鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム

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鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム
研究論文
鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム
菅 野 利 猛* 岩 見 祐 貴* 福 尾 太 志*
宮 井 菜 月** 中 江 秀 雄* 平 本 雄 一*
Research Article
J. JFS, Vol. 87, No. 1(2015)pp. 009 ~ 015
Surface Patterns and Their Formation Mechanism in
Molten Cast Iron
Toshitake Kanno*, Yuki Iwami*, Taiji Fukuo*,
Natsuki Miyai**, Hideo Nakae* and Yuichi Hiramoto*
Surface patterns such as bamboo-leaf type, pine needle type, and hexagonal type appear at around 1350℃ on molten iron.
These patterns are known to be used for examining the conditions of molten cast iron in cupola. In this study, the mechanism by which these surface patterns develop was examined.
The origin of the surface patterns is a surface SiO2 film formed by the oxidation of Si with CO. The difference in the radiation rate between SiO2 and molten iron makes the patterns visible. The addition of 0.02 mass% S reduces the surface tension remarkably. As a result, a complex Marangoni convection occurs beneath the surface and it generates complex surface
patterns. The characteristics of the molten iron improve in the order of Bamboo-leaf, Pine needle, and Hexagonal pattern.
The Hexagonal pattern becomes finer with inoculation.
Keywords : molten metal, surface patterns, gray cast iron, sulfur, silicon, surface tension
草川は,1957 年のキュポラハンドブックの中で,湯面
1.緒 言
模様について以下のように述べている.鋳鉄溶湯を冷却す
鋳鉄の溶解は古くは,キュポラを中心として行われてき
る際,1400℃以下になったとき,その表面の大気に接す
た.Fig. 1 に示すように,キュポラの溶湯では,温度が低
る部分に薄い酸化被膜が生じ,これが破れ,また移動して
下してくると笹の葉状(Bamboo-leaf),松の葉状(麻の葉
種々の模様を描く.これを湯面模様という .温度,化学
状とも云う,Pine needle),亀甲状(Hexagon)の湯面模様
組成,酸化の程度,容器の大きさ等により湯面模様は異な
が見えるため,溶湯性状の判定に湯面模様が用いられるこ
り,これによっておおむね溶湯の性状の判定ができる.亀
とがあった .
甲型の模様は,Si 量の影響が大きく,この模様が出やす
1)
い範囲は Si1.6 ~ 2.4% 程度である.Si 量が低くなると笹
葉型へと模様を変え,さらに低くなると模様は無くなる.
C 量も多くなるにしたがって笹葉型,亀甲型へと模様を変
える.Mn は C や Si とは反対に,Mn 量が増加すれば亀甲
型は消失し,笹葉状に変化する.また,P が多い場合には
湯面模様に光沢の白い球のようなものが動いて見える.Al
Bamboo-leaf
Pine needle
Hexagon
Fig. 1 Typical surface patterns of molten gray cast iron.
ねずみ鋳鉄における湯面模様.
や Cr のような元素が微量入ると,湯面は酸化されて模様
は消失する.湯面模様と湯面の表面積の関係においては,
湯面の表面積が大きければ模様も大きくなり,表面積が小
1)
さい場合には模様が出なくなることがある .
受付日:平成 26 年 4 月 30 日,受理日:平成 26 年 11 月 7 日(Received on April 30, 2014; Accepted on November 7, 2014)
* (株)木村鋳造所 開発部 Kimura Chuzosho Co., LTD. Research & Development Dep.
** 国立大学法人 長岡技術科学大学 材料開発工学課程
Nagaoka University of Technology, Department of Materials and Technology.
10
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
1983 年の鋳鉄溶解ハンドブックの石野らによる約 50 の
鋳物工場のアンケート結果をふまえて,湯面模様判定法
2)
が紹介され,以下のように記述されている .湯面模様は
1350℃前後で最も出やすく,1200℃以下では被膜が厚くなっ
200mm,溶解量 50kg,炉材 Al2O323mass% ・ MgOmass73%)
(以下単に % で示す.
)を用い,降温(パワー OFF)時と昇温
(パワー ON)時で,溶湯温度を変化させながら湯面の様子
を観察した.FC300 相当の溶湯(Fe-3.2%C-0.75%Mn-0.07%P)
て見られなくなる.また酸化溶湯では,湯面模様は全く現
をベースに,S と Si 量を変化させる実験を行った.S の影響
れないか,現れても鮮明ではない.それゆえに溶湯の酸化
については,Si を 1.7% 一定とし,溶湯に Fe-S を添加し,S
程度の判定には便利である.NIK 法(日本鋳物協会法)では,
を 0.006%~ 0.24% まで変化させて,温度変化に伴う湯面模
溶湯を直径 50mm,高さ 50mm の生型砂に入れ,1300 ~
様の観察を行った.Si の影響についても同様に,S を 0.16%
1350℃で判定することにしている.湯面模様が出る時間を,
一定とし,Si を 0.05~3.5% まで変化させた .
2)
ストップウォッチで測定する方法も行われている .
溶湯性状と湯面模様の関係を調査するために,1350℃
1983 年の鋳鉄溶解ハンドブックによれば,キュポラ溶
で 30 分間保持した湯面に,Fe-Si 系接種剤(Fe-74%Si-1.6%
解の 38 社のうち湯面模様が出ないと回答したのは 1 社の
Ca-0.98%Ba-0.51%Al)を 0%,0.025%,0.05%,0.3% 添 加
みで , 逆に低周波炉では 47 社のうち 32 社が出ないと回答
する試験をおこなった.この時,著者の一人が開発した
2)
10)
し,15 社は出ると回答している .
3 カップ熱分析法
1957 年の真殿の論文では,湯面模様は溶湯表面が空気
から黒鉛化度を測定し,黒鉛化度と湯面模様の関係を求
によって選択酸化されて酸化被膜ができる現象であると考
めた.この時の溶湯成分は 3.2%C-1.7%Si-0.75%Mn-0.07%
え,FeO-SiO2 の状態図よりトリジマイトが出ると亀甲状,
P-0.16%S とした.
ファイヤライトが出ると松葉状や笹葉状になると説明して
3)
を用いて,CE メーターの冷却曲線
湯面模様の正体を確かめるために,1500℃の湯面模様の
ない溶湯表面に空気を吹きかける実験と,1350℃の湯面
いる .
2001 年に藤によって出版された「湯面模様と鋳鉄溶湯
模様の出ている溶湯にアルゴンガスを吹きかける実験を
の性状」では,真殿らの説と同様に,以下のように記述さ
行った.
れている.各種の湯面模様は溶湯の放出ガスの圧力や反応
また,アルミニウムの酸化膜が発生した場合に,湯面模
により,FeO-SiO2 の酸化膜がセル状に分割され,このセ
様が現れるかどうかを確認するための試験も行った.上記
ルの新発生 ・ 移動 ・ 隣接 ・ 合体の繰返しが,模様となって
と同様の成分において,溶湯の Al 量を 0.002~0.009% に
4)
変化させながら S 量も 0.07 ~ 0.16% の範囲で変化させる
出ている .
斉藤
5)
は,キュポラ溶解で大きい故銑や厚い鉄板などを
用いた場合には,酸化影響の強い刃口近くの位置まで地金
が下がってきて,ようやく溶け終わる場合がある.この様
実験を行い,湯面模様の現れる条件を求めた.
3.実験結果
な時には,出湯した溶湯は火花の放散が多いものとなり,
3. 1 S の影響
良い湯面模様が出ず,早冷めの湯になる現象に悩まされる
1.7%Si 溶湯を用い,降温時に湯面模様が現れる温度
ことがある,と記述している.
範囲及び湯面模様に対する S 量の影響を調査した結果を
真殿や藤は,湯面模様を放出ガスの圧力や反応で説明し
Fig. 2 に示す.また降温時のデータに昇温時のデータを加
ようとしたが,湯面模様を単純に液体の対流と考えること
え,なおかつ昇温時の湯面模様を示したものを Fig. 3 に
もできる.対流には,味噌汁に発生するような液体の密度
示す.昇温時の方が湯面模様の現れる温度域が高いが,ど
差(重力が関与する)によって生じる浮力対流(または自
ちらの場合も 0.02%S 以上から湯面模様が現れ,S 量増加
然対流またはベナール対流と呼ぶ)と,電気炉の撹拌力な
に伴い,笹葉から松葉,亀甲模様へと変化する.低温側は,
ど外部の力によって起こる強制対流,重力とは無関係に
大きな笹葉状の模様となり,高温側では亀甲状になる傾向
表面張力の差によって生じるマランゴニ対流の三種類があ
が強い.また,S が高くなるにつれ湯面模様が発生する温
る.マランゴニ対流は,形を微妙に変化させながら連続的
度幅が広がる傾向にあり,その広がりは昇温時の方が大き
に美しい模様をつくる特徴がある.特に溶接における,酸
い.後述する Si の影響と異なり,低温側の湯面模様が消
素や硫黄によるマランゴニ対流と溶け込み深さの関係は有
える温度(膜が張って湯面模様が見えなくなる温度)は,
名であり,多くの研究報告がある
6 ~ 9)
.また溶接業界では,
シミュレーションによりマランゴニ対流の力を計算するこ
6 ~ 9)
とも,一般的に行われている
.
S 含有量に関わらず一定となっている.この結果は,石野
らのいう,湯面模様が 1350℃程度で最も出やすいとする
2)
温度と,一致している .この結果から,電気炉で湯面模
しかし最近では,鋳鉄の湯面模様に関する研究は殆ど行
様が見えないと言われてきた原因として,まず電気炉溶湯
われていない.そこで , 湯面模様の生成メカニズムと,そ
における S 量の低さが考えられる .
の意味するものを解明するために本研究を行った.
3. 2 Si の影響
2.実験方法
サイリスタ式高周波誘導炉(出力 50kW,3000Hz,炉内径
0.16%S 溶湯を用い,降温時に湯面模様が現れる温度
範囲及び湯面模様に対する Si 量の影響を調査した結果を
Fig. 4 に示す.Si が 0.5% 未満では,1400℃から 1300℃の
11
鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム
Si≧0.5%
S≧0.02%
Hexagon
No pattern
Hexagon
Hexagon
No pattern
Bamboo
Bamboo
Bamboo
Bamboo
Temperature, ºC
Temperature, ºC
Bamboo
Bamboo
Hexagon
0.02
Sulfur content, mass%
Silicon content, mass%
Fig. 2 Influence of sulfur content and temperature
on surface pattern of molten cast iron with decreasing
temperature.
Fig. 4 Influence of silicon content and temperature on
surface pattern with decreasing temperature.
Si 量と湯面模様の関係(降温時).
S 量と湯面模様の関係(降温時).
1500
1500
S≧ 0.02%S
hexagon
Pine
1450
hexagon
Si ≧ 0.5%
1450
hexagon
no pattern
1400
no
pattern
1350
Bamboo
Bamboo
Bamboo
1300
Temperature, ℃
Temperature, ℃
1400
Bamboo
1350
Bamboo
spark
1300
Bamboo
1250
1250
increasing temperature
decreasing temperature
1200
0
0.02
1200
increasing temperature
decreasing temperature
1150
0.04
0.08
0.12
0.16
0.2
0.24
Sulfur content, mass %
Fig. 3 Influence of sulfur content and temperature
on surface pattern of molten cast iron with increasing
temperature.
0
0.5
1
1.5
2
2.5
Silicon content, mass %
3
3.5
4
Fig. 5 Influence of silicon content and temperature on
surface pattern with increasing temperature.
Si 量と湯面模様の関係(昇温時).
S 量と湯面模様の関係(昇温時).
間において,線香花火のような火花が発生し,湯面模様は
満では線香花火のような火花が発生し,湯面模様は現れな
見られない.また,温度が上がるにつれて火花の勢いは増
い.昇温時に少量の Fe-75%Si を添加すると,一時的に火
す傾向を示す.降温時では Si が 0.5% 以上から湯面模様が
花は収まるが,時間が経つと再び発生するようになる.昇
現れ,Si 量の増加に伴い,笹葉状から大サイズの亀甲模様,
温時においても降温時と同様に 0.5%Si 以上から湯面模様
小サイズの亀甲模様へと変化する . また Si 量の増加に伴
が現れ,Si 量増加に伴い,笹葉から麻葉,亀甲模様と変
い,湯面模様が現れる温度範囲が広くなる.
化する.また昇温時の方が降温時より,湯面模様の現れる
昇温時のデータに,降温時のデータ及び湯面模様を加え
温度域が高くなる.Si の場合も S と同様に,1350℃程度
たものを Fig. 5 に示す.昇温時においても Si が 0.5% 未
が最も湯面模様が出やすい領域となっている.
12
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
3. 3 溶湯性状と湯面模様の関係
Fig. 6 に,湯面模様と黒鉛化度及び接種量との関係を示
す.接種量が増し黒鉛化度が高いほど,すなわち溶湯性状
Ar
が良くなるにつれて,湯面模様は笹葉状,麻の葉状,大き
な亀甲状,細かい亀甲状へと変化する.この結果は,昔か
ら経験的に言われていた事と一致する.
Fig. 8 Effects of argon flow.
アルゴンフローの影響.
を行った部分では湯面模様は消えている.この事より,
酸素が供給されなくなると,湯面模様は発生しなくなる
GA: 0%
IA: 0%
GA: 25%
IA: 0.025%
ことが分かる.これらの結果より,鋳鉄の反応式である
SiO2+2C=Si+2CO において SiO2 の膜が生成することによ
り湯面模様が現れると考えた.
3. 5 湯面模様における Al 量と S 量の関係
湯面模様における,Al 量と S 量の関係を Fig. 9 に示す.
緒言でも述べたように Al を多く含む溶湯の場合には,湯
1)
面模様が形成されない傾向が確認されている .これはア
GA: 40%
IA: 0.05%
GA: 65%
IA: 0.3%
Fig. 6 Relationship among surface pattern, graphitization ability(GA)
, and inoculation amount(IA).
湯面模様と黒鉛化度(GA)及び接種量(IA)との関係.
ルミニウムの酸化膜が湯面全体を覆うことにより,湯面
模様の形成が妨げられた結果であると考えた.また,こ
のデータから湯面模様の現れる最低 S 量を求めたところ,
約 0.02% となった.これは Fig. 1,Fig. 2 で示した,湯面
模様が出始める S 値と良く一致している.
3. 4 エアフロー及び Ar フローによる SiO2 の確認
0.01
溶湯表面にエアフローを行うと,湯面模様がいきなり出
現する.また,エアフロー部先端の亀甲状模様は,細かい
特徴を有している.高温域では,SiO2+2C=Si+2CO の反
応は右へ進んでいるため,C が優先的に酸化される.この
状態で,エアフローを施した部分に湯面模様が現れると云
う事は,エアフローによる酸素の供給(溶湯表面の温度低
下の影響も考えられる)により,Si が強制的に酸化され,
SiO2 の湯面模様が形成されたと推測される.エアフロー
を中止すると,再び湯面模様は見られなくなる.
Aluminum content, mass%
Fig. 7 に示すように,1500℃で湯面模様が現れていない
0.008
not appear
appear
0.006
0.004
0.002
0
0
Air
0.02
0.05
0.1
Sulfur content, mass%
0.15
0.2
Fig. 9 Influence of sulfur and aluminum content on
surface pattern.
湯面模様に及ぼす Al 量と S 量の影響.
4.考 察
4. 1 平衡温度と湯面模様の関係
Fig. 7 Effects of air flow.
エアフローの影響.
C と Si が高い鋳鉄溶湯に起こる反応式としては,以下
の式がある.
SiO2+2C=Si+2CO
(1)
湯面模様が現れている 1350℃の溶湯に,アルゴンフ
この式に従い,湯面模様の実験結果について考察を行
ローを行った時の様子を Fig. 8 に示す.アルゴンフロー
う.まず,Si0.5% 以下では火花が発生し,湯面模様が見
13
鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム
�
4. 2 輻射率の違いによる可視化
���
�
���������������� �����
溶湯と SiO2 膜では,輻射率が大きく異なる.Fig. 11 に
���������
�����������
���
示すように,溶湯部の輻射率は 0.3 ~ 0.4 である.これに対
し酸化物の輻射率は約 0.95±0.03 と高く,SiO2 部も約 0.9
���
12)
台であると推測される .このため,同じ温度でも輻射率
�
の低い溶湯部は暗く見え,輻射率の高い SiO2 部は明るく
���
見える.この輻射率の違いが湯面模様の明暗をつくり,可
視化を可能にしていると考えられる.
�
���
Dark part:molten metal
�
�
���
�
���
�
���
�
(Radiation rate:0.3~0.4)
����������������������
Fig. 10 Relationship between terminal temperature
11)
and contents of carbon and silicon(calculated values) .
Light part:SiO2
(Radiation rate:estimated 0.9)
11)
平衡温度と C,Si 量の関係(計算値) .
られなかった.これは,溶湯中の Si が極端に少ない場合
Fig. 11 Visualization of molten metal surface pattern
according to difference of radiation rate.
輻射率の差による湯面模様の可視化.
には SiO2 は生成せず,2C+O2=2CO の反応が起こり,こ
の CO ガスにより火花が発生することが原因である.著者
らの経験では,この火花が出るような低 Si の溶湯を昇温
4. 3 マランゴニ対流
してゆくと,溶湯が盛り上がり,炉から湧き出るといった
溶湯表面の SiO2 が模様として現れているとすると,溶湯
危険な状態になる.この際に Fe-75%Si を添加すると,火
の表面近傍には,何らかの対流が生じていると推測される .
花が収まるのは SiO2 の生成反応が起こった結果であると
溶湯表面で考えられる対流としては,密度差対流,強制
考えた.
対流,そしてマランゴニ対流の三つが挙げられる.密度差
Si 量 の 増 加 に 伴 い, 湯 面 模 様 が 出 現 す る 温 度 範 囲
対流とは密度差によって起こる対流のことであり,具体的
が 拡 大 す る と い う 結 果 は, 以 下 の よ う に 説 明 で き る.
には熱対流や溶質対流などが挙げられる.密度差対流が起
SiO2+2C=Si+2CO の反応における平衡温度と C,Si 量の
こるには重力が必要である.強制対流とは,外部の力(今
11)
関係を Fig. 10 に示す .この図より C3.2% 一定とした場
回は電気炉の誘導撹拌の力)によって起こる対流である.
合,Si 量が増すにつれて(1)式の平衡温度が上昇するこ
一方マランゴニ対流は,表面張力の不均一によって起こる
とが分かる.これが,Si が増すにつれて高温側で湯面模
対流であり,これは重力とは無関係に起こる.このマラン
様が現れる温度が,上昇する原因である.
ゴニ対流が,湯面模様の生成に大きな影響を及ぼすのでは
低温側の湯面模様が現れる温度(逆の表現をすれば,酸
ないかと考えた.
化膜により湯面模様が消える温度)が下がる原因について
4. 4 マランゴニ対流に及ぼす S の影響
は,以下のように考えられる.例えば Fig. 5 より,昇温時
S は溶鉄の表面に吸着し,表面張力を低下させることが
の湯面模様が現れる温度は,Si が 3% 増加することで,約
知られている.Fe-C 合金の表面張力に対する S の影響を
110℃程度低下している.3%Si は,炭素当量で 1.0 に相当
Fig. 12 に示す .S が溶湯表面に偏析するか,溶湯表面
するため,液相線は約 110℃下がることになる.両者の温
に局所的な温度の不均一化が生じることで,表面張力の局
13)
度が一致することから,低温側の湯面模様が現れる温度
所的な不均一が生じ,マランゴニ対流が発生すると考え
は,溶湯の液相線と強く関係していると考えた.
た.しかし,これだけでは複雑な湯面模様の現出は説明で
以上の結果より,緒言でも述べた湯面模様が出ている時
きない.
間をストップウォッチで測定する方法は,C 量や Si 量に
4. 5 表面張力の温度依存性とマランゴニ対流
よる初晶温度の変化を測定している可能性がある.また,
S 量の増加に伴い,表面張力の温度依存性が変化する.
真殿の FeO-SiO2 混合物が湯面模様だとする説は,低温側
Fig. 13 に,計算による 18-8 ステンレス鋼中の S 量によ
で発生する全面を覆う湯面については正しいと考えられ
る表面張力温度依存性を示す .S が少ない場合は,低温
14)
る.しかしながら,C と Si が高い鋳鉄溶湯においての反
側での表面張力が高く,高温側での表面張力は低下する
応は,SiO2+2C=Si+2CO の反応しか考えられないため, (AB).これは,温度が高くなると表面張力が低下する一
湯面模様において FeO の存在を生成自由エネルギーの観
般的現象である.
点から説明することは難しい.
これに対して,S が増加すると,高温側の表面張力に大
鋳 造 工 学 第 87 巻(2015)第 1 号
(a) Negative
pattern
1600
1400
1200
aS0.02%�0.133
Keverian et al
Holden and Kingery
Kozokevitch
1000
TA, TB > TC
σA, σB > σC
Marangoni
force A C B
800
600
0.0001
0.001
Temperature T
(b) Positive
0.01
0.1
Activity of sulfur as
1.0
(c) Inflection point
Surface tension σ
no pattern
Surface tension σ
Surface tension, dynecm-1
1800
Surface tension σ
14
To
Temperature T Temperature T
TA, TB < TC
σA, σB < σC
A C B
10.0
weld zone
Fig. 12 Relationship between surface tension and sul13)
fur activity .
13)
表面張力と S 活量の関係 .
Fig. 14 Relationship between surface tension and
6)
thermal gradient .
A
low
temperature
6)
1.95
high
temperature
1.7
1.45
1.2
Surface Tension[N/m]
2.2
表面張力と温度勾配の関係 .
D
B
S 同様,界面活性元素としてよく知られている酸素も,
マランゴニ対流に影響を与える一つの因子だと考えられ
9)
ている . 低酸素の場合,表面張力の温度勾配が負になるが,
酸素量が多くなると表面張力の温度依存性が変化する.酸
Flexion point
素が表面張力に影響を与えることは確かであるが,実際の
C
湯面模様に与える影響については不明な点が多い.接種に
より湯面模様が変化する要因の 1 つは,この現象によるも
のと考えている .
Fig. 13 Effect of sulfur concentration on surface tension of molten 8Ni-18Cr-Fe stainless steel(results of
13)
calculations) .
18-8 ステンレス鋼における表面張力に及ぼす S 量の影
14)
響(計算値) .
4. 6 キュポラと電気炉
これら実験結果を踏まえると,湯面模様がキュポラ溶湯
でしか現れない,と言われてきた理由が明らかになってく
る.溶湯中の S によって生じる表面張力の温度依存性が
原因で起こるマランゴニ対流が,溶湯と SiO2 の輻射率の
違いによって可視化されることで,我々の目に模様として
きな変化は見られない(BC)が,低温側の表面張力は急激
見える.キュポラ溶湯の場合,コークスから溶湯へ S が
に低下する(AD)ことが分かる.また S が高くなると,温
入り込むために,湯面模様が現れる.一方電気炉は,S の
度と表面張力の関係において,明確な変曲点温度が存在す
供給源が無いため,意図的に S を加えない限りマランゴ
るようになる.
ニ対流は生じず,湯面模様は現れない.電気炉で湯面模様
Fig. 14 に示すように表面張力の温度勾配が(a)負のも
が現れた前例が存在したのは,FC 溶湯中に S が含まれて
の,
(b)正のもの,
(c)変曲点を持つ場合にマランゴニ対
いたためであろう.よって電気炉であっても溶湯中に 0.5%
流の形態が 3 種類に変化することにより,溶接ビート深さ
以上の Si と 0.02% 以上の S が含まれ,かつ Al が限界量を
6)
の形態が変化する ことが,溶接業界では知られている.
超えない限り,湯面模様が現れると考える.
温度勾配が負または正の場合,湯面模様は単純に容器の大
また,キュポラ溶湯に湯面模様が現れやすい原因の一つ
きさ全体に起こるのに対して,温度勾配による表面張力が
にアルミニウム含有量の低さが考えられる.これは,キュ
変曲点を持つ場合は,対流の生じる範囲は小さくなり,複
ポラ溶解では溶湯が表面積の大きい液滴でベッドコークス
雑化するため,湯面模様も複雑なものになると考えられる.
中を通過するため,アルミニウムが酸化除去され,アルミ
すなわち,複雑な湯面模様が現れるのは,溶湯中に S が
ニウムの含有量が低下する .これに対して,電気炉では
含まれることによって表面張力の温度依存性が変曲点を持
精錬作用がないために,アルミニウムは高くなりやすい.
15)
ち,かつ溶湯表層部の温度が対流等によって不均一となる
また,斎藤の記述した,早冷めによる湯面模様の消失は,
ことから,複雑なマランゴニ対流が起こるためと考えた.
C と Si 含有量の低下による現象と考えた.
15
鋳鉄溶湯における湯面模様とその発生メカニズム
5.結 言
湯面模様とは,SiO2+2C=Si+2CO の反応式に基づいて
SiO2 被膜が発生した時に見られる現象である.SiO2 と溶
湯では輻射率に違いがあるために,人間の目に可視できる
参考文献
1)草川隆次:キュポラハンドブック(日本鋳物協会編)
(丸
善)
(1957)211
2)石野亨:鋳鉄溶解ハンドブック(日本鋳物協会編)
(丸
善)
(1983)185, 222
ようになったものである.S が 0.02% 以上入ることによっ
3)O. Madono: Giessenei 21(1957)Nov. 5. 714
て,表面張力が低下し,なおかつ表面張力の温度依存性が
4)藤英章:湯面模様と鋳鉄溶湯の性状(日本鋳鍛造協会
変曲点を持つようになり,その結果として複雑な流れのマ
編)
(2001)104
ランゴニ対流が発生し,湯面模様が発生する.よって湯面
5)斎藤弥平:鋳鉄工学(丸善)
(1965)174
模様が発生する条件は,0.02% 以上の S,0.5% 以上の Si,
6)F. Hiroyuki, W. Yoshio: High-Temperature Measurements
SiO2 被膜発生,適量の C 量の 4 点である.
of Materials(Springer)
(2008)44
湯面模様は笹の葉,麻の葉,亀甲模様になるにつれ溶湯
7)C. R. Heiple, J. R. Roper: Welding J. 61, 97s(1982)
性状が良くなり,さらに接種を行うと,亀甲模様が細かく
8)Shanping Lu, Hidetoshi Fujii, Kiyoshi Nogi: Materials
なる.電気炉においてもキュポラと同様な S 量になれば
湯面模様が発生する.
湯面模様は笹の葉,麻の葉,亀甲になるにつれ,溶湯性
Science and Engineering A380(2004)290
9)N. Takiuchi, T. Taniguchi, Y. Tanaka, N. Shinozaki, K.
Mukai: J. Jpn. Inst. Metals(in Japanese)55(1991)180
状が良く,亀甲模様は小さいほど溶湯性状が良い,という
10)菅野利猛,中江秀雄:鋳造工学 72(2000)175
従来の説が証明できた.また溶湯温度が高いほど,湯面模
11)加山延太郎:鋳鉄溶解ハンドブック(日本鋳物協会編)
様は小さく,温度が低いほど大きくなるがその原因は不明
(丸善)
(1983)11
である.
12)日本鉄鋼協会:溶解-溶接の物性便覧(1972)310
キュポラでしか湯面模様が現れないと言われてきたの
13)J. Keverian and H. F. Taylor: Trans. AFS 65(1957)212
は,コークスから S が入りマランゴニ対流が生じるため
14)W. Pitscheneder, T. DebRoy, K. Mundra and R. Ebner: 75
である.つまり条件を満たせば,電気炉溶湯も湯面模様が
現れる.
Welding Journal March(1996)71
15)中江秀雄:鋳造工学(産業図書)
(2008)74