! 2015 The Japan Lung Cancer Society (肺癌.2015;55:797-802) 講演 1 胸部単純写真:読影のための基本的事項と reading error を避けるための留意点 髙橋雅士1 した後,なだらかに下降し下幹に至る.一方,左肺動脈 はじめに は左上葉枝内側を前から後に乗り上げその後下降する. 日本には,CT の機械が横溢している.具体的には, 胸部単純 X 線写真上の肺門の定義は無いが,仮にこれを 2011 年の OECD のデータ1 によると,本邦の CT 稼働台 左右の肺動脈の肩(shoulder)と考えると,左は右よりも 数は 12943 台とされている.同年の全国のコンビニエン 必ず 1.5 cm ほど高くなる. つまり, 右肺門は “なで肩” , 2 巷にはコンビニ スストアの店舗数が 44403 店であり, 左肺門は“いかり肩”と例えることができる.この肺門 4 軒があれば CT が 1 台ある計算となる.言うまでもな の高さが逆転している場合には,左下葉の容積減少ある く,CT は現在の医療に於いて欠くことのできない画像 いは右上葉の容積減少を疑わなければならない. 診断手法であり, とくに MRI や超音波の寄与が少ない呼 気道:主気管支は右が短く太く垂直に近く,左が長く 吸器診療においてはその画像診断の主流であると言って 細く横に寝る.肺全体の無気肺が圧倒的に左側の方が多 も過言ではない.最近では低線量化によって肺がんのス いのはこのためである.一方,上葉気管支の分岐部レベ クリーニングにも積極的に使われるようになってきてい ルは,逆に右が高く,左が低くなる. るが,それにもかかわらず胸部単純 X 線写真の撮像件数 は決して減少してはいない.胸部単純 X 線写真は安価 横隔膜(Figure 2) :右横隔膜は左よりも 1.5 cm 程度 高い.これは心臓がある側が低くなるからである. で,簡便であり,情報量も多いからであり,呼吸器診療 葉間裂:右では上葉と中葉間に小葉間裂があり,上 のスタートラインにおけるその存在意義は既に確立して 葉・中葉と下葉の間に大葉間裂がある.左では,中葉は いる.本稿では,胸部単純 X 線写真の読影の基本につい 舌区として上葉の中に組み込まれるために,上葉と下葉 て解剖学的事項を中心に述べ,また肺がんの reading er- の間に大葉間裂のみがある.大葉間裂は前後方向に斜め ror を減らすための留意点についても述べてみたい. になった面であるので,基本的には正面像ではその全貌 は確認できないが,側面像では左右の大葉間裂が確認で 胸部単純 X 線写真の解剖3,4 きる.一方,小葉間裂は,水平に走行する面であるので, 正面像でも側面像でも確認できる. a.左右差を知る まず,胸部という構造は,頭部や骨のように決して左 b.何がどう写っているのかを知る 右対称なものではないことを強調したい.この左右差を 胸部の解剖学的諸構造が胸部単純 X 線写真にどのよ 認識することが胸部単純 X 線写真の正常解剖を理解す うに描出されていれば正常と判断できるのか,という知 る上で非常に重要である. 識は胸部単純 X 線写真の無徴正診率を担保する上で重 要である. ・肺門構造(Figure 1) 肺動脈:左右の肺動脈は走行が大きく異なり,これが ・気管∼主気管支:気管は正常でも年齢とともに左に 胸部写真上の肺門陰影の形成に大きく影響する.右の肺 弯曲している.気管分岐部は,成人ではおおよそ Th6 動脈は,心膜内で肺動脈上幹(Truncus superior)を分岐 のレベルであり,気管分岐部の角度は気管から垂線を引 1友仁山崎病院. 別刷請求先:髙橋雅士,友仁山崎病院,〒522-0044 鼻町 80 番地(e-mail: [email protected]). 彦根市竹ケ Japanese Journal of Lung Cancer―Vol 55, Supplement, Nov 1, 2015―www.haigan.gr.jp 797 Essentials of Chest Radiographs Not to Miss the Lung Cancer―Takahashi a b Figure 1. 肺門の高さ,肺門の構造 a:胸部単純 X 線写真 左肺門は右肺門よりも高い(破線).右肺門には逆くの字が見える(実線). b:胸部造影 CT 冠状断 MIP 像 肺門の高さの左右差には肺動脈の走行の違いが反映されている.右肺門部の逆くの字の上は上肺 静脈(SPV) ,下は肺動脈(PA)で形成される.下肺静脈(IPV)は肺門陰影の形成には関与しない. 適応される.肺野の血管は重力の影響で下肺野が拡張す る.肺の血管の密度と太さは,おおむね立位で 1:2 程度 である.左心房圧が高くなると,この上下の比がなくな り,更に進行すると上下での分布が逆転する. ・右肺門の逆くの字:右の肺門構造は逆くの字を呈し ているが,その上の線は上肺静脈,下が肺動脈下幹であ る.下肺静脈は水平に走行して,下肺内側で左房下部に 流入するために,肺門陰影の形成には参加しない(Figure 1) . ・B3b,A3b:肺門外側に細い輪状構造が見える場合が あり,多くが B3b である.通常,内側には A3b が伴走す Figure 2. 横隔膜の高さ,肋骨の見え方 胸部単純 X 線写真 横隔膜は左が 1.5 cm 程度低位となる.右横隔膜の高さは第 10 後肋間(数字は後肋骨)あるいは,第 6,7 肋骨前縁(○数字) のレベルである.下部肋骨の下縁は不明瞭である(矢印) . る.間質性肺水腫などでは,この気管支肺動脈束が肥厚 し,辺縁が不鮮明となる(peribronchial cuffing) ・肺動脈の太さ:中間気管支幹レベルの肺動脈はおお よそ 1.5 cm 以内であり,交差する後肋骨の太さとほぼ同 じであると言われている. ・右横隔膜の高さ:右横隔膜は第 10 後肋間の高さに あることが多い.あるいは,前 6,7 肋骨の先端のレベル くと,右が 25 度,左が 35 度程度である ・鎖骨:レベルは,その内側が第 4 後肋骨の下半部に 程度と考えてもよい(Figure 2) . ・縦隔の線 重なることが多い. ・肋骨:肋骨は,第 6∼9 レベルのものは,その下縁が 不明瞭になる(Figure 2) .これは,肋骨下縁が血管溝に 重要度が高いと考えられるもの(重要度 A)として以 下がある よって菲薄化し鮮鋭化しているためであり,このレベル ―下行大動脈左縁(Figure 3) が最も X 線束に対して接線を形成しにくいからである. 下行大動脈左縁が正常に見えているということは,左 ・肺血管:上肺野胸膜下の血管は胸膜から人差し指の 下葉の含気が正常に保たれていることを表す.左下葉内 幅分見えないのが普通である.なお,下肺野の血管は胸 側に浸潤影,腫瘍性病変が接している場合には,この線 膜まで達することが多いので,この方法は上肺野のみで が不明瞭となる. 798 Japanese Journal of Lung Cancer―Vol 55, Supplement, Nov 1, 2015―www.haigan.gr.jp Essentials of Chest Radiographs Not to Miss the Lung Cancer―Takahashi a b Figure 3. 下行大動脈左縁,奇静脈食道線 a.胸部単純 X 線写真 大動脈弓から下行する線が下行大動脈左縁(黒矢印) ,奇静脈弓(AZV)から内側に弯曲して椎体 正中を下行する線が奇静脈食道線(グレー矢印)である. b.胸部 CT 肺野条件 下行大動脈左縁(黒線に対応)は左下肺野内側の含気を担保する.また奇静脈食道線(グレー線 に対応)は右肺内側の含気を担保するとともに,縦隔病変で右側に突出する. ―奇静脈食道線(Figure 3) 奇静脈から胸椎中央を下降する線で,右肺の内側が心 肺がんの reading error を減らすための TIPS 臓の背側を左側に突出する辺縁をみている.下行大動脈 肺がんの診断に関して, “見落とし” という言葉を一律 左縁と同様にこの線が明瞭に見えているということは, に使用することは適切ではない.人間がある対象物を視 右肺中下部内側の含気が保たれていることを担保し,ま 覚的に指摘し得るか否かには,観察者の技量の前に,そ た,気管分岐部などの縦隔リンパ節腫大,食道腫瘤など の対象物の大きさ,濃さなどの属性が大きく影響してく においては,この辺縁は右側に突出することになる. るからであり,一概に“見落とし”という言葉で reading ―大動脈肺動脈窓 error を表現することは適切ではないからである.目の この“窓”は肺野ではなく,縦隔の気管左側,大動脈 前 1 m にいる大きなカラスを見落とすことは少ないが, 弓下部,肺動脈上縁に囲まれた縦隔のスペースを指し, 100 メートル上空を飛んでいるトンビを常に確実に指摘 内部には動脈管索,ボタロリンパ節などがある.正常で することは容易ではない.機械ではない人間はエラーを は大動脈肺動脈窓の外縁は縦隔側に陥凹し左側に突出す するものであり,複数の目や過去との比較あるいは読影 ることはないが,同部のリンパ節が腫大していると外側 のトレーニングによってそのエラーを可能な限り減らす に突出する. ことが重要である. 重要度がやや低いもの (重要度 B) として以下がある. a.肺がんの reading error はどの程度の頻度で起こるの ―右傍気管線 か? 気管右側にみられる 2 mm 厚程度の細い線で,リンパ 有名な Mayo Lung Project では,study group 4593 名 節腫大で肥厚することが多い.ただし,全ての患者で明 5 このうち 50 名が末梢 のうち 92 名に肺癌が発見され, 瞭に確認されるわけではない. 型の肺癌であった.これらの過去の胸部単純 X 線写真を 検討すると,そのうち 45 例(90%)において病変が描出 Japanese Journal of Lung Cancer―Vol 55, Supplement, Nov 1, 2015―www.haigan.gr.jp 799 Essentials of Chest Radiographs Not to Miss the Lung Cancer―Takahashi a b Figure 4. 隠れた肺がん a.胸部単純 X 線写真 右横隔膜下部に不整形の腫瘤が描出されている(矢印). b.右肺高分解能 CT 右下葉に不整な腫瘤陰影が描出されている.腺癌であった. されていたとされる.さらに,4∼12 ヶ月前のもので 27 ・隠れた肺野の存在を意識する(Figure 4) 例(54%) ,12∼24 ヶ月のもので 14 例(28%) ,そして 隠れた肺の存在を意識することが reading error を減 24 ヶ月以上前のもので 4 例(8%)に陰影が確認できたと らすことにつながる.胸部単純 X 線写真上,肺の 40% は される.この無作為比較試験は,2∼3 人の胸部放射線科 8 骨構造を加えれば 心臓や横隔膜に隠れると言われる. 医,呼吸器内科医が過去の写真との比較読影を行うとい 肺野のほとんどは何らかの構造に隠れていると言える. う高い精度管理のもとに行われた試験であるが,このよ 肺尖部∼上肺野の骨構造,肺門構造,心陰影,横隔膜な うな読影体制でもある一定の頻度で reading error は生 どに重なった肺野の存在を意識してチェックする姿勢が じ得るという事実を示している.なお,腺癌は過去数年 重要である. にわたって描出されていることが多く,遅れた発見が予 ・左右の肺野,肺門を比較する 後に大きな影響を及ぼすことは比較的少ないが,非腺癌 左右の肺野を丁寧に比較することは肺野病変の検出の の場合には過去に描出されている頻度は高くはなく,発 ために最低限行わなければならないタスクである. また, 見時には進行癌となっていることが多いとも報告されて 肺門の左右差は,そのかたちではなく,濃度差が病変発 5 同様の報告は Soda ら6 によってもなされている. おり, 見の契機になることが多いので注意が必要である. ・過去の写真と比較する b.reading error を招く肺がんの性格は何か? まず,lepidic growth を基調とする分化度の高い腺癌 過去の写真の存在は何よりも病変発見の力強い武器に など,tumor-lung interface が不明瞭な腫瘤は画像上指摘 なる.現在ではモニター診断の環境が普及し,比較読影 がしにくい.このほか,同様に,CT 上 GGN を呈するよ が行いやすい環境にある.評価に当たっては,いかなる うな内部の濃度が高くない腺癌,サイズの小さな癌,な 形状の陰影でも経時的に増大傾向が認められれば肺がん ども指摘が困難となる.上肺野は骨構造の密度が高いが を疑う姿勢が重要である. 同時に肺癌の好発部位でもあり,結果として reading error の肺癌の頻度が高くなる.心臓,肺門,横隔膜などに ・がんが丸く写るという認識を捨てる(Figure 5) 肺がんはしばしば非典型的な形状を呈する.とくに収 7 隠れた腫瘤も同様に指摘の難易度を高くする. 縮機転の強い腺癌では,線状の陰影のこともあれば,策 c.肺がん reading error を減らすための TIPS 状の陰影のこともある.このように,肺がんは決してあ 以下に, 肺がんの reading error を減らすための方法を 記載する. 800 る 1 点から球状に増大する訳ではない.非典型的な形状 の肺がんの存在を知り,読影医が異常と判断する閾値を Japanese Journal of Lung Cancer―Vol 55, Supplement, Nov 1, 2015―www.haigan.gr.jp Essentials of Chest Radiographs Not to Miss the Lung Cancer―Takahashi a b Figure 5. 非典型的な胸部 X 線像を呈した肺がん a.胸部単純 X 線写真 右中肺野に辺縁が平滑な索状影(矢印)を認める. b.右肺高分解能 CT 右上葉 S3a に内部に不整な airbronchogram を伴った腫瘤を認める.腺癌であった. 下げておくことが重要である. ・背景肺野でがんの形態は修飾される 肺がんの形状は, 比較的正常の肺野に出現したものと, 肺気腫や肺線維症を背景として出現したものでは大きな 差がある.とくに気腫肺に出現した肺がんはしばしば極 めて非典型的な進展形態を呈するので注意が必要であ 9 る. おわりに 米国では,1970 年代に行われた NCI 主体の無作為比 較試験に続いて,近年の PLCO においても肺がん検診に 10 現在は おける胸部単純 X 線写真の意義が否定された. NLST の結果11 を受けて米国を中心に肺がんのスクリー ニングは低線量 CT を用いた手法に大きく舵を切ってい る.しかし,CT を対策型検診に適応するためにはインフ ラ整備も含み数々の解決すべき課題があり,現状では, 胸部単純 X 線写真の検診は続行せざるを得ないのが現 状である.検診以外の呼吸器診療では,胸部単純 X 線写 真の有用性は不変であり,その正確な読影力の担保が必 要な状況には変わりは無い. 本論文内容に関連する著者の利益相反:なし REFERENCES 1.OECD. Health at a Glance 2013 OECD indicators. 2013. 2.日本フランチャイズチェーン協会.統計データ.http:! ! w ww.jfa-fc.or.jp! 3.高 橋 雅 士.I 胸 部 単 純 X 線 写 真 の minimum requirements 02 胸部単純 X 線写真:読影を楽しむために必 要な基本的なこと.高橋雅士,編集.新 胸部画像診断の 勘ドコロ.東京:メジカルビュー社;2014:14-39. 4.高橋雅士,丹羽 宏.胸部 X 線写真の正常解剖と読影方 法.日本肺癌学会集団検診委員会胸部 X 線写真による肺 癌検診小委員会,編集.肺がん検診のための胸部 X 線読 影テキスト.東京:金原出版;2012:23-44. 5.Muhm JR, Miller WE, Fontana RS, Sanderson DR, Uhlenhopp MA. Lung cancer detected during a screening program using four-month chest radiographs. Radiology. 1983;148:609-615. 6.Soda H, Tomita H, Kohno S, Oka M. Limitation of annual screening chest radiography for the diagnosis of lung cancer. A retrospective study. Cancer. 1993;72:2341-2346. 7.Austin JH, Romney BM, Goldsmith LS. 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