歌の記憶における歌詞の検索過程の検討

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Title
歌の記憶における歌詞の検索過程の検討
Author(s)
小槻, 智彩
Citation
小槻智彩:人間文化研究科年報(奈良女子大学大学院人間文化研究
科), 第30号, pp. 95-104
Issue Date
2015-03-31
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/3969
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http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace
歌の記憶における歌詞の検索過程の検討
小 槻 智 彩*
1.はじめに
私たちの日常には様々な歌があふれており,はっきりとしたエピソードがなくても幼少期に
歌った童謡から最近のJ-POPまで数多くの歌を記憶している。歌は音楽要素であるメロディと言
語要素である歌詞から構成されており,ある歌詞を思い浮かべると自然とメロディも思い出され
るなど両者の結びつきは強い。一方で,歌を歌っているときに,ある箇所からメロディは歌える
のに歌詞がどうしても思い出せないということもあるのではないだろうか。本研究では,歌の記
憶構造を検討することを目的に,歌詞を対象とした想起実験を行う。
2.歌の記憶
2. 1.歌の知覚
歌の記憶に関しては,歌の構成要素であるメロディと歌詞の関連について多くの研究がなされ
ている。まず,歌の処理について神経心理学研究からは,脳内での音楽と言語の処理が分離して
いることが報告されており(e.g., Hébert & Peretz, 2001),メロディは右半球優位,歌詞は左半
球優位であるとされている(Samson & Zatorre, 1991)。一方,行動実験では,メロディと歌詞は,
単に別々の音楽符号と言語符号の連鎖ではなく,互いに関連を持って知覚されることが示唆され
てきた(e.g., Serafine, Crowder, & Repp, 1984;中田・阿部, 2007)。さらに,脳機能画像研究に
おいても,一部の脳領域が共通に賦活することからメロディと歌詞が統合的に処理されている可
能性が示されている(Callan, Tsytsarev, Hanakawa, Callan, Katsuhara, Fukuyama, & Turner,
2006)
。このように音楽と言語の関係に関して異なる見解が存在するのは,手法の違いや手続き
上の問題に由来するとして,Gordon, Schön, Magne, Astésano, & Besson(2010)は,メロディ
にのせて歌われた単語認知において事象関連電位と行動データを取ることにより,これまで独立
して行われてきた手法の比較を行い,脳内の音楽領域と言語領域が相互に関連していることを報
告している。
2. 2.歌の記憶
メロディと歌詞がどのように貯蔵されているのかについてSerafineら(1984)は(a)独立貯
蔵庫(全く別々に貯蔵され,記憶に際して相互に影響を受けない)
,
(b)全体貯蔵庫(2つの貯
蔵庫が堅く結合され,お互いの存在なしには記憶されない),(c)統合貯蔵庫(2つの貯蔵庫が
関連しており,お互いが存在する方がないよりもよく記憶される)という3つの可能性を指摘し
た。Serafineらは実験参加者になじみのないフォークソングを用いて,
歌の一部分を学習させた後,
* 社会生活環境学専攻 人間行動科学講座 博士後期課程
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―
学習時とは異なるメロディ・歌詞を含めた複数のパターンの再認課題を行い,メロディと歌詞は
意識されずとも密接に統合されて記憶されているが,それぞれがある程度独立していることから,
(c)を統合効果として提唱した。さらに,メロディと歌詞は相互に関連しており,一方が他方の
再認を促進するが,そこには非対称性があり,歌詞の再認にメロディは必ずしも必要ではないが,
メロディの再認には歌詞の有無が影響するという歌詞の優位性が示唆され,これはその後の研究
からも支持されている(Peretz, Radeau, & Arguin, 2004;齊藤・佐久間・石井・水澤,2009)。
3.歌詞の記憶
メロディに対する歌詞の優位性は再認実験において示されてきたが,歌詞の再生についても研
究が行われている。初期のものとしては,日常の中で学習された韻文を対象としたRubin(1977)
がある。Rubinはアメリカ人に憲法の序文,賛美歌23番などをタイトルから再生させ,韻文の再
生は,受動的に貯蔵された表層構造のまとまりが連鎖的に検索されたものであるというモデルを
示した。再生には明確な初頭効果が存在し,
再生が途絶えるとその後の想起は困難であるように,
この連鎖は一方向的なものである。村上・米澤(2002)も日本人が学校や家庭で習う機会が多い
歌(
「荒城の月」
「春の小川」など)の歌詞をタイトルから再生させ,誤りに焦点をあてた分析を
行い,歌の長期記憶の特徴を示している。ここでは4から8音節(五七調の五や七の区切りに相
当)をユニット,ユニットが複数集まったものをフレーズとし,歌の記憶は旋律と歌詞のユニッ
トの連鎖に基づく配置の記憶であること,また歌詞の再生の良い箇所は歌い出し,タイトルと単
語を共有している部分,歌の最後の部分であることを示している。歌い出しとタイトルとの共有
による再生の良さは,Beatlesの歌のタイトルと最初の行から歌詞を再生させたHyman & Rubin
(1990)でも確認されている。
4.本研究での試み 歌詞の再生が連鎖的な検索であることはこれまでに示されてきたが,そこでは参加者に歌詞を
記述させ,再生された単語やユニット,フレーズの再生率を分析対象としている。しかし,この
場合,参加者に時間制限は設けられていない。よって,冒頭から順に歌詞を想起したとしても,
そのときには思い出せなかった単語を後から思い出して埋めることが可能であり,必ずしも検索
が連鎖的に行われているとは言えない。そこで,本研究では,想起時に参加者の意図によって歌
詞を遡って検索することを制限するために,出来るだけ速い反応を求める再認課題を用いて歌詞
の検索過程を検討する。
これまでの歌詞や韻文の再生に関する実験では,タイトルが手がかりとして呈示されることが
多かったが(e.g., Rubin, 1977;村上・米澤, 2002)
,タイトルから歌い出しが想起された場合,
それは歌の構造に基づいた一方向の連鎖的な検索ではなく,意味記憶の検索によって歌詞が再生
された可能性がある。そこで本研究では,歌詞における連鎖性を検討するために,歌の一部分を
手がかりとして想起の起点を定めることとした。
また,
歌の記憶に関して,
歌い出しの認知や再生が良好であることが示されていることから(e.g.,
村上・米澤,2002;Peretz et al., 2004;齊藤ら,2009),歌い出しの歌詞を含まないメロディを
手がかりとし,その後呈示される単語が手がかりとして与えられたメロディを含む歌に含まれる
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かどうかを判断する再認課題を行う。メロディと歌詞が関連して歌の記憶として貯蔵されている
のであれば,双方にまたがった連鎖性も生じると考えられる。つまり,メロディを手がかりにそ
の後に続く歌詞が連鎖的に想起されると考えられる。さらに,ターゲットとなる単語と手がかり
の距離を統制し,反応時間を測定する。時間的な方向性をもって歌詞が連鎖的に検索されている
のであれば,起点となる手がかりから近い単語ほど反応時間は短く,遠いほど長くなると予想さ
れる。
課題として用いる歌は,構成や習得経験に共通性が高く,また参加者の多くが記憶していると
考えられる童謡・唱歌から選定する。歌の既知判断は親密性の影響を受けることから(Peretz
et al., 2004;齊藤ら, 2009)
,齊藤らが作成した歌の心理学的属性リストをもとに親密性の高い歌
を材料とし,冒頭2小節のメロディを手がかり刺激とする。さらに,一定のメロディの繰り返し
が含まれないように一番の歌詞のみを対象とし,刺激メロディの直後,すなわち3小節目に含ま
れる単語と,歌い出しから離れた位置として11小節目に含まれる単語がそれぞれその曲に含まれ
るかの判断を求め,条件間で反応時間を比較する。
5. 1.方 法
実験参加者 日本語を母語とする女子大学生10名(平均年齢22.2歳,年齢19-25歳)であった。
実験計画 刺激メロディ直後(3小節目)の単語を呈示する直後条件と,離れた場所(11小
節目)の単語を呈示する遠距離条件の2条件であり,被験者内計画であった。
刺激材料 齊藤ら(2009)が心理学的属性の調査を行った童謡・唱歌100曲を材料とし,メロディ
と歌詞は“こどものうた”
(日本音楽著作権協会,2008)に準じた。親密性が高いものから上位
50曲のうち,①一番が11小節に満たないもの,②歌詞の呈示箇所となる3小節目と11小節目
のどちらかにその曲で既出の単語が含まれているもの,③3小節目あるいは11小節目の歌詞の
言葉が不自然に切り取られてしまうものを除いた21曲を用いた。手がかりとなる刺激メロディ
は冒頭2小節間であり,ターゲットとなる単語が刺激メロディから始まる歌に含まれるものを
「yes試行」
,含まれないものを「no試行」とする。21曲それぞれについて,3小節目に含まれ
る単語(直後条件)と11小節目に含まれる単語(遠距離条件)をペアにしたyes試行を42試
行作成した(直後条件21試行,
遠距離条件21試行)。no試行は,yes試行で用いた刺激メロディ
を手がかりとし,その歌に含まれない単語を呈示する無関連条件21試行と,yes試行で用いた
ものとは異なる7曲から作成する刺激メロディと,その歌に含まれない単語3語ずつを呈示する
フィラー条件の21試行であった(Figure1)
。無関連条件,フィラー条件でターゲットとなる単
語は,刺激として使用しない曲の歌詞から実験者が任意に選定した。よって,参加者に呈示され
る刺激メロディと単語のセットの合計は84組(yes試行42組(直後条件:21試行,遠距離
条件:21試行)
;no試行42組(無関連条件:21試行,フィラー条件:21試行)であった。
同一刺激メロディは3回用いられ,単語の重複はなかった。なお,課題に使用されていない13
曲を練習に用いた。
刺激作成 メロディの作成は,楽譜・音楽作成ソフトMuseScore1.3を用いて行い,キーボー
ド(ピアノ)の音色による単音で作成した。単語はゴシック体の18ポイント,黒色のフォントで
作成した。刺激メロディの長さの平均は4.6s(SD = 1.2),音韻数平均は7.9(SD = 2.1)であった。
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装置 刺激メロディと単語はSuperLab 4.0で呈示した。
手続き 実験は防音室内で個別に行われ,刺激メロディはヘッドホンを用いて両耳に同じもの
が呈示された。参加者は13試行の練習を行った後,本試行84試行を行った。84試行は参加
者ごとにランダムに呈示され,42試行後に休憩を挟んだ。各試行は,最初に警告音を500ms呈
示し,その500ms後に音声刺激として2小節分の刺激メロディを呈示した。メロディが最後まで
呈示された後,500msの注視点を挟んでターゲット単語が画面中央に呈示された。参加者は呈示
された単語が,聴取したメロディを含む歌全体の歌詞に含まれるかどうかをできるだけ速く正確
に判断し,含まれる場合は右手,含まれない場合は左手の人差し指でキーを押すように教示され
た。単語呈示開始時点からキー押しまでの時間をRTとした。キー押し後,参加者は回答の自信
の程度を「1:まったく自信がない」から「5:非常に自信がある」までの5段階で評定し口頭
にて回答した。次の試行は,参加者のキー押しによって呈示された。
全84試行終了後,刺激メロディの親密性評定が行われた。再度,刺激メロディが呈示され,
参加者は「1:まったくなじみがない」から「5:非常になじみがある」までの5段階でキーボー
ドの数字によって回答を行った。
5. 2.結 果
全84試行のうち,刺激メロディとターゲット単語が正しい組み合わせで呈示されたyes試行
42試行を分析対象とした。直後条件の正答率は.90(SD = .06),平均RTは904.7ms(SD =
446.7)
,
遠距離条件の正答率は.58(SD = .12)
,
平均RTは1287.5ms(SD = 955.7)であった(Table
1)
。直後条件の平均RTが2000msより長かった1人を除いた9名について,参加者ごとに直後と
遠距離の各条件の平均値より3SDを越えたRTを除去し,さらに全参加者の各条件の平均値から
3SDを除去して,分析に用いた。
正答率 各条件における正答率を参加者ごと,刺激ごとについて算出し,t検定を行った結果,
どちらにおいても直後条件が遠距離条件よりも有意に正答率が高かった(参加者:t (8) = 8.11, p
< .001;刺激:t (20) = 5.83, p<.001)
。なお,各条件の結果とチャンスレベルとの差について統計
的に分析したところ,
直後条件については,
チャンスレベル(正答率0.5)を有意に上回っていたが,
遠距離条件ではチャンスレベルとの有意差が認められなかった。
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反応時間 遠距離条件の正答率がチャンスレベルであったため,確信度評定が4以上で正答し
た試行のRTを対象に,参加者ごと,刺激ごとについてt検定を行った。なお,刺激ごとの検定の
際,少なくとも一方の条件に確信度評定4以上で正答した試行がなかった刺激を分析から除外し
た。分析の結果,どちらにおいても直後条件のRTが遠距離条件よりも有意に短かった(参加者:
t (8) = -3.60, p < .01;刺激:t (18) = -4.41,p < .001)。
刺激メロディの特性 刺激メロディの特性が再認課題成績に影響を与えたかどうかを検討す
る。まず,刺激ごとの正答率,RTについて,直後条件と遠距離条件で相関分析を行ったところ,
どちらにおいても相関はみられなかった。次に,本実験の参加者評定による刺激の親密性と正答
率,RTの相関分析では直後条件において,正答率で中程度の正の相関(r = .687, p < .01),RT
で中程度の負の相関(r = -.468, p < .05)がみられ,親密性が高いメロディほど正答率が高く,
RTが短かった。また遠距離条件では親密性と正答率,RTに相関はみられなかった。親密性以外
の特性として,刺激の呈示時間,メロディの音韻数との相関を同様に確認したが,相関はみられ
なかった。また,親密性,呈示時間,音韻数との間にも相関はみられなかった。
5. 3.考 察
本研究では,歌詞の記憶の検索過程を検討することを目的に,歌い出しのメロディを手がかり
とした歌詞再認において,手がかりからの位置によって再認成績と反応時間が異なるかどうかを
検討した。
手がかりとなった刺激は歌詞を含まないメロディであったが,直後の単語再認おいて90%の高
い正答率が得られ,先行研究と同様,メロディと歌詞の関連が確認された。刺激メロディの位置
を統制した単語再認では,メロディ直後の単語の方が離れた位置の単語よりも再認成績が高く
RTが短かったことから,刺激メロディとの距離が歌詞の検索に影響したと考えられる。刺激メ
ロディの親密性が直後の単語再認のみと関連していたことからも,刺激メロディが直接,遠距離
条件の単語想起の手がかりになったのではないと思われる。よって,本実験の結果は,歌詞の一
方向的な検索過程を支持するものとなった。一方,遠距離条件で全体の再認成績がチャンスレベ
ルであったことから,本実験においては,刺激メロディから9小節離れた位置の単語が歌に含ま
れるかどうかの判断は難しかったといえる。しかし,刺激材料となった歌は,よく知られた童謡・
唱歌の一番であり,歌詞がまったく記憶されていないとは考えにくい。そこで,遠距離条件の再
認成績に影響を与えたと考えられる要因を二つ述べる。まず一つ目は検索の打ち切りである。本
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実験では,呈示された単語が刺激メロディの歌に含まれるかどうかを「できるだけ速く正確に」
判断するように教示された。そのため,たとえ歌詞が記憶されていたとしても,刺激メロディか
ら直線的に検索が行われる中で,距離の遠さから負荷が大きくなり検索が途中で打ち切られてし
まった可能性がある。二つ目は,ターゲットが単語であったという点である。韻文の想起におい
て,再生が止まってしまう場所が息継ぎの場所と重なる(Rubin, 1977)
,あるいは日本の歌の歌
詞再生では「ユニット」や「フレーズ」が単位となり(村上・米澤, 2002),想起にはいくつかの
語のまとまりが存在している。よって,まとまりのない単語だけの呈示では判断が難しくなった
可能性がある。
一方で,遠距離条件においても確信度4以上の評定で正答数が多い歌もみられた(
「メロディ
部分の歌詞」と「呈示単語」の例(タイトル)
:
「ぼくらはみんな」-「すかして」(手のひらを
太陽に,
「あかりをつけましょう」-「笛」
(うれしいひな祭り))。これらターゲットとなった単
語は歌のイメージとの関連が強い特徴的なものであり,刺激メロディとの結びつきが強い,ある
いは歌の意味記憶を介した検索が行いやすかったのではないか。Johnson & Halpern(2012)は,
プライミング課題を用いて,歌の意味記憶がテーマ(クリスマスなど)のような非音楽的な概念
的特徴によってカテゴライズされていることを示唆している。上記の結果は,クリスマスの時期
にある歌を聴くという経験の繰り返しによって形成されるような意味記憶との関連を示唆するも
のである。
本実験の結果を踏まえながら,今後歌の記憶を検討するにあたってその構造を仮説的にではあ
るがFigure2に示す。まずメロディと歌詞は結びついて記憶されており,メロディから歌詞,歌
詞からメロディを想起することが可能である。歌の想起は一方向に行われるため,ある箇所の歌
は直後の想起の手がかりとなり,その繰り返しによって連鎖的に歌が想起される。また,本実験
でターゲットになったような単語は,まとまりをもった歌詞よりも深い層に貯蔵され,さらに,
メロディと歌詞とは別に,経験から形成された概念的特徴としての意味記憶が独立して貯蔵され
ている。意味記憶と歌の記憶,あるいはメロディ,歌詞,単語といった要素は相互にアクセス可
能であり,意味記憶から直接想起することも可能である。一方向的な歌の記憶は歌い出しがアク
セスしやすく,後ろにいくほど検索に時間がかかるが,連鎖的な想起が途絶えたとしても,特徴
的な単語を含む歌詞に対しては,意味記憶をから直接検索することが可能である。
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上記のモデルは仮説的なものであるため,歌の記憶構造を明らかにするためにはさらに検討を
重ねる必要がある。以下,本研究における課題と展望を述べる。
まず,ターゲットとなる単語の選定についてである。本実験では刺激メロディからの距離を統
制するためにすべての組み合わせにおいて3小節目と11小節目にあたる単語をターゲットとし
たが,意味が特徴的な単語の場合,連鎖的な想起とは異なる方略がとられていたと考えられる。
歌の記憶が一方向によるものであることを示すためには,単語の意味を統制した実験を行った上
で,単語の特殊性を検討すべきである。加えて,まとまりをもった歌詞をターゲットとした場合
の再認成績との比較が必要である。また歌詞想起の手がかりとした刺激メロディに関して,本実
験の参加者評定による平均親密性は3.9であり高い傾向にはあるが,齊藤ら(2009)の評定と差
があった(t (20) = 5.41, p < .001)
。これは,刺激の長さの違いがひとつの要因として考えられる。
齊藤らが親密性評定の対象としたメロディの長さは5sであり,本実験の刺激メロディよりも長い
ものであった。また,日本人にとってなじみのある童謡・唱歌であっても年月の経過により幼い
頃の接触頻度は異なる可能性があるため,改めて親密性評定を行った上での統制が必要である。
さらに,ターゲットの位置をさらに細かく設定する,また歌い出し以外の箇所を手がかりとした
ときの想起の仕方を調べることで,歌の記憶の一方向性についてより詳細に検討することができ
ると考える。
引用文献
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Turner, R. (2006). Song and speech: Brain regions involved with perception and covert
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Retrieval Process of Lyrics in Memory for Songs
OZUKU Chisa
Songs are composed of two primary dimensions: melody (music) and lyrics (language).
Previous research has shown that melody and lyrics are interactively processed and integrated
in memory. Song memory is based on an associative chaining retrieval of passively stored
surface structure units. This model has been discussed using a questionnaire method. The
present study examined retrieval process of lyrics in memory for a familiar song using another
approach, recognition test. Participants listened to an initial melody without lyrics and then
judged whether a presented word was part of the lyrical accompaniment of the melody they
listened to. The words were of three types: (a) involved in the song and continued from the
initial melody; (b) involved in the song and distant from the initial melody; and (c) not involved
in the song. Type (a) words were more correctly and more quickly judged when compared
with type (b) words. This result supports the one-way chaining model of lyrics retrieval. The
relation between retrieval and semantic memory for song is also discussed in this study.
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