
199.7
0.55
0.57
204.5
0.56
219.4
0.60
204.9
0.56
0.58
217.1
0.60
211.9
0.58
194.2
0.53
0.57
212.7
0.58
210.4
0.58
204.8
0.56
221.5
0.61
0.59
213.9
0.59
図 5 に,各試験体のすべり発生時ボルトの軸ひずみと
表5
摩擦面平均粗さ(十点平均粗さ Rz)の関係を示す.ボル
試験体
番号
D1
D2
D3
L90-1
L90-2
L90-3
L67.5-1
L67.5-2
L67.5-3
L45-1
L45-2
L45-3
L22.5-1
L22.5-2
L22.5-3
摩擦面平均粗さRz(μm)
ト軸ひずみと粗さに,明瞭な相関はみられなかった.
17
16
15
14
13
12
11
10
1,800
1,900
2,000
すべり発生時ボルトの軸ひずみ(μ)
2,100
D
L90
L67.5
L45
L22.5
図 5 すべり発生時ボルトの軸ひずみと摩擦面平均粗さ
3. 3 はし抜け破断耐力
最大引張耐力の結果を表 5 に示す.破断形式は,すべて
中板のはし抜け破断である.また,各ケースで実施した
3体の最大引張耐力の平均値を,図 6 に示す.
ドリル孔とレーザー孔の最大引張耐力の平均値は,同
等または,レーザー孔の方が大きい結果を示している.
はし抜け破断耐力(kN)
236 238 239 237 4)
240 200
5)
150
100
6)
50
0
D
L90
L67.5
L45
試験体略称
最大耐力
(kN)
235.7
234.2
238.4
235.0
238.1
240.1
238.2
237.6
240.9
234.8
237.4
239.5
238.4
240.4
239.9
平均
(kN)
ドリルに
対する比率
236
1.00
238
1.01
239
1.01
237
1.00
240
1.01
参考文献
1)
2)
3)
300
250
各試験体の最大引張耐力
7)
L22.5
図 6 各ケースのはし抜け破断耐力の平均値
8)
4. まとめ
本試験結果に基づくまとめを以下に示す.
日本建築学会:建築工事標準仕様書 JASS6,2007.2
日本建築学会:鉄骨工事技術指針工場製作編,2007.2
市川,正木,中込,佐野:レーザー加工された高力ボル
ト摩擦接合部のすべり係数に関する実験的研究,日本建
築学会大会学術講演梗概集 C1(北陸),pp.957~958,
2002
岩崎,山崎,森:レーザー加工孔を有する高力ボルト摩
擦接合継手のすべり耐力と疲労強度,構造工学論文集
Vol.55A,pp.992~1004,2009. 3
田中利幸,小林正実,小竹雄太,遠藤一生,井上祐喜,
中村義行,中澤好道:高力ボルト用の孔あけ加工方法の違
いによるすべ り試験,日本建 築学会大会学 術講演梗概
集,pp.719-720,2013.8
清水斉, 田中利幸,井上祐喜,中澤好道, 遠藤一生, 永
谷仁成, 中野健志,中村義行:高力ボルト接合用の孔あけ
加工方法の違いによる引張耐力試験,日本建築学会大会学
術講演梗概集,pp.635-636,2014.9
田中利幸,清水斉, 小林正実,井上祐喜,中澤好道, 遠
藤一生,永谷仁成, 中野健志,中村義行: 高力ボルト接
合のボルト孔のレーザー孔あけ開始位置と引張耐力,日本
建築学会大会学術講演梗概集,pp.637-638,2014.9
井上,吹田:建築鋼構造-その理論と設計-,鹿島出版会,
2007.12
よりもレーザー孔の場合の方が小さい.
謝辞
本研究は,日本鉄鋼連盟の助成を受け,日本建築学会中
国支部鋼構造小委員会(広島工業大学高松隆夫主査)の
事業として実施したものである.各委員の助力に対して
謝意を表します.
また,実験体作成に際しご援助いただきました協同組
合広島県鉄構工業会並びに日鉄住金ボルテン株式会社に
謝意を表します.
*1
*2
*3
*4
*5
*6
*7
*8
*1 Prof., Hiroshima Institute of Technology, Dr. Eng.
*2 Student, Hiroshima Institute of Technology
*3 Vice President, Tyugoku Tekkou Kensetsu Corporation
*4 Senior Manager, Yamane Corporation
*5 President, Nagatani Tekkou Corporation
*6 Sales Manager, Irie Kougyo Corporation
*7 Sanwa Tekkou Kensetsu Corporation
*8 Endou Kougyo Corporation
(1) ドリル孔とレーザー孔でのすべり係数は同等と判断
できる.
(2) ドリル孔とレーザー孔のはし抜け破断耐力は同等と
判断できる.
(3) 耐力が急激に低下する伸び変形は,ドリル孔の場合
広島工業大学工学部建築工学科教授・博士(工学)
広島工業大学工学部建築工学科学生
有限会社中国鉄構建設取締役副社長
ヤマネ鉄工建設株式会社技術部主監
株式会社永谷鉄工代表取締役
入栄工業株式会社営業部長
三和鉄構建設株式会社
遠藤工業株式会社
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