1 ハギア・ソフィア大聖堂主構造における振動特性とその解析

アカデミックオープンプログラム(AOP)中間研究報告書
ハギア・ソフィア大聖堂主構造における振動特性とその解析
∼各構成部材が上部構造に及ぼす影響について∼
筑波大学大学院
人間総合科学研究科
博士前期課程 2 年
世界遺産専攻
山岡
幸太
トルコ共和国,イスタンブールにあるハギア・ソフィア大聖堂(以下,ハギア・ソフィアと略記)
は,4 世紀に創建され,2 度の焼失の後にユスティニアヌス 1 世が 2 人の幾何学者を建築家として登
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用して,6 世紀にビザンティン様式で再建させたものである .
ハギア・ソフィアは,創建時から 1400 年以上の時を経ており,数々の構造上の問題を有している.
歴史的に見ても,557 年,558 年,さらに 10 世紀,14 世紀と中央ドームが崩壊・崩落し,そのつど
修復されている.ハギア・ソフィアがその最大の特徴でもある直径 31m の中央ドーム自体の重さに耐
えてきれず,現在では老朽化したその姿を肉眼で確認できる程にまできている.中央ドームの推力に
より,その構造を支えている柱や壁上部が,ドーム中心から放射状に傾いているのである.つまり,
断面的に見ると,本来なら鉛直線上にあるハギア・ソフィアの上部構造と下部構造に歪みが生じてお
り,上部に開いた構造となっている.この問題は,ハギア・ソフィアの建築構造が複雑であるため,
構造解析による解決が求められている.それらは既にいくつかの研究で行われており,その先駆けと
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して,メインストーンは教会堂の推力などの力学特性を示した .振動特性に関しては,オズクルらに
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より数値解析モデルが作成され,地震動データから教会堂の構造上の弱点が示された .チャクマック
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らも同様に地震動入力による挙動から最大応力とその分布を示した .青木らは一点常時微動測定によ
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り教会堂の固有振動数を明らかにした .花里らは同時多点測定を実施しており,固有振動数および各
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ピアの振動モードを推定した .
しかし,数値解析では教会堂を簡略化しすぎており,教会堂の持つ本来の振動特性を近似したもの
であるとは言い難い.さらに,材料特性,構造部材など様々なパラメーターが複雑に関わっており,
どの部材に問題があるのか推定することは難しい.また,常時微動測定においてもハギア・ソフィア
を 3 次元的に捉えておらず,教会堂全体としての挙動は明らかにされていない.このように研究は進
められているが,依然として基本的振動特性を解き明かせてはいない.そこで,以前、我々は周波数
領域分解(Frequency Domain Decomposition)を用いて常時微動記録から,ハギア・ソフィア主構
造全体の固有振動数および3次元振動モード形を推定した.微動計測器の設置箇所は,図-1 にあるよ
うにメインアーチの頂点,そしてメインピア,セカンダリーピアのグランドレベル,ギャラリーレベ
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図-1
ハギア・ソフィア大聖堂および微動計設置箇所
ル,第二コーニスレベルの計 28 点である.この測定結果から,ハギア・ソフィアの振動特性として,
北側メインアーチの頂部に顕著な挙動を有していることを明らかにした.そこで,本研究では,この
常時微動測定結果と数値解析結果を比較することにより,ハギア・ソフィアの現状を推定することを
目的とする.
本中間研究報告書では,北側メインアーチ単体をモデル化し,境界条件を変化させて,現状の振動
特性を明らかにすることを目的とする.固有値解析により得た振動特性から,北側メインアーチの実
測挙動に起因する可能性を持つケースを検討した.作成した構造モデルは, アーチが正常に機能して
いる場合(Fig.1:左側)とアーチ頂部に損傷がある場合(Fig.1:右側)の Model 1 と Model 2 の 2
ケースとした.ここで,境界条件としては,Model 1 は下部を完全拘束(x:赤, y:緑, z:青)とし
て,上部は対称条件(x:赤方向のみ拘束)を適応した.Model 2 は,アーチが完全に切断されてい
る場合を想定し,下部は完全拘束(x:赤, y:緑, z:青)とし,上部は自由端とした.
Fig.1 境界条件の異なるメインアーチ(左:対称,右:自由端)
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本研究では,汎用有限要素ソルバーである RADIOSS(Altair Engineering, Inc.)を用いて固有値
解析することにより,ハギア・ソフィア上部構造における固有振動数,固有モードなどの力学挙動を
求めた.材料特性に関しては,以下の表-1 の値を参照し,対象である北側メインアーチはレンガとモ
ルタルで構成されている.また,要素は中間節点を持つ 2 次要素である 10 節点 4 面体ソリッド要素
を用いた.Model 1 および Model 2 の要素数および節点数は以下の表-2 に示す.
上記の固有値解析から,Model 1 および Model 2 の固有振動数と固有モードを推定することができ
た.以下の図-2∼図-5 にそれぞれの固有振動数および固有モードを示す.
Model 1 と Model2 を比較して得た知見としては,Model 1 は通常のアーチであるため,アーチ上
部の振幅は Model 2 に比べて小さいことが分かった.また,次数が高くなると拘束部付近のアーチ下
部で顕著な挙動があることが確認できた.Model2 は,自由端であるため,アーチ上部が縦および横
方向に顕著な振動を有していた.また,Model 1 とは異なり,アーチ下部での顕著な挙動は確認でき
なかった.しかし,それぞれの Model に共通して,卓越振動数が 4Hz 付近になるとアーチ上部にね
じれが発生していた.
常時微動測定結果におけるハギア・ソフィアの北側メインアーチに縦および横方向の顕著な振動が
あったことを踏まえると,上記の結果は一つの可能性を示唆するものであると言える.Model 2 の振
動挙動は,実測値の北側メインアーチ部分のそれと振動パターンが近似していた.このことから,ハ
ギア・ソフィアの現状として北側メインアーチにクラックなどの損傷がある可能性を考慮して,保存・
補修の計画もしくは調査を実施する必要があると考える.
Tab.1 材料特性
材料
ヤング率
ポアソン比
質量密度
石材
6.70 (GPa)
0.167
2,000 (kg/m )
レンガとモルタル
2.80 (GPa)
0.167
1,700 (kg/m )
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Tab.2 要素数および節点数
解析モデル
要素数
節点数
Model 1
900
405
Model 2
900
405
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Fig.2 Natural Frequency and Vibration Mode1(左:対称,右:自由端)
Fig.3 Natural Frequency and Vibration Mode3(左:対称,右:自由端)
Fig.4 Natural Frequency and Vibration Mode5(左:対称,右:自由端)
Fig.5 Natural Frequency and Vibration Mode7(左:対称,右:自由端)
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今後の課題として,北側メインアーチのような単一部材ではなく,ハギア・ソフィア主構造全体を
考慮した数値解析をしていく必要がある.そこで,ハギア・ソフィア上部構造を構成するメインドー
ム,ドームベース,セミドーム,テュンパヌムを対象としてモデル化した.今後の研究では,ハギア・
ソフィアの構成部材をパラメーター化することもあり,それぞれ部材ごとにモデル化した.以下の図
-6 は,メインドームおよびドームベースから構成されたもので基準モデルとする.この基準モデルに
それぞれ構成部材を組み合わせ,その組み合わせからハギア・ソフィアの現状の振動挙動に影響して
いる構成部材を推定しようと考えている.最終的には,全体を対象として固有振動数および固有モー
ドの推定,さらには常時微動測定結果との比較により現状の問題点を明確にしていく予定である.
Fig.6 基準モデル(メインドームおよびドームベース)
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西田雅嗣,矢々崎善太郎,建築の歴史 西洋・日本・近代,学芸出版社 (2003)
R. J. Mainstone, Hagia Sophia: Architecture, Structure and Liturgy of Justinian s Great Church,
London: Thames and Hudson (1988)
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T. A. Ozkul, Eiichi Kuribayashi, Structural characteristics of Hagia Sophia: Ⅱ ­A finite
element formulation for Dynamic analysis, Building and Environment 42 (2007)
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A. S. Çakmak, R. M. Taylor, E. Durukal, The structural configuration of the first dome of
Justinian s Hagia Sophia (A.D. 537-558): An investigation based on structural and literary
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青木孝義,石川浩一郎,加藤史郎,ハギア・ソフィア大聖堂の常時微動測定(その 1 ハギア・ソフ
ィア大聖堂の振動性状について),日本建築学会大会学術講演梗概集 (1993)
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花里利一, 高山仁志,ハギア・ソフィア大聖堂の構造安全性に関する調査 ­耐震性および構造モニ
タリングに関する調査­,ハギア・ソフィア調査団研究成果報告会報告集 (2001)
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