パワーエレクトロニクス素子の高効率冷却機構に関する実験的研究 田口 智哉、 桜木 俊一 概要:近年、ハイブリッド自動車や電気自動車を中心に数十キロワット級のインバータ素子やエネルギ ー回生用大容量キャパシタなどの大出力パワーエレクトロニクス素子の需要が急速に増加している。こ れらのパワー素子は耐久性と寿命の確保のために、主に水冷方式による高効率冷却機構を要求する。本 研究は、これらの大出力パワー素子の冷却効率を向上させるための冷却基板の形状に関する実験的研究 で、少ない冷却水流量で高い冷却性能が達成できる冷却基板のジオメトリーを追求した。 キーワード:パワーエレクトロニクス素子、冷却基板、冷却水流量、形状、冷却効率 1. 緒 言 度で送水温度を任意に設定することができる。チ ハイブリッド自動車や電気自動車などに多用さ ラーに内蔵されている送水ポンプの揚程は 20 m れるモータ制御用 IGBT などの大出力パワーエレ で最大流量は 23 L/min である。また、パワート クトロニクス素子は、耐久性と長時間の寿命を確 ランジスタの発熱量を模擬するために、定格出力 保するために高い冷却性能を要求する。現状のパ 240 W (75mm×160mm×t 1mm)のラバーヒータ ワートランジスタやキャパシタなどの素子は発熱 を使用した。ラバーヒータは冷却基板の表面に密 量が多く、限られた空間の中で効率の良い素子の 着するように設置され、密着部の中央には冷却基 冷却を実現しなければならないため、冷却構造に 様々な工夫がなされている (1)。実際のハイブリッ ド自動車やハイブリッド建機などのパワー素子冷 却構造を調べてみると、冷却基板の形状はメーカ ーにより異なるものの、総じて大流量の冷却水を 流すことにより素子温度の上昇を抑える構造とな っている。しかし、大流量の冷却水を常時供給す ることはポンプの消費動力を増大させ、ハイブリ 図 1. 冷却基板性能評価システムの概略 ッドシステムの効率を低下させる要因となるため 得策ではない。 本研究では、出来るだけ少ない冷却水流量で、 高い冷却性能を発揮できる冷却基板の形状に関す る実験的考察を行い、有効な形状に関する知見を 得た。 2. 実験装置と実験手法 2.1 実験装置 図 1.に本研究で使用した実験装置の概略図を示 す。実験装置はチラーユニット、冷却基板、模擬 パワー素子(ラバーヒータ) 、流量計、熱電対、圧 力センサー等で構成されている。チラーユニット の冷却能力は 1400W(液温 30℃)で、±0.1℃の精 図 2. 冷却基板性能評価装置 板表面温度測定用の極薄平面型熱電対 (厚さ 50μ で一定とした。また、基板前後の圧力差を測定す m、幅 2 mm)が挿入されている。また、冷却基板 ることにより、基板内部で流体移動のために消 の内部で生じる圧力損失を計測するために、基板 費された動力も評価した。特に、ハイブリッドシ 前後の水圧を圧力センサーを用いて測定した。図 ステムにおいては、流体駆動のための消費動力を 2.に測定部の写真を示す。 低減することがシステム効率の増加に顕著に寄与 するため低流量高効率冷却技術の確立が極めて重 2.2 実験手法 要となる。 本研究では 4 種類の異なる伝熱部形状をもつ冷 却基板の冷却性能を評価した。本実験で使用した 3. 実験結果と考察 冷却基板形状を図 3.に示す。冷却基板の材質は 3.1 基板形状の違いと冷却性能 5052 アルミ材で外形寸法は 4 種類ともすべて同じ 図 4.は、4 種類の冷却基板について、冷却水流 で 200 mm×100 mm×31 mm である。各基板に 量を変化させた時の基板表面温度 TS の測定値を 共通の指標として、空間伝熱容積を一定としてい 示したものである。図 5.は表面温度 TS を 40℃に る(10×70×200)。図中の C 型と D 型は、矩形流 保つために各基板が必要とする冷却水流量を表し 路と支柱の面積比の違いによる冷却性能の違いを たものである。これらの実験結果から、冷却性能 評価するために採用された形状である。表 1.に各 が基板形状の違いに大きく依存することが分かる。 基板流路の総断面積と総表面積を示す。 実験は、ラバーヒータの出力を 240W(定格値) とし、冷却基板を通過する流量を変化させた時の 冷却基板表面温度 TS を測定することにより冷却 性能を評価した。冷却水の入り口温度 Tin は 30℃ 図 4. 各種基板の冷却性能 図 3. 各種冷却基板形状 表 1. 各種冷却基板の流路総断面積と総表面積 図 5. 各種基板の要求冷却水量 最も高い冷却性能を持つ D 型基板と、最も冷却性 能が劣る A 型基板の性能差は顕著で、所定の表面 温度 TS を達成するために要求される冷却水量に 大きな差があり、循環水ポンプの消費動力が大き く異なることが推察される。 図 6.は、各基板における冷却水の吸収熱量 qw (W)を冷却水流量 Q (m3/s) で割った値を流量冷却 能力 (J/m3) と定義し、グラフに示したものであ る。冷却水の吸収熱量 qw は次式により算出した。 qw = Q ρ C ( Tout – Tin ) ・・・・ (1) ここに、 Q :冷却水流量(m3/s)、 ρ :冷却水密度 (kg/m3)、C:水の比熱(J/kgK)、Tout:出口温度、 Tin:入口温度、である。流量冷却能力 (J/m3) は、 単位体積の通過冷却水が吸収した熱量を表す。同 図より、A 型基板と D 型基板を比較すると全流量 域において 5~6 倍程度の冷却能力差が見られる。 図 7. 各種基板の冷却水消費動力 L = Q (P1-P2 ) ・・・・ (2) 消費動力 L は流量と圧力損失の積に比例する。 A 型冷却基板は流路断面積が大きく内部での圧 また、低流量域において A 型基板と他の基板群で 力損失は小さいように思えるが、この流量域では 異なる冷却能力傾向を示すことから、A 型基板と 流れは完全に乱流状態になっており強いレイノル 他の基板群では、流れの強制対流冷却機構に大き ズ応力が働いていることが予想される。この原因 なメカニズムの違いが存在していることが類推さ として、流路内部に近接した固体壁が存在せず、 れる。 乱流混合距離が増大しレイノルズ応力の増加を促 進していることが推察される。 3.3 基板の平均熱伝達係数 図 8.はそれぞれの基板に対して、各計測値を用 いて計算された平均熱伝達係数を表す。円形断面 を持たない流路形状の基板に対しては、水力平均 深さ m ( = 流路断面積÷ぬれ縁長さ)を用いてレ イノルズ数を計算した。すなわち、 Re =4mu/ν ・・・・(3) 図 6. 単位通過流量当たりの冷却能力比較 3.2 基板内部で発生する消費動力 図 7.は基板表面温度 TS を 40℃に保つために、 各基板内で発生する冷却水消費動力を表したもの である。冷却水の基板入口での圧力を P1 (Pa)、出 口での圧力を P2 (Pa)とし、冷却水流量を Q (m3/s) とすれば基板内部で消費される動力 L (W) は次 式で表される。 図 8. 各種基板の平均熱伝達係数 である。ここで、u は流路を通過する流速で、ν (3)複数の矩形断面流路と支柱からなる基板が優 は動粘度である。熱伝達係数α(W/m2K)は、冷却 れた冷却性能を発揮することが明らかになった。 水の吸収熱量を qw (W)とすると次式で定義される。 そして、流路幅と支柱幅の関係が冷却性能に顕著 qw =αSw (Tsw-Tw) ・・・・(4) な影響を及ぼす重要因子であることを確認した。 ここで、Sw:流路の総表面積(m2)、Tsw:流路の表 今後は、矩形流路と支柱からなる冷却基板の形 面温度、Tw:平均冷却水温(入口水温と出口水温 状最適化と数値シミュレーションによる伝熱現象 の平均値)である。流路の表面温度 Tsw を直接計 の解明を進めていく予定である。 測することは困難であるため、基板表面温度 TS で代用した。TS と Tsw の温度差は1次元熱伝導の 【参考文献】 式を用いて次のように概算される。ヒータの出力 (1)日達貴久、郷原広道、長畦文男“車載用直接水 を q (W)、ヒータの面積を S(m2)とすれば、 冷 IGBT モジュール”富士時報 Vol.84 No.5 2011. q = Sλ(TS-Tsw)/h ・・・・(5) pp308~312. ここに、λ:熱伝導率、h:基板表面と流路表面の (2)Alan J. Chapman, “Fundamentals of Heat 距離である。これより、TS-Tsw =qh/( Sλ)となり、 Transfer” Macmillan 1987. pp70~74. q =240 W、h=0.01m、λ=150 W/mK、S=0.012m2 (3) Mitsuo Yabe, Shunichi Sakuragi, の値を使用して計算すると、TS-Tsw =1.33℃とな “Heat exchanger” US Pat. Pub. No. る。図 8.より、同じ矩形流路形状を持つ C 型と D US 2013/0075071 A1 型の基板では平均熱伝達係数の値でほぼ2倍程度 の差があることが分かる。この原因として、流路 【著者紹介】 幅と支柱幅の違いが大きく冷却能力に影響を及ぼ 田口 智哉 すことが考えられる。特に、支柱幅は熱交換器の 静岡理工科大学 理工学部 フィン効率の視点から厚いものほどフィン効率が 機械工学科 4 年 高くなる(2),(3)。しかし、限られた冷却空間容積の 中で冷却水流路の面積も圧力損失低減の視点から 必要十分な面積を確保する必要があり、支柱幅と 流路面積の相互の最適化が重要となる。この問題 の有効な研究方法の一つとして、固体内熱伝導と 強制対流冷却の連成解析シミュレーションなどが 桜木 俊一 あげられる。 静岡理工科大学 理工学部 機械工学科 教授 4. 結 言 IGBT などのパワーエレクトロニクス素子の高 効率冷却機構を探求するために、4種類の代表的 な冷却水流路形状を持つ冷却基板を製作し、冷却 性能を実験的に評価した。以下に、本研究で得ら れた結論を示す。 (1)冷却水流路の形状が、冷却性能および基板内で の消費動力に顕著な影響を及ぼすことを確認した。 (2)最大の冷却性能を発揮する基板と最小冷却性 能の基板では、同等の冷却効果を発揮するために 必要な冷却水流量で約 10 倍程度の差を生じる。 博士(工学) E-mail: [email protected]
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