子宮頸癌における誘導加熱治療法の検討

子宮頸癌における誘導加熱治療法の検討
佐藤 充則*・山下 剛範**・八木 泉*・山本 祐司***・吉田 素平***・渡部 祐司***
前原 常弘*,†・長谷川 武夫**
* 株式会社アドメテック 愛媛県松山市文京町3 愛媛大学産業科学技術支援センター3F オープンラボ2
** 鈴鹿医療科学大学 保健衛生学部 三重県鈴鹿市岸岡町1001-1
*** 愛媛大学 医学部臓器再生外科 愛媛県東温市志津川
†
愛媛大学 大学院理工学研究科 愛媛県松山市文京町2-5
電子メールアドレス [email protected]
要旨
我々はこれまでに様々な磁性体を用いた誘導加熱の抗腫瘍効果について検討を行ってきた.今回,我々は
子宮頸癌に対する低侵襲療法の開発を試みた.我々が用いた方法は,誘導加熱の原理に基づき,穿刺された
磁性体針にアプリケータ先端から交流磁場を与えるものである.約60℃に温度を制御して,腫瘍部に入熱を
行った.実験には,ヒト子宮頸癌細胞CaSkiを移植したヌードマウスを用いた.コントロール群,磁性体針
を用いて誘導加熱した群,磁性体針のみ(誘導加熱なし)群に分けて抗腫瘍効果を検討した.磁性体針を用
いて誘導加熱した群は,他の群に比べて有意に腫瘍が縮小した.誘導加熱により優れた抗腫瘍効果を認める
事ができた.
1. はじめに
近代的な温熱療法が,癌の治療に応用されてから既に30年以上の歴史がある.温熱療法には,ハイパー
サーミアと呼ばれる体温より数度高い40~45℃の範囲で行われる治療と,40~42℃で行われるマイルドハイ
パーサーミアがある.さらにはマイクロ波やレーザーを用いて,より高温度帯で行う治療法がある。
一般的に癌の治療においてハイパーサーミアは,放射線および化学療法と併用されて用いられている.併
用することにより,放射線の感受性を高めたり,抗癌剤の細胞内への取り込みを促進する.その結果,治癒
率が向上する.一方,マイクロ波やレーザーを用いた温熱療法は,患部の焼灼を目的としており,80℃以上
の高温で用いられる.
今回我々が試みた研究は,子宮頸癌において,より低侵襲に患部を焼灼する方法である.方法としては,
誘導加熱の原理に基づいた交流磁場発生装置を新たに開発し,穿刺された磁性体針にアプリケータ先端から
交流磁場を与え,磁性体針を約60℃に温度制御して,ヒト子宮頸癌細胞CaSkiを移植したヌードマウスに入
熱を行った.
婦人科領域における温熱療法の先例としては,オリンパス株式会社から子宮頸部用腟内アプリケータを備
えたエンドレディオサーム100A,200Aが既に薬事承認されている.この装置は,対極板に対して高周波電
流を流して患部を加温する.欠点としては,対極板の接触面積が少ないことによる疼痛,熱傷が発生するこ
とが知られている.我々の用いた方法は,体内に高周波電流を流すことなく,磁気エネルギーを熱に変換す
るものである.対極板を用いることなく患部への確実な入熱が可能である.それゆえ,対極板を用いる従来
の装置と比べて,我々の装置は本質的に精密な温度制御が可能であり,低侵襲であることが特長である.
日本における子宮頸癌の罹患率は,子宮頸癌検診の普及により減少傾向にあった.しかし,近年罹患率の
再上昇が示され,特に20~30歳代の若年層が増加している[1].若年層の患者は妊娠,出産を希望する率が
高い.今後,ますます子宮頸癌に対する低侵襲療法の開発が望まれる状況にある. 2. 方法
2・1 実験動物と腫瘍細胞
実験には日本クレアから購入した BALB/c ヌードマウスを 18 匹用いた.マウス専用ケージにて1週間,
馴化期間として飼育した.餌は日本クレア CE-2 を与えた。クリーンチップは週 2 回交換した。タイマーに
よる自動照明により,朝 8:00~夜 8:00 までの 12 時間照明した。温湿度条件は自動調節器によりそれぞれ
23℃,70%に設定した.馴化期間中,発育に問題があると判断した 2 匹については取り除いた。
腫瘍細胞にはヒト子宮頸癌細胞 CaSki(DS ファーマバイオメディカル)を用いた.ヒト子宮頸癌細胞
CaSki を BALB/c ヌードマウスに,1×106 個/0.05ml を 26G 注射針を付して皮下移植し,子宮頸癌モデルマウ
スを作製した.
2・2 交流磁場発生装置と磁性体針
今回新たに我々が開発した交流磁場発生装置を図 1 に,磁性体針(ステンレス製)を図 2 に示す.
アーム
PC 操作盤
高周波電源装置
アプリケータ
図2 磁性体針
図1 交流磁場発生装置
本システムは,交流磁場を発生する交流磁場発生装置(400kHz,30W),および磁気エネルギーを熱エネ
ルギーに変換する磁性体針から構成される.腫瘍部に穿刺した複数の磁性体針に,本体アプリケータ先端か
ら交流磁場を加えて,得られた磁気エネルギーを熱エネルギーに変換することによって,腫瘍部に最適な入
熱を実現する.体内に高周波電流を流す方式ではないため,入熱範囲や深さ,温度を精密に制御できる.ま
たレーザー蒸散法と比較してもより深部(7mm 程度)まで熱が確実に到達できることを特長とする.また
入熱する温度は 60℃と比較的低温であり,正常組織の損傷を最低限に抑えられ,より低侵襲かつ短期間で
の治癒が期待できる.
2・3 入熱実験
ヒト子宮頸癌細胞 CaSki を移植したヌードマウスの腫瘍部は,1ヶ月後に長径 5mm 程度になった.ヌー
ドマウスの腫瘍体積が均等になるように 3 匹ずつ 3 群(H 群:腫瘍に針を刺し,磁場を照射した群,N 群:
腫瘍に針を刺し,磁場照射は行わない群,C 群:無処理群)に分けた.磁場を照射した時間は 10 分間であ
る.入熱後,腫瘍の体積を測定した.入熱した群に対しては入熱後 3,10 日後の腫瘍組織に対して HE 染色,
F4/80 抗体染色および CD3 抗体染色を行った.
3. 結果
3・1 腫瘍体積の変化
表 1 に実験後の腫瘍体積の変化を示す.H:N,H:C の対につき腫瘍体積に関し,t-検定を行った.H:C
の t-検定の結果,35 日目と 42 日目の腫瘍体積に有意差が認められた。N=3 と少数での試みであったが,H
群と C 群には有意差が確認できた.また,H 群と N 群には有意差を認めるにはいたらなかった.
3・2 組織染色の結果
図 3 に HE 染色,図 4 に F4/80 抗体染色,図 5 に CD3 抗体染色の結果を示す.
tumor volu me(c m3)
7 50 .0
6 50 .0
5 50 .0
4 50 .0
N
H
C
3 50 .0
2 50 .0
1 50 .0
50 .0
0
7
14
21
days
28
35
42
図 3 HE 染色 図 4 F4/80 抗体染色
図5 CD3抗体染色
HE染色の結果,入熱領域がネクローシスが認められた.F4/80抗体染色の結果から,マクロファージの集
積が確認できた.一方,CD3抗体染色ではリンパの集積が認められなかった.
4. 議論
ヒト子宮頸癌細胞CaSkiを移植したヌードマウスを用いた入熱実験により,子宮頸癌治療における温熱療
法の可能性を探る事ができた.実験に用いたヒト子宮頸癌細胞CaSkiは,子宮頸癌におけるハイリスク因子
であるヒトパピローマウイルス16型の感染が確認されている[2].今回用いたヒト子宮頸癌細胞CaSkiを移植
したヌードマウスは,子宮頸癌治療の良い腫瘍モデルになると考えられる.実験結果より,ヒト子宮頸癌細
胞CaSkiは60℃程度の熱によりネクローシスが引き起こされる事が分かった.心配された副作用も特にその
傾向は認められなかった.癌治療において臨床現場では,ラジオ波凝固療法(RFA)が既に大きな成果を上
げている.しかし,RFAでは腹部出血や腹部感染症などの副作用が知られている[3].我々の用いた誘導加
熱治療法にはこの欠点が認められず,高い抗腫瘍効果が得られた。子宮頸癌の治療に新たな選択肢を加える
可能性がある.
子宮頸癌の治療において温熱を用いた例として,2000年にオランダにて行われた無作為臨床比較試験があ
る[4].子宮頸癌で温熱併用療法が脚光を浴びる嚆矢となった.日本においても,ⅢB期の子宮頸癌の無作為
臨床比較試験で,温熱併用療法の優れた結果が報告されている[5].子宮頸癌治療における温熱の有用性は
広く認められつつあり,温熱併用療法には優れた可能性がある.温熱併用療法にはハイパーサーミアと呼ば
れる体温より数度高い40~45℃の温度帯が使われ,放射線の感受性を高める作用がある.今回,我々が実験
に用いた温度は約60℃であるが,入熱後3日目にマクロファージの集積が認められた.今回は温熱の単独作
用で高い抗腫瘍効果を確認できたが,この温度帯でも抗癌剤や放射線との併用療法の有益性が見込める.今
後は併用療法の可能性も探る必要がある.
5. おわりに
誘導加熱の原理に基づく新たなシステムを考案し,交流磁場発生装置と磁性体針を作製した.そのシス
テムを用いて子宮頸癌における温熱療法の新たな可能性を検討する事ができた.温熱の単独作用でも高い抗
腫瘍効果を確認できた.今後の課題としては,より低侵襲な治療法を目差し併用療法の可能性を検討する必
要がある.さらには,子宮頸癌以外の部位への応用も視野に入れて,システムの改良進める予定である.
謝辞
本研究の一部は,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の産業技術研究助成事業(若手研究
グラント06A06503d)の支援を受けている.
参考文献
1. A. Ioka, H. Tsukuma, W. Ajiki and A. Oshima, Trends in Uterine Cancer Incidence in Japan 1975–98, Jpn J Clin
Oncol. 33, 645–646 (2003)
2. C. C. Baker, W. C. Phelps, V. Lindgren, M. J. Braun, M. A. Gonda, and P. M. Howley, Structural and transcriptional
analysis of human papillomavirus type 16 sequences in cervical carcinoma cell lines, J Virol. 61(4), 962–971 (2003)
3. S. Mulier, P. Mulier, Y. Ni, Y. Miao, B. Dupas, G. Marchal, I. De Wever and L. Michel, Complications of
radiofrequency coagulation of liver tumours, British Journal of Surgery. 89(10), 1206–1222 (2002)
4. J. van der Zee, D. Gonzalez Gonzalez, G. C van Rhoon, J. D P van Dijk, W. L J van Putten and
A. A M Hart, Comparison of radiotherapy alone with radiotherapy plus hyperthermia in locally advanced pelvic
tumours: a prospective, randomised, multicentre trial, Lancet. 355, 1119–1125 (2000)
5. Y. Harima, K. Nagata, K. Harima, V. V. Ostapenko, Y. Tanaka and S. Sawada, A randomized clinical trial of radiation
therapy versus thermoradiotherapy in stage IIIB cervical carcinoma, Int J Hyperthermia. 17, 97–105 (2001)