平成 26 年度卒業論文 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量と左不変 Einstein 計量 広島大学理学部数学科 B113468 日向達也 指導教員 田丸博士 教授 2015 年 2 月 10 日 はじめに 所定の条件をみたす 3 次元 Lie 代数には, 田崎・梅原不変量と呼ばれる不変量が存在することが 知られている. そして, この不変量を用いて 3 次元 Lie 代数を分類することができる (Tasaki and Umehara[2]). 一方で, Lie 群上には左不変 Einstein 計量と呼ばれるものが定義できる. 本論文の 目的は, 田崎・梅原不変量と左不変 Einstein 計量 (Einstein 内積) との関係を明らかにすることで ある. 第 1 章では, Lie 代数の定義といくつかの具体例を述べ, 最後に 3 次元 Lie 代数の分類結果 (Milnor [3]) を述べる. 第 2 章では, 3 次元 Lie 代数における田崎・梅原不変量を紹介し, 章の後半で実際にすべての 3 次 元 Lie 代数に関して田崎・梅原不変量を求めていく. 第 3 章では, Lie 代数における左不変 Einstein 計量 (Einstein 内積) の定義を述べ, 章の後半では 実際に具体的な 3 次元 Lie 代数について左不変 Einstein 計量 (Einstein 内積) が存在するかどうか を調べる. そして最後に, 各 3 次元 Lie 代数について第 2 章で求めた田崎・梅原不変量と本章で調 べた左不変 Einstein 計量 (Einstein 内積) の存在・非存在の結果から導き出せる両者の関係を定理 の形で紹介する. 本論文を書くにあたり, 指導教員の田丸博士先生をはじめ, 奥田隆幸先生, 橋永貴弘先生ならびに 先輩方にはご多忙の中多くのご指導をいただきましたことを, この場をお借りして深く御礼申し上 げます. 目次 3 次元 Lie 代数について 1 1.1 Lie 代数の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1 1.2 3 次元 Lie 代数の分類 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量について 3 2.1 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量の導出 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 2.2 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量の具体例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4 左不変 Einstein 計量について 7 3.1 Lie 代数の Einstein 内積の定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 3.2 3 次元 Lie 代数の Einstein 内積 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 1 2 3 1 3 次元 Lie 代数について この章では, 前半で Lie 代数の定義や例について述べる. 章の後半では特に 3 次元 Lie 代数の分 類結果を述べる (Milnor [3]). 1.1 Lie 代数の定義 この節では, Lie 代数の定義といくつかの例を紹介する. 定義 1.1. 実線型空間 g と 写像 [, ] : g × g → g を考える. このとき, 組 (g, [, ]) が Lie 代数とは, 以 下が成り立つこと: (i) (双線型性) 写像 [, ] は双線型. (ii) (交代性) 任意の X, Y ∈ g に対して, [X, Y ] = −[Y, X]. (iii) 任意の X, Y, Z ∈ g に対して, [X, [Y, Z]] + [Y, [Z, X]] + [Z, [X, Y ]] = 0. Lie 代数 (g, [, ]) に対して, 写像 [,] を括弧積と呼び, 条件式 (iii) をヤコビ律と呼ぶ. また, 線型空 間としての次元を Lie 代数 g の次元とする. 命題 1.2. 写像 [,] : g × g → g を双線型とする. このとき, 定義 1.1 の (ii) の条件は, 次の条件と同 値である: 任意の X ∈ g に対して, [X, X] = 0. 証明. 定義 1.1 の条件 (ii) を仮定する. ここで任意の X ∈ g に対して, 仮定より [X, X] = −[X, X] となるから, 2[X, X] = 0 となり [X, X] = 0 を得る. 一方, 任意の X ∈ g に対して, [X, X] = 0 と仮定する. ここで任意の X, Y ∈ g に対して, 仮定 から [X + Y, X + Y ] = 0 となるが, この左辺は, 括弧積の双線型性と, 仮定である任意の X ∈ g に対して, [X, X] = 0 であることにより以下のように式変形できる: [X + Y, X + Y ] = [X + Y, X] + [X + Y, Y ] = [X, X] + [Y, X] + [X, Y ] + [Y, Y ] = [Y, X] + [X, Y ]. よって, [Y, X] + [X, Y ] = 0 となるので, [X, Y ] = −[Y, X] は示された. 例 1.3. M (n, R) に括弧積を [X, Y ] := XY − Y X で定義したものは n2 次元 Lie 代数である. ま た, これを一般線型 Lie 代数と呼び, gl(n, R) で表す. 証明. 簡単な計算により, 括弧積 [X, Y ] = XY − Y X が定義 1.1 を満たすことを確かめることが できる. 定義 1.4. (g, [, ]) を Lie 代数とし, g′ ⊂ g とする. このとき g′ が g 内の Lie 部分代数とは, 以下 が成り立つこと: 1 (i) g′ は g 内の線型部分空間. (ii) g′ は括弧積について閉じている. すなわち, 任意の X, Y ∈ g′ に対して, [X, Y ] ∈ g′ . 例 1.5. 次で定義される sl(2, R) と h3 はそれぞれ gl(2, R) と gl(3, R) 内の 3 次元 Lie 部分代数で ある. またこのとき, sl(2, R) を 3 次元特殊線型 Lie 代数, h3 を 3 次元 Heisenberg Lie 代数と呼ぶ: (1) sl(2, R) := {X ∈ M (2, R) | tr(X) =0}. 0 x z (2) h3 := 0 0 y | x, y, z ∈ R . 0 0 0 証明. (1) 示すことは, sl(2, R) が gl(2, R) の線型部分空間であることと, 括弧積について閉じてい ることであるが, これらは以下のようなトレースの性質を用いれば簡単に示すことができる: tr(X + Y ) = trX + trY, tr(cX) = c trX, tr(XY ) = tr(Y X). また次元については, 次の {e1 , e2 , e3 } が sl(2, R) の基底になることから 3 次元である: ( e1 = 0 0 1 0 ) ( , e2 = 0 0 1 0 ) ( , e3 = 1 0 0 −1 ) . (2) 示すことは, (1) と同様に h3 が gl(3, R) の線型部分空間であることと, 括弧積について閉じて いることであるが, これは簡単な行列計算により確かめることができる. また次元については, 次の {f1 , f2 , f3 } が h3 の基底になることから 3 次元である: 0 0 0 0 0 0 1 0 f1 = 0 0 0 , f 2 = 0 0 1 , f 3 = 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 . 0 1.2 3 次元 Lie 代数の分類 この節では, 本論文で主として扱うことになる 3 次元の場合について述べる. 特に任意の 3 次元 の Lie 代数は, 本節の最後で紹介する Lie 代数の内のいずれかに同型であることが知られている. 以下, (g1 , [, ]1 ), (g2 , [, ]2 ) を Lie 代数とする. 定義 1.6. 写像 f : g1 → g2 が準同型写像とは, 以下が成り立つこと : (i) f は線型写像. (ii) f は括弧積を保つ. すなわち, 任意の X, Y ∈ g1 に対して, f ([X, Y ]1 ) = [f (X), f (Y )]2 . 定義 1.7. 写像 f : g1 → g2 が同型写像とは, f が全単射かつ準同型であること. また, (g1 , [, ]1 ) と (g2 , [, ]2 ) が同型であるとは, 同型写像 f : g1 → g2 が存在すること. 2 定理 1.8. 任意の 3 次元 Lie 代数は以下の 3 次元 Lie 代数の内のいずれかただひとつに同型である. 3 次元 Lie 代数 o(3) sl(2, R) 括弧積(ただし 0 のものを除く) [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = e2 simple [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = −e2 simple h3 [e1 , e2 ] = e3 nilpotent r3 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = e2 + e3 solvable r3,λ , |λ| ≤ 1 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = λe3 solvable r′3,λ , λ ≥ 3 [e1 , e2 ] = λe2 − e3 , [e1 , e3 ] = e2 + λe3 solvable 0 R abelian 証明. 参考文献 [1] と [3] を参照. 2 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量について この章では, 本論文で必要となる 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量について説明する. 2.1 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量の導出 この節では本論文で使用する 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量の導出の手順を述べる. 以下, (g, [, ]) を 3 次元 Lie 代数とし, {e1 , e2 , e3 } を g の基底とする. まず, 行列 A = (aij )1≤i,j≤3 を次 のように定め, この行列 A の余因子行列を A∗ とする: [e2 , e3 ] = a11 e1 + a12 e2 + a13 e3 , [e3 , e1 ] = a21 e1 + a22 e2 + a23 e3 , [e1 , e2 ] = a31 e1 + a32 e2 + a33 e3 . 定義 2.1. (1) 任意の X ∈ g に対して線型写像 adX を以下で定義する: adX : g → g : Y 7→ [X, Y ]. (2) 次の双線型写像 F を g の Killing 形式と呼ぶ: F : g × g → R : (X, Y ) 7→ tr(adX adY ). 定理 2.2 ([2]). (g, [, ]) を 3 次元 Lie 代数とする. ただし, g は h3 および R3 に同型でないものと する. また, g の Killing 形式 F : g × g → R の表現行列を P とする. このとき, 行列 P と先に定 めた行列 A∗ に対して以下を満たすような (g, [, ]) の不変量 χ(g) ∈ R ∪ {∞} が存在する: P = (χ(g) − 2)A∗ . ただし, A∗ = 0 のとき χ(g) = ∞ とする. 3 証明. 参考文献 [2] を参照. 注意 2.3. g が h3 または R3 に同型となるときは P = A∗ = 0 となるので, 定理 2.2 ではこれら の場合は除く. 以下, この定理 2.2 における χ(g) を 3 次元 Lie 代数 (g, [, ]) の田崎・梅原不変量と呼ぶ. 2.2 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量の具体例 この節では前節で与えた 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量を実際に具体的な 3 次元 Lie 代数で 求める. また今回, 不変量を求める 3 次元 Lie 代数は, h3 と R3 を除いたすべての 3 次元 Lie 代数 である. はじめに, 3 次元 Lie 代数 r3,λ , |λ| ≤ 1 の田崎・梅原不変量を求める. 3 次元 Lie 代数 r3,λ の基 底 {e1 , e2 , e3 } は第 1 章で紹介したものと同様で, 括弧積 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = λe3 , [e2 , e3 ] = 0 を満たすような基底とする. このとき, 行列 A は次のようになる: 0 0 A= 0 0 0 1 0 −λ . 0 補題 2.4. 行列 A の余因子行列 A∗ は次のようになる: λ 0 0 A∗ = 0 0 0 . 0 0 0 証明. まず, 行列 A の (i, j) 余因子 Aij = (−1)i+j Dij を求める. ただし, Dij は A の (i, j) 小行 列式とする. すなわち, 一般に n 次正方行列 T = (tij ) の小行列式 Dij とは以下のことである: t11 .. . ti−1 1 Dij = ti+1 1 .. . tn1 ... t1 j−1 t1 .. . tn ... t1n .. . ... ... ti−1 ti+1 .. . ... tnn .. . . . . ti−1 j−1 . . . ti+1 j−1 .. . ... j+1 j−1 ti−1 j+1 ti+1 j+1 .. . tn j+1 はじめに, A11 と A12 を求める. A11 = (−1)1+1 D11 2 0 −λ = (−1) 1 0 = λ. A12 = (−1)1+2 D12 0 −λ = − 0 0 = 0. 4 n n . その他も同様にして計算すると, Aij は次のようになる: { Aij = λ (i = j = 1). 0 (その他). よって, 求める A の余因子行列 A∗ は以下となる: A11 A∗ = t A21 A31 λ 0 = t 0 0 0 0 λ 0 = 0 0 0 0 A12 A13 A22 A23 A32 A33 0 0 0 0 0 . 0 補題 2.5. 線型写像 adei : r3,λ → r3,λ の表現行列 Pei は次のようになる: P e1 0 0 = 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 , Pe2 = −1 0 0 , Pe3 = 0 λ 0 0 0 −λ 0 0 0 0 . 0 0 証明. Pe1 のみ示す. まず, 定義 2.1(1) による線型写像 ade1 の定義と, r3,λ に今回定義した括弧積 [, ] により以下が成り立つ: ade1 (e1 ) = [e1 , e1 ] = 0, ade1 (e2 ) = [e1 , e2 ] = e2 , ade1 (e3 ) = [e1 , e3 ] = λe3 . よって, 線型写像 ade1 の表現行列 Pe1 は以下のようになる: Pe1 0 = 0 0 0 1 0 0 0 . λ Pe2 と Pe3 の場合も同様にして求めることができる. 補題 2.6. Killing 形式 F : r3,λ × r3,λ → R の表現行列 P は次のようになる: 1 + λ2 0 P = 0 証明. まず, 補題 2.5 より以下が成り立つ: 5 0 0 0 0 . 0 0 0 0 (1) Pe1 Pe1 = 0 1 0 0 0 0 0 0 λ 0 0 0 0 = 0 λ 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 . 2 λ −1 0 0 = −1 0 0 . 0 λ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 (2) Pe1 Pe2 = 0 1 0 0 0 0 (3) Pe1 Pe3 = 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 = 0 0 λ −λ 0 0 −λ2 0 0 0 0 0 . 0 (4) Pe2 Pe2 = Pe2 Pe3 = Pe3 Pe3 = 0. よって, これらとトレースの性質 tr(XY ) = tr(Y X) を用いると i, j ∈ {1, 2, 3} に対して次が成り 立つ: { tr(Pei Pej ) = 1 + λ2 0 (i = j = 1). (その他). したがって, 定義 2.1(2) より F (ei , ej ) = tr(adei adej ) = tr(Pei Pej ) であることから, Killing 形式 F : r3,λ × r3,λ → R の表現行列 P は, 次のようになる: 1 + λ2 0 P = 0 0 0 0 0 . 0 0 ここで, 補題 2.4 と補題 2.6 より λ ̸= 0 のとき P = ((1 + λ2 )/λ)A∗ となるので, 定理 2.2 より χ(r3,λ ) = 2 + 1 + λ2 (λ + 1)2 = . λ λ また, λ = 0 のときは A∗ が零行列となるので, 定理 2.2 より χ(r3,0 ) = ∞. 他のすべての場合も上の例と同様にして 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量を求めることができ る. ここでは計算結果のみ下の表にまとめる. 6 3 次元 Lie 代数 o(3) sl(2, R) 括弧積(ただし 0 のものを除く) 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量 [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = e2 0 [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = −e2 0 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = e2 + e3 r3 r3,λ , |λ| ≤ 1 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = λe3 r′3,λ , λ ≥ 0 [e1 , e2 ] = λe2 − e3 , [e1 , e3 ] = e2 + λe3 4 (λ + 1) /λ (λ = 0 のときは ∞) 2 4λ2 /(1 + λ2 ) 3 左不変 Einstein 計量について この章では, すべての 3 次元 Lie 代数について, 左不変 Einstein 計量 (Einstein 内積) が存在す るかどうかを調べる. また, Lie 群上の左不変 Riemann 計量と, その Lie 群に対応する Lie 代数上 の内積は, 1:1 で対応することが知られている. 以下ではそれらを同一視する. 3.1 Lie 代数の Einstein 内積の定義 この節では, Lie 代数の Einstein 内積の定義を述べる. 以下, (g, [, ]) を Lie 代数とし, ⟨, ⟩ を g の 内積とする. 定義 3.1. ∇ : g × g → g : (X, Y ) 7→ ∇X Y が Levi-Civita 接続であるとは, 次が成り立つこと : 2⟨∇X Y, Z⟩ = ⟨[X, Y ], Z⟩ + ⟨[Z, X], Y ⟩ + ⟨X, [Z, Y ]⟩. また, Levi-Civita 接続を求めるために, 次を満たす対称写像 U : g × g → g を定義する: 2⟨U (X, Y ), Z⟩ = ⟨[Z, X], Y ⟩ + ⟨X, [Z, Y ]⟩. また, この U は括弧積と内積の双線型性より双線型となる. さらに, この U を用いると Levi-Civita 接続は次のように表せる: ∇X Y = 1 [X, Y ] + U (X, Y ). 2 命題 3.2. Levi-Civita 接続 ∇ は双線型性を持つ. すなわち, 任意の a1 , a2 ∈ R に対して, 以下が 成り立つ: (1) ∇a1 X1 +a2 X2 Y = a1 ∇X1 Y + a2 ∇X2 Y. (2) ∇X (a1 Y1 + a2 Y2 ) = a1 ∇X Y1 + a2 ∇X Y2 . 証明. (1) を示す. 括弧積 [,] と U の双線型性により ∇a1 X1 +a2 X2 Y = (1/2)[a1 X1 + a2 X2 , Y ] + U (a1 X1 + a2 X2 , Y ) = (1/2)a1 [X, Y ] + (1/2)[X, Y ] + a1 U (X1 , Y ) + a2 U (X2 , Y ) = a1 ∇X1 Y + a2 ∇X2 Y. 7 (2) も (1) と同様に括弧積 [,] と U の双線型性により示すことができる. 定義 3.3. 次で定義される R : g × g × g → g : (X, Y, Z) 7→ R(X, Y )Z をリーマン曲率という: R(X, Y )Z := ∇[X,Y ] Z − ∇X ∇Y Z + ∇Y ∇X Z. 命題 3.4. リーマン曲率 R は次をみたす: (1) R(X, Y )Z = −R(Y, X)Z. (2) R(X, X)Z = 0. 証明. (1) を示す. R(X, Y )Z = ∇[X,Y ] Z − ∇X ∇Y Z + ∇Y ∇X Z = ∇−[Y,X] Z − ∇X ∇Y Z + ∇Y ∇X Z = −(∇[Y,X] Z − ∇Y ∇X Z + ∇X ∇Y Z) = −R(Y, X)Z. (2) は (1) より簡単に導くことができる. 命題 3.5. リーマン曲率 R は多重線型性を持つ. すなわち, 任意の a1 , a2 ∈ R に対して, 以下が成 り立つ: (1) R(a1 X1 + a2 X2 , Y )Z = a1 R(X1 , Y )Z + a2 R(X2 , Y )Z. (2) R(X, a1 Y1 + a2 Y2 )Z = a1 R(X, Y1 )Z + a2 R(X, Y2 )Z. (3) R(X, Y )(a1 Z1 + a2 Z2 ) = a1 R(X, Y )Z1 + a2 R(X, Y )Z2 . 証明. (1) を示す. 括弧積 [,] と 命題 3.2 より Levi-Civita 接続 ∇ は双線型なので R(a1 X1 + a2 X2 , Y )Z =∇[a1 X1 +a2 X2 ,Y ] Z − ∇a1 X1 +a2 X2 ∇Y Z + ∇Y ∇a1 X1 +a2 X2 Z =∇a1 [X1 ,Y ]+a2 [X2 ,Y ] Z − (a1 ∇X1 ∇Y Z + a2 ∇X2 )∇Y Z) + (∇Y a1 ∇X1 Z + ∇Y a2 ∇X2 Z) =a1 ∇[X1 ,Y ] Z + a2 ∇[X2 ,Y ] Z − a1 ∇X1 ∇Y Z − a2 ∇X2 ∇Y Z + a1 ∇Y ∇X1 Z + a2 ∇Y ∇X2 Z =a1 R(X1 , Y )Z + a2 R(X2 , Y )Z. (2) と (3) も, (1) と同様に括弧積 [,] と Levi-Civita 接続 ∇ の双線型性により示すことができ る. 定義 3.6. {Ei } を ⟨, ⟩ の正規直交基底とする. 次で定義される Ric : g × g → R を ⟨, ⟩ に関する Ricci 曲率という: Ric(X, Y ) = ∑ ⟨R(X, Ei )Y, Ei ⟩. 定義 3.7. (g, [, ]) を Lie 代数とする. ⟨, ⟩ が Einstein とは, 次が成り立つこと: ∃α ∈ R; ∀X, Y ∈ g, Ric(X, Y ) = α⟨X, Y ⟩. 8 3.2 3 次元 Lie 代数の Einstein 内積 この節では前節で紹介した Einstein 内積の定義に基づき, すべての 3 次元 Lie 代数について Einstein 内積が存在するかどうかを調べる. まずはじめに, o(3) について調べる. ここで基底 {e1 , e2 , e3 } は次の括弧積を満たすような o(3) の基底とし, 内積 ⟨, ⟩ は基底 {e1 , e2 , e3 } を正規直 交基底とするような o(3) の内積とする: [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = e2 . 補題 3.8. 3 次元 Lie 代数 (o(3), [, ], ⟨, ⟩) に対して, 以下が成り立つ: (i, j ∈ {1, 2, 3}). U (ei , ej ) = 0 証明. U (e1 , e1 ) についてのみ示す. 対称双線型写像 U の定義により • 2⟨U (e1 , e1 ), e1 ⟩ = ⟨[e1 , e1 ], e1 ⟩ + ⟨e1 , [e1 , e1 ]⟩ = ⟨0, e1 ⟩ + ⟨e1 , 0⟩ = 0. • 2⟨U (e1 , e1 ), e2 ⟩ = ⟨[e2 , e1 ], e1 ⟩ + ⟨e1 , [e2 , e1 ]⟩ = ⟨−e3 , e1 ⟩ + ⟨e1 , −e3 ⟩ = 0. • 2⟨U (e1 , e1 ), e3 ⟩ = ⟨[e3 , e1 ], e1 ⟩ + ⟨e1 , [e3 , e1 ]⟩ = ⟨e2 , e1 ⟩ + ⟨e1 , e2 ⟩ = 0. したがって, U (e1 , e1 ) = 0 となる. また, その他も同様にして示すことができる. 補題 3.9. 3 次元 Lie 代数 (o(3), [, ], ⟨, ⟩) に対して, 以下が成り立つ: ∇ei ej = 1 [ei , ej ]. 2 証明. Levi-Civita 接続 ∇ の定義と 補題 3.8 より以下が成り立つ: ∇ei ej = (1/2)[ei , ej ] + U (ei , ej ) = (1/2)[ei , ej ]. 次に, (o(3), [, ], ⟨, ⟩) のリーマン曲率 R を求める. 補題 3.10. 3 次元 Lie 代数 (o(3), [, ], ⟨, ⟩) に対して, 以下が成り立つ: (1) R(e1 , e1 ) = R(e2 , e2 ) = R(e3 , e3 ) = 0. (2) R(e1 , e2 )e1 = (1/4)e2 , R(e1 , e2 )e2 = −(1/4)e1 , R(e1 , e2 )e3 = 0. (3) R(e2 , e1 )e1 = −(1/4)e2 , R(e2 , e1 )e2 = (1/4)e1 , R(e2 , e1 )e3 = 0. (4) R(e1 , e3 )e1 = (1/4)e3 , R(e1 , e3 )e2 = 0, R(e1 , e3 )e3 = −(1/4)e1 . (5) R(e3 , e1 )e1 = −(1/4)e3 , R(e3 , e1 )e2 = 0, R(e3 , e1 )e3 = (1/4)e1 . (6) R(e2 , e3 )e1 = 0, R(e2 , e3 )e2 = (1/4)e3 , R(e2 , e3 )e3 = −(1/4)e2 . (7) R(e3 , e2 )e1 = 0, R(e3 , e2 )e2 = −(1/4)e3 , R(e3 , e2 )e3 = (1/4)e2 . 9 証明. まず, (1) を示すが, これは 命題 3.4 より簡単に示せる. 次に (2) を示す. o(3) の Levi-Civita 接続 ∇ は 補題 3.9 より ∇ei ej = (1/2)[ei , ej ] であるので, o(3) のリーマン曲率 R(ei , ej )ek は次 のようになる: R(ei , ej )ek = ∇[ei ,ej ] ek − ∇ei ∇ej ek + ∇ej ∇ei ek = (1/2)[[ei , ej ], ek ] − (1/2)[ei , (1/2)[ej , ek ]] + (1/2)[ej , (1/2)[ei , ek ]] = (1/2)[[ei , ej ], ek ] − (1/4)[ei , [ej , ek ]] + (1/4)[ej , [ei , ek ]]. したがって R(e1 , e2 )e1 = (1/2)[[e1 , e2 ], e1 ] − (1/4)[e1 , [e2 , e1 ]] + (1/4)[e2 , [e1 , e1 ]] = (1/2)[e3 , e1 ] − (1/4)[e1 , −e3 ] + (1/4)[e2 , 0] = (1/2)e2 − (1/4)e2 + 0 = (1/4)e2 . R(e1 , e2 )e2 = (1/2)[[e1 , e2 ], e2 ] − (1/4)[e1 , [e2 , e2 ]] + (1/4)[e2 , [e1 , e2 ]] = (1/2)[e3 , e2 ] − (1/4)[e1 , 0] + (1/4)[e2 , e3 ] = −(1/2)e1 + 0 + (1/4)e1 = −(1/4)e1 . R(e1 , e2 )e3 = (1/2)[[e1 , e2 ], e3 ] − (1/4)[e1 , [e2 , e3 ]] + (1/4)[e2 , [e1 , e3 ]] = (1/2)[e3 , e3 ] − (1/4)[e1 , e1 ] + (1/4)[e2 , −e2 ] = 0. (4), (6) も (2) と同様にして示せる. さらに, (3), (5), (7) に関しては 命題 3.4 よりそれぞれ (2), (4), (6) の結果を用いれば示すことができる. 補題 3.11. X = ∑3 i=1 α i ei , Y = ∑3 j=1 βj ej ∈ o(3) に対して, リッチ曲率 Ric(X, Y ) は次のよう になる: Ric(X, Y ) = 1 (α1 β1 + α2 β2 + α3 β3 ). 2 証明. リッチ曲率の定義と, 内積の性質, 補題 3.10 によりリッチ曲率 Ric(X, Y ) は以下のように 10 なる: Ric(X, Y ) = 3 ∑ ⟨R(X, ek )Y, ek ⟩ k=1 = 3 ∑ 3 ∑ 3 ∑ ⟨ αi βj R(ei , ek )ej , ek ⟩ k=1 i=1 j=1 = 3 ∑ 3 ∑ 3 ∑ αi βj ⟨R(ei , ek )ej , ek ⟩ k=1 i=1 j=1 = 3 ∑ 3 ∑ αi βj ⟨R(ei , e1 )ej , e1 ⟩ + i=1 j=1 3 ∑ 3 ∑ αi βj ⟨R(ei , e2 )ej , e2 ⟩ + i=1 j=1 3 ∑ 3 ∑ αi βj ⟨R(ei , e3 )ej , e3 ⟩ i=1 j=1 1 1 1 1 1 1 = ( α2 β2 + α3 β3 ) + ( α1 β1 + α3 β3 ) + ( α1 β1 + α2 β2 ) 4 4 4 4 4 4 1 = (α1 β1 + α2 β2 + α3 β3 ). 2 命題 3.12. 3 次元 Lie 代数 (o(3), [, ], ⟨, ⟩) は Einstein. 証明. 任意の X = ∑3 i=1 αi ei , Y = ∑3 j=1 βj ej ∈ o(3) をとる. すると, 内積 ⟨, ⟩ は {e1 , e2 , e3 } を 正規直交基底とする内積であるので, 以下が成り立つ: 3 3 ∑ ∑ ⟨X, Y ⟩ = ⟨ αi ei , β j ej ⟩ i=1 = j=1 3 ∑ 3 ∑ αi βj ⟨ei , ej ⟩ i=1 j=1 = α1 β1 + α2 β2 + α3 β3 . よって, この結果と 補題 3.11 より次が成り立つ: Ric(X, Y ) = 1 ⟨X, Y ⟩. 2 よって, 3 次元 Lie 代数 (o(3), [, ], ⟨, ⟩) は Einstein. Einstein 内積が存在するかどうかに関して, その他の 3 次元 Lie 代数の場合では [1] と [3] を参 考にした. 以下ではすべての 3 次元 Lie 代数について, Einstein 内積が存在するかどうかを, 結果 のみの形でまとめる. ただし, 存在する場合の Einstein 内積は, それぞれ下の括弧積を満たすよう な基底を正規直交基底とする内積である. 11 3 次元 Lie 代数 括弧積(ただし 0 のものを除く) [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = e2 o(3) sl(2, R) Einstein 内積 存在する [e1 , e2 ] = e3 , [e2 , e3 ] = e1 , [e3 , e1 ] = −e2 存在しない h3 [e1 , e2 ] = e3 存在しない r3 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = e2 + e3 存在しない r3,λ , |λ| ≤ 1 [e1 , e2 ] = e2 , [e1 , e3 ] = λe3 r′3,λ , λ ≥ 3 [e1 , e2 ] = λe2 − e3 , [e1 , e3 ] = e2 + λe3 0 λ = 1 のときのみ存在する R 存在する 存在する 最後に, 第 2 章で求めた 3 次元 Lie 代数の田崎・梅原不変量と本章で調べた左不変 Einstein 計量 の存在性の関係を次のように定理の形でまとめておく. 定理 3.13. (g, [, ]) を h3 および R3 に同型でない任意の 3 次元 Lie 代数とする. このとき, 以下が 成り立つ: Einstein となるような g の内積 ⟨, ⟩ が存在するならば 0 ≤ χ(g) ≤ 4. 参考文献 [1] Takahiro Hashinaga and Hiroshi Tamaru, Three-dimensional solvsoliton and the minimality of the corresponding submanifolds, preprint. [2] Hiroyuki Tasaki and Masaaki Umehara, An invariant on 3-dimensional Lie algebras, Proc. Amer. Math. Soc. 115 (1992), no. 2, 293–294. [3] John Milnor, Curvatures of left invariant metrics on Lie groups, Advances in Math. 21 (1976), no. 3, 304–310. 12
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